第六章
第27話ジョイン
実権を握っている地球統括政府正規軍、その終焉が刻一刻と近づいていることを知るのはもはや神だけなのかもしれない。ただ、その神が気まぐれを起こさないとは限らない。一つだけ確実に言えることがあるとすれば、この戦いに大した意義などない。
オッドーの手帳に書かれたメモを頼りにエドゥが向かった先でシャイダン・サルバーカインと出会う。それまで互いを敵だと認識していた彼らの意識に変化が起こる。そしてオッドーの子、ケーラを引き取ったエドゥはバーナードとの約束通りピンチに陥っていたアルバトロスへと戻り再び修理途中のザンダガルを駆り、統括軍の包囲網を破った。そしてアルバトロスはようやくレボルストとの合流地点であるヘルダス国の目の前にまで迫っていた。
一つの通信機の周りにエドゥ、ニールス、サミエル、ゴーヴ、そしてルトが囲いコールをかけ続ける。エドゥはそれについてルトに説明を求める。
「なんでこんな大人数で、しかも俺まで珍妙なことに参加させられてるんだよ?」
「あんたがマクダナゥJr.からプライベートナンバーを貰ったからに決まってるでしょ?多分コールの最中に私たちの声を確認してるのよ。」
ルトの考えはマクダナゥJr.へのコール時、彼がなんらかの方法で彼女らの声を確認しているのではないかと言うものだった。その一番シンプルでかつ騙りやすい方法は偽のコール音を響かせると言ったものだ。そうなれば電話がかからないと勘違いしたまま、相手にはいたずらにこちらの情報を与えてしまうだけだ。
一度だけニールスがいた時に繋がったのはおそらくロナウドと直接会って声を聞いているからだろうとルトは考え、さらにエドゥを呼ぶことで相手が食いつく確率がグンと上がると思いつく。
「となるとよくよく聞いておけばどこかで音の切れ目があるわけか…。」
「もしくはもうすでにこちらの声が相手に届いているかもしれないわね。ねぇ?ロナウド・マクダナゥJr.さん?」
この場にいるメンバーにではなく通信機に向かってルトは語りかけるように言う。すると永遠のように続いていたコール音はピタリと止み、プツプツとノイズが聞こえてくる。
『よくお分かりで、お嬢さん。久しぶりだね、エドゥアルド君。ロナウド・マクダナゥJr.だ。君を調べて見て驚いたよ、まさかあのアルバトロスのパイロットだったとはね。』
爽やかそうな青年の声がエドゥに一言挨拶をする。
エドゥはニヤリと笑って「俺、有名人。」などと言って笑う。ニールスには通信端末を挟んだ先にあの兄にも似た顔が浮かんでくるようだった。
「一応確認は撮っておきたいのだけれど影武者とかでもない本物なのよね?」
『疑り深いのは分からないでもないが信じるも信じないもお任せするよ。私の口からは本物だと言っておこう。』
「回りくどいな、俺とニールスは直接会っているんだ。それよりも話を進めさせてもらうぜ?こっちにはアンタの義理の姉になるかもしれないのが一人いるんでね。」
意表を突かれたのか、もののわずかだけ静寂が支配する。だがロナウドはすぐにその意味を理解したようでほお、と息を漏らすかのように感嘆をあげる。
『すると、あの声はサミエルさんの声だったのですね。えらく気丈そうなお方だ。』
「はっ、危うくあんたはその気丈な女と結婚するところだったんだ。」
サミエルが喧嘩腰に言うとロナウドはくすくすと笑いだす。
『いえ他意はありませんよ、あなたが婚約を破棄して統括軍に入ったと聞いたときは少し残念でしたがエイミーさんも素敵な方だ。ただ…。』
「ただ?別に妹を返してなんて今更いうつもりはないよ、もうアタシはあの家から勘当されたみたいなもんだしね。」
含んだようなロナウドの言い方にサミエルはかぶせるように言う。しかし彼の言葉は違った。
