第10話タイムリミット
戦うことが常識となったこの世界。いつまで争い続けるのか、などとつぶやく者などむしろ異端であろう。だがエドゥアルド・タルコットを取り囲む状況は小さくではあるが、確実に世界を変えようとうごめき始めている。
ついにダクシルースの裏に隠された悪魔の落とし子「原子力爆弾」の存在を知ったアルバトロスの一行ではあったが、それを止めんとするエドゥらの前に立ちふさがる多脚型ギルガマシン・ガルージア他。ただし残された時間は彼らにとってわずかしか残されてはいなかった。そして、ここにダクシルースでの戦いが決着を迎える。すべてを消すか残すかは、テンダー・クワイメル市長とアルバトロス、そして彼らに加勢するゲリラの手にかかっていた。
「くそぉ!いつまでたってもこんなことをしているようじゃ埒が明かねぇ!」
ザンダガルを翻弄するガルージアの動きはエドゥのいら立ちを増大させた。無理もない、今彼らはこのダクシルースに住むすべての民間人の命を預かっているようなものなのだ。
(ライフルの弾は二発も無駄にした…。残弾も二発…。ここでもう一発外せば一瞬の足止めしかできない。とどめを刺すには二発を当てなきゃならん…!)
だが、エドゥが考えている間も相手はただ動いているだけではない。ザンダガルに向けてマシンガンで牽制し、着地点にキャノン砲を落とし込んでくる、そして撃つ反動をエネルギーにバックで逃げる。ガルージアのヒットエンドランを繰り返すその動きに追いつけずにいる事がさらに神経を逆なでする。都市内部での混乱を避けるために大きな動きもできず、ただ、足元を狙われながらそれを避け続けなければならなかった。
(…足元…!)
自分がずっと敵のマシンガンに足をすくわれぬよう避けていた部分を一瞬ではあったがじっと見た。その銃痕やタイヤ痕が一定の形を保っていることに気が付いた。
そうしてその考えを頭に入れたまま目の前で機敏に動くガルージアの動きを確かめると想像通り攻撃から逃げるモーションまでのパターンが作られていることが分かった。
ガルージアが牽制用の攻撃時、車輪をスライドさせ機体ごと回転させる動きをつける、そのために軸足となる部分が存在しいる。つまり軸足部分がほとんど動かないでバルカンを放ってくることがわかった。
ギャギャギャギャ!と金属同士がこすれ合わすような音をして後退をした時から瞬きをやめた。。軸足を必ず持ってくる場所がある。その確信は地面にくっきり残された痕が教えてくれていたからだ。
(…?アテンブールの動きが変わった…!)
ガルージアのパイロットはそのエドゥの避け方に違和感を感じた。だがそれまでの動きを全てパターン化したところに無理に別の運動をさせれば必ず隙を作ってしまう。それにパターンとは言えガルージアの動きは並ではない。それを見つけたからどうになる話でもなかった…。
……その相手がエドゥの乗るザンダガルでなければ。
もう動きは読んでいた。それはエドゥもそうであるし、ザンダガルのコンピュータでもあった。バルカン攻撃を全て受け止めるつもりで脚に重心を構えピンポイントにライフルで狙い定める。
その瞬間的な動きに焦ったガルージアはキャノンを撃つ。だがその弾はかすりもせずに後ろに着弾する。巻き上がる炎が遮光レンズを出し忘れたガルージアのカメラを焼きつかせる。それが目くらましとなり、またキャノンの反動がバランスを崩させる。だが運悪くも軸足はブレなかった。
エドゥが引き金を引くと強烈なライフルの音がドフゥッと響く。ただそれまでとは違い、撃ち出された後に耳をつんざくような破裂音が続いて聞こえる。ガルージアは一本脚を失って前のめりにドッと倒れこむ。薬莢を弾き出したザンダガルのライフルは次の弾が装填されそのまま銃口がコクピットに持っていかれ、最後の砲が鳴る。
「さぁ、こっから形成逆転と行こうか!」
ザンダガルがライフルを地面に捨てビガーズとシューターらがにらめっこ状態のところにグルリと振り返る。
「バーナードだ、そっちの様子はどうだ。」
