理想の夫を育てようと奮闘していたら決闘を申し込まれてしまいました

和久井 透夏

理想の夫を育てようと奮闘していたら決闘を申し込まれてしまいました

「決闘を申し込みます」

 今日も彼はそう言って、私に決闘を申し込んでは惨敗するのです。




「もういい加減あきらめなよ~」

「いいえ、絶対に諦めません」

 ボロボロになった彼の手当てをしながら、私は諭しますが、首を振ってそれを拒否します。

 最近では、すっかりそれが日課になってしまいました。


「とにかく、ヨミが好きな子がどんな子なのかは知らないけど、私程度にも勝てないようじゃ貴族のお嬢さんに求婚したって相手にもされないんだからね」

 そう言って、毎度私は彼を諦めさせようとしますが、それは一向に聞き入れてもらえません。


 彼、ヨミには最近好きな人が出来た様です。

 それも、どうやら決闘を申し込んで勝たなければ、求婚を認められない、魔族の中でもそれなりに地位のある家の娘さんらしいのです。


 基本的に私達、魔族の戦闘力というのは、親から受け継いだ生まれついての資質による所が大きく、庶民の婚姻においてそれはあまり重視されませんが、国を守る要である王族や名門貴族となれば話は別です。

 高い身分の魔族にとって力とは身を立てる何よりの財産であり、結婚して子供を作る相手も、より高い戦闘力が求められます。

 そのためたとえ庶民の出であってもその実力が認められれば名門貴族家に取り入ることもできるので、力さえあればいくらでものし上がっていくことが可能です。


 全く、とんだ脳筋社会ですね。


 まあそれはさておき、私にも彼の恋が成就するのを何としても阻止しなければならない理由があります。

 私ヘンリエッタ・グレイシー、現在はリタと名乗っておりますが、元侯爵家の娘でございます。

 元といっても、別に実家と縁を完全に切っている訳でも無いので、そう言って良い物か解りませんが、現在は実家から離れたのどかな田舎に居を構えております。


 昔は私も様々な殿方から求婚という名の決闘を申し込まれ、それなりに名を轟かせたものですが、十年前にあろうことか身分を隠された魔王陛下から申し込まれた決闘で圧勝してしまった時から私の人生は変わってしまいました。 


 私が魔王陛下を倒した直後、その場の空気は静まり返りました。

 その時私は何が起こったのか解りませんでしたが、陛下の顔を知っていた父は青ざめており、何かまずいことをしてしまったらしいことはわかりました。


 その後、私は正体を明かされた魔王陛下に今私には二つ道があると言われました。

 一つ目は、もう一度陛下に今度は命を賭けた本物の決闘を挑み、もし私が負けて命を落とせばそれまで。

 しかし私が陛下を殺すことが出来れば、私に魔王の座を譲るというものです。


 当然、すぐに断りました。

 私は素敵な方と結婚がしたかっただけで、権力だとか、革命だとか、そんな物は一切望んでなかったからです。

 というか、そんな面倒な事になるのならこちらから願い下げです。


 二つ目は、私が魔王に忠誠を誓い、魔王軍に入ることでした。魔王様は私の力は野放しにしておくのはあまりに危険だが、味方としてはこれ程頼もしい存在はいないだろうとおっしゃいました。

 というか、この国で一番強いはずの魔王陛下を一応お互いに殺さないよう手加減していたとはいえ倒してしまったということは、私がこれ以上グレイシー家令嬢として結婚相手を探す事が事実上不可能であることを指していました。


 陛下は私に今後どうしたいのか尋ねられました。ので、私は素直に打ち明けました。

「家のことは妹や弟に任せて、どこか私のことを知らない田舎の町で庶民として静かに暮らして良縁を見つけたいです」

 結果、私は形だけ魔王軍の兵士ということになり、田舎のある山の土地を丸ごと頂き、陛下に忠誠を誓い有事の際には必ず駆けつけるという条件の下、結構自由に暮らさせて貰っております。


