四月一日のカノジョ

おおさわ

だから、ボクは嘘をつく

「好きです! 付き合って下さいっ!」


 ボクは、いきなり平手打ちを喰らうのだった。


 大学キャンパスのサークル棟に足を踏み入れると、幾つかの視線がそっと向けられるのを肌に感じる。

 ボクは、俯き、未だチリチリと泡立つような感覚を残す頬を、彼らの視線から隠すように上着の襟を立たせた。


 アニメ研究会と漫画研究会の部室が並ぶ中、ボクはアニ研の扉を開く。入ったばかりのボクには、どうにもこの二つの違いは良く分からなかった。


 サークル仲間や先輩たちは、ボクの告白の失敗を冷やかしの口笛と拍手喝采で迎えてくれた。


 嬉しくない。


 そこへ、カノジョがやってくる。

 カノジョもまた、アニ研の仲間だったからだ。

 途端に静かになる彼らと室内の冷え切った空気に、カノジョは小さく鼻を鳴らすと、ボクの前に来て頭を下げる。


 この間は、叩いてごめんない。


 ボクは、意味を為さない言葉を口の中でモゴモゴ混ぜ合わせて、慌てて首を振る。ここ数日で、何故、ボクがカノジョの告白に失敗したかをサークル仲間から嫌と言うほど聞かされていた。


 カノジョ、名字をわたぬき、という。漢字で書くと四月一日、だ。加えて、もう、本当アニメの設定かってえくらい出来過ぎなのだが。誕生日が四月一日なのだそうだ。


 四月一日、と言えば、エイプリルフール。


 おかげで、カノジョは誕生日を迎えるごとに大小様々な嘘を吐かれ、その度に、散々嫌な思いをしてきたのだという。


 この日、カノジョに近付いてはいけない。カノジョと話してはいけない。カノジョに真偽を向けてはならない。それが、サークル仲間の暗黙の了解だった。


 そう、サークル新参のボクは、そんな事情も知らず、よりにもよって、四月一日に告白してしまい、それを嘘の告白をした、と捉えられてしまったのだ。


 五月一日。


 カノジョは、ボクを嫌悪するようなこともなく、普通に会話をする仲に戻っていた。サークル棟までの道すがら並んで歩きながらゴールデンウィークの予定なんかも聞いてきてくれたり。


 そう言えば、何でボクをサークルに誘ってくれたのか訊ねてみた。


 カノジョは、少し困ったように微笑んで、アルバイト先で死にそうな顔をしてたから。と、教えてくれた。


 ああ、確かに。去年の冬、大学一年生だったボクは、死にそうな顔をしていたかもしれない。

 コンビニエンスストアでアルバイトをしていたボクは、そこで人間関係に巻き込まれた。古参のパート女性たちと、夜勤のフリーターたちとの派閥争いみたいなものだ。

 人はどんどん辞めていくし、シフトにガンガン突っ込まれ、昨今の人手不足で辞めるに辞められず、どちらの派閥にも属していたつもりはなかったが、結果、仕事上でも嫌がらせが始まり、クリスマスケーキの予約ノルマを無茶苦茶な数に設定されてしまった。


 さすがのボクも辞めざるを得なかった。気弱だけど人の良かった雇われ店長の申し訳なさそうな顔は今でも覚えている。それからしばらくして、学食でカノジョに声をかけられた。


 あそこのコンビニ、アニメのコラボキャンペーンはちゃんと展開してくれてたし、関連商品は全部揃えて入荷してたし、アニ研御用達だったんだよ? と教えてくれた。


 ああ、夜勤の誰かがアニオタで、そういうのに熱心だったかもしれない。

 それにしても、お客様だったのか。改めて、驚く。こんな綺麗なカノジョがお客様なら、覚えていても不思議ではないが。


 ふふふ、変装していたからねっ!

 そう言って微笑むカノジョは、やはり綺麗で。


 キミ、お菓子とクリアファイルの景品はレジ袋分けるか丁寧に聞いてくれたでしょう? 嬉しかったよ、そういう気遣い。


 たったそれだけのことで?


 それだけのことが嬉しいんだよ!


 ああ、やっぱりボクは……


「好きです。付き合って下さい」


 いやいや、たった一ヶ月でまた告る? 普通!

