第5話デストロイヤーアタック!

 人類が戦争を戦争と感じなくなり早数十年、なぜ統括軍が地上を統治し、なぜそれに挑む人がいるのかもわからずに大義のない戦い続けているこの星で、人は生まれ、生き、老いて死ぬのである。


 独立ザンダ自治区と提携を結び迫りくる統括軍の部隊を追い返すことに成功したバーナードたち。その戦いのさなか、エドゥのアテンブールが見せた働きがザンダの人々の信仰する神"ルサム"を守る戦士のようであると彼に"ガル"の称号を与える。それまでエドゥをあまり快く思っていなかったニールスがザンダガルとしてアテンブールの新たな名前にしようと提案。意外な助言に驚くエドゥではあったが、ここにギルガマシン・ザンダガルが誕生したのである。いよいよこれでザンダ地方とはお別れ、彼らの行く末やいかに。


「隊長!聞きましたか、我が軍の定期部隊がザンダ自治区でこぞってやられたことを。しかも中にはエドゥアルド・タルコットがいたってもっぱらの噂らしいんですよ。」

「ああ、もう耳に入っている。奴ら、情報が行き届いていなかったとはいえあれほど俺に言っておきながらこのザマか…。となるとこのまま奴らはまっすぐ突っ切ってザンダ基地まで行くと考えれば俺たちで横っ腹狙えるわけだな。」

 ヒッツはアルバトロスの進路方向を予測計算させその位置まで駆逐陸艇エレファントとワイルド・ボアを発進させた。まだ勝算はあると自分に言い聞かせるのは余裕のない表れであろうか、それとも自信過剰さが故に出た思いか。本人にもわからなさの心意気を抱きながらキャプテンシートに体を埋める。

「大きな戦闘になりそうだ、どうせなら互いを弱らせておくのも手だな、大佐たちには我々のおとりになっていただこう。たまたま流れ弾が当たってしまうかもしれないがそれは戦闘中の事故だ。ザンダ基地にいる者は名誉の戦死を遂げるやもしれんな。ハハハハハハ。そして混乱に乗じて我らがザンダを乗っ取ろう。」

多少上ずった声が出た。己が個人的感情で立てた計画に楯突くエドゥや、たかだか地方基地の司令ごときにコケにされると言うことに腹がたつと言うのもある。だがそれを汲み取られまいと発したはずであったがそれでも隠しきれなかった。

 その言葉に若干引き気味な声がざわざわと聞こえた。だがヒッツ直属の部下はそれらに睨みをきかせる。すると皆静まり、いそいそと航行の準備を進める。

 二杯の駆逐艦は派手な音を立てず、ただ静かに不気味に進んでいく。


「まさか、エドゥアルド大尉がこうも早い段階で引き返してくるとは思わなかった。何かほかに分かったことは?」

 ザンダ駐屯基地司令官ウェイド大佐もまたヒッツ同様エドゥの動きが気になる人物であった。

「トレーグスやレスロッドなど我が軍の所有であったと思われるギルガマシンが多数みられました。中にはハンドメイドなのかカスタム機なのかも依然よくわからない機種も。ザンダ自治区の人間が到底そろえられる代物ではありませんでしょうし。何よりエドゥアルド大尉個人でも集められるような兵力でもありません。」

 彼の話を聞きうぅむ、とうなりながら椅子に腰を沈めていく。するとハッと何かを思い出したかのように机の中をあさりだす。怪訝そうに見つめられる中ウェイドはある資料を机の上に広げる。

「つい先日にタルトス基地から盗まれたランドクルーザー・アルバトロスの話を君はしっているだろうね?」

「は、はぁ…。」と曖昧な返事をされるがそれも聞かずに続ける。

「そのアルバトロスが最近ここらで目撃されているといった情報があった、もしかしたらエドゥアルド大尉はアテンブールを手土産に我々を裏切った可能性があるな。」

 ヒッツの情報を鵜呑みにしたい訳ではないが、結果的にエドゥを仕留めきれなかったがために自身の身に危険をさらしてしまった事が彼の冷静さを欠くことになった。ヒッツを除くザンダ基地の面々にとってエドゥアルド・タルコットという人物は軍規に反しただけでなく、新型マシンアテンブールをした強奪のち逃亡、さらにはテロリストに手を貸す反逆者という認識なのである。事の発端はヒッツなのであるが、物事の本質はもはやどうだっていい、今彼らにとって恐怖なのはそのエドゥに命を狙われていることが大きな問題なのである。多分戻ってこないヒッツもまた彼らに対する癌になる可能性も考慮する。

