第8話メトロポリス
戦うことが常識となったこの世界。いつまで争い続けるのか、などとつぶやく者などむしろ異端であろう。だがエドゥアルド・タルコットを取り囲む状況は小さくではあるが、確実に世界を変えようとうごめき始めている。
ついついうっかりで人の秘密を見てしまうのはこの世のお約束と言ったところか。エドゥはニールス・T・ファラシーの本当の姿を知ってしまった。彼だと思っていたが実は彼女で、その上、裸まで見てしまい歳不相応にたじろいでしまうがそれが男の性なのか。
えんやこらさと足を運んでついに目的の場所ダクシルースへ到着するアルバトロス一行ではあるが、さて。
ダクシルースという街は街というより都市と称した方が良いだろう。今ではここまで大きなコミュニティは見られず、かつては多く存在した大きな都市というのは人が宇宙進出した現代ではビルディングやマンションという形だけが残された廃墟と化していた。人間が少なくなると大きな街は不便で邪魔なものにしかならなくなり。村や町単位の小さなコミュニティが次々と出来ていったためにザンダのような自治区も生まれた。
残るメトロポリスの多くは統括軍によって支配され、その支配下のもと運営を行っている。そのため統括軍に敵対心を抱くものの多くはあまりこのようなメトロポリスに近づかないため、より原始的に近い生活となり文化的生活を送る人らから見れば一見野蛮なように思え、旧政府にかわり現在の地球を治める統括軍に歯向かうその姿がより恐ろしいものに映る。
だが、ダクシルースはその数少ない大都市の中でもさらに少ない政治的中立を保つ一般人が治める土地であった。
テンダー・クワイメル市長。彼がここのトップに立つ男である。下手な英雄色を好まぬようなその姿勢が民衆からの信頼を厚くしていると言える。
それにダクシルースの政治的中立性を遵守し、統括軍やゲリラ分け隔てなく受け入れの許可を出している。
統括軍とその他ゲリラ、レジスタンス勢力にも同等に接する彼のやり方に統括軍側は良い顔は見せなかったが、その彼を無理やりに下せば民衆の統括軍への非難が寄せられることを理解していたのでどうも扱いに困る存在であった。が、しかし誠実、実直、クリーンと完璧な政治家はなかなかいるものでもない。このテンダー・クワイメルを陥れる策は統括軍とて用意していないわけでもなかった。
亡き妻と失踪した娘の存在、それに不平等さをなくすために統括軍でさえ自由に都市内外を行き来できるようにしたシステムとの両方がこのクワイメル氏の首を絞めているものだと踏んでいた。抜け穴など探せばいくらでも見つかる。こと人の揚げ足をとるためならばなおのこと。
「ほんとに軍港じゃなくていいのぉ~?」
のそぉとやる気なく訪ねてくる陸艇港湾局職員に対し問題ナシと身振り手振りで伝える。陸なのに港湾とはまたおかしな話だがそれが一番しっくりと来る表現だったので誰も変えようとはしなかった。
ダクシルースに入港する手続きを行う際にアルバトロスを見た職員によって軍専用の港に入れられそうになっていた。見栄えだけは未だに軍からかっぱらったままであるのでそう思われるのも仕方のないことではあるが一応登録抹消はすでにされているであろうし、アルバトロスと分かればお尋ね者としてひっとらえられてしまう恐れがあるために一般港のさらに奥に位置するドックを用意してもらった。
「長い道のりご苦労さん。あまり統括軍の連中の目を光らせてはいないだろうし各々好きにしてくれ。これだけの規模の都市ならば必要な物資は揃えられるだろうしアルバトロスやギルガマシンを修理するだけの道具と場所もあるだろうから完璧な状態で出られることが望ましいな。ま、四、五日程度の停泊は許可されているからのびのびやってくれ。」
バーナードはああ言っていたが実際に四、五日でどうにかなるようなものでもなかった。これが全くフリーのギルガマシン乗りなどであれば別に気にする必要もない統括軍の目が異常なほどに邪魔な存在となってくる。こと、アルバトロスの面々や艦そのもの、さらにザンダガル(正式にはアテンブールだが)があると分かればそのまま目をつけられて無事の出航とはならない。ケツを追われて逃げまどい最終的には囲まれて一巻のオシマイだ。