 カノジョは、努めて明るくそう断ってきた。


 六月一日。


 じめじめとした梅雨の空の下、ボクとカノジョは講義も終わりサークル棟へ向かう。


 傘は? と問うカノジョ。

 今朝は晴れてたし。と答えるボク。


 しょうがないなあ、風邪引くよ?

 カノジョは赤い傘を広げて、ボクと肩を触れさせながら歩き出した。


 思えば、どうしてカノジョはアニ研に属しているのだろうか。

 その、失礼を承知で言えば、あまりに容姿がイメージと違いすぎる。もっと華やかで、もっと活動的な場が、カノジョには似合っているように思えた。


 んー? あー、ワタシはね。

 カノジョは、言いにくそうに苦笑した。

 名字とか、ほら、誕生日とかで、けっこう冷やかされてきたからね。イジメってわけでもなかったけど、やっぱり、いじられやすい? って言うの? 子供の頃は、学校とか嫌いで、さっさと家に帰ってたんだよねえ。

 ぶっちゃけ! ワタクシ! 友達少ないですっ!


 サークル棟の入口で、ボクの幸せな時間は終わり。

 傘を仕舞うカノジョに向けて、真剣に訊ねてみる。


 ボクは、友達?


 カノジョは、ニッコリ微笑んで頷いた。


「好きです。これから毎月、告白します。分かってくれるまで」


 カノジョは、ふーんと神妙な顔でまじまじとボクを見つめ。

 いいよ、やってみれば? と不敵な笑みを浮かべるのだった。


 七月一日。


 カノジョは、とても忙しそうだった。

 そろそろ大学の前期試験の準備も必要な頃だが、何より、カノジョは夏のイベントに参加を予定しているのだった。


 漫研と違って、アニ研のほとんどが消費型オタクの集まりであり、実は創作型オタクは現在、カノジョしかいない。

 カノジョは、CG集を作って知り合いのサークルに委託販売してもらうらしく、自宅でもサークル棟でもPCを開いては作業をしていた。


 絵が、描けたら。

 そう思った。ボクは何かカノジョの手助けを出来ただろうか?

 馬鹿な事を考えてしまった。

 ボクに出来ることは、せいぜい同じ講義の過去問を先輩方からお借りするぐらいなものだ。


 ありがとお! 助かるう~っ!


 ボクなりに手直しした過去問のノートを、カノジョはその場で小躍りしながら抱き締めた。


「好きです。付き合って下さい」


 あ、ホントに毎月やるの?

 カノジョは呆れた様子で、肩を竦めて見せるのだった。


 八月一日。


 大学は夏期休業に入り、帰省する人や短期のバイトを入れる人や、休みを謳歌する人、それぞれだ。

 アニ研は、と言うと。


 キミキミ! 強化合宿だよっ!

 カノジョは、嬉しそうに教えてくれた。


 強化合宿とか、何ということはない。ただ、各自がアニメのDVDを持ち寄って、小さな会場を何日か借りてぶっ通しで上映会を開くだけのことである。

 男性陣は、その会場で雑魚寝。

 女性陣は、近くの宿泊施設にお泊まり会。


 ボクは、困った。

 カノジョに誘われ、アニ研に入り、そこそこアニメも観てきたものの。DVDやBlu-rayなんか、一枚も持ってない。だって、値段高い!


 カノジョは、みんなに悟られないように、つんつんとボクの肘を突っついた。

 レンタルでいいんだよ?


 蒸し暑い夏の夜に、ボクらはレンタルショップの前で待ち合わせた。


 Tシャツに、ハーフパンツ。ラフな格好に、大きめの眼鏡とキャスケット帽。

 ああ、これが変装か、と頷くボクの手を取り、カノジョはアニメコーナーへ向かう。


 ねえ、どんなのが好き?


 勿論、アニメのジャンルを問われたに決まっている。

 だけど、ボクは。


「アナタが好きです」


 真面目にやって。

 少し、不機嫌な答えだった。


 九月一日。


 十月に催される学園祭の準備で、サークル棟は慌ただしい。

 我らがアニ研は、というと、例年通りアニメの歴史と銘打った展示物を提出して、活動してますよ、という事実を捻りだしている。


 今年もそうなるだろうと思われたサークル集会で、ボクは、カノジョの寂しそうな顔を見て、声を上げてしまった。


 みんなで、イラストを描きたいです!


 一斉に、反対意見が出た。


 でも、ラフでいいんです! 塗りは、四月一日さんにお願いしてっ!