『数隻の陸艇はすでに足を止めて立ち往生です。こちらのギルガマシン部隊もかなり損傷は受けてはいますが優勢です。動けなくなった陸艇から脱出する乗組員が見えましたがそれらの動きも封じ込めている状態です。』
「分かった、他に何かあるか?」
『多分ダクシルースにいるほとんどの統括軍関係者やスタッフが核兵器の存在とその被害範囲について理解しているようですね。一様に怯えています。』
それを聞いたバーナードは口角を上げて言う。
「これほどの事をしようとしたんだ。十分に怯えさせてやれ。出なきゃ割りに合わない。取り逃がした分はもう追わなくても結構だ。多分統括軍の本部に戻ってもさすがに事実が明るみになれば多分堂々表を歩けないだろうからな。それとこっちの方は心配しなくていいから、クワイメル市長管轄の元"統括軍とゲリラとの衝突の巻き添えを喰らわないための避難"の為に当たってくれ。」
『…なるほど、そう言う落とし所をつけるんですね。了解!数機をすぐそちらに向かわせます。』
頼む。と言って連絡を断つ。そしてバーナードはクワイメル市長とルトの方に向き言う。
「市長、これからうまく言って避難誘導の方を頼みます。それとルト、今回のことを公にしてほしい。様々な情報機関にダクシルースで起こったこととその首謀者について書いて最も信頼に足る情報として送ってほしい。」
「了解した。」
「了解キャップ。任しておいて!」
「よし、サミエル、君たは市長とルトのためにジープを回しておいてくれ。それとゴーヴ、ここら辺にある荷物を全部まとめてアルバトロスに持って行ってほしい。」
「了解、じゃあルト、クワイメルさん後ろに乗ってください。」
「分かりましたが、これは?」
ゴーヴがバーナードの後ろに用意された荷物を見やる。なにやら大きな荷物に見えた。
「ま、気になるだろうね。エドゥとおやっさんがザンダガルにキャノン砲を積みたいって言っててね、ハッタリでも構わんとも言ってたから頂いた。それとギルガマシンのパーツや武器を少々。…どうせ今の我々にはどうすることもできないんだ、ならばその先の事を考えて行動なくちゃな。」
バーナードはゴーヴににやりと笑って見せる。それにこたえるかのようにゴーヴもバーナードの顔を見て笑う。
「なるほど、アッハッハッハ!ほんとにちゃっかりしてるよ、アンタは!」
「言ってくれるな!ハッハッハッハ!」
ザンダガルがビガーズと正面切って戦うとすぐ様に決着はついた。やはり単純な性能差で言えばザンダガルが圧倒していた。
ビガーズの背面に備えられたコクピットブロックはシューターのフックショットに突き破られそのまま火花を散らしながらの立ち往生をしていた。
「このまま爆弾が仕掛けられたポイントに移行する!全員トレーラーに乗り込め、乗り遅れた者は走ってでも来い!」
トレーラーやギルガマシンの肩に乗り込んだ処理班はG-19へと急ぐ。
エドゥのザンダガルも後方からの追手がいないことを確認しながらそれを追う。
街中を大型のトレーラーと数機のギルガマシンはすでに避難に乗じてここまで運び出すことに成功したが、統括軍はどうであろうか…。統括軍が仕掛けた原子力爆弾はその威力を見せんとほぼダクシルースの中央に位置する場所に仕掛けられている。それを考えたとき、ここまでずっとシークレットを隠し続けた統括軍の連中が堂々と街中で計画を遂行していたようにも思えなかった。
それをニールスが先に口にする。
『もしかすると統括軍は地下通路のような目に触れないような移動手段を用いていたんじゃないかな?いくら大きな通路を作ったところでそれもまた軍の施設なんだ一般では立ち入れないような場所なんだから気兼ねなく仕掛けられる。』
ニールスの言葉を聞いたトレーラーに乗った処理班のリーダーははっと気が付く。何も人々の移動手段は地上に限られたものでもない。こんな大きな都市ならば特にそうだ。巨大都市の地下ほど隠し事に便利なものはない。