『そうではありません、私はあなたがあのお家を出ていかれた理由が分かったような気がしたのです。ベンジャミン・クラウス・シプレー氏を私は好みませんね。無論、それがビジネスマンとしても一人の人間としても。レボルストと統括軍を行ったり来たりとするにしてはあまりにも小物すぎる。いえ、気を悪くなされたら申し訳ないのだが、統括軍との関係を保つために我がロナウド家を通して取り繕うにしても許嫁を寄こすだけ、レボルストとの関係を築くために新型ギルガマシンを提供するだけ。やっていることは一見大胆だが、よく見ればあまりにも姑息すぎる、中途半端だ。本来敵対する二つの勢力を手中に収めようというのが許されるのはこの地球上を征服するだけの気概の持ち主だけだと、私は思う。』
妙に納得してしまったのは急な長話のせいなのか、ロナウドJr.の話にうっかりと乗せられてしまいそうになった彼らだった。
だがエドゥはシャイダンの話を思い出す。
「あぁ、つまりあんたがナーハのやり方が気に食わないってんで統括軍にその情報を漏らしていたのか。」
「それだと私たちでも情報をすぐに手に入れられたっていうのも合点がいくわね。」
ルトがふんふんとうなづきながらロナウドとエドゥのやり取りを聞く。
ニールスは「どういうこと?」と首をかしげていたがそれをルトが説明する。
「そもそも怪しいと思っていたのは統括軍を裏切ったとされる元フォース・ヘッズのゲタルト・ジャイフマンなのよ。彼は隠密で情報を集めるプロであるとも聞くわ。で、集めた情報を送る先が統括政府情報局なのよ。統括政府のなかで最も軍部と深くかかわっているのがここね。その元締め、誰だかわかるかしら?」
ニールスは気づく。エドゥもなるほどなと呟く。そのそぶりを見たルトは通信機に指さし、「このロナウド・マクダナゥJr.の父、ロナウド・マクダナゥよ。」と宣言する。
『そういうことだ。父のネットワークを使って私が直接ジャイフマン大佐に漏らした。半分私利私欲の混じった使い方をしているようにもみえるだろうが、まぁそれはおあいこさまだろう?』
「そうね、あのクソ親父には同情の余地なしって感じかしら。ザマないわね。」
サミエルのあまりなドライな言い方にロナウドはたびたび驚く。だがそれが本当の気持ちだと知り、笑う。
『なるほど、いままでエドゥ君が出てくるまで相手をしてやるものかと思っていたがもったいないことをしていたな。正直なところわざわざ統括軍を相手にしてくるなんて、それもレボルストなんて言う組織と一緒に…と馬鹿にしていたが、その先入観は良くはないというわけだ。』
「俺たちだけで満足しているようじゃ、うちの艦長と出会ったらひっくり返るんじゃないか?」
半分本気の半分冗談交じりのエドゥの言い方にいっそう笑い声をあげる。奥の方でお付きの人間が焦ったような声でやってくるのが分かった。ロナウドは彼らに何でもないとだけ言って追い払う。
『…興味が沸いた、ジャイフマンやグリーチ・エイベルを相手するよりもはるかに面白いゲームだ。父はまだ統括軍に執着しているようだが私は君たちに賭けよう。ゲラに向かっているのだろう?ならばその弱いところをつけるように資料を手配する。』
グリーチの名があまりにも軽く出て来たのでつい聞き逃してしまうところだったが、一応エドゥは尋ねてみる。
「いいのかよ?そんなことばかりしてさ。あんただっていつ寝首をかかれるか…。」
『私だってまだ君たちと同じように若いんだ。考えの凝り固まった年寄りやつまらない大人の相手をしたり、下手に縛り上げられて温室で育つよりものびのびと自由に生きられるほうが羨ましいと思う。…これで失敗すればその時はその時だが、今の状況を鑑みれば統括軍は近い将来必ず没落する。無論レボルストが成り上がったところであの烏合の衆の事だ、結果は同じさ。だから父にも統括軍にも、そしてナーハやレボルストにも歯向かってアルバトロスに賭ける。私は今しがたそういった自由な生き方を自分で決めたということだよ。ではっ。』
