第9話ウェポンN
戦うことが常識となったこの世界。いつまで争い続けるのか、などとつぶやく者などむしろ異端であろう。だがエドゥアルド・タルコットを取り囲む状況は小さくではあるが、確実に世界を変えようとうごめき始めている。
肉親との出会いが美しいものとは限らない、時には出会うこと自体が深い悲しみを感じさせる。ルト・ローパーにとっての父親像はテンダー・クワイメルのような人でなかった。しかし、彼もまた一人の父親、一人の男として戦い、結果はどうであれダクシルースを守ろうとしていたのだ。そしてアルバトロス一行もその戦いの中に巻き込まれていた。統括軍の好きにゃさせちゃならないと……。
「サルバーカイン閣下、アルバトロスの動向について大方の算段がつきました。前方のモニターをご覧ください。」
ザンダの一件以来、アルバトロスとエドゥアルド・タルコットについて追っていたシャイダン・サルバーカイン少将の元にその情報が届いた。目の前の大型モニターに目をやるとザンダを真ん中に据えたマップコンピュータグラフィックスで形成された凸型の立体物がペジ山を越えるアニメーションが映し出された。
「奴らの動きをコンピュータの計算で弾き出した結果、ピリドー共和国、ペジ自治区、そしてダクシルース歯向かう確率が高いと出ました。特にダクシルースは大型のドッグがありますのでアルバトロスの修理のために向かったものと思われます。」
そこまでの説明を聞きシャイダンは腕を組みうーん、と唸る。
「ダクシルースと言えば我が統括軍に支配されず尚且つ良好な関係を保とうとしているところであったな。…だが、最近では若干キナ臭くなってきたな。兵器開発部から聞いた…といっても噂に過ぎないが、実験場に選んだとかそうでないだとか…。嘘か真か…それの実態も掴めぬままだから調査に入るのも難しいところだな。」
「下手に藪を突けば蛇が出ますからな。いかがいたしますか閣下。ダクシルースへ向かえばアルバトロスとも出会えるかもしれませんが研究してる兵器の巻き添え食らうかもしれませんよ。」
「ハハハ…、意地悪だな君は。だがダクシルース以外の場所にいる可能性も捨てられんだろう。下手に動きたくはないな…。」
アルバトロスを追わねば、と思う心と得体の知れぬダクシルースの実態と、ジレンマとはこのようにして生まれる。同じ統括軍といえども組織が大きすぎるが故にたった一人、たった一つのチームでは判断しかねる。動き方次第で後々の統括軍の在り方でさえ変わる。シャイダンにとってはそこが悩ませるポイントである。
(実験場か…奴ら、何を後ろに秘めている…。)
シャイダンといえどバーナードと言えど影に隠れて見えないところがある。真に恐ろしいのは寝首をかかれることかも知れない。
「様子見だ、無駄足を踏む必要はない。」
その決断が今のシャイダンによって吉か凶かはわからない。
「とりあえずこの案件はサミネィ中佐の元へ持って行ってくれ。」
人の流れが急に変わったように感じたのは活気付いた中心部から少し逸れたところに位置する小高い丘にあるジャンク屋から全体を俯瞰したからだろうか、陸艇港の方の船の出入りが激しくなったように見えた。特に軍港あたりが最も往来が激しい。
(特に予告もなくこんなに大きな動きを見せるのか…?)