「確かにニールスの言うとおりだ。アルバトロスに連絡を取ってくれダクシルースの地下に交通網は仕掛けられてはいないか出してもらおう。」
「分かった。アルバトロス、こちら処理班、応答を願う。」
『アルバトロスのマクギャバーだ、どうした。』
「リーダーのサキガケだ。ダクシルースに地下道もしくは地下鉄はめぐっていないか?そのうえでポイントG-19に通ずる線もないか調べてほしい。」
『地下か……。ダクシルースで最も使われている公共交通機関の市営Dメトロが存在している。がG-19に行けるようなルートは存在しな………ん?なんだこれ。』
「どうした、何かあったのか?」
『いや、マップ上には移ってはいないが確実に広くあけられている空洞が存在している。それもかなり大きな空洞が…。交通局に問い合わせてみる。それがだめならば直接艦長からクワイメル市長に聞いてもらう、地下鉄の運行を止めてもらう必要もありそうだしな。取り合えず交信は断つぞ。』
「了解した、早めに頼む。」
そういってマイクのスイッチを切る。
トレーラーの動きを停止させて言う。
「三番、四番のジープはこのままG-19へと向かってほしい。後はもう一度さっきの施設へと戻る!」
「使われていない地下道が存在する?ん、分かった。市長に伝えておく、多分地下鉄ももうじき運行をやめるよ、その謎に存在する空洞を調べることを優先しておく。多分ここなら資料はすぐにでも見つかるからね。はいはい、ありがとう。」
バーナードは通信端末を置いて尋ねる。
「ダクシルースの地下鉄及び地下工事の資料ってないかな、あればこっちに貸していただきたいんだけれど。」
「承知いたしました。」
クワイメルの秘書が部屋から出て資料を取りに行く。バーナードは椅子に腰かけ煙草を一本取りだして吸う。口の中に煙を蓄え、肺に送り込む、そしてポカッと煙を吐く。
(何となくそんな予感はしていたが、統括軍…。私の知らないところでいろいろと手広く行っていたようだな…。だが急ぎすぎた。じっくりとやればもう少し上手くいっていただろうに焦るからこうしてイレギュラーが芽を出し、綻びが生まれる。)
バーナードは目を瞑り、誰に向けていったわけでもなく言葉をつぶやく。
「…お前たちの負けだよ。」
バーナードの言葉は吐き出した煙と共に空中でじんわりと消えていった。
『こちらアルバトロス、サキガケはいるか?』
「サキガケだ、どうぞ。」
『さっき艦長から入ってきた情報だ。Dメトロ10番地駅横にに軍事用地下鉄搬入口がある。ちょうど統括軍の施設より南に二ブロックいったところにある。多分ギルガマシンも入れるだけのスペースはある。ザンダガルは分からないが…その軍事用搬入口から降りれば普通の地下鉄とは違うルートで進むことができる。その先二股に分かれていて片方は軍港、そしてもう片方は…ポイントG-19だ。』
「なるほど、そもそも別の地下道をこのために掘っていたというわけか。だから奴らもメトロの運行に支障を出さずに動けたというわけだ……。了解した。今よりその地下道から向かう。」
『ああ、ただし、奴らがすでに逃げたとあれば道が封鎖されているか、もしくは罠が仕掛けられているかもしれない。十分に気を付けるように、幸運を祈る。』
「10番地駅に向けて発進!遅れるなぁ!」
残る時間は三十時間を切っていた。
目の前にある大型のエレベーターは物々しさを演出するにはふさわしいものであった。トレーラーとギルガマシンを乗り込ませて下まで下ろす。その作業は二度行われついにダクシルースへの地下に潜入を果たした。
『こちらの状況下を逐一報告する。地上でそれをなぞって追いかけてくれ。』
「分かった…GPSが届かない場所へ行った際にはこちらが指示を仰ぐからその場での待機を頼む。」
『ああ!』
そんな短いやり取りがあり、エドゥもザンダガルのモニタに映し出した地下の地図を見ながらG-19に向けて前進させる。ほぼ一直線に作られたそのルートであるが所々に支線がある。メトロの路線とつながっているところを見れば多分緊急時に使用する道であると思われる。マニアにこの情報を売ればそれで一儲けできるのではないのかなどと考えているうちにモニタに映る赤い点の反応が弱まっていることに気がつく。