言いたいことを言うだけ言ってロナウドJr.は通信を一方的に切る。リダイヤルしようにももう繋がることはなかった。だが通信室のコンピュータには統括軍の基地と思われる見取り図と各部隊の配置図がデータとして転送される。五人は顔を見合わせて瞬間的に止まったが、自分たちよりもはるか高いところにいるはずの青年がそのような無茶な行動に出たことを愉快に思った。
アルバトロスは予定時刻からギリギリ過ぎたところで目的地周辺へと到着する。ヘルダス国は小国であるが、その全てを要塞化されており、高い城壁から後付けされたような対空砲座が顔を覗かせていた。
「あれだけ好き勝手改造されておいて国民からの文句はでないのかね?なぁ。」
「結局レボルストも規模が違うだけで統括軍とやってることは変わらないんでしょ。あ、キャップ。これどうぞ。」
バーナードは高くそびえる壁を眺めながらルトからロナウドの資料を受け取る。
それをパラパラと見ながら「ほぉ…。」と口角を上げる。
「ロナウド・マクダナゥのせがれはただのお坊っちゃんではなさそうだな。よくやってくれた。」
「もう一つわかったことは、ゲタルト・ジャイフマンが完全な黒ってことね。それを裏から糸を引いていたのもロナウドJr.なんだけれど、この際どうだって良いわ。」
「ある程度シャイダンからその話は聞いていた、それに二人以上から裏が取れれば確実だろう。それも将軍に近しいような二人がさ。」
シャイダンと出会ったことをエドゥはすでにバーナードに話していた。シャイダンもまた今の統括軍のありように疑問を抱いていることを知ったバーナードは心なしかホッと胸をなでおろしたように見えた。
「ヘリ…あちらさん、我々をキャッチしたみたいですね。まもなくレボルスト本隊と合流します。」
『…アー…アー…。聞こえるか?そこの陸艇、ここはヘルダス国の領域県内ギリギリだ。すぐさま味方識別信号を送るか引き返すかしなければ攻撃を開始する。』
「こちらアルバトロス、今から信号を送る。しっかり受け取ってくれよ。」
『…アルバトロスか。…ん、確かに、そのまままっすぐ言って17番ドッグに向かってくれ。ハイネス同志がお待ちだ。』
水先案内と化したヘリはアルバトロスにぴったりとつく。ククールスがそれに従い徐行させながらドッグに侵入する。
「同志ねぇ…。いくら聞いてもむず痒い言葉だ。」
キャプテンシートで頬杖を立てながらバーナードは呟く。
艦はドッグに接舷するとその動きを止める。ホッと一息ついたのもつかの間、モニタにはハイネス・ダットソンが映し出される。その横にはゲタルト・ジャイフマンもいまだ健在だ。
ロナウドJr.の話が本当ならば彼は確実にレボルストを陥れるアクションを起こすわけだが、それがゲラ攻略の前後どちらかがわからない。ロナウドJr.もそれを教えるつもりが無かったわけではないのだろう。おそらく彼自身も細かい作戦内容については知らないのだ。
『久しぶりと言うにはまだ早いようだが、まさかもう追いつくとは恐れ入ったよ。アルバトロスの実力、確かに見せてもらった。』
モニタ越しに直接対面していないからだろうか、いやに横柄な態度でハイネスは接してくる。
「いやはや、こりゃどうも。」
ハイネスは実質的にアルバトロスを率いていることからか、部下の手前だからか、まるで人が変わったかのように彼らに接する。バーナードは気の大きくなったハイネスを特に気にかける事なく淡々と話を進めようとする。
「それにしても立派な艦隊をお持ちのようで。ここからでもよく見えますな。それにギルガマシンの数も並じゃないようで。」
『一応正規軍との真っ向勝負を仕掛けるわけだからね。これだけは揃えておかないと。』
ハイネス・ダットソンという男はその口に見合うだけの人望というものがあるものだと思った。案外人の心を引くだけのカリスマ性と言うものはああ言う人間だからこそなのかもしれない。大きな組織には向かうための反逆の象徴は実際に戦う「動」な者たちをいつも冷静に物事を見る「静」な人間であるべきなのかもしれない。グリーチに対して小物とは言えど、自らをアイドルに仕立て上げるのは相当の苦労があったようにもうかがえる。
