第4話 最終手段!?

「ガアアアァァァアアア!!」


 生い茂った緑を、まとめて吹き飛ばすような爆音。

 俺の背中は、もう冷や汗でびっしょりだった。


「う、うおおおぉぉぉおおお!?」


 逃げる。アテナに罵倒されるだろうが逃げる。

 しかしドラゴンは迷いもせず、俺の後ろを追い掛けていた。太い幹が容赦なく倒され、口から吐き出された炎が熱波となって追ってくる。


『おい、お前英雄だろ。何とかしろ』


「じゃ、じゃあ早く武器寄越してくださいよ! 素手でこんなんと戦えるわけないでしょ!?」


『仕方ないやつだなあ……』


 義務感が皆無の女神様だった。

 ともあれ文句を言いながらも、ボタン一つで転送される俺の得物。

 それは、父から受け継いだ巨大な槍だった。俺が初陣を果たした大戦では、何十という将の血を吸った賢者の槍。

 ――しかし転移は、俺が全力疾走している最中に行われた。

 空中に突如出現した槍と、走っている俺。

 すれ違ってしまうのは、まあ仕方がないことで。

 土の上に落ちた相棒を回収するべく、即座にUターンする。後ろからはドラゴンが迫っているのだ。余裕なんて少しもない。

 でも。


「あ」


 槍は、ドラゴンの足の下敷きに。

 槍がポッキリと折れた音は、聞き逃すことなく耳に入った。


「――お、オヤジの形見があああぁぁぁあああ!?」


『おいおい、なにをやってるんだ。せっかく転送してやったのに』


「た、タイミングってもんを考えてくださいよ! 走っている最中にいきなり寄越されて、キャッチ出来るわけないでしょ!?」


『どうにかしろ、英雄だろ』


「んな無茶な――」


 文句を続けようとしたところで、意識が現実に戻される。

 既にドラゴンは追い付き、自慢の巨体でペシャンコにしようとしていた。


「っ、この野郎……!」


 フェイントも何もない攻撃を、俺は跳躍一つで躱す。

 武器を失ったとはいえ、こちとら百戦錬磨の超人だ。無抵抗に殺されてやるつもりはまったくない。

 幸い、ドラゴンは動きが鈍かった。


「目玉の一つでも、もらってやる……!」


 全身を覆う甲殻を駆け上げる。

 巨大な水晶を思わせる瞳まで、手間はかからなかった。


「ふ……っ!」


「――!?」


 巨大なゼリーに腕を突っ込んだような、何とも言えない感触が帰ってくる。

 即座に腕を引き抜き、俺はドラゴンから離れた。

 やつは激痛のあまり暴れ回っている。吹き飛ばされる木々を見ていると、まるで竜巻みたいだった。


「形見の仇だっ!」


 残るもう一つの目を狙って。やつに再び取り付くため、両足に力を込める。

 だが。


「っ!?」


 足が動かない。

 振り向けば、無数の蔦が絡まっている。


「んな……!?」


 さっきまでなかったぞ、これ!?

 力尽くで千切ろうとしてみるが、思ったよりも頑丈だ。ビクともしない。

 それどころか周囲から、続々と蔦が伸びてくる。まるで、意思を持った生物みたいな。俺の手足を縛りつけて、ドラゴンに味方しようとしてやがる……!

 頭上では敵が、必殺の火炎を蓄え始めていた。


「ちょ、ちょっと、アテナ様!」


『あ? 気にするな。死んでも後で回収してやるから。痛くて苦しいのは我慢しろ』


「す、少しは助けてくださいよ! 神様でしょ!?」


『何を言ってる。超越者である我々が、ちくいち人間の苦難に手を差し伸べると思うか? どうにかして欲しけりゃ生贄を用意するんだな』


「で、ですよねー。……えっ!?」


 ギリシャの神々は利己的なので有名だ。

 しっかしどうしたもんか。蘇生してくれるのは本当なんだろうけど、焼死は勘弁願いたい。刺されて死んだことしかないし。

 何だかんだと、ドラゴンは攻撃の準備を整える。

 対する俺は、逃れる術も防ぐ術もなく。


「――いや待て、一つあったな」


 切り札が。

 辺りが火の海になるより前に、俺は大きく息を吸う。

 そして。


「誰か助けてくださーい!!」

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