そろそろ微弱になってきたから頃合いか。などという話が上がってくる。
『反応が弱まった…。』
地下からも同じように聞こえる。
「潜入部隊、その場で少し待機。指揮権をこちらに移す、どうぞ。」
『了解した、どうぞ。』
基本的に道なりに進む場所であったが、先程から点々とある支線に反らないように右だの左だなと指示を出す。若干交信する電波も地下の電磁波障害にやられザブザブといった雑音が入ってきたが、そこも難なくクリアできた。
「もうすぐ広いホールへと出る、こちらも同ポイントにて統括軍のエンブレムが掲げられた建屋を確認した。」
『……まあやはりというか敵さん抜かりはないようだな。あちこちにセンサ爆弾を仕掛けてやがる。』
「こっちも同じだ…。先鋒隊の様子を見る限り地上からは入らことはできないみたいだ…。タダではやらさんというわけか…。参ったな…。」
統括軍も脱出の際に念を押していたようだ。その用心深さは相手に不安の底に叩き込むのには十分な威力を発揮する。
時間があれば一つ一つを丁寧に処理すべきところだが、この先に仕掛けられたものが未知数ゆえに下手に時間を食いつぶすような事をしてしまえば目標物を機能停止にする前に全てが終わる…。
「乱暴にセンサごと爆弾を破壊するか…牽制ように仕掛けられた可能性も高いが、そこまでする暇が奴らにあったかだな…。ビガーズやガルージアの配備があったとはいえたかだか一機ずつしか置いてなかったような奴らだ…。危機意識の低さは伺える。」
「どうせここまできたのも一か八かだ、どうせ死ぬのならみんな一緒にドカンだろ…。やってやるしかねぇよ…。」
そこら中でそんな声が上がった。
「死なば諸共、まあ逃げ果せた統括軍まで巻き込まないのが残念なところか…。」
サミネィが入手したばかりの情報を片手にシャイダンの元へと駆けつけた。
「閣下、これをご覧ください……。ダクシルースに駐屯していた我が軍の実験の内容が出ました…!」
シャイダンは渡されたタブレットを受け取りそれを眺める。
「原子力爆弾…。核兵器か。奴らこんな事をして本部まで戻ろうとしていたのか…。」
タブレットを置き、その他を目頭まで持って行きうぅん…。と唸り声を上げる。
「それともう一つこちらのページをご覧ください。」
そう言いながらサミネィはページを繰るようにタブレットをサッといじる。
「ここをご覧ください、今回の出来事をゲリラの率いるギルガマシンが阻止しようと我が軍の陸艇に攻撃を仕掛けているところであります。その中で無線傍受したところバーナード、と名乗る人物がいたとかで…。それにアルバトロスの入港記録も確認されております。」
シャイダンは顔を上げてサミネィを見る。
「アルバトロスだと!やはりいたのか、ダクシルースに。…中将は確かに失踪なさってその生死は定かではない…。だが君はこのゲリラに加勢するバーナードと名乗る人物が中将ではないのかと言いたいのか?」
その鋭く睨みつけるような眼光に目をそらして下の資料を見るサミネィ、バーナードを慕うシャイダンに進言する内容ではなかったと後悔するがここまで言ってしまえば最後まで言うしかないと言葉を続ける。
「確かにバーナードという名は多く見受けられますしファミリーネームの確認もできてはありません。例のアテンブールも出撃しているとかで…。今度のバーナード・J・ガウダス中将失踪事件の前後で起こったアルバトロスやアテンブールの強奪になんらかのつながりがあるのではないかと目をつけております……。閣下には申し訳ない事なのですが…、今はあらゆる側面から物事を見なければなりません。」
「……っ!」
サミネィのその言葉にシャイダンは黙り込む。この無言は肯定の証とサミネィは動き出す。
「それでは閣下、そのように今後は我々も動いて行きますので…。」