あえて分かってて誰もそれを言わない、多分言ったバーナード自身もよくよく分かっているだろう。全員の力量がものをいう。最悪ここはただのチェックポイントに過ぎないのであってゴールではない。ゴールはいまだ見えぬので万全とはいかずとも次なるチェックポイントまで持たせられればいいというのが本音だ。つまりその最低ラインをどこまで手早く済ませられるかがミソだ。
とは言え、これから出てくるだろう展開はいい子ちゃん状態でうまく運ぶとは言い切れない。市民感情とは裏腹に統括軍の動きが活発だ。秘密裏に基地建設を内部で執り行われていると言うウワサも尽きぬほどであった。
「ザンダガルに使えそうなパーツ、あればいいんじゃがの、エドゥ。」
ビンセントがそう話しかけるもエドゥは上の空でいた。衝撃的なものを見た事がかなり彼の中で尾を引いていたのである。
だがビンセントからすればそんなことは知ったことではない。
「おい!エドゥ!どうした!さっきからぼぉーっと!しっかりせんか、お前さんのザンダガルのこれからがかかわっとるんじゃ。シャキッとせい、シャキッと!」
バンと肩を小突かれ流石に我に返る。時間がないということをエドゥもまた分かってはいたので余計なことを考えないようになるだろうとビンセント、ジュネスと共についていく。そこに突如としてニールスも加わって来たのでギョッとした。
(まさかコイツ、いらん事言わないように監視でもしに来たのか…?)
と疑ってかかるが、ニールスからすれば昨日の今日でエドゥとの距離を置いては変に思われるだろうと気遣っていた。昨日の事が恥ずかしくないわけではないが彼女もまたシューターに必要なパーツを求めていることにまた嘘はなかった。
問題というのは抱えたままで時間がたつといつの間にやら風のように消えていくことがある。しかしその逆もまたしかりで根強く存在し続ける問題もまた然り。
ルト・ローパーにとっての問題というのは後者の方である。家族との問題は解決しない限りねっとりとへばり続けるものである。だが取り払おうにも簡単にいかないというのがこれのまた厄介なところであり、負債を背負ったまま心に抱える闇も大きくなっていく。
それに今彼女は組織の一員として動いている人間だ。勝手な行動は慎まなければならない。だが、誰かにそのことを、自身がこのダクシルースの出身で父親がクワイメル市長であり、その上その父との間に起った諍いが原因で家出をした、ということを艦長に伝える勇気さえまずわかないのだ。それさえクリアすれば後に退けなくなるので父との直接な話し合いの場を設けざるを得なくなると考えていた。
それができれば…。と考えているうちに時間だけは無慈悲に刻々と進んでいく。
(いつからこんなに意気地がなくなったのかしら…。やっぱり里帰りが原因かしらね…。)
自分が悩む事にもっともらしい理由をつけて納得させる。それで事が済めばどれほど楽であろうか。
「やっぱり、里帰りが原因だな。」
「⁉︎」
後ろから聞こえた声にビックリしたというのもあるが、何より心の中で呟いた事を読み取られた事が一番大きかった。
振り向くその先にはバーナードがニヤつき顔とも、困り顔とも言えない微妙な顔つきをしていた。
「…な、なんでキャップがそれを知ってるのよ…。サミエルから聞いたの?」
サミエルにはダクシルースが故郷である事は伏せていたはずだが動悸の激しさを抑える事に頭を使っているのでそんな事は記憶の片隅に追いやられていた。
「あ、当たった?サミエルにからはなんにも聞いてないよ。いやぁ、今日は勘が冴えてるかもね。間違ったこと言ったら変な顔されるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ…。」
「なっ!か、カマかけたんですか⁉︎」
憶測で当ててきたバーナードに、と言うより見透かされていた自分に多少腹がたつ。ただあのサングラスの向こうに何を考えているのかが読めない彼は敵に回すと実に厄介なだということだけはわかる。
「でも、ここに近づくたびに深刻そうな顔みせてりゃすぐに行き着く答えだと思うんだけどもね。隠しているつもりだっただろうけれど結構顔にでるタイプだなこりゃ。」