 ただ、しばらくすると私が侯爵家の娘である事は周囲には黙っていたにもかかわらず、私に決闘を申し込みにいらっしゃる方がたまに来るようになりました。

 私が素性を隠している以上、求婚では無く完全に腕試しだとか修行の一環だということは解りますが、なぜこんなことになっているのでしょう。

 もしかしたら以前、久々に故郷のドラゴン料理が食べたくなってしとめたのは良いものの、一人で食べるには量が多すぎたので麓の町の方々に差し入れをしたのが良くなかったのでしょうか。


 後から知ったのですが、一般的には自分の何倍もの身長のドラゴンを魔族とはいえ女性が、しかも一人で狩るというのは随分常識外れな事らしいのです。

 そんなことが出来るのは、名門貴族かそれに取り入るだけの力を突然変異的に持って生まれた天才だけだ、と言われた時には流石に少し焦りました。


 しかし、既に一人でドラゴンを仕留めて町までそれを肩に担いで現れた私は、相当目立ってしまっていた様で、結局私は竜殺しの女傑としてたちまち町では有名人になってしまいました。それがいけなかったのでしょう。


 しかもこの麓の町は、温泉地としてそれなりに栄えていて人の行き来も激しいので、そんな私の噂はしっかり広まってしまった様です。

 また結婚が遠のいてしまうと引越しすることも考えましたが、町の人達は皆さん好意的で良い人達ですし、温泉は気持ち良いし、この辺の作物は何を食べてもおいしかったこともあり、結局私はそのままこの山に留まることにしました。


 それからしばらく経った頃、私は山の中で私が閉じ忘れた転移魔術の門の前で行き倒れている一人の少年を見つけました。

 少年は酷く衰弱した様子だったので私は急いで家に彼を連れ帰り、介抱しました。

 翌日目覚めたヨミと名乗る少年の話によると、どうやら彼は住んでいた村の近くの山でドラゴンに襲われ、命からがら逃げていたらしいのです。


 そんな危険な山で何をしていたのかと聞いたところ、冬を越すための薪を拾いに行っていたのだとヨミは答えました。

 なぜ近所には比較的安全な山もあったはずなのに、そちらに行かなかったのかと尋ねれば、そちらの山は使わせてもらえないのだというヨミの話を聞いて、私はなんとなく彼の置かれた状況がわかりました。


 私がよくドラゴンを狩りに行く山の麓には、鬼族が暮らす集落があります。

 鬼族はよそ者を嫌い、他の種族を村に入れることを好みません。以前私も少し休憩をさせてもらおうと村に寄ったところ、取りつく島も無く追い返されたのを憶えています。

 そしてヨミは、頭にあるその二つの角や癖のある髪等、鬼族と思われる特徴も有していますが、一般的な鬼族の肌が赤や青、緑なのに対し彼の肌は褐色で、基本的に鬼族は皆頭髪の色素は薄いのですが彼の髪は黒く、顔立ちも整ってはいますが人間に近いのです。

 恐らく彼は人間とのハーフであり、それ故に村でのけ者にされているのだろうことはすぐに解りました。

 それにしても、まだ子供の彼をドラゴンがうろつく山に放り込むなんて、明らかにドラゴンの餌にする気満々です。


 家族はいないのかと聞いたところ、お母様と二人暮らしだったらしいのですが昨年亡くなってしまったそうです。

 歳を尋ねた所、今年で七つということもあり私は居た堪れいたたまれなくなりました。

 ドラゴンの気が立っていたのも、先日私が巣にあった半数の卵を奪い去り、町の皆さんと温泉卵にしておいしく頂いてしまったことが原因とも考えられました。

 私がもし良ければこのまま私の所に住まないかと提案した所、ヨミは二つ返事でその提案を受けてくれました。


 そこで私は思いついたのです。彼を私の理想の旦那様に育てようと。


 最近では、私の腕っ節の話はすっかり辺りに広まり、わざわざ私を訪ねてやってくる方は私の妹か王都からの使者でなければ、皆武者修行中の拳法家だったり剣士だったりと私との戦闘を目的とする方々ばかり。