そう言い残してサミネィはそこから去り、シャイダンは部下のミハイルに言伝をせんと彼を近くまで呼ぶ。。サミネィの話を聞いたからか芯まで冷えるような汗をかき、そのため少しばかり気が焦っていることに気づいた。
「…今すぐ大陸横断鉄道を手配させる、すぐに私もダクシルースへと向かう…。」
シャイダンのその発言にまさかと思いミハイルは目を見開いて尋ねる。
「っ⁉︎今からでありますか!核の炎に包まれるかもしれないのですよ!それに今から手配したところですでにダクシルース自体なくなっている可能性もありますし…!」
「手遅れになった後でもいい、ただ本当にそのバーナードと名乗る男が中将ならそれをどうしてでも阻止しようとするはずだ…。私はそれに賭ける。私のローディッシュ・パンターも用意させておけ。」
「…どう申しても行くとおっしゃるのならせめて陸艇でご出立なさってください…。閣下の陸艇嫌いはよくわかって入るつもりではあります、がしかしそこを曲げても今回ばかりは私の意見を通していただきたい、お言葉ではありますがそもそもこのタイミングでダクシルースに向かう事自体が間違っておりますから…。」
シャイダンは顎に手をやり少し目を閉じて考える。そうして再び目を開いてミハイルを見る。
「分かった、陸艇で向かおう…。それに危険だと分かればすぐにでも後退できるようにはしておく。」
では!とミハイルは敬礼をしてシャイダンの元を去る。内心では愚痴の一つでも吐いてやりたい思いではあったがそこをグッとこらえてからの指示通りにランドバトルシップの用意をさせる。
「こっちは問題ない!やってくれ!」
地下に仕掛けられた無数のセンサを感知させないような位置からトレーグスのマシンガンが狙い定める。
『いいのかよ本当に!?』
『こんなところでの爆発で誘爆するようじゃ、もしも先に俺たちが来てここを攻めれば奴らの脱出のタイミングがずれて巻き込まれることになるだろ?つまりそういうことだ!撃ち方よぉぉい!……っ撃て!』
掛け声とともに銃声と火薬のにおいが立ち込める。地下空間だと余計に反響するようだ。それが通信端末のノイズになってさらによく響く。
ただ一つわかることがあるとするのならば無線がまだ生きているということだ。
『これでやっとクライマックスというわけだ!』
「…ふぅ、その先にエレベーター…というよりリフトがある。そこに向かえばおおよそ目標まではもうすぐだ、頼むぞ…。」
『地下ダンジョン攻略と言ったところかね、えらい世話掛けてくれたじゃないの。』
『ただ、真の敵はまだご健在といったところだ。気を抜かない方が良いな。』
事実本当の戦いはここから始まった。
リフトに乗り込んだ処理班の目の前に現れたその大きな塊こそが今回の騒動の中心にある原子力爆弾、そのものであった。地下の暗闇の中に数が明らかに足りていないであろう証明達に照らされているその姿はさらにまがまがしさを放っていた。
そこに立つ者たちを恐怖で震え上がらす分には申し分ない。
「近くで見るとさらに、何と言えばいいものか…威圧感があるな…。さて、じゃあ始めようとするかな。」
いつまでもビビっているわけにもいかない。時間には限度というものがある。さらに遠隔操作によってただでさえ少ないその時間までもが削られてしまうもしれないということを念頭に置いてなお冷静にかつ迅速に行動をとらねばならなかった。
「こんな物見たこたねぇが、おやっさん直伝に教えてもらったこの腕がある限り俺たちは死にはしない!……多分…。」
『…多分か、不安要素はさらに増えたようだぜ…。』
エドゥがぼそりと言った言葉を誰も聞き逃しはしなかった。
「どうした!そっちで何かあったのか⁉︎」
『奴らこの土壇場でギルガマシンを投入しようとしているみたいだな…。やだてくれるじゃねぇか…!』
耳をすますと遠くから聞こえてくるヘリコのプロペラのような音。ただ鈍重に内臓を震えさせるその音は普通のプロペラ音ではなかった。ギルガマシンを積んで輸送するだけの大きさを誇る統括軍の輸送機がはるか遠く、ビルの隙間からよく見えた。銀色の機体がチラチラと太陽光の反射を向けてくる。