それ故、ゲタルトのような男でも反統括軍を語るのであれば寛容に受け入れるのかもしれない。自己陶酔に陥れば視野も狭くなると言うものだ。
そう考えた時、バーナードは自分のことも省みる。他人の批評はいくらでも出来るものだが、我が身となると途端に甘くなる。その恐ろしさをグッと奥歯で噛み締めて常に思い返せるように心の中にとどめておく。
『こんなところで話し合うのはなんだ、こちらで席を設けている。ナーハ商会のベンジャミン氏もぜひアルバトロスの艦長にお会いしたい、とのことで同席なさる。奥の迎賓館で待っている。』
「ほぅ、そいつは丁度いい。こちらも彼には聞きたいことが多くあるんでね。」
通信はそこで終わり、アルバトロスのクルーにも上陸許可がおりる。
「すっかり気取っちゃってるぜ、あのハイネスとかいうの。
「しかたない、これまでこんなに大きな組織の上に立つことが無かったんだろ。そりゃ踏ん反り返りもするさ。」
後ろで繰り広げられる会話に耳を傾けながらバーナードは下船準備を始める。
グリーチの耳にはアルバトロスのヘルダス入港の話は既にゲタルトを経由して届いていた。
「…サルバーカイン少将は結局奴らの足止めをできなかったというわけか。仕方がない、私はタルトスまで下がる。ゲラ基地の事はここの司令官に任せるとしよう。スキャッチャオ少将はファースト・ヘッズの四分の一を残して私についてこい。…それとミラージュ中佐、チー・ウォンホー大佐がまもなくここに合流する。その時はここの案内を頼むよ。それが終え次第、残りのファースト・ヘッズとともにタルトスにまで戻ってきてくれ。」
ミラージは二つも部隊を下げさせてはゲラにの守りが弱くなるのではと懸念する。ゲラを落とされてしまっては統括軍はほぼ裸にされたも同然、それにただでさえ敵は目の前だというのに大袈裟に動けば何かあると勘繰られてしまうのではとも思う。
「将軍、奥にあるタルトスの守りを強固にする、とそれは分かりますがゲラの守り自体が薄くなるのではないのですか?たしかにここにはそれ相応の部隊やマシンが配備されているとはいえ所詮は元山賊などを集めた軍隊もどきのようなものですよ?それに今戻ってしまえば我々がわざわざここに足を運んだことが無駄にも思えてなりません。」
ミラージはシャイダンの事も含め、焦るがゆえに高圧的になるのだろうと思いながらグリーチはそれを聞く。
「ミラージュ中佐、まず二つ目の質問を答えよう。私がゲラに君たちを連れ立ってきたのはここの司令官たちに発破をかけるための材料に過ぎなかったというわけだ。そして一つ目の問いだが、ここにいるのが君の言う山賊もどきだからこそだ。その程度の戦力で今のレボルストやアルバトロスを完全に丸め込めるとは思ってもいない。だが統括軍にいるとなると曲がりなりにも正規軍の一員だ。それにサード・ヘッズも援護要因として来る。つまり致命傷とはいかずとも奴らに打撃を与えることは可能だということだ。そこにタルトスの精鋭部隊を送って見ろ。一気にけりは付く。さらにジャイフマン大佐がレボルストに、それもハイネスの下についている。つまりいつでも奴を暗殺し、混乱を起こしたすきに内部崩壊させることも可能だということだ。」
多少納得はいかなかったがそれでもミラージはグリーチの話を飲み込む。
キストロールは自身の部隊に指令を出し、グリーチとともにタルトスへと戻る準備を行う。
ミラージたちは軍人である。上の命令のままに動かなくてはいけない存在。だからこそ理不尽と思えることでも黙って受けなければならない。ふと、シャイダンの事が気にかかるようになる。彼ほどの人間がなぜアルバトロスなどというランドクルーザーを落とすことができないのか。それどころか、将軍グリーチ・エイベルもなぜそこまでバーナード・J・ガウダスが率いているからといってそこまで固執するのか…。そのすべてがミラージには理解しがたいものだった。
「お初お目にかかりますな、ガウダス中将。ベンジャミン・シプレーと申します。」
