英雄=掠奪者、あるいは欲望に従う者(連載休止中)

軌跡

第一章 二度目のトロイア

第1話 異世界運営局

 電気に照らされた、明るい部屋の中。

 無数の機具に囲まれながら、俺はいつも通りに仕事をしていた。


「いけっ、そこだ! そこでキスするんだ!」


『な、何言ってるんですか!? このナヨナヨ男、私の好みじゃないんですけど!?』


「んなこといったって、シナリオにそう書いてあるんだよ! ギリギリでこっちに連れ戻してやるから、やってくれ!』


 などと。

 モニターに映っている光景を前に、俺は大声で指示を飛ばしていた。

 文句を言ってくる少女は、森の中で一人の少年と向き合っている。

 どこか迫力のない、地味な雰囲気の少年だった。身体つきは異様に細く、頼りない表情と合わせて、見る者を不安にさせる。

 対し、少女の方は誰の目にも分かる美少女だった。つり合いが取れていない、とはまさにこのことで、少女が嫌がるのも仕方ない。

 だが俺の立場上、心を鬼にする必要がある。

 俺はモニターに映っている異世界、それを管理するという重役がある。上司から与えられた台本通りに、この世界を運用していかなければならない。


「まずは適当に言い訳を作れ! 私は口づけを交わすと泡になってしまうんです、とか!」


『うっ、うう、分かりました……』


「頑張れ! ナイアス、頑張るんだ!」


 安全地帯で見守っている俺は、そんな応援で限界だった。

 モニターの向こうにいる少女・ナイアスは、コホン、と短く咳払い。少年は俺達の会話など知りもせず、期待と不安の入り混じった目で美少女を見つめている。


『えっと、私はですね、キスをすると泡になるそうですよ?』


「な、なんで疑問形なんだよ!?」


『だ、だって、指令官が勝手に作った設定じゃないですかっ』


「まあそりゃそうだが……」


 だが幸い、少年は素直に受け入れてくれたらしい。そ、そうなんだ、と小声で呟いている。

 俺はホッと胸を撫で下ろして、二人の様子を観察し続けた。

 上司から渡されたシナリオによれば、少年が旅の仲間である美少女と別れるシーンがここ。少女と将来を誓い合ってから、不幸な別れを遂げる……らしい。

 俺はその、正確な達成を任された。

 失敗は許さない。少年は頼りない見た目だが、実は異界の神々から加護を受けている勇者である。上手い具合に操っておかないと、俺達にとって不都合な存在になるかもしれない。


『ほ、本当にやるんですか……?』


 勇者君と良い雰囲気? になりながら、ナイアスの心の声が聞こえてくる。

 異世界の運営を効率よく進めるため、指令側と派遣側では声に出さない会話が可能だ。地球の技術を基礎に置いているらしいが、大部分は神様パワーである。


『ゆ、勇者様。それでは、私と……』


「よし、いけっ! こっち準備も万全だぞ!」


『う、うわああああぁぁぁぁあああ!!』


 ナイアスと勇者の顔が、ミリ単位で近くなる。

 直後。


「よっしゃ転送!」


 唇が触れるかどうかのタイミングで、俺は手元にあるスイッチを押す。

 あっという間の出来事だった、ナイアスの姿は綺麗さっぱり消え、愕然としている勇者だけが残っている。キスが未遂で終わったのだと、表情を見れば一目瞭然だった。

 次の変化は、俺がいる部屋の一画に。

 転移装置の置かれている場所が光ると、直後にナイアスが現れた。


「う、うう、私、戻ってこれたんですね……?」


「ああ。好みじゃない男は、お前がいた森で茫然としてるぜ」


 ほれ、と俺は特等席を彼女に譲った。

 疲れきった顔のナイアスは、欺かれた勇者君を見るなり生き返る。


「はっ、ザマぁ!」


「そんな俗っぽいこと言うんじゃありません。お前、一応神の使いなんだからよ」


「えー、嫌です。私あの人嫌いなんですから。やっぱり殿方というのはですね……」


 ナイアスは席を立つと、色っぽい顔付きになって近付いてくる。

 電気に照らされたその美貌は、見る者を魅了してやまない。スラッとした手足、雪のように白い肌。彫像のように整った身体つきは、死角というものが見当らなかった。

 まとっている純白の長衣は、彼女に清純なイメージを抱かせる。布の間から見える太股が魅力的だ。

 赤い唇に指を這わせて、ナイアスは俺に抱きついてくる。


「殿方はやっぱり、ネオプトレモス様みたいに筋肉隆々の美少年じゃないと駄目ですよ? ふふ、良かったら今夜、一緒にどうですか……?」


「はいはい、そういうのは他でやってくれ。俺は心に決めた女がいるんでね」


「むう、ネオプトレモス様は真面目ですね。ま、そこがまた魅力的なんですけどっ!」


 ナイアスは俺から離れると、子供のように小躍りして喜んだ。うむ、可愛い。

 え? 心に決めた女がいるんじゃないかって? 

 いやいや、それとこれとは話が別さ。美女と美少女は何度見たって飽きるもんじゃない。愛情と性欲は、別のものとして考えろってこと。

 まあつまるところ、俺は大の女好きである。

 俺なんて、仲間の方じゃレベルの低い方だと思うが。


「んじゃ、俺は報告に言ってくる」


「はあい。今度、デートでもしましょうねー!」


「へいへい」


 聞き流しながら、俺は部屋の外へ。ふう、これで仕事の山は越えたかな。

 肩を軽くほぐしてから、無機質な白い廊下を駆けていく。

 

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