必死に平静を装うとしていたところまでこんな中年に読み取られればいよいよ終わりだと思う。だが、その中年男の口調は変わらずとも顔つきは真剣さを出していた。
「まあ、キャップの言う通り。ここは私の故郷です。ただそれだけじゃないんですけども…。」
ゴクリと唾を飲む。この先の話をバーナードにするべきかと迷う。だが話しをしなければ多分このまま、それこそ何も解決しないままに終わってしまうだろうと腹をくくる。
「ここ、ダクシルースの市長テンダー・クワイメルは私の父なんです。」
さすがに考えもしなかった言葉にバーナードは仰天する。だがここで驚いた顔を見せれば多分話の腰を折ってしまうだろうとただ静かに相槌を打つのみにとどめる。
「…母が数年前に他界してから父は変わってしまい、積極的に統括軍に取り入ろうとするようになったんです。結局己の弱さを埋めるように強い力にすがりつくように。怯えているんですよね、見えない何かに対して。それでこのダクシルースで軍人が横行するようになったのですが、別にそこまでは良かったんです。確かに統括軍の行動には目に余るものが多かったですが、それでも彼らがこの街を闊歩する限りこの戦乱に巻き込まれることはないだろうと。でも、聞いてしまったんです。ここで統括軍の連中が何かの調査を行なっていることを。それで人口だとか、街の規模だとかを父と話している様子をこっそり見たんです。」
そこまで聞いてバーナードにはいくつか思い当たる節があった。統括軍の保有していないメトロポリスでの調査・実験があると噂されていたことを。それがダクシルースであったかどうかは不明であるにせよ条件が揃う場所というのは少ない。その中でも統括軍も受け入れ体制にある場所というのはさらに限られてくる。だが、その実験、多分大きな規模と都市を狙い定めていることから人体実験と考えられるがあまり表だって取り上げられることはなかった。バーナードと言えど口出しができるような立場でもなく、知らぬ間にことが進んでいたのであろう。そしてそれを今この場でルトに聞いたことで確信に変わった。
「私は父に言ったんです。統括軍と何をコソコソしているのと…。ですが父は子供にはわからんことだ、と一点張りで、でも知ってたんです。あの父が何かを恐れる時に左手の親指と人差し指の爪の先をこすり合せる癖があるというのを。ここで私は父を信じられなくなり単身で統括軍のやろうとしていることを暴こうとしたんです。」
「あ、それでジャーナリスト…。なるほどね…。」
「…結果的にそうなりますね。でも結局、これと言って何か手掛かりになるような物が見つからなかったんです。それで一年前父と口論したのが最後、私はここを去りました。」
「……。」
ここで下手に言葉をかけるとそれは全て嘘になると感じただ黙り続けた。ルトも話すだけ話し終えたらただバーナードの目を見つめながら黙っていた。
そのまま黙って数十秒。
「…親父さんとけりをつけようか。」
「やっぱりそうなっちゃいますよね。」
「仕方ないよ、私から何か言えって言われたところで部外者だもの。ルト、先延ばしにしちゃ何にもならないんだからさっさと終わらしちゃいなさい。どうせアルバトロスも動けないんだからさ。」
「結局後押ししてもらえるの待ってただけかもしれませんね、私…。行ってきますけりをつけてきますね!」
アルバトロスから駆け下りて走るルトにバーナードは声をかける。
「間違えても親父さんに蹴り入れたらダメよ。」
聞こえていたのか少し足を踏み外しそうになりながら踏ん張って体を立て直し、また走って行く。
「さて、かわいいクルーのために私も一肌脱ぎますかな。」
誰かが来るという気配はクワイメル市長にも感じられた。神経質な彼とて普段はここまで敏感ではないがそれが親子の縁というものか、気を張り詰めていた。彼からすれば娘のルトが帰って来るということは考えがつかなかったために統括政府の人間がやって来るのかと身構えていた。が、電話の奥から聞いた客人の様子はそうではなかった。
時代遅れなアンティーク調のドアにノック音が響き、入室を許可したのちギィと軋んだ音を立てながら開き秘書とともに入ってきたルトの姿に目を見開いた。