前触れを感じさせずに動き出したその統括軍の行動がエドゥにはどうも癪だと思う。
ビンセントはまだザンダガルのハッタリに使うパーツを物色しているから気づいてはいないようだがこれを先に伝えるのはアルバトロスにだろうと連絡を入れる。
「こちらエドゥ…。アルバトロス、応答せよ…。」
少し経ってからノイズとともに声が聞こえた。
サミエルの声だ。
『こちらアルバトロスのサミエル・シプレー、エドゥ。どうしたの?』
「軍港の方の出入りが異常に激しくなっているがそっちのドッグはどうだ?」
『こっちは特に問題はないね…。あ、ただ…。』
「ただ、なんだよ。」
『さっきキャプテンたちの話を聞いたんだけれどね、統括軍の奴ら裏でコソコソやってるってサ。それと関係があるんじゃない?…キャプテン。え?あぁ、相手はエドゥだよ。エドゥ、キャプテンだ、今変わる。』
「了解。」
『エドゥか、私だ。バーナード。サミエルから今聞いたと思うがね。奴ら何か秘め事してるらしいや。大量虐殺兵器の実験の可能性も視野に入れて慎重に諜報してきてほしい。毎度毎度すまんがね。』
バーナードからの言葉を耳にした時にそれを疑った。大量虐殺兵器。その言葉の持つ意味の大きさは元軍人のエドゥにもよく分かる。多分電話口の向こうにいるサミエルも同じような反応を示しただろう。
「分かった。とりあえず何かわかり次第また連絡を入れる。その時はそっちでまた対処してくれ。」
電話を切るとエドゥは物色を続けるビンセントの元へ駆け寄り事の次第を伝える。
「そいつぁ…ただ事じゃないの。エドゥ、わしはニールスとジュネスを拾ってそっちはすぐ向かう。それまでに死ぬんじゃないぞ。」
「当たり前だ。」
力強く言い切ると大地を蹴り丘を下っていく。ビンセントもジャンク屋から今にも壊れそうなバイクを借りると勢いつけてそれで滑り降りる。
走っていく最中にふと目の前に広がる景色に目をやる。そこから確認できることは、まだ統括軍は移動しきっていない。つまりこの時点で大量虐殺なんてやらかせばタダじゃ済まない。いくら彼らとてそんなことをするほどの余裕はないはずだ、と信じる。それを切り抜ける時間もチャンスも十二分に残されていると見て間違いないだろうと確信する。
丘を駆け下りるとすぐに軍人を見つけた。何かセコセコと動いている様子であったが一人を呼び出して聞いた。
「ザンダ駐屯基地、エドゥアルド・タルコット大尉だ。すまんな伍長、ここに来たばかりでな。ただ君達が何か急いでいる様子が見えたんで少し聞きに来たんだが…。」
エドゥがザンダからアテンブールを持ち逃げしたとは言えここいらのコッパ兵にはまだ伝わっていないだろうと尋ねる。
「大尉殿ですか、早くここからは避難した方が良いですよ。我々ダクシルース駐留軍はここを放棄するんです。」
「放棄…。またどうして?」
「核実験ですよ。原子力爆弾がこの規模の都市にどれほどの威力を発揮するかという。これが最高さえすればすぐにでも我が軍に恐れをなしてゲリラごときひれ伏せますよ。」
「か、核兵器だと⁉︎統括軍はいつの間にそんなものを…!」
エドゥらにとっては旧世紀時代に用いられた兵器である原子力爆弾。その威力と長きに渡る影響力は過去多くの人を恐れさせ、また各国が己の強さの証明として保持したほどのもの。いくら時代を経たと言えどもその恐ろしさを人は決して忘れたわけではない。だが統括軍にとっての切り札になりうる原爆はそれを使用した時の資料のほとんどが残っておらず、今現に使う時になって調査を必要とした。
エドゥとしてはそれがこのダクシルースのどかに隠されているのか聞き出そうとしたところで、
「…えぇ、ですからお急ぎ下さい。…あっ、待って下さい通信が入りましたので。…はい……、はい……えっ?あのアルバトロスが⁉︎」
(しまった!)