 ただし昔と違い、そこには色恋の気配もありませんから、この機会を逃したらもうチャンスは無いでしょう。

 私は今度こそ自分の理想の家庭を築くために自分を奮い立てました。


 そうして私とヨミとの生活が始まったのです。

 ヨミは実に素直でよく気が付く上に物覚えも良く、私はすぐに彼を気に入りました。

 最初は少し怯えた様子でしたが、しばらく一緒に暮らしている家に、だんだんとヨミはよく笑うようになりました。

 今では町の人達ともすっかり打ち解けて可愛がってもらっているようです。


 ヨミには元々魔術の適性が無かった様で、一通り教えてはみたのですがとうとうヨミが魔術を扱えるようになることはありませんでした。

 まあ元々鬼族は魔術適性が皆無な種族ではあるので、人間とのハーフならもしかしたらとも思いましたが、それは仕方ないかもしれません。


 鬼族は一切魔術を扱えない代わりに、強靭な肉体と強力な電撃を操る特殊能力を持つらしいので、ヨミが魔術に適性がないと解ってからは、そちらを伸ばす方向へ教育方針を変えてみました。

 結果、ヨミは特殊能力に関しては大して威力の無い電撃を出すのがやっとな有様でしたが、鬼族特有の丈夫な身体とヨミの熱心な修行の成果もあり、十二の頃には重さを変換する魔術を使わなくても自分の身の丈の何倍もあるドラゴンを一人で担げる程になりました。

 更に十五になる頃には私の援護が無くても素手でその辺の大抵の魔物を一対一ならば一人で狩れる様になり、腕力だけなら純血統の成人鬼族男性を凌ぐ程になりました。


 私達の関係は上手くいっているはずでした。


 小さい頃は何をするにも私の後を付いて回っていたヨミも、今ではすっかり立派な若者になったと思います。

 しかし、ヨミが十六になった辺りからどうも様子がおかしくなってきたのです。

 まあ所謂、反抗期という物なのでしょう。

 最近、私はヨミから避けられている様に感じます。


「ヨミが、最近一緒にお風呂入ってくれないの……」

 町の茶屋で、女店主に愚痴ってみますと、ヨミもそれ位の歳になったら色々意識するのではないかと呆れ気味に返されました。

「だって前は一緒のベッドで寝てたのに別の部屋で寝るとか言い出すし、最近は朝ご飯食べてからずっと別行動だし、たまに晩御飯もいらないって言って明け方に帰って来ることもあるし、よくボロボロになって帰ってくるようになったし、ハグしようとして拒否られるし……」


 ちょっと涙目になりながら訴えてみます。私は何かヨミに嫌われることをしたのでしょうか。

「ベッドやお風呂の件は十六にもなって親と一緒っていうのが単純に恥ずかしいというのもあるんじゃないかしらねえ、それにヨミにだって色々やりたいことがあるんでしょう」 


 からからと笑いながら、女店主は淹れたての紅茶をカウンターに出します。

「たまにボロボロってことはケンカ……、と言ってもドラゴンを素手で仕留めるヨミがボロボロになるなんて、ケンカなら相当な手練よねえ、まあきっと新しい友達ができてその辺で冒険でもしてるのよ」


 女店主はそう言って私を慰めてくれますが、そこで私はハッとします。

 私はヨミをゆくゆくは自分の夫にするつもりで育てていましたが、そもそもヨミは私を親とは思っていても女性としては認識していないのではないか、ということです。


 まずい、それは非常にまずいです。


 もし、そうだとするとその内、紹介したい人がいるんだとか言ってヨミが家に素敵なお嬢さんを連れてきて、結婚のあいさつをされて、式に呼ばれて、ヨミとその娘さんと二人で暮らしだして、しばらくしたら可愛らしい孫とか連れてきてその子に「ばあば」とか呼ばれてデレデレしちゃう未来が来ちゃいます!