 ウェイドは立ち上がって命令を下す。

「この流れのまま奴らは必ず来る。警戒を怠るな。特に巡洋艦クラスの陸艇をキャッチし次第戦闘配備をとる。絶対にここを落とさせてはならん!今のうちに戦闘配備を急がせろ‼︎」

「了解いたしました。」

 敬礼を解き、部下の男はは部屋を去っていった。

 再び椅子に腰を下ろし、右手をや指の爪を噛む、管理職に就いてからの癖でなかなか治らない。歳を取り出すと何もかもやめられなくなるもんだ、とかつて教えられたことがあるが癖は余計になかなかやめられない。

「ヒッツめ、あの役立たずが。エドゥアルドを始末するなどと大口叩いておきながらいったいいつまでかかっているんだ…。…俺はあまり部下に恵まれないらしい。」

 爪を噛むよりは幾分か健康的だろうと内ポケットから煙草とジッポーライターを出し、それらを手元で弄び煙草を口にくわえ、火をつけて肺に煙を蓄える。ふぅ、と煙交じりな息を吐きながらウェイドは己の運命を占う。

(この私をどこまで落とせば気が済む。エドゥアルド・タルコット、ヒッツ・エイベル…!)


 一方のアルバトロスの面々にとってザンダ基地攻めは峠越えをする前のクライマックスだ。こちらの山を越えないとその先には行くことができない。山に登る前に山場を迎えるなんて変な話だ、と感じるのは一部なのであろう。どちらにせよ、為さねばならぬことがあまりにも多すぎる。噂のエドゥも部下の恨みを晴らさでか、と意気込む。いわばここにけりをつけなければ話にならないというわけだ。

 アルバトロスの仲間達にザンダ自治区の力も借り、アテンブール…もといザンダガルもあるこの状況。彼にとって一人で挑むよりも何十倍、何百倍と大きな力を持っている。がしかし、まだまだ問題は多い。そもそもあの日以来のザンダ基地の情報は一切わからない。そのためアテンブールに変わるような戦力の補充も考えられる。いくらバーナードたちが力を貸してくれたとしても負けない可能性なんてのはありはしない。それにヒッツたちの動きも気がかりであった。彼の性格を知るエドゥだからこそ横っ腹には注意を入れねばならぬと思っていた。

「考え込んでいるだけじゃ仕方がないんじゃない?どうせこっちの動きは知ってるんだろうしさ。もたもたしていると守備固めちゃうんじゃない?」

 とサミエルが言う、その意見に通信士のマクギャバーと操舵者ククールス、他数十名が頷く。

「サミエル嬢の言うとおりだ。敵に囲まれちゃいくら俺でも対処は出来ませんよ、艦長殿。一応あなたに次いでこの艦の責任者なんだ、半分程度の決定権は握ってますよ。」と、ククールスが続ける。

 それに、とゴーヴ「問題はエレファント級の奴らが俺たちの横っ腹をつついてくるタイミングがわからないってところだな。基地を俺たちが襲撃している間に挟み撃ちに合ったら手の施しようがないぜ。」

 対処しておかなければいけない課題が確実に多すぎる。

 退路がふさがれた今、もう後戻りができない。

「まぁ、確かに。あんまりここで足踏みしていても仕方ないね。絶対安全な策なんてないものを探していてもキリがない。燃料の補給は終っているんだろう?それじゃあ火を入れておいて。三分以内に発進出来るように頼む。マクギャバー、長老に通信を入れておいてくれ、本艦はまもなくここを発ちザンダ基地へ向かいこれを叩く。とそれと少しばかり兵をお借りしますとね。さぁ忙しくなるぞ、急いで急いで。AGSは上限一杯まで上げておいて、ここら辺は岩でゴツゴツしてるから艦底が激突して壊れるかもしれないからね。」

 両手を頭まで上げてからパンパンと打ち、各々が配置につくようにと促す。

「なるようになれってね。サ、頑張っていこう!」

(もし挟み撃ちで相手が狙っているのなら、こちらもその手を使わせていただくとしようか。)