「こ、このタイミングで統括軍が追加部隊を寄越したのか⁉︎」
エドゥ達が確認したその輸送機を無論のことバーナードらも確認していた。誰も彼もが驚くような状況だった、まさか爆発までもう間もないような頃合いに命を投げ売るような行為を統括軍がするとは思えなかった。となると多分何も知らされていないような下っ端連中が放り込まれている事だろうと想像した。
「もう追加部隊は来ないだろうとたかをくくって避難に気を取られすぎたのが間違いだった…。奴ら平気でそういうことをしやがる…。」
「とにかくだ、今はどうしようもない…。多分ギルガマシン数機がアルバトロスに戻っているはずだ、それらにあの輸送機を追わせろ、ただ下手に攻撃して墜落なんてさせたら元も子もない…!」
バーナードの指示のもとアルバトロスへの援護要請を依頼した。
『キャプテン、ゴーヴだ。俺もギルガマシンで出る。あの輸送機がラインからはみ出した時になんとか落としてみせる。』
「ああ、それと旋回できないように
『任された!』
「エドゥ達にも早急にそのことを伝えろ!すでに分かってはいるだろうがこちらの動きも伝えねばならん!」
「ラ、ラジャ!」
バーナードは下唇を噛む、未然に予想できなかったのかと一瞬悔やむが考えてばかりいてもしょうがないとジープに乗る。アルバトロスへ向けてそれを出した。
どうしようもない時と言うものは案外いつでもやってくる。その時は諦めねばならないのになんとしてでも難を逃れようとモゾモゾともがいてみせる。するとどうだろうか、案外上手く行く時がある。ただ問題はそれの成功率が五分五分ということであろう。
現に今アルバトロスの連中は全員そのどうしようもない状況に突き落とされてもがいている最中であった。原子力爆弾の脅威に怯え、迫る統括軍の追撃部隊に驚愕する。逆境や絶体絶命と呼ぶにふさわしい状況、むしろそれはエクスタシーを感じさせるほど不安な状況。
そのエクスタシーがエドゥらの神経をバカにさせる。戦のバカに。
「奴らが降りるであろうところは予想できる。あの地下への入り口だ、ザンダガルならすぐに食べるしあの程度の輸送機に積んでいるマシンならこいつでなんとか出来る!」
そう言ってザンダガルが走る。
『ボクも行く!ここまで来て好き勝手やられてたまるか!』
ニールスも同じようにシューターを走らせる。その方向にアルバトロスのギルガマシンもいた。ランチャーを掲げたマシンがゴーヴのものであるというのにも気づいた。
「やれるのかゴーヴ?」
『俺の腕をなめちゃいけない、走りながらでもなんとか命中させてみせる。』
「ならば見せてもらう!多分そのあとマシンが急いで降下するだろうからニールスはそいつらを突け!」
『言われなくても!』
エドゥはニヤリと微笑む、負けるような未来は想像できなかった。
ゴーヴが走りながらもランチャーを構える一瞬立ち止まり照準を合わせてラダーを狙い撃つ。
ドゴォ!と音を立てたと思ったら輸送機にの垂直尾翼から煙を吹いているのが見えた。
『もう少し進んでからもう一発かます、そこまでが俺の出来ることだ、後は頼んだ。』
輸送機のハッチが開き中からギルガマシンが降下しようとする、舵を取れなくなった輸送機はそのまま、まっすぐ飛び続け街の外へと向かう。
『堕ちろォ!』
今度もドゴォ!と鳴り響いた時同時に輸送機のエンジンも爆発し機体を火の玉のようにして墜落して行く。その間にもギルガマシンが射出されていたが中にはすでに間に合わなくなったものが火に巻き込まれて、輸送機とともに堕ち行く。
輸送機の積んでいたギルガマシン・リスタは落下傘に身を任せ降下しながら銃撃をするがそこをシューターが貫く。フックショットを貫いたリスタの機体ごと巻き戻す際にダンッと地面に叩きつける。
エドゥも腕部バルカンで落下傘に穴を開けリスタの着陸を阻止する。