「よもや、ルト…お前が来るとはな…。普通の親ならばどこをほっつき歩いていた、などと聞くべきだろうが…。なぜ帰ってきた。」
ルトを睨みながらクワイメル市長はゆっくりと席を立つ。
「相も変わらずってところね。別に帰って来るつもりはなかったし、これから長居しようなんて思ってもないわよ。ただ、黙って出て行ったことでモヤモヤしたものが私の中にずっと残っていたから、それに対しての決着ぐらいはつけないとね。早速単刀直入ね聞くわ。あなた、統括軍と何を企んでいるの?」
「…子供に分かるものかて。そもそもすでに部外者のお前がこのダクシルースについての質問をする義理もなかろう。それにローパー家の名を名乗り、私に対する当て付けだろうが、それこそ己を部外者たらしめん行いだと気づかぬほど愚かとはな。」
これが本当に血を分け合う親子の会話なのだろうかと疑問符を打ちたくなるほどの会話である。互いに隙を与えぬように会話を進めて行く。
「よく言うわ。私がローパー家の名を語るのはあなたみたいな男の家族であることを恥じたと思い変えたまでよ。母の死後、何かに怯えて統括軍の言いなりになったあなたの方が部外者同然よ。統括軍を後ろ盾にしている事実を知れば多分、その時あなたは誰からも見放されるわね。さっさと吐きなさい。」
「エラそうに、それが親に対する口の利き方か⁉︎いつまでもペラペラペラペラとくだらん物言いをしおって!」
「立場が弱くなったからといって親らしく振舞うのはやめなさい、みっともない!親扱いをしてもらいたいならまず親らしくあなたからその口利きを変えなさいよ。」
そこまでハッキリと侮蔑を込められた言葉を浴びせられればさすがに後ろによろめく。
そこに助け舟かのようにドアの外で何か騒ぎが起こる。
秘書が誰かのここへの進行を止めるような音がガチャガチャと聞こえてきた。ルトにもそれがなにを示すのかわかっていなかったが強引に押し倒して開けられたドアの向こうにはバーナードがいた。数人見知った顔を連れている。だがそこ様子が少しばかり違うと思い考えること数秒。普段と違った様子であるのは、バーナードらが軍服を着用しここに乗り込んできたからだ。
「テンダー・クワイメル市長ですね。私、新地球統括軍政府特殊調査派遣部隊の指揮を執るバーナード・J・ガウダス中将であります。」
バーナードが名乗るその役職名は聞いたこともないようなものだった。だが取り出した身分証を見るとその通りに書いていた。バーナードは顎をクイとあげると、同じように軍服に身を包んだアルバトロスのクルーが二人、ルトの腕を掴み連行しようとする。
「キャップ!これは何⁈茶番にしても笑えないわよ!ちょっと離してよ!痛いって!」
振りほどこうともがくルトに腕を掴む男の一人が音を出さずに彼女に伝える。
(我慢して)
「えっ…?」と声を漏らしたが状況の整理がつかないでいるとバーナードがこちらを向きルトにウインクをする。
なんとなく何が起こっているのかを察した彼女は必死に叫びながらもがき続ける演技を繰り広げる。その中でふと、クワイメルの方を見やると絶句をしているものの、ルトを連行しようとする軍服達を止めようと足を二歩ほど運んでバーナードや他の軍服を着た男たちに動きを封じられているのが見えた。
その時、ルトは初めてその場で父親を認識した。
「手荒な真似を致して仕方がないが、何せ時間がない。手短にことを済ませておきたい。」
「あの子…いや、彼女をどこに連れて行く!あの子は何も知らん!」
ここでバーナードは彼を試すような口調で聞く。
「娘さんで?」
答えの分かった様な質問をするのは心底違和感を感じるが、素の状態の時に聞かなければ意味はないだろうと聞く。
「そうだ、私の娘だ。彼女は私を勘ぐっているようだが本当に何も知らない。私だって、あなた方統括軍がここダクシルースで何をしようとしているのかなぞ知る由もない!」
「いえ、我々は別にそのことについて問いただしに来たわけではありません。少しばかり都合が悪いので彼女は別室にいてもらうだけですから。実はこのダクシルースに滞在する統括軍の中で不穏な動きが見受けられまして、まあどいつもこいつもダンマリですわな。それで我々特派とMPが動くことになったのですが、奴らの動きについて何か知りませんかな。」