 ニールスがシューターの整備をしていたのを見つけエドゥは話しかけに行く。少しばかり気になっていたことがあったのでそれについて聞こうと思っての事だったが、いまだ若干話しにくいオーラを放っているが何ごとからも逃げていてはどうしようもないと思い、こちらも勢いに任せる。

「よう、たびたびすまんな。」

 ニールスはエドゥを一瞥してまた下を向いて整備を続け始める。

 こりゃまたダメか、と思い去ろうとすると「ボクに何の用?」と返答をもらう。どうも物静かな相手というものは何を考えているか読めたものではないので扱いに困るところではあるがせっかく反応を見せたのだ、ここでなんでもないと言ってペロッと舌を出して踵を返せば、多分寝首の一つはかかれるだろうと思って思いついたことを口にする。

「…いや、大したことじゃなんだが。あの時どうしてまたザンダガルって名前を推してきたのかな、と思ってさ。自分で言うのもなんだが、嫌いだろ?俺の事、それもかなり。」

 その言葉にニールスはなんだ、と軽くため息を吐き答える。ニールスもニールスであれほどエドゥを邪険に扱ったが故にもっと嫌味の一つでも言われるのかと思ってドキドキしていた。

「うん確かに。正直に言えばボクは君の事が大嫌いだ。だが、彼らが一番に守ろうとするものを体を張って守ったその姿勢には敬意を払わなきゃなと思って。それに迷ってただろ?あそこまで称えられるなんて思わずに彼らザンダの人間にとって偉大な称号を、それこそよそ者である君が貰っていいのかと。でもね、受け取らないってのは相手にとってもっと失礼にあたることだし…。だから誰かが後押ししてあげれば後腐れなく頂戴するんじゃないかな、と。別に他意はないよ。」

 それを聞くとエドゥは笑う。急に笑われたのでニールスは何を笑ってるんだ、と混乱し顔を赤らめる。

「別にボクは変なことを言ったつもりはないんだけれど…。やっぱりエドゥ、君はデリカシーに欠けてるんじゃないの?」

「いや、ビンセントのおやっさんも言っていたが実に素直じゃないやつだと思ってさ。なんか色々複雑に考えすぎてた俺がバカみたいだ。お前とは仲良くやっていけそうだよ、ニールス。これからもよろしく頼むぜ。」

 何か言い返そうかと口を開こうとしたが、それをやめニールスも笑った。

「本当に君は嫌な奴だよ、だけれどもそんな君を悩ませるほどボク自身デリカシーに欠けていたのかもしれない。失礼な態度をとって悪かった、こちらこそよろしく頼む。…戦場では君に背中を預けさせてあげよう、フフン…。」

「生意気言いやがって、一応先日まではここいらで戦ってたプロだぜ?借りるような背中なんてありゃしないよ。」

 互いの笑い声が格納庫内に響く、数名誰かがいたようだが別に気にしない。どうせ後になっても周りに知れる事よ、と二人で笑い続ける。


 ザンダ自治区を発ってからはやに時間が経過しようとしていた。緊張状態がピークに達すると逆に落ち着きを取り戻してくる。アルバトロスのレーダーは冴えていた。新型ということもあり広範囲に敵を確認できる。だが性能が良すぎるがゆえにずっとイエローアラートが鳴りっぱなしなので多少イラつかせるが、今はそれどころではない。

「挟み撃ち戦法ってのはかかりやすいが御しやすくもある。要は誰が最後尾につけるかで変わってくる。ザンダ基地を正面から攻め、後ろからアルバトロスは攻撃を受ける。ボディががら空きってわけじゃないが多分、奴らはAGSを集中砲火してくるであろうからそれだけは死守して欲しい。コイツが壊れちまえば立ち往生して全員お陀仏だ。そしてあとはタイミングの問題なんだがアルバトロスに気をとられたなと思うところで後方からザンダガルとゴ―ヴのレスロッド、ザンダ自治区の戦車隊が襲撃をかける。アルバトロスにとりつくギルガマシンをひっぺ替えしつつ駆逐艦のAGSをできれば二つとも破壊しておいてもらいたい。とりあえず待機だ。ここだというところを見計らってきてくれ。」