相手に存在を知られてしまった。このタイミングでと思ったが、あの大きなアルバトロスをここまで隠し通せたことがまず奇跡だろうとおもう。どうせすぐに自分の素性も割れるだろうと高を括り、構える。
「…エドゥアルド・タルコット…。貴様!」
エドゥの名を口にした伍長はホルスターにあった銃を取り出したが足を振り上げたエドゥの方が動きは速かった。
バシッと相手の手首を蹴り上げたのち宙に浮いた拳銃を取り、そのまま相手の脳天に振り下ろした。
「ガハッ…。」と血混じりの唾を吐きながら倒れたその伍長の身ぐるみを剥がし、それにエドゥは身を包む。
「すまんが裸んぼのまま寝ておいてくれ。もしここが火の海になるならばその時は一心同体だ。」
そう言葉を残して電話を取り出し、かけながら走る。
「キャプテン、情報聞き出して分かった!奴らここで原子力爆弾の実験を執り行おうとしていた!」
『な、原爆だと⁉︎』
「そうだ、原爆だ。それであいつらここからさっさと逃げ出そうと躍起になってやがったんだ。今からとりあえず俺は統括軍の使用してた施設に潜り込む。そこから原爆の場所を割り出してみせる。もし準備ができてたならキャリアーでザンダガルを持って来てほしい。…それと、多分もうすでにアルバトロスの存在は知られてる…。奴ら俺たちも巻き添えに食らわせるだろうから返り討ちに合わせてやるぜ。逃げていく奴らもまた少しでも多くな。」
『分かった。すぐに準備させる。エドゥ、幸運を祈る。』
「勿論だ。」
アルバトロスがすぐにでも出せる状態ならばこの厄介な状況から脱していたであろう。が、機関部に相当なダメージを受けているアルバトロスは今、地べたを這う虫ほどしか動くことはできない。それにルトの件もある。いくら父親に不信感を抱く彼女とて故郷を知らんふりで投げ出すことはできない。
とは言いつつも、原爆をどこに仕掛けられ、それがいつかの地を焼くのか予想もつかぬ状態で何ができると言えようか。
それにいずれ周りのゲリラ達も気付くかもしれない。あれほど激しく統括軍の出入りがあればすでに気がついている者共もいるだろう。
なんにせよ、事を引き伸ばせば事態は段々と大きくなっていく。混乱を起こしてしまえば事故により爆発時にアルバトロスがダクシルースを脱出する事さえままならなくなってしまう。
こうなればここを脱する前に爆弾そのものを処理しなくてはならない。
「あー、あー、バーナードだ。アルバトロス全クルーに告ぐ爆発物処理を行なったことのあるものは直ぐに私の元へ来てほしい。さっそく相談に移る。事は急を要する。直ちに集まるように。」
立ち往生して何もせずに終りを迎えるくらいならばやれるだけやってドカンといった方がマシだ。多分アルバトロスにいる人間は誰しもそう思うだろう。だからこそエドゥはザンダガルを出すようにバーナードに言った。道連れ……という言葉は字面以上に強烈な力を持つ。良い事も道連れ、悪い事もまた道連れ。自分だけが痛い目に合うなんて嫌だ、なんて人間らしい思いはこの危機的状況が生み出す人の深層心理。
知恵を持った生き物の悪足掻きは実に末恐ろしいものだと確信させる。これもまた哲学であろうか、はたまた心理学と言おうか……。
エドゥが向かったであろう統括軍の拠点へと潜入班と放射線防護服を着せた処理班数名を向かわせ、アルバトロス内ではバーナードの呼集のもと作戦会議が開かれる。とは行っても臨時体制であるために深いところまで追求できるものでもないが正規の軍人と違ってイレギュラー要因が多いために現場の対応力が問われる。