クワイメルは相手の存在を認識すると安堵のため息を吐く。
「…何かを行う…と言うのは流石に存じ上げませんが、まあ調査という名目上で多少これまでよりも出入りが激しくなったような気がいたします。…統括軍でもやはり派閥というものがあるんですな…。」
「我々とて一枚岩ではないですからな。政治の世界もそうだ。同じ政党内にタカ派がいればハト派もいる。どこの組織も変わりありません。」
そこまで行ってから一拍置いて続ける。
「ここ、ダクシルースは数少ない統括軍領から外れた都市でありますから実験目的に使いやすいんですよ。特にここは統括軍の出入りが自由、奴らからすればこれほど良い条件もそうないでしょうな。」
「じ、実験ですと⁉︎な、なんなんですかそれは…。」
クワイメルの驚き様は演技では出来ない。特に彼のように小心な男ではなおさらだ。本当に何も知らないのだろう。
「いや、実際には統括軍の中で噂されているだけに過ぎませんからな。ただその恐れは十分にあると推測はされます。幾ら世間的には横暴に振舞う我々でも人をモルモットにするような非人道的なことは好みません。これは一応忠告と取っていてもらいたい。最終的にこのダクシルースを救えるのはあなたやこの町街の人たち自身ですから。」
「りょ、了解した中将。ご助言感謝いたします。私は良い父ではなかったのですが、良い市長ではあるつもりです。統括軍の出入り自由化も元はと言えば統括軍によってこの街が戦場にならぬための苦渋の決断でしたから。そうでなければ今頃あなた方の占領下かもしくは滅ぼされているかもしれませんでしたしね…。しかし今考えるとそれが裏目に出たのかもしれません…。」
「…いえ、気休めになるかもしれませんがあなたのご決断で救われた者は多いはずです。自分をあまり過小評価しない方がいい。…とは言え、私がこんなことを言うのは筋違いですが…ハハッ。何か分かりましたら、この連絡先を渡しておきますのでこちらにご連絡ください。それでは私はこれで失礼します。」
ビシッと敬礼をして背筋を伸ばしながらその部屋を出る。あまりにも堅苦しい歩き方をする自分にプッと吹き出しそうになったが我慢してそこを出るまでは厳かな感じでいた。
(それにしても我ながらあんな態度がよく取れる。)
相手の演技を見破るための演技はよほど上手く行ったらしいと心の中ではヴィクトリーサインを作っていた。
「聞かせてもらいましたけれども、よくもまああれほどいけしゃあしゃあとウソ八百を並べられたわね。」
ルトがまだ少し痛む腕をさすりながらバーナード以下数名の軍服姿の一味を細い目で一瞥する。
「いやはや、すまんな。敵を欺くならまず味方から…。と、言いたいところだがルト、お前の親父さんは敵と言える相手ではないようだ。それにさっきの話、あながち嘘ではない。」
「……っ!キャップ、何か知ってるの⁉︎」
ルトが目の色を変えてバーナードに詰め寄る。
バーナードはまぁまぁ落ち着け、とそれを手で制止する。
「私がまだ統括軍にいた頃から様々な動きが見られたんだ。その中でも急進的に各地を占領しようと目論む派閥はかなり過激でね。奴らの動きをよく思わない者は多かったんだが…特にここ見たいな統括軍の監視下に置かれていないような場所は格好の実験台となりうる。いったい誰が指揮をとっているのか分からないが、ことが起こる前に止めなければ多分…、とんでもないことが起きるのは確かだな。」
「実験台…。それじゃあ化学兵器や大量虐殺兵器が使われる可能性が…。」
「無いとは断定できん。だからと言ってむやみやたらに動けば我々の立場も危ぶまれる。…多分統括軍が親父さんに聞いていたのはそのための下調べじゃ無いかな。あのクワイメル市長もまた被害者の一人かもしれん。このダクシルースを統括軍の侵略から守ろうと統括軍の出入りを自由にしたことが逆に裏目に出てしまったな、皮肉な話ではあるが…。」
「あの父が…被害者…。」