 大まかな概要が伝えられついにザンダ基地攻略戦が始まる。ザンダガルとレスロッド一機づつ、そして数台の戦車が去りゆくアルバトロスを見送り己が出番を待つ。


『エドゥ、俺ギルガマシンで戦ったことねぇのによ…。どうしよう…。』

 ゴ―ヴが情けない声をあげるのでエドゥが一喝する。

「バッキャロウ、図体だけデカくて肝が据わってなくてどうする!レスロッドは後方支援用の長距離無反動砲持たせてもらったんだろ?狙撃の腕が買われてる証拠だよ。それに敵のど真ん中に入るのは俺の仕事だ、白兵戦なんて俺が死なない限り起こりはしない。」

『そりゃフラグってやつだ、エドゥ!』

「死ぬわけないだろ?俺はねそういう星のもとに生まれてるんだからサ。…むしろこういう時に真っ先に死ぬのは…。」

『…ッ!や、やめろよ、そういうのは!』

『お二人ともお話の途中ですが、そろそろアルバトロスが基地に攻撃を開始いたしますよ。』

 遠くの方でドン、ドンと地面から伝わりこちらまで響くような音が内臓を震わす。

 一つ、また一つと爆炎が上がりまるで地獄を眺めているような感覚に陥っていた。

 実際そこは天国でないことは確かではあるが、まあむやみに突っ込んで死ねば天国には行けるだろう。


「被害状況はどうなっている!?」

「第二…いや第三小隊から第九小隊までのギルガマシンはスタンバイ完了次第各自発進せよ!敵はもう目と鼻の先だ!」

「消火班は急げ!格納庫に火が回ったらどうする!?」

 焦る現場を見下ろしながらウェイドらザンダ基地の上層部は頭を抱える。

「あまりにも遅すぎましたな…。我々に与える隙が無かったとは、相当良い指導者をお持ちのようだ。」

敵ながらあっぱれ、などという言葉は既に死後になっているが賞賛するならそういう表現が最もだろう。

「ヒッツ・エイベル大尉はどうした!奴は何をしている!」

アテンブールを所持するヒッツは一応頼みの綱でもあった。がしかしウェイド自身にも無駄なあがきだと分かってはいた。どうせヒッツはここを見捨てるだろうと。

彼の常々の態度はそれを物語っていた。それを考えればなぜあの時にエイベル将軍の子だからというだけでエドゥアルドを敵に回そうとしたのかと後悔する。

 ウェイドの絶叫は爆音によってかき消され一部の人間にしか聞こえない。これもまたバチなのだ、と非科学的なことをも思う。窮地に立つ人間はなんでも信じる。吊り橋効果で異性同士が惹かれ合う時に起こるようなアレだ。

「アレにはエドゥアルド元大尉のアテンブールも乗っているんだろ!?何故それを放っておくのだ!」

「所詮はエイベル将軍の七光りというわけですな。とんだお荷物を背負わされた。さ、私たちもここにいては危ない。大佐も避難を…。」

余計なことを口走る中佐の方を睨むが命あっての物種。ここは逃げねばならぬと席を立つ。

 突如として司令室の扉が思い切り開く。

「大佐!伝令です、エレファント級二杯が後方よりアルバトロスを支援攻撃。それに気をとられアルバトロスのこちらに対しての攻撃がおさまりつつあると…。」

「やっと来たか。各ギルガマシン隊に伝えろ。なんとしてもヒッツらとともにこのザンダの正面を守れ、と。そしてアテンブールによる空爆を防ぐために対空弾幕を十分張るようにと!」

 それが、と伝令係の彼は申し訳なさそうに告げる。

「…タルコット機のアテンブールを誰も見ていないおようなのです。望遠カメラで確認もそのようなマシンの影は誰も見ていないとのことで…。」

 ウェイドだけでない、そこにいる誰もが同じように言った。そんなはずはないと。しかし帰ってくる答えは同じ、確認できていない。と。

 一方のエレファント艦内でも同じように叫ぶ者がいた。

「なに?アテンブールが出ていないだと?そんな馬鹿な…。先頭タイプだけ見て確証はないが、あの時奴はトレーグスのカスタム機に乗って出撃していた。だが、こう二度も俺たちに姿を見せぬなどありえんだろ!何故ここではアテンブールで姿を見せない、エドゥアルド・タルコット!」

出ればそれは恐ろしい相手、エドゥアルドのアテンブール…ザンダガル。しかしそれをワザワザ出さずに迫り来る相手の方がよほどに恐怖をそそる。


待つこともまた戦い。これはかつてエドゥが士官学校生出会った時に共感から教えられた言葉であった。いちいちエラそうでキライな相手ではあったが、彼の教えは今でも刻み込まれている。そして年月を経て見るとまあヤツも悪いやつではなかったな、と昔を懐かしむように思うのである。