 カノジョに視線が集中する。

 カノジョは戸惑い、視線を漂わせ、ボクの顔を見、そして。


 やります。


 いつもと違う、アニ研の姿が、そこにあった。


 何で、あんなこと言ったの? キャンパスを出る道すがら、カノジョは問う。


 ごめんなさい、つい。


 ワタシ、漫研からもカラー原稿のヘルプ、頼まれてるんだけど?


 本当、ごめんなさい。


 だいたい、キミ、絵描けるの?


「キミに、喜んでもらいたくて……」


 なにそれ? カノジョは、予期せぬ答えに驚いた様子で。

 それも、告白? と、小さく呟いた。


 十月一日。


 学園祭は間近に迫り、各サークルの出し物の準備も佳境に入っていた。


 カノジョは、というと、アニ研に漫研にと二足のわらじで獅子奮迅の働きをしているのが、素人目にも分かり、ボクは申し訳ない気分になったものだ。


 その日、カノジョはボクを荷物持ちに誘う。


 この絵は、デジタルじゃなく、手描きで、水彩の色を塗りたいの。


 アニ研のみんなは、下書きぐらいなら、そこそこ描ける人ばかりだった。言い出しっぺのボクは、そのクオリティに、ただただ赤面するばかりで。


 そのうちの一人、いつも引っ込み思案で、ボクとはろくに会話をしたこともない女性の絵を見て、カノジョはそう言ったのだ。


 画材屋という場所に、初めて足を踏み入れる。これもデートだろうか? と少々浮かれ気味なボクと違い、カノジョは画材を吟味して歩く。


 四月一日じゃん?


 その声に、はっと顔を上げるカノジョ。


 あれー? なに、やっぱ付き合ってんの? カレシー、なんだ、リア充じゃん。違うねー、描ける人はさー。デートとかしてさー、漫研の原稿、大丈夫なん?


 明らかに悪意と分かる口調に、ボクは一歩踏み出す。


 それを察してか、カノジョはボクの服の裾をつまんで、引っ張った。


 カレシもさ、アタシのおかげっしょ? ほら、覚えてる? アタシが言ったの?


 ん? んん?


 四月一日さんの紹介でアニ研入ったんですかあ? よろしくですうぅー、カノジョ、綺麗ですよねー? でも、浮いた話無くてー。


 あ、あれ?


 脈有りだと、思うなあ、カノジョ、人を誘うって、あんまし無いみたいだしぃー。


 なんで、ボクは、この人の顔と声を覚えているんだ?


 絶対、カノジョ、待ってると思うんですよ-、告白ぅー。


 こいつ……ッ!


 今日は! 画材を探しに来ただけでっ! 付き合ったりとかじゃ! ありませんからっ!


 ボクは、カノジョの、ギュッと堪えて俯いた横顔を見る。


 へぇー、そうなん? カレシーの方は、そうじゃないみたいだけどぉー?


 ボクは、この女の、ニタニタとした顔を見る。


 この女、ボクが四月一日エイプリルフールに告白するように、仕向けたんじゃないのかっ!?


 でも、ボクは、この女に、何も言えない。


 だって、カノジョが、ずっと服の裾を、引っ張っていたから。


 先輩の絵に恥、塗ったら許さないから。


 カノジョにそう吐き捨てた女は、ボクを一瞥し、画材屋から去って行った。


 ごめんね?


 何故、カノジョが謝るのだろう?


 あのコ、漫研の……


 知ってる。


 小学校から、一緒だったんだけど。


 それは、知らなかった。


 迷惑、だったでしょう?


「カレシに間違われて、嬉しかった」


 ボクは、告白のつもりだった。


 カノジョの唇は微笑んでいたけど、瞳は泣きそうだった。


 十一月一日。


 カノジョのおかげで、学園祭におけるアニ研の出し物も何とか形になり。

 まあ、ボクの絵だけは、何というか。

 カノジョをして、味のある絵だね! というフォローを頂いたわけだが。


 学食が混んでいたので、ボクとカノジョは大学近くのコンビニで、中華まんやおにぎり、パンを買い込んで、サークル棟で食べることにした。


 ボクがバイトをしていたチェーン店とは異なるコンビニだったので、せっかくの知識を披露することも出来ず、何が美味しいのか分からないまま、手当たり次第に買った食品をレジ袋から机の上に出していく。


 なに、それえ、美味しそー。

 ボクが買った中華まんの新商品を、引ったくり、一口かぶりつくカノジョ。


 ボクは、カノジョが買ったチルド飲料をこじ開け、お返しとばかりにストローを突っ込んで吸い込んだ。


 あ、やめてよおー! 