ルトは口の中でバーナードの言った気になるフレーズを呟く。父が自分に隠してまで何をしようとしていたのかがだんだんと分かってきたかもしれない。彼は誰にも迷惑をかけまいとこの街を守ろうとしている。母を愛した父が母の愛したこの地を。頭で視界はできるがどうにもそれを認めようとしない自分がいる事もまた理解への道を遠くへと退ける。母亡き後に父が気丈に振舞おうとするその姿があまりにも情けなく写り、ルト自身が父との距離を置いていた。今なら分かる。父を理解せずして本質を見抜こうとしなかった本当に情けない人間は自分だったと、それを悲観し小さく舌打ちをする。
そんなことがここダクシルースで起こるとはつゆ知らず、買い出し部隊は少しギスギスした状態が続いていた。
運転を任されたエドゥはもちろんのことニールス自身もずっとだんまり続けていることが整備士二人にとって不気味でしかない。
「おい、ニールス…。エドゥのやつと何があったんだよ…。」
「…いや、別に…。」
理由なんて言えるはずもないニールスからすればその質問を曖昧に受け流すしかないのだがジュネスがそれで引き下がるような奴でも無いと分かっている。エドゥからしても後ろの二人の会話がどんな展開を迎えるのかと気が気でない。ハンドルを握る腕の震えが横に便乗するビンセントに伝わっていないかどうか、と考えるうちにじっとりと手汗までがでてきた。
「…よォ、エドゥ。お前さん、何かザンダガルに必要になるようなモノは欲しくねぇか?ありゃあ実験機みたいなもんじゃからな、初期装備しかないからの。」
「…ン…あぁ、割と変形時の干渉が大きいからつけにくいんスよね、アイツ。ミサイル自体の威力はそれなりにあるとは思うけれども、なにぶん数が少ないってが…。せめて軽いミサイルポッドが備え付けられればと。」
「確かにな、流石にゴテゴテとなんでも載せるわけにはいかんからの。機体の装甲部を入れ替えるだけの改造でも施さん限りその点は解決せんな。かといって無理にカスタムすればザンダガル自体の変形という持ち味が死ぬかもしれんし、悩みどころではあるの。」
「そうなりゃ統括軍がアテンブールのマイナーチェンジでも出さない限り難しい話かな。」
「大きなキャノンは相手に対してハッタリ噛ませられるからの、たとえガラクタでも大きな意味にはなる。よしエドゥ、そこらへんで停めい。ジュネス、ニールス今の話聞いたな?わしらはここから別行動をとる。お前さんらは艦長に言われたとおりに買い出し、こっちはわしとエドゥでザンダガルに必要なパーツを集めてくる。それじゃあまた後で落ち合おう。連絡忘れるんじゃないぞ。」
誰にもつけ入る隙を与えぬままビンセントは支持を出す。ジュネスもニールスもえっと…。と何かを伝えようとしていたが聞く耳も持たずでエドゥを連れて去る。
ポツーンとジープに残された二人は顔を見合わせるがどうしようもないので前部座席に移り直し、そのまま街の中を走らす。
作業服を着たおっさんと青年が二人して街の中を歩く姿はなかなかにシュールなものだったがそんなことはお構いない。
数歩、足を運んでは何か使えそうなものはないかとあたりを見る。そしてやっとエドゥが口を訊く。
「気の利かせ方にしちゃ不器用なんだな。」
「わしにはアレぐらいしかできんわい。しかし何があったかは知らんが事の大小関係なしに気まずいままの人間同士が近くにいれば互いに集中できんじゃろて。特にパイロットのメンタルは大事にしとかねばならんしのぉ。」
「茶化すなよ、だが何も聞かないでいてくれて助かる。…そう言えば、さっきのハッタリかますって話はその場しのぎの話にしてはなかなか面白い、いっちょやったろうぜ。」
「そう来ると思っておったわ、変形機構に干渉なんて考えとったら大胆な行動には移れん、なんなら戦闘機形態のザンダガルにでっかいパイプでも乗っけたる。敵が来ようものならそれでぶちのめしてやれ!」
ダハハハハ!と二人で笑いながら風切るように歩く姿はまるでよく見ずとも頭のおかしい連中のようであった。
その時エドゥはまだ気づいていなかった。いやこのダクシルースにいるほとんどがそのまま知らずにいることだろう。この町の水面下で行われている計画について。
パンドラの箱や玉手箱などというものは決して開けてはならぬものだった、だがここダクシルースに隠された箱は開けても開けずとも不幸を呼び起こす悪魔の箱であった。
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