「そろそろお呼びがかかった頃合だろう。ゴ―ヴ、援護頼むぜ。肩の力は抜きな!どっちか一つでも足止めしてくれればいい。行くぞ!」

 ザンダガルは砂の大地を蹴り上げAGSによって機体を浮かし、変形。そのまま全速力で戦場へと向かう。

「ちくしょう!エドゥあんにゃろ、空を飛べるからって!こうなったら意地でも俺があの駆逐艦どもを落としてやる!だあぁぁぁ!」

 ゴ―ヴの乗るレスロッドは中のパイロットの鼻息と同じようにダクトから荒く煙をふかす。ブオォォォとエンジンがかかり、そのままエドゥのザンダガルに負けぬようと同じように全速力で大地を駆ける。

ザンダガルの出現がなされないことに恐れおののくヒッツたちは血眼でザンダガルの反応がないかを探す。

「六時の方向より敵機接近!このコードは……新型のコード…ア、アテンブールです!」

「何!我が艦よりも後方!?アルバトロスを囮に使ったのか!?まさか、そんな…!」

 後方より迫るザンダガルをレーダーがキャッチし、ヒッツはアルバトロスのケツをとっていたつもりがそれよりも恐ろしい相手にケツをとられていたのである。あまりにもザンダガルの出撃が遅すぎることに苛立っていた彼には思考が回らない。なおかつ巡洋艦一隻丸ごとを囮に当てるなどとはザンダ基地の人間も考ええぬことであった。

「アテンブールが出ただと…?それもアルバトロスからではなく、ワイルド・ボアよりも後ろから…。な、なんと…。」

 無論、アルバトロス側には相手方のその動揺が手に取るように分かった。統括軍勢の指揮系統が若干乱れているのであった。現場の判断で動くところもあれば上からの指示を仰ごうとあっちやこっちやと無駄に動き回っている者たちもいる。混乱した戦場ほど御しやすいものはない。

 アルバトロス艦載機はオタオタしているマシンを薙ぎ払いさらにザンダ基地へ向けて前進する。機銃をそこらに受けるがお構いなしにそれらをひねりつぶして、まるでこの世の終わりでも迎えて躍起になっているのでは?と思わせるほど大胆な戦いぶりを見せる。

「エドゥはやっぱりいいタイミングで来るね。あいつらもそろそろアテンブールを出してくるころだろうね。ニールス、一発お見舞いしてやりなさい。」

『了解、敵艦の対空火器なんかもついでに取っ払っておきますね。』

「そうそう、どうせ海の船と違って魚雷のない分貧弱な装備しか持ち合わせてない欠陥品なんて丸裸にしちゃいなさい。」


「ベクトレン、俺はここで指揮を執る。アテンブールで奴を食い止めておいてくれ。」

『でも、私の腕じゃエドゥアルド大尉には及びませんよ!まして同じ型式のマシンじゃ分が悪すぎます!』

「何もしなければ、やられるリスクが余計に大きくなるだろう!」

 ベクトレン軍曹にとってその言葉は命に代えても守れ、つまり死んで来いということである。一応自分も軍人なので上司の命令に背くことは出来ない。

(好き勝手なこと言いやがって、テメェで始めた戦いじゃねぇか!)と、心の中で愚痴る。ある意味一番ヒッツの悪いところを最も近くで見てきた彼だからこその感想だろう。そのときそっとアテンブールの左腕に白旗を隠し、出撃する。

 表では思った以上に恐ろしい状況が作り出されていた。先日アテンブールを落としたマシン、シューターがワイルド・ボアの搭載機を次々と例の武器でなぎ倒していた。軽くトラウマな光景のおかげでごくりとつばを飲み込むが後ろに加わった衝撃で気管につばが入り込んでむせる。