 ボクのおにぎりを次々と自分の胸元に集め出す。


 ボクとカノジョは、意地になって、メロンパンを同時に掴もうとして、手を重ね合わせた。


 意外に冷たいカノジョの手の感触に、ボクは動きを止め、指先から奪われていく体温に心地よささえ感じた。


 カノジョは、頬を赤く染め、体温を上げているようで。


「好きです、ボクと……」


 数人のサークル仲間が、やはり学食の混雑から逃れ、サークル棟にやってきて、ボクらは、手を弾くように、離すのだった。


 十二月一日。


 冬のイベントに、参加してみないか?

 誰とは無しに、そんな意見が出た。


 ボクとカノジョは、その流れにただ、漂うばかりで。人の持つ情熱に、寄り添うだけだった。


 きっかけは、やはり学園祭だったのだろう。

 何かを創る、何かを形にする、何かを成し遂げる、というのは、このテのサークルにとって、やり甲斐だったらしい。

 ただ、目の前のものを消費するだけだった、彼らの、それで満足したつもりだった彼らの気持ちは、ボクの発言と、カノジョの技量によって、今、最高潮に達しているらしかった。


 とは言え、所謂、最大のイベントには間に合うはずもなく、調べた結果、他県ではあるけれども、二月に開催される、小規模の即売会に参加しようという手筈になった。


 世間は、クリスマスムードの中で、ボクたちは修羅場を経験しつつ。


 カノジョは、ボクに、ありがとう、と言ってくれた。


 アニ研は、居心地は良かったけれど、やはり、ぬるい雰囲気に、どこかカノジョはくすぶった気持ちを抱いていたらしい。

 なら、漫研にいけば、というボクの言葉に、カノジョは首を振った。

 あそこは、あそこで、何かとしがらみが多いらしい。

 描ける人、描けない人、声が大きい人、文句しか言わない人、それぞれ。


 アニ研のみんなで、何かをやれることが嬉しい、カノジョはそう微笑んだ。


 街角には、クリスマスツリー。

 雪と光のパジェント。

 ここしかない。


「好きです。付き合って下さい」


 ごめんなさい。もう少し、待って、下さい。


 サンタクロースは、微笑まない。


 一月一日。


 初詣に誘われたのは、それは、それは、嬉しかった。

 まあ、サークル単位、ではあるが。

 地元の神社に、大晦日から集まって、お参りをし、初日の出を拝む。


 心密かに期待した、振り袖を着た女性は誰一人おらず。

 男性陣は、気落ちしながら、おみくじを引く。


 ダッフルコートのカノジョに、残念だったね、とからかわれながら。


 ボクは、大吉を引く。

 恋愛運、根気よく諦めぬが吉。


 それを見せながら。


「好きです。付き合って……」


 小声で告白するも、カノジョは、ボクのおみくじを引ったくって、神社の枝にくくりつけた。


 二月一日。


 困ったことに、なった。

 初めて経験する活動に、予算が足りなくなった我々、アニ研は、他県のイベントへ少数精鋭で作品を送り出すことになったのである。


 経費削減の少数精鋭なんて言ってもボクとカノジョなわけで。


 一年はともかく、三年や四年の先輩たちは、この時期何かと忙しいわけで。


 印刷所に配送を頼み、ボクとカノジョは、イベント会場で売り子をこなす。

 結果は、惨敗だ。

 見事に売れなかった。清々しいほどに。知名度の問題だろう。


 終いには、配ろう! と提案した彼女の傍らで、ボクは薄い本に、フリーの文字を書き足して手渡すのだった。


 だけど、カノジョは上機嫌だった、そういうものだ、と言っていた。


 経費削減の名のもと、コンビニで飲み物とスナック菓子と珍味のおつまみを、自腹で買い込んで残念会を開くことになった。


 経費削減の名のもと、予約してあったそこは、安ホテルのダブル部屋だった。

 まあ、ラブホでないだけまだマシなくらいのグレードだ。


 ホテルに着いたときは、変なことしないでよ? と言ったカノジョだったが、やはりどこか変な雰囲気に戸惑っているようだ。


 それは、ボクも同じで、互いに背を向けベッドに腰掛ける。


 乾杯しようか?