 それはそれでいいかもとかちょっと思ってしまいましたが、それじゃあ私結婚もしないでそのままおばあちゃんじゃないですか!

 私の小さい頃からの夢は可愛いお嫁さんなんですよ!?


 いけません、少し取り乱してしまいました。

 これは、なんとしても阻止しなくてなりません。

 とにかくヨミに私を女性として意識してもらわねば、そして私に振り向いてもらわねばなりません!


 それからというもの、私は精力的にヨミに色仕掛けを試みてみました。

 胸元が開いた服を着るようにしてみたり、夕方、ヨミが帰る時間を見計らって着替えを忘れた体で布一枚で出くわしてみたり、寝巻きを薄い布地の身体のラインの出る物に変えてみたりしましたが、ヨミは大抵視線を逸らして一言二言何か言うだけで、思った様な反応は得られませんでした。


 業を煮やした私はその日の夜、寝ぼけたフリしてヨミが寝ている間に彼のベッドにもぐり込みました。

 しかし翌日の朝、ヨミに物凄い勢いで怒られてしまいました。というか、まさか怒られることになるとは思いませんでした。

「ヨミは私のことが嫌い?」

 思わずそう尋ねずにいられません。

「そんな訳無いじゃないですか! ただ、そんなにいつまでも…………あの、僕も一応男なんですけど」

「知ってるよ?」

 よくわからないものの、どうやら気落ちした様子で声が小さくなってうな垂れるヨミを慰めようと頭を撫でようとすると、すぐに手で払い退けられました。


「いつまでも子ども扱いしないで下さい!」

 結局、その日ヨミはそのまま家を飛び出して行ったきりで帰ってこず、翌日からはいつも通りでしたがしばらく目を合わせてくれませんでした。

 ヨミは私の色仕掛けもただ私がヨミを子ども扱いしてベタベタくっつこうとしている位にしか思っていないようです。

 私も色仕掛けなんてした経験今までありませんでしたし、かなりの恥を忍んでやっていただけに、全くヨミに女として意識されてないらしいと気付いた時は流石に愕然としました。


 私は今年、九十二歳になります。見た目は人間で言うと二十歳位でしょうか。

 別に魔族の中でもまだ若い年齢だと思うのですが。平均寿命は種族によって差はありますが大体三百歳位ですし。

 名門貴族の娘というのは結婚するとより多く強い子供を産む事を望まれるので大体五十歳そこそこで結婚します。

 大体八十歳で行き遅れと言われるようになるので確かに婚期を逃した感はありますが、それでも庶民の間では年齢はあまり関係なく強さや若さよりも見た目が重視されると聞いていたのですが……。