 後ろを振り向くと何となく顔は違えどエドゥのアルバトロスがこちらにバルカン・ポッドを向けていた。出撃してわずかなのにこれである。何もかもあまりにも遅すぎた。

 その瞬間ボンッという破裂音とともに赤い光が刺す。ザンダガルが少しひるんだところでバックに跳び何とか逃れる。

 ゴ―ヴの撃った砲がワイルド・ボアの装甲を貫きAGSの動作を停止させていたのである。

 陸艇にとってAGSは心臓であり。これが壊れれば海に浮かぶ船と違ってテコでも動かない。…いやテコでは動くかもしれないが完全に航行は不可能になる。つまりちょっとだけ邪魔な固定砲台、もしくは的が完成したのである。その砲台ですらニールスによって取り除かれるので完全なる障害物と化す。

「やったぜ!エドゥ、これでちっとはやりやすくなったろう?」

『ああ。ま、もうちょっと遅くしてくれたらアテンブールの始末ができてたんだが…。』

(しかし、あの艦から出てきたアテンブール…。あのわずかな間に逃げおおせるとはヒッツじゃできないな…。あいつの周りで優秀そうなマシン乗りと言えば直属のベクトレンぐらいか。ならば、まだあっちに…駆逐艦の方にヒッツの野郎は残っているな。)

 そう察すると照準で狙い定めてミサイルを全弾エレファントに向けぶちまける。いくら駆逐艦の足が速かろうと広範囲に展開されたミサイルをすべて避けるなんて芸当は不可能であった。ところどころから火が噴き出し、ズリズリと船体を運ぶその姿は"象"ではなく羽根をもがれた死にかけのトンボの様であった。

「できるだけ回避だ…!くそうエドゥめ…。こうなればエレファントが行動不能になる前に特攻をかける。AGSの安全装置を外してフルパワーのまま維持し続けろ。体当たりの衝撃で爆発を起こさせてやる。アルバトロスやザンダ基地もろとも吹き飛ばす。総員退艦準備!狙いはしっかり外すなよ!」

 ヒッツの指示によりAGSを上限いっぱいのままキープしシステム自身が熱を持ち始め、周りの機器類がメルトダウンを起こし始める。重力操作が安定しなくなったエレファントはその船体を高く持ち上げ加速し始める。

「おかしい、以上に磁場が乱れてる…。…ッ!ククールス、緊急後退だ!ここに留まっていたら爆発に巻き込まれる!それと敵艦に張り付いているマシンにも即座に戻るように伝えて!」

 AGS探知機から出された異常な数値を察知したマクギャバーの絶叫はククールスの無言で受け取りアルバトロスの船体を大きく捻る。ザンダではその異様な行動を読み取れずにアルバトロスへの砲撃の手を休めなかった。ベクトレンはそれをチャンスと思い、隠し持っていた白旗を大きく掲げ、アルバトロスの所属機に伝えようとする。この混沌とした状況の中どれほどの人間がそれを目にしたかはわからぬが、エドゥとヒッツにはしっかりと焼き付いていた。

「白旗!?こんな時にこっちに寝返ろうってのか、あベクトレンの奴…ッ!」

「な、何をしているんだ、べクトレンの奴め!…白旗…?…まさか、俺たちを見捨てるっていうのか!?おい、ベクトレン!貴様何をやっている!俺たちを裏切るつもりか!」

『当たり前だ、こんなところでアンタの盾にされて死ぬのはまっぴらごめんだ!俺はアンタの陰謀を共に背負うなんて気はさらさらないぜ!』

「この恩知らずめが!誰がお前をそこまでしてやったと思ってやがる!?残っている砲座はベクトレンのアテンブールに向けろ!あの裏切り者も殺せ!」

 完全に頭に来たヒッツは脱出することも忘れる。他のクルーからすれば彼らも巻き込まれて逃げ出さずに何とも迷惑千万。付き合いきれぬと先に脱出をし、逃げおおせようとする。逃げたところで戦場で生身一つ無傷で逃げられるわけではないのだがアドレナリンがドクドク放出している彼らには無駄だ。船がどんな状況に陥っているか伝えられずに分からぬものはヒッツと共に地獄への一途をたどる。

 アテンブールを撃ち落とそうと狙い定める対空は溶け落ちた砲身が詰まり暴発を起こす。ベクトレンのアテンブールはその衝撃にさらされるがバックステップを踏み、大事にはいたらない。だが彼の掲げた白旗の見えぬ位置にいたマシンの方へと知らず知らずに足を踏み込んだ為に彼の運も尽きる。いくら固い装甲のアテンブールでも近距離で貫かれてしまえば形無しだ。そのまま動かなくなったアテンブールを尻目にアルバトロスからの指示通りその場から立ち去る。