 ボクとカノジョは、余所余所しく缶のプルタブを開けた。

 最初は、勢いもあってか明るい話題で盛り上がり、変な雰囲気なんか吹き飛ばしていた。はずだった。


「好きです」


 ボクとカノジョは、他県の安ホテルで、一線を越えてしまった。


 三月一日。


 その日、ボクはカノジョに告白をしなかった。


 先月のことを思い出す。

 あの日、カノジョは泣いていた。

 初めての痛みのせいだと、行為に夢中のボクは勘違いしていた。


 もしかしたら、という期待に焦り、ボクはコンビニのお会計にコンドームを忍ばせていた。カノジョの同意とか、気持ちとか、身体とか、頭のどこかに消えてしまっていた。


 セックスは、簡単だった。

 感動したくらいだ。


 愛してる。


 その想いを、こうして行為で伝えられる。

 唇を重ね、舌を這わせ、胸に触れ、手を握り、腰を振り、腕や足を絡め合う。


 こんな簡単に、愛している、って伝えられるんだ、と。勘違いをしてしまっていた。じゃあ、ボクの毎月の告白は何だったんだ? と馬鹿馬鹿しくなるくらいに、想いの丈を行為に打ち込み、カノジョの中に感情を吐き出した。


 ピロートークなんてものは、無かった。


 カノジョは、泣きながら、ボクに謝った。


 ごめんなさい、ごめんなさい。

 嫌だったんじゃない、そうじゃないの。

 キミのこと、好きだよ?


 でも、とカノジョは続ける。


 あの日の告白が、怖いの。

 四月一日が、キミの告白が、嘘なんじゃないか、って、ずっと怖くて、疑ってた。


 弱くて、ごめんなさい。


 やめろ。


 信じられなくて、ごめんなさい。


 やめろ。


 面倒臭い女で、ごめんなさい。


 やめてくれ。


 じゃあ、なんで、ボクを受け入れたりしたんだ!


 毎月、告白してくれるのに、申し訳なくて……


 そんな……!


 ボクは、こんなにカノジョを好きなのに! こんなにカノジョを愛しているのに! ようやく結ばれて、こんなに満たされているのに!

 何で、そんなことを言うんだっ!

 混濁した感情は胸の内に留まって、どんな言葉を使ってしまったのか、覚えていない。同情だったのか、憐れみだったのか、そんな簡単に身体を開くのか。初めてを……そんな気持ちで捨てるのか。


 あの日、ボクは、口汚く、カノジョを罵った。


 空が明るくなるまで、ボクらは別々のベッドで、背を向けながら横になっていたのだった。

 カノジョの嗚咽は、朝まで続いていた。


 この一ヶ月、ボクらは、ろくに会話もしていない。


 ボクは、冷蔵庫に入れっぱなしだった、見ることさえ億劫だったカノジョからのバレンタインチョコレートの封を開いた。

 手作りだろうと思われる、少々形の悪いハート型のそれは、ひび割れていた。


 四月一日。


 ボクは、馬鹿だった。

 独り善がりな、愚か者フールだった。

 何故、自分の感情を押し付けるばかりで、カノジョの不安を取り除こうと努力しなかったのか。

 ようやく、そのことに気付いたのは、学園祭でボクの下手な絵に色をつけてくれたときのことを思い出したからだ。

 下手だと恐縮するボクに、大丈夫だよ、と言ってくれたキミの言葉を。


 何故、大丈夫だよ、と、ボクも、あの日言えなかった!


 ボクは、馬鹿だけど、この感情は嘘じゃない。

 毎月、告白をしてきたけれど。


 一月のおみくじは、根気よく諦めぬが吉。

 二月のあの日は、もう取り戻せないけれど。

 三月は、告白することが出来なかったけれど。


 何だって、エイプリルフールなんかあるんだ。ここは日本だぞ。畜生。

 誰かを幸せにする嘘はあるのか? 世界に優しい嘘は存在するのか?


 カノジョは信じないかもしれない。

 かえって、怒らせることになるかもしれない。

 でも。


 もし、許されるなら、もう一度。

 四月一日は、また、やってきたのだから。


 だから、愚か者ボクは嘘をつく。


 今日は、四月一日エイプリルフール


「ボクは、あなたのことが、嫌いです」

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四月一日のカノジョ おおさわ @TomC43

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