「何よりもまず第一に周りに停泊している奴らと徒党を組む事だな。あっちゃこっちゃと敵を増やすだけじゃ仕方ない、が共通敵がいる事からそこは回避できる。マクギャバー、チャンネルをゲリラが使ってるものに合わせて通信を頼む。近いところからギルガマシン及び陸艇の運用可能な輩がいれば協力要請だ。」
「了解、アルバトロスのことは伏せずに伝えれば良いですか?」
「構わない、エドゥの話からもうアルバトロスの情報は渡っているようだ。が、どのみちここで潰しあいをしたところで時間切れとともにドカンだ。よほどのアホでなければ問題はない。で、そこで部隊を組んだのち逃げ帰る統括軍を追撃させる。」
数少ない統括軍の占領下でない補給の生命線であるメトロポリス・ダクシルースをそこいらのゲリラがいとも簡単に捨てるはずがない、そのため簡単に協力要請ができると踏んでいた。多分そこは問題ないだろう。が、もし原爆の爆発することを未然に防げずになれば、このダクシルースの市民は無駄に巻き添えを喰らうこととなる。しかし事実を説明して避難を促すにもパニックで混乱を起こす事もまた容易に想像できる。
感情的になった市民を動かすということは兵を動かし運営すること以上に難しい。命令を従う兵は規則正しく動くが市民というものは一人一人が別の価値観、感情を抱く。
「すまない艦長、コヤツらを捕まえるのに手間取っての。話はエドゥから聞いてるとは思うがギルガマシンを動かせるようにはしておく。ついでにこのバイクの150ジリアを経費で落としておいてくれんか。」
ビンセントがジュネス、ニールス、そして他の買い出し部隊を引き連れてアルバトロスに戻ってきた。すでに戻ってきた面々はギルガマシンの整備に取り掛かりニールスもヘッドギアをつけてシューターに乗り込む。
「おやっさん、待ってたよ。エドゥがザンダガルを送るように言っているから積み込みを頼むよ。ついでに潜入用に数名を送り込んで欲しい。多分そろそろ通信がくるはずだから。」
バーナードがそう言うとエドゥからの連絡が入った。
『奴らの施設に数機マシンを見つけた。多分ガーディアンだな。タイプはレスロッドやトレーグスだけじゃなくてビガーズみたいな完全人型もいる。それと遠くからざっと見た感じじゃ掴めないが多脚タイプのマシンの脚が見えた…あの形はガルージアと思う。市街地からは若干されているから混乱は起こりにくい。ここで待機しておくから頼む。』
「分かった、おやっさんも帰ってきている。すぐそっちに援軍を送り込むからな。てことでギルガマシンの整備完了後シューター含むトレーグス三機はすぐポイントQ−10に向かうように、ガルージアと思われる多脚タイプがいるようなので対戦車ライフルを装備。だがダクシルースの混乱を最小限に抑えるためにキャノンやミサイルは使ってはならない。残りのトループ・レスロッドは他のゲリラと協力して街の外へ逃げる陸艇の足止めをする。自分たちの脚が無くなれば逃げる術なく慌てるかもしれない。マクギャバー!他の艦からの通信は?」
「大丈夫ですよキャプテン。一般港三番、八番、十九番、三十四番ドッグに停泊中の陸艇から返答来ました。共通敵は統括軍、共に討たん。と。」
「こいつは景気が良いのぉ。潜入部隊はトレーラーに乗り込め!整備班でザンダガルを荷台に乗せい!処理班はジープにわしとともに乗るぞ、飛ばすから落ちんように!」
「「「はいっ!」」」
今ここにアルバトロスの規模は小さくとも、守るものが大きな戦いが始まった。
「ルト、サミエルそしてゴーヴ君らは私たちについて来てくれ。市長にこのことを告げておく。」
「了解艦長。ゴーヴ行こう。」