 胸だって小さくは無いですし、顔やスタイルも実は密かに自信があっただけにこの結果は余計にショックでした。




「私って、女の人として魅力無いのかなぁ」

 私がヨミのベッドにもぐりこんでこっぴどくフられてから数日経ったある日の夕食時、思わず言ってしまいました。

「どうしたんですか、そういえば、最近よく胸元の開いた服着てますよね」

「ヨミはどう思う?」

 私がそう尋ねれば、ヨミは小さくため息をつきました。


「リタは、気になる相手でもいるんですか?」

「うん、まあ」

 ヨミのことだよとも言えず、私は適当にはぐらかします。


「そうですか。じゃあとりあえず今度その人紹介してください。その人が本当にリタにふさわしいかどうか見極めますから」

 ヨミの目が鋭く光りました。

「何言っているの急に。ちなみに、その相手を認めるかどうかの基準って?」

「少なくとも僕よりも弱い男に、リタは手に負えないでしょう」

 中々の眼力に若干たじろぎつつも、その基準を尋ねれば、少し懐かしさを感じるような脳筋な答えが返ってきました。


「私は猛獣か何かなの? ……そういえば、最近はこないねぇ私に決闘を申し込む人」

 ポツリとそう呟いた時、微かにヨミの身体がビクリと揺れたような気がしました。

「さあ、きっともっとすごい人が現れてそっちに夢中なんじゃないですか?」

「うう、それはそれで寂しい」

 私がそう呟くと、ヨミが静かに手に持っていたスプーンを置きました。


「……リタ、お話があります」

 ヨミは急に改まった様子で私に向き合いました。

「僕に貴族式の求婚、決闘のやり方を教えてくれませんか?」

「へ?」

 それは随分といきなりで、そして私の希望を打ち砕くには十分な威力を持った申し出でした。


 話を聞いてみると、ヨミは最近ある女性に好意を寄せているのだそうですが彼女はどうも高貴な家柄の方らしく、普通なら身分違いと諦める所ですが、ヨミは諦めきれず、何とか彼女を決闘で打ち負かし自分の気持ちを伝えたいそうなのです。

 その話を聞いて、なんとなく最近のヨミの最近の不可解な行動の理由が解りました。


 きっとひょんなことから貴族の娘さんとお近づきになったものの、彼女はもう結婚相手を探す年頃で、このままだと彼女を他の男に取られてしまう。

 しかし、名門貴族の結婚相手ともなればそれなりの戦闘能力を求められる。彼女に決闘を申し込んだものの家族立会いの決闘で彼女は手を抜くわけにも行かず、そして現在ヨミは何度も決闘に挑んでは負け続けているのでしょう。だからたまにボロボロになって帰ってきていたという訳です。


 そうとなれば私もそう易々とヨミに稽古をつけて送り出すわけにも行きません。

 それでヨミが強くなってその娘さんとの決闘に勝ってしまえば、ヨミがその娘さんと結婚する事になるのですから。

 しかし、可愛いヨミにここまで真剣にお願いされて、無下にできるほど私も強靭な精神は持ち合わせておりません。


 そこで私は表向きはヨミのお願いを快く引き受けた様に見せかけて、全力でヨミに彼女への求婚を諦めさせることにしました。

 具体的に言えば、実践で学ぶのが一番早いと実際に私と決闘してもらい、その都度私が全力で彼を叩き潰して最終的に戦意喪失させて諦めさせようという作戦です。


 早速私達は翌日から特訓を始めました。

 そうして彼は今日も私に惨敗するのです。私はその度に彼にもう諦める様に説くのですが、中々聞き入れてもらえません。


 ところがそんな日々が続いた今日、急にヨミが強くなりました。

 一つ一つの動きがより細やかに素早くなった上に、一撃が今までの比ではない位に重くなったのです。

 彼は戦闘用の魔術は使えないので基本的には身体一つで戦います。と言っても通常のその拳も一撃でドラゴンの頭を砕く威力なのですけれど。

 私はいつもそんな彼からの攻撃を魔術障壁で防いだり、途中で横から氷の玉をぶつけて勢いを殺したりしながら反撃していたのですが、今回はそんな余裕も無く防戦一方です。


「一体どうしたのですか、随分と動きが良くなったではありませんか」

 結局勢いを殺しきれず近所の木に激突し、心配して駆け寄ってくるヨミを手で制しながら出来るだけ余裕をもって尋ねます。

 ここで動揺を見せるのは良くありません。

「先日、肉体強化の魔術というのは実際に肉体そのものを強化するわけではなく、脳の電気信号を魔術を使った微弱な電撃で意図的に操作することで身体のリミッターを解除して一時的に戦闘力を上げる物なのだという話を聞いたので、僕の電撃で応用できないかと最近密かに練習していたんです」

 そう嬉しそうに話すヨミの背中から、パキッと電撃が走ったのが見えました。


 ああ、ヨミのあの威力の弱い電撃にはこういう使い方もあったのかと感心しました。

 しかし、だからといってここでヨミを勢いづかせるわけには行きません。

 だって、ここで私が負けたが最後、この子は私の前から姿を消してしまうのだから。

 素直に彼の恋を応援するのが正しい姿なのでしょうが、今更そんなことできる訳ありません。


 私は彼が好きなのだから。


 何でも無いように立ち上がると、彼に向かって全力の魔法攻撃を放ちます。

 目にも留まらぬ速さで回避されますが、これは目標に当たるまで追尾し続ける術式です。それに私のありったけの魔力を使って大量に放ちましたからね。ちょっとやそっとじゃ完全に回避なんて出来ません。