「どうも、こちらはお噂をかねがね。」
迎賓館の大広間にレボルストの幹部集団の集まる中、サミエルの父であるベンジャミンも同席していた。バーナードらが部屋に入るや否や氏は声をかける。ハイネスはじっと座ったままただ一言「よく来てくれた。」、とだけ言う。
アルバトロスの人間が席に着き、全員そろったことを確認したのか、すぐさまプロジェクターを起動させてゲラ攻略の作戦概要の説明に入る。手元に渡された資料の中に書かれたものは一見よく調べられているようにも見えたがロナウド・マクダナゥJr.の元から送られてきたものとは大きく差異があった。どちらを信じていいのやらと悩むが、その中にはアルバトロスの単独行動を止めさせんとするような事柄が明記されていたために確認をしたところ、ゲタルトの話をもとに作成されたものだと聞くと言わずもがな片方は途端に無価値なものとなり下がった。
ある程度ロナウドJr.のものと一致するところがあるのはハイネスからの疑いの目をそらすことにあるのだろう。「手の込んだことで…。」とついうっかり口に零してしまい、周りに「何が?」と問われ取り繕う。
「今作戦に異議を唱える者は?」
ハイネスは様式にならいそう尋ねるが、そのまま会議の終了を告げようとする。だが、バーナードに耳打ちされたマクギャバーが異議を出す。また厄介な…とでも言わんばかりにゲタルトは顔をしかめたがハイネスはそれを許す。
「この中にアルバトロスの単独行動を禁ずとされておりますが、それでは先の同士の命じた作戦に矛盾をきたすと思われます。アルバトロスの実力を図るうえでの単独行動および作戦、それによっての十分以上の結果を出しております。無論レボルストの指揮下にいることをきちんと理解したうえでの単独行動を認めていただきたい。」
レボルストの各幹部たちはざわめき始めるの、ハイネスはそれを抑える。
「どう思う?ゲタルト大佐。」
「は、はぁ…。確かにアルバトロスはこれまで単艦でこれだけの戦績を上げておりますからなぁ…。少し外すのは惜しいかと思われますが…。」
「しかし、その戦力となるものを我々が上から押さえつけては士気にもかかわると思うが。」
「…致し方ありません、ここはハイネス同志の意見に従いましょう。アルバトロスは単独の行動ということで。」
バーナードらの位置からはゲタルトが苦汁をなめるような顔でうつむくのがよく分かる。おそらくそれは事情を知っているからなおさらと言うものだろう。粛々と進められていった作戦概要説明は終わりを告げる。
会場には豪華な料理が運びこまれ、たちまち交流を深めるためとしての立食会が開かれる。各人は酒の入ったグラスを持ち、ハイネスの乾杯の音頭と共にそれをあおる。
少しして、料理を前にゲタルトがバーナードの下へとやってくる。やはり彼らの前だけはいい顔を見せぬその様子に笑いが漏れ出しそうになるのをこらえる。
「よくもまああれだけの前で恥をかかせてくれたものだ。…ただで済むとは思うなよ?」
「まあそう、えばりなさんな。今は味方同士、統括軍を倒すことを目標に。言い争いはその後にでも残しときましょうや大佐。」
「そうですよ、こちらとしてもレボルストに協力する立場として最善を考慮しての事なんですから。別にあなたの揚げ足をとろうなんて考えてはいませんよ。」
バーナードの言葉にさらなるフォローを重ねてマクギャバーが言う。
ゲタルトは言い返そうと思っていたことを言えず、ぐぅ…喉の奥へと飲み込みと「それなら良いが…。中将の実績ならば問題ないとは思うが、くれぐれも足手まといになるようなことだけは避けていただきたい。」
それだけ言い残して去ろうとする。
そんなゲタルトの後姿に向けて「ロムには気を付けるんだな。」と投げかける。
ゲタルトはハッ、として後ろを振り返るがすでに彼らは別の方へと向いていた。
「ちなみに艦長、ロムってのは?」