「おう!」
「ルト、大丈夫か?」
バーナードはルトに確認するように聞く。だがそれは彼の中で決定事項であるので変えることはできない。逃げるなと言うことだ。逃げたら終わる。あの時自分が逃げて来たことをここで精算しなければならないと決心させる。そしてもしかすればこれがルトが父テンダーと会う最後の機会かもしれない。ルトはコクリと頷き握りこぶしを強く握りしめ歩き始める。
ゴォンゴォンと重くタイヤを転がすような音がエドゥの耳に轟いた。敵かと警戒心を払って後方を振り向き物陰に隠れると、見えたのはアルバトロスのトレーラーだった。
「やっと来たか!こっちだ!」
大きく手を振り誤射されぬようにアピールをする。
「エドゥか!持って来たぞザンダガル。」
「サンキュー、もうここの施設内は人が少なくなって来ている。この人数なら乗り込んで聞き出せるはずだから行くぞ!」
トレーラーから男たちが降り統括軍の施設に入る。突然の来襲に驚きを隠せぬまま銃を構える軍人らだがその少しの判断の遅さが脳天に一発喰らうこととなる。
後方からトレーラーとギルガマシンも突っ込み突入すると相手方もギルガマシンの起動に入る。動かす前に数機を破壊するがそれでも間に合わない。
「エドゥ、ここからは俺たちに任せろ!お前はザンダガルでマシンを蹴散らせ!対戦車ライフルを積んでるはずだからそれを使ってガルージアを頼む!」
エドゥはトレーラーに飛び乗りザンダガルのハッチを開けヘッドギアを装着しながらシートに腰を下ろす。
「すまない、多分ここで一番大きな制御室があるのははあの管制塔だ。そこを占拠すれば状況はひっくり返る。…よし、ザンダガルを立たせるぞ!トレーラー止めてくれ、みんな離れろ!行くぞ!」
停止トレーラーの電磁ロックがバツンッバツンッと音を立てながら解除されザンダガルがその脚を大地につける。ゆっくりと立ち上がってから横に積まれた対戦車ライフルを握り安全装置を外してから駆ける。
目の前に迫るレスロッドは腕のバルカンでコクピットを潰し動きを止めてから蹴り上げる。ドミノ倒しの様に後方のトレーグスにまで被害が及ぶとニールスのシューターがそれにとどめを刺す。
『エドゥ、ガルージアが動き出した。見た感じ足元を改造されてて通常機よりも機敏に動くみたいだ。頼む!』
「ニールスか、任せておけ!これが当たれば必中必殺よ!」
ニールスの言う様にガルージアはギギギ、ギギギ…とエドゥらの前に立つ。
引き金を引くとグワァンと音を立てライフルが発射される。ザンダガルとはいえその威力には体を揺らされる。
バフッと薬莢が発射された時敵のガルージアはまだ動きを見せていた。
(チッ、外れたか…。次!)
リロードを行う時ガルージアが備え付けられたキャノンを放って来た。また一発エドゥが撃ち込もうとするが照準は合っているはずなのに当たらない。相手の機敏さにザンダガルが惑わされているのだ。安定する多脚タイプのキャノンは反動を物ともせずに重ねて打ち込む。相当手練れたパイロットだとわかる。動きを読んでいるからだ。空気の流れをつかむとでも言うのだろうか、避ける方向を先読みした上で火を噴く。ザンダガルのコンピュータ処理速度がいくら早いとはいえ一度コンピュータを挟んでマシンを動かすので、マニュアルで操作している人間よりもコンマ数秒のラグが生まれる。その上足回りがローラーで稼働しているために後ろへ回ってもクイックターンが速すぎる故に常に正面対決をせざるを得なくなる。
(奴に一騎打ちを挑むのは無理だ…。かと言って援護を頼もうにも他のマシンが邪魔だ…。どうする、考えろ…!)