 さあ覚悟なさい! と、思ったのも束の間、彼は私めがけて突進して来ました。

 力を攻撃に全て回したせいで回避も防御も追いつかない、しかも彼に向けた攻撃が、私の方にも一緒に飛んでくる。

 ヨミが直前で回避して私に当てるつもりだろうことはすぐに解りました。


 一瞬が、恐ろしく長く、すべての動きがゆっくりに見えました。そのくせ身体は動かず、目の前に迫ってくるヨミの顔がよく見えます。

 私の全力の攻撃を、何の防御もせず私が生身で受けたら、きっとただでは済まないでしょう。

 幼い頃から身体を鍛えるのを苦しいからと一切してこず、代わりに魔術の腕を日々磨いてきたのです。

 それこそ自分の張った防御障壁から一切出ることなくこの国を統べる魔王陛下を倒せる位に。

 だからこそ私は知っています。自分自身が魔術を一切使えなければ、生身の子供とさして変わらない程ひ弱な存在である事を。


 どうやら今回は相当私も頭に血が上っていたようです。普段なら自分の防御や回避のための力も全て攻撃に回すなんて危険な事、絶対しないのに。

 それにこの攻撃はもし全部直撃したら、たとえ丈夫なヨミであっても大怪我することは間違いないでしょう。

 多分コレはバチがあたったのだと思います。ヨミの恋路を自分勝手な理由で邪魔してきたのですから。


 ヨミ、邪魔者は消えますからどうか幸せになりなさい。


 もう目と鼻の先まで近づいてきたヨミの顔を見て、そう思わずにはいられませんでした。


 ところが、ヨミはそのまま私に抱きついてきたかと思うと私を抱いて近くの岩の影に回りこみました。

 直後に私が放った攻撃が岩に次々と着弾し、最終的には岩を突き抜けていくつかの攻撃がヨミの背中に直撃しました。

 ヨミの身体越しに結構な衝撃を受けて倒れ込み、私は慌ててヨミを抱き起こします。

「ヨミ!? 何をしているのですか!」

 慌てて攻撃が直撃したはずの背中に手を回します。


 が、ヨミの背中に伸ばした手は、彼自身の手によって阻まれてしまいます。

「やっと捕まえました」

 満面の笑みを浮かべて紡がれた言葉の意味が解らず、私が呆然としていると付け足す様にヨミが言います。

「リタ、今魔法使えますか?」


「何言っているの、それより早く怪我の手当てを……」

 言いかけて私は固まりました。

 ヨミの背中の怪我を治そうと手をかざしたのですが、どういう訳か治癒魔法が全く発動できないのです。


「驚きましたか?コレは先日ある魔術師と手合わせした時に発見したのですが、僕が相手に全力で電撃を流しても相手も気付かない程度の電撃しか流れないのですが、代わりに魔術を発動できなくなるみたいなんです」