「何があったのか、あのエレファントの行動は常軌を逸しておりますね。このままですとこちらまでいらぬ巻き添えを食らいます。もうこの基地は放棄したほうがよろしいかと。アルバトロスも去っていきますし。」

 部下の言うままにウェイドもザンダ基地から離れようとする。その時、遠くからの砲撃がエレファントに直撃し、暴走したAGSがそのショックであたりを巻き込み大きな爆発を起こす。その威力は砂の地面を塊のまま剥がし、大きな穴ぼこをいくつも作り上げる。その爆風は早めに引いた巨大なアルバトロスまでもを揺すり、周りのギルガマシンや戦車を軽く吹き飛ばす。遠く離れたザンダ自治区にまで強い風を与えた。


 爆発からほどなくしてアルバトロスのレーダーが復旧する。周りで戦闘不能になったマシンたちが砂を被りうなだれている。ちらほらと応答したり、自力でマシンの外へと這い出し、互いの安否を伝える。

 ふとザンダ自治区の方へと目をやると、爆発の影響で砂が一部ガラス化しており、まるで静かで美しいオアシスがそこに生まれたかのように見えた。先ほどまで激戦を繰り広げていたエレファントやワイルド・ボアの姿は跡形もなく消え去っていた。

 遠いために詳しく確認はできないが人の気配をあまりその周辺に感じられない。

「…まさか、こんな最後を遂げるとは…。小さい男に似つかわしくない命の散らし方だ…、ハッ…ハハハッ…。」

 ザンダガルのコクピットからかつて自分がいたであろうその場所を眺めながらエドゥは独り言を言う。

「AGSの爆発があそこまでの物とは思いもしなかったな…。あそこのお偉いさん方に色々聞こうなんて思っていたが、これじゃ姿かたちすら残ってないんだろうね…。」

 バーナードの軽い口調もいつもとは違い、少しばかり感情を深淵で抑え込もうとしたような物言いであった。誰もがついさっき起こった出来事がまるで幻想であって、統括軍との戦いはすべて集団催眠にでもかかっているような気持ちでいた。

 最後の一発を放ったゴーヴは特に自分がとどめを刺したことに実感が持てない、ただどこかでそれを認識している意識があるのかずっと指の震えが止まらない。


 アルバトロスと統括軍との戦いは早く、そして大きな衝撃とともに終わりを迎えた。

 エドゥもまた己の弔い合戦が終わったわけではあるが、あまり納得のいくものではない。自分が倒すべき相手と対面することなくすべてが片付き、若干の居心地の悪さを残している。結局俺は誰かから手を借りなければ復讐すら果たせない男たと。非力さを嘆く。

 だがそれでも時間は巻き戻しなどできはしない。くだらないことに巻き込まれた自分の部下、ザンダ基地の人間、そしてヒッツ・エイベルに対して略式ながら祷りをささげる。

 それがいまエドゥにできる唯一の弔い、そして仕返しであった。

 エドゥは前を向き伏せていた目を開ける。

(サラバだ…。これで、本当に…。)

 気持ちで前が向けぬのなら無理やり顔を前に向かせればいい。嫌でも前向きになる。


「さてと、皆大体落ち着いたかな。まぁ一個間違えてれば俺たちもああなっていたわけだが、多くがここまでついて来てくれたわけだ。しかし、これからもこんな状態が続くだろうし、むしろ今日よりもさらに厳しくなってくるだろう。大所帯になるってことはそう言うことだ。今からでも遅くはない、この艦から降りたいと思った者はこの先に見えるペジ山の麓までに私に言ってくれ。というのもあそこの山に生身の人間を降ろすなんて非道なことはしたくないからね。」

 誰一人とここでドロップアウトしようなどというそぶりは見せなかった。大半が面の割れている軍からのお尋ね者。捕まるよりもともに地獄を見るほうを選ぶ。バーナード自身もそれを理解したうえで聞いたのだろう。しいて言えばルトがあまり乗り気でないように見える程度だったが、それでも彼女は腹をくくったのか「自分も行きます。」と強い意志を見せた。これで決まりだとククールスをはじめとした機関員に前進命令を下す。


 アルバトロスは多くの若者を乗せ、新たなステージへと進んでゆく。末のは極楽か修羅か。そこに行かなければそんなことわからない。メトロポリス"ダクシルース"への道はまだまだ遠い。

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