「ロナウド・マクダナゥJr.の使っているコードことだよ。ファーストネームのRとO。ファミリーネームのMを合わせて『ROM』。エドゥたちが奴にもらったデータの中に書いてあったんだ。おそらくゲタルトなら気づいているさ。」
「なるほど、それで…。でもわざわざそんなこと言ったらバレません?」
「そうだな、ただそれ以上に動揺はすると思うがな。いくら潜入が慣れているとはいえども敵陣ど真ん中にいるんだから多少ビビるだろう。」
マクギャバーは(あんたはたとえそんな状況になっても平気そうだよ。)と危うく口に出しかけたが思い留まる。
「あのバーナード・ガウダスという男のところは中々面白いじゃないか。」
「読めぬ男ではありますが、ただ我々レボルストの良い味方となるでしょうな。」
ベンジャミンとハイネスは遠目にアルバトロス一行の様子を、特にバーナードを見る。
「家を出た私の娘が彼のところにいると知った時は驚いたが、あの気性には彼の様子を見るにシプレー家や統括軍にいるよりも遥かに向いているのかもしれないな。」
「…次女のエイミーお嬢さんはロナウド氏との結婚を受け入れていらっしゃるので?」
「あぁ、あの娘は実に素直な子だよ。統括軍にもこれまでよりも目をつけられることはなくなると思う。ハイネスさん、あんたのところと美味い商売が出来るよ。」
「時代は終わりを迎えているのです。共に良い未来を築き上げましょう。」
ハイネスはウェイターからワインの入ったグラスを二つ取り上げ、一つをベンジャミンに渡す。
チンッと音を立てて改めて互いの繋がりの強さを確認するかのように乾杯する。
「今頃キャップたちは美味いものでも食べてるんでしょうね…。はぁ、私もついて行けば良かった…。」
「とは言っても、あんな場所で食べる飯が美味しく感じるとは思えないけどね。アタシはアルバトロスの艦内食で十分よ。」
「だが流石に同じローテーションは飽きては来たけどな。それよりも気になるのは奴らが俺たちをどの辺りに立ち回らせるかという事だな。ゲタルトは派手に動かれるのを嫌いそうだ。」
ソファに腰掛け、軽食を片手にエドゥは空で手持ち無沙汰のように指を振る。その横にピッタリとくっつくようにケーラが座る。ルトはそんなケーラを撫でようとするがただ跳ね除けられてしまう。ゲラの配置図を見る限り真の戦力を置くつもりがないと見ているが、圧倒的物量さには変わりない。アルバトロスが自由に動けないとなるとかなり無理を強いられる形となる。
「ウチの艦長、単騎で統括軍に喧嘩売るような人間だぜ?レボルストの言いなりになんか簡単になる様なヤワじゃないって。」
ジュネスの言うことにゴーヴが同意する。
「確かに、アウェーの中でガツンと啖呵切りそうな男だもんな。」
「艦長が直接言わずにマクギャバーに言わせてたりとか、ああ見えて彼すごむと怖そうだし。よく言うだろ?普段怒らない人が…みたいな。…どっちにせよボクらがゲラを叩いてもまだタルトスがあるからね。統括軍の心臓部に噛みつかなければ意味はないよ。」
「ニールス、その通りよ!どちらにせよ統括軍をどうにかしない限り私たちに明日はないんだから!さっさとそれ食べてマシンの整備にでも行きなさい!」
机をダンッと叩いてルトは立ち上がる。と言っても背が小さいのであまり威厳を感じられないのだが。音に驚くのはケーラのみだ。
エドゥは最後の一口をヒョイと口の中へ運び、泣きそうになる赤ん坊を抱き上げる。
「そうだな。始まりはなんにせよ、ここまで大袈裟にしちまったんだ。それだけのオトシマエでもつけなけりゃ男がすたるってもんよ。」
その言葉に皆頷きを見せる。
グラスを携えたベンジャミンがバーナードに近づく。マクギャバーらは警戒を示すが彼はそれを抑える。
「お近づきの印に一杯どうかな?バーナード中将。」
「ありがたい提案ですがあいにくまだこれを空けてなくて。あとでいただくこととしましょう。」
バーナードは自らのグラスを顔の方まで上げて小さく降ってみせると中でワインが踊るように波を立てる。