 ヨミが嬉しそうに目を細めます。

「そんなことより早く手を離しなさい。かなり酷い事になっているじゃないですか背中!」

「嫌です」

ヨミの悠長な態度に腹を立てて抗議しましたが、それはヨミのいつに無く低い声で拒否されてしまいました。


「その前に、負けを認めてください。僕の勝ちだと宣言してください。魔法の使えない状態の貴方が、今の僕に敵うはずがないでしょう」

 そう言ってヨミは私の両腕を掴んだまま、私を地面へと押し倒しました。

 ヨミの顔が吐息のかかるほどに近くなり、私は自分の胸が跳ねるのを感じずにいられませんでした。

 しかしこの真剣な眼差しは、私が会ったことも無い方のためにに向けられている事も知っています。


「そうですね、私の完敗です。強くなりましたね、ヨミ」


 もう観念して私はこの子の恋路を応援する事にしました。

 この私を打ち負かしたのだから、きっと相手がどんな強者だろうとこの子ならば大丈夫だろうと思います。

 大丈夫、私はきっとヨミの幸せを祝福できる。そう自分に言い聞かせながら笑顔を作ります。

 上手く笑えているでしょうか。


 ヨミは驚いたように私の腕は握ったまま身体を起こすと、一拍置いてから花が咲いたように笑って私を抱き起こしました。

「ありがとうございますリタ。では早速ですが僕と結婚してください」

「へ?」

 聞き間違いでしょうか、しかし、目の前には頬を赤く染めながらを私の手をしっかり握って見つめてくるヨミがいます。


「……私、でいいの?」

「リタがいいんです!」

 思わず聞き返せば、食い気味に言い返されました。

 これは、夢ではないのでしょうか。


「やっぱり、僕じゃダメですか……?」

 しばらく私が黙っていると、ヨミが不安そうに私の手を握っている手に力を込めました。

 そこで私は慌てて首を横に振ります。


「そんなことない、すごく嬉しい。ただ、ヨミが好きなのは他の女の子だと思ってたから」

「僕が好きなのはずっとリタだけです! じゃあ、僕と結婚してくれるんですか!?」

「う、うん、これからよろしくね」

 普段は大人しいヨミが、噛み付かんばかりの勢いで迫ってきて少しびっくりしましたが、何とか首を縦に振って了承の意を伝えます。

 すると私がそう答えた瞬間、突然ヨミの目に大粒の涙が溢れました。

 何事かと尋ねると、ヨミは嬉しくてとボロボロになった服の袖で涙を拭きながら言うので、釣られて私まで視界が滲んできました。


「でも求婚する相手が私なら、どうして決闘だなんて言いだしたの?」

 ヨミが少し落ち着くのを待って尋ねてみます。


「町でも結構有名ですよ。昔強すぎて結婚相手が見つからなかったある美しい貴族の女性が、自分の結婚相手にふさわしい強い男が来るのを山の中で待っている。彼女の結婚相手の条件はただ一つ、自分よりも強い男。というやつです」

「初めて聞いたんだけど」

 本当に初耳です。一体どうしてそんな話になっているのでしょう。


「まあ噂話ですし、直接本人には言わないんじゃないでしょうか。でも、前に家に来たリタの妹さん、普通に実家が侯爵家だって言ってましたよ?後、強すぎて結婚相手が見つからなかったとも。そうなると多分噂の出所は妹さんですし、それならあの噂話も信憑性があるのかなと」

 妹……そう言われてなぜか目眩と共に納得できてしまう私がいます。

 あの子は昔から良く私に懐いてくれていたのですが、どうも後先考えないというか、思ったままに行動する所がありますから。


 今もよく遊びに来てくれて、一緒にお茶をしたり町に下りて遊んだりするのですが、あの子この辺では私はリタという名前で通しているからと念を押しても、

「解りましたエッタ姉さま!」

 と街中で元気良く答える子ですからね。

 ……決して悪い子ではないのですけれど。


「あれ、待って、ということはもしかしてたまに来てた私に決闘を申し込んで来てた人達って」

「リタへの求婚以外に理由があるんですか?」

 ヨミがそう答えた直後、山の麓の方から「頼もう」という野太い声が響きました。


 するとヨミは背中の怪我もそのままにいそいそとそちらへ向かおうとします。

 慌てて私が引き止めて何をする気か尋ねると、

「リタに寄って来る男を蹴散らしにいくだけです。だってリタは弱い男なんて興味ないんでしょう?だったら僕に負ける程度の男なんてどうでもいいじゃないですか」

 と少し拗ねたような様子で答えてくれました。


 もしかして、たまにヨミがボロボロになったりして帰ってきたりするのは……。



 一気に私の頬が熱くなりました。

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理想の夫を育てようと奮闘していたら決闘を申し込まれてしまいました 和久井 透夏 @WakuiToka

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