「なんとしてでもゲリラどもの動きを止めろ!地上のギルガマシンどもを蹴散ら…ガァッ!」
「あのマシン…もしかして噂のアテンブールじゃないのかぁ⁉︎」
地に足をつけたリスタがエドゥらに突進をかます。だがそんなものザンダガルの前では所詮烏合の衆に過ぎない。相手の力量も測らずに無理な突撃をするのはまさに無謀。ザンダガルのマニュピレーターがリスタのコクピットを貫き、それをそのまま持ち上げて後方に向けて投げ飛ばす。
「テメェらの相手なんかしてる場合じゃねぇ!死にたくなきゃあ今すぐにでも
ザンダガルのその気迫に押され、さらに逃げ場も失ったリスタ達は抵抗むなしく押し返されてしまう結果となった。それはエドゥらにとってただの時間の無駄にも等しいものだったがついに邪魔はいない。
「このタイプの処理だと機構自体に複雑さを求めないから処理は楽でいい…。後は信管を抜く作業に移すだけでいい…。これで…っ!」
上の騒動を物ともせずに原爆の処理に当たっていたチームもすでにその作業も佳境に差し掛かっていた。
「ここまでの道のりが険し過ぎたからか、存外この作業は楽に終わりそうじゃないですか。」
「バッカヤロウ、下手なこと言ってたらドカンしちまうかもしれねぇじゃねぇか、言葉には気をつけろ!最後まで気ィ抜くんじゃねぇぞ!」
「は、ハイ!」
だがそれは作業するサキガケも同じようなことを考えていた。構造こそ複雑な代物ではあるが爆発しなければ本来の爆弾としての意味がない。いかにキチンと爆弾としての機能を果たすか、それを後に修正や微調整をしやすくするのかが最も大事とされるものをワザワザ設計以上に複雑にはしない。テロリストなどが作るような非正規ものの爆弾と違って、必ず人間が作りやすいように、また分解しやすいように作られているものが正規的な爆弾である。
その順序を辿れば自ずと、
「これで、タイマーはストップする…!信管のロックも外されたから取り出せるぞ…。慎重にな!」
解除が可能となる。今この時点で彼らの戦いは幕を閉じた。
「アルバトロスに連絡を入れてくれ…。終わったと、我々の任務は完了したと…。」
ワアァァァァ!と男達のあげる歓声が地下通路に反響しその場を震わせる。
サキガケらのひたいをドッと吹き出した汗はジメジメした地下の湿気と混ざって気持ちの悪いものではあったが同時に心地よさまで感じさせた。
「そうか、双方のギルガマシン隊も処理班もよくやってくれた…!」
バーナードは安堵のため息を大きくつき、椅子に埋もれるように座る。
その時にちょうどテレビ画面にはダクシルースでの核兵器使用の疑いがあるなどと言ったタイトルで速報が流れ出していた。
「ずいぶん仕事が早いな、ルトのやつ…。ハハハ…!」
手で顔を覆い息を漏らすように笑う。
『艦長ぉ〜!やりましたよ!』
付けっぱなしの無線の奥からそんな声が聞こえてくる。
「お疲れさん、ゆっくり戻ってこい。多分奴ら、手も足も出まいて。」
『了解!』
若干涙ぐんだような無線を伝わるその声に余計バーナードは笑いを抑えきれなくなった。
すぐに事の顛末はクワイメルにも伝えられた。必死に己の戦争をした男は張り詰めていた気が抜けたようで周りの人間に支えられながら彼の居場所へと戻ってきた。ルトもまたそんな父の姿を見て微笑を浮かべていた。この二人の間にあったわだかまりもいつの間にか消えて無くなっていた。
アルバトロスの長く厳しい一日がここで幕を閉じる。ダクシルースに住む大半の人は多分明日も平和な日が来るであろう。
だがその陰で何があったのかを知るのはもう少し先になりそうだ。窓の外を見やると少しずつこのアルバトロスに帰って来るもの達の姿が見えた。決して広く英雄とは讃えられないであろう世間からのはぐれ者たち。せめてとバーナードだけは静かに立ち上がり敬礼する。
「今はこれで勘弁してくれ…。」
そう言い残してまた椅子に座りなおした。
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