「少しばかり二人だけでは話せないかな?」
その一言にバーナードは後ろへアイコンタクトを送り彼らを下げる。
「すまない。…さて、あまり無駄話をして彼らを待たせるのは忍びない。単刀直入に進めよう。クリスタリアカンパニーと手を結んであのザンダガルを手に入れたと言うのは本当かね?」
やはりそうきたかと心の中で呟く。クリスタリアカンパニー同様、ベンジャミンのナーハ商会もギルガマシンを、しかもAGS搭載のものを作っている。そのクリスタリアカンパニーの虎の子のマシンであるアテンブールやビストブールを持っていては気にもなるだろう。ただ別に商売の話に興味のないバーナードとしてはそのことは心底どうでもよいはなしだった。
「ザンダガルは本当に偶然が折り重なって手に入ったにすぎないが、確かにビストブールの方はクリスタリアカンパニーからの提供、と言うほどのものではないが力添えなくては成し得ませんでしたな。」
「つまり、クリスタリアカンパニーも我々ナーハの様に統括軍に対して…。」
「いや、厳密にはそうではありませんね。彼らはあくまでも統括軍との関係性は保ったまま、我々に支援を行なったのはただの気まぐれと捉えるのが良いでしょう。」
ベンジャミンは頷きながらなるほど、とバーナードの話に耳を傾ける。
「ナーハ商会も未だ統括軍を相手に商売は続けたままではあるが、その実そこで得た資金を元にレボルストの支援を行なっている。根本的に違うとするとここでしょうか。」
「つまり君たちアルバトロスを特別視していると言うわけか。」
「特別視かどうかはさておき、それなりに評価されていることは自負いたしますよ。あなた方が我々をどう見ているかは存じあげませんが。」
「食えない人間だとは聞いていたが、なるほど確かに回りくどい男だな君は。」
ベンジャミンはクックックッ…と押し殺す様に笑う。バーナードもニヤリと笑ってみせる。
「褒め言葉として受け取っておきましょう。…ついでと言ってはなんですが、お節介ながらにご忠告を。このことはすでにグリーチ・エイベルに筒抜けしていると思っておいてください。ロナウドJr.に娘さんを嫁がせるとお聞きしましたが彼もなかなかにしたたかな人間だ。あまり不用意に動くといつの間にか足元をすくわれますよ。」
「ご忠告痛み入るよ中将。だが恐れることはない。ハイネス氏はこれだけ優秀な人材をかき集めたのだぞ。今や統括軍を討つのも時間の問題だといえよう。」
先ほどとは違い高らかに声をあげて笑う。バーナードはニヤついた頬を一層あげ「これは失礼」と、深々と頭を下げて彼の元から離れる。
(なるほど、全く危機感を抱いてないところを見るとよほど温室育ちということか。サミエルが家を出るのも頷ける。)
心の中でサミエルやゴーヴに対する同情を抱きながらグラスに残ったワインを一気に飲み干す。
年代物のワイン独特の匂いが鼻孔をくすぐった。
程よく時間が経ったところで再びハイネスが登壇する。スタンドからマイクを取り、持て余した左手は大きく大きくジェスチャーをしてみせる。
「決起集会と大仰に言えるほどのものでは無かったが、共に盃を交わした我々が目指すは統括軍に対する勝利のみだ!今こそ歴史の転換点である。私と君たちはその上に立っているのである。絶対的権力を握り続ける統括軍は既に腐っている、そこに楔を打つのは容易い!さあ、いよいよ決戦の時だ!」
あちこちからオォーッと野太い声が会場いっぱいに響く。多方から集められたレジスタンスやゲリラのトップたちはハイネスの言葉に感動でうち震えているのか、はたまた武者震いなのか指先にまで汗をかきながら精一杯に声を張り上げていた。
「こういうクサイのは嫌いじゃないんだけどね、ねぇ?」
「ハハハ…」
ついにレボルストと統括軍は事実上の開戦を迎えた。そこに加わるアルバトロス。新たな歴史の一ページが刻々と刻まれて行く。
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