レスロッドやトレーグスの同士対決ならば練度の高いアルバトロス軍勢が互角以上に戦える。だがビガーズに手間かけさせられる。トレーグスの様な元来工作用に作られたマシンでなく、ザンダガルの様に戦闘目的で開発されたマシンは装甲が固く、強い。つまらない機銃程度で倒せる様な代物ではなかった。それにザンダガルが対峙すれば本来やりやすいのだろうが、いかんせんガルージアが目の前に立ち塞がる。
後方で間接的に見えたその戦いはお世辞にも優位であるとはいいがたいようなものであった。
マニュアルにスイッチしたその手は汗でぐしゃりと濡れる。
それを感じると同時にエドゥの額にもツーと汗が垂れる。それが目潰しになる事だけがエドゥには恐ろしかった。
「クワイメル市長例の中将が来ました。お通しいたしますか?」
「もう何か掴んだのか…。早いな、通してくれ。」
クワイメル市長の言葉を受けた秘書はドアを開けバーナードを部屋に入れる。
その後ろをついてくる様に入って来たルトの姿を見て何かを察するかの様に立ち上がった。
「クワイメル市長、先ほどは申し訳なかった。我々は一つ嘘をついていた。実は私はもう統括軍の中将でもなんでもない。ただ先ほどの確認のために…あなたが統括軍に使われているかを確かめるためにお芝居をした。」
「…そうでしたか。構いませんがその娘…ルトはなぜあなたがたと共に?」
「彼女は我々のアルバトロスにここまで同乗して来たのです。ただ今回のことであなたに何か裏があると思いずっと悩んでいたのですが…ルト、どうする?」
バーナードがルトに促す。ルトは何も言わずに前へずいと出る。
そのままチラリとバーナードらの方へ向き軽く会釈する。二人にしろと言う合図だった。
「まさかルトの親がここの市長だとはねぇ…」
サミエルもゴーヴも驚きを隠せない様子で色々と探りを入れたかったが流石にそこは堪えた。
二人が向き合う。状況が変わったとはいえ先ほどまで口論を繰り広げていた二人がこうも静かに向かい合うと気まずい。
だが、その沈黙をルトが破る。
「わたし…わたし何も知らなくて…。」
言葉を出せば出すほど色々な思いが重なり嗚咽が混じる。普段勝気なルトからは想像もつかぬ光景であった。
それを見たクワイメルも複雑な心境の糸がワッと解けた様に足元が崩れそのままルトを彼の腕で包み込む。
「…すまない…ルト…。母さんが死んで以来お前やこの街を守るんだと、頑張っていたつもりだった…。だがつもりに過ぎなかった…。ダクシルースを、母さんが愛したこの地を守ろうと躍起になった結果がこれだ…。統括軍に取りいり、あまつさえお前をないがしろにして…。私のやって来たことすべてが間違っていた……。私こそすまない…いつまでもお前を子供だと思って…。」
その時ルトは父の本音をその不器用で言葉足らずな物言いから痛いほど感じ取った。
多分必死だったのだろうと。心に余裕の無くなった父が何もかもを守ろうとやって来たことがすべて裏目に出たのだろう。確かに弱い人ではあるとは未だに思う、だがその弱いと思っていた父が戦っていた。アルバトロスの面々の様にではなくとも大事なものを失わないために戦っていた。だがそんな回りくどいやり方をルトは嫌った。だから父と諍いルトは出て行った。
だが今、本当に逃げたのは自分だと気付かされた様な気がする。そのショックは大きかったが、父が求めていた何かを知れた、今はそれが何よりも彼女の救いとなっていた。
初めて戦争というものが怖いと感じた。常に冷静でいるつもりでもクワイメルの言う様に所詮つもりでしかない。
そして、初めて父を介して出なく直接統括軍の存在を恨んだ。必死に戦う父を足蹴にし、踏みにじり、笑う統括軍を。
その怒りを伝えねばと言葉を紡ごうとするが上手く声が出せない。外から聞いていたからだろうが、そこでバーナードが入って来て事のあらましを伝える。
クワイメルは静かに「なるほどな。」と呟いた。これまで調査の名目としてさんざっぱら統括軍にダクシルースを事細かに聞かれていた事に合点がつき、そしてそのために協力していた自分に情けなさと怒りを感じた。
「爆弾の処理については我々ではどうしようもありません。バーナードさん、ご迷惑をおかけするとは思いますがよろしくお願いします。私は私にできることをいたします。私だってこの地を愛する一人の人間だ、ルト。父親らしいことを出来ていなかったが、せめて今日ぐらいはお前の父親でいさせてくれ。では抜き打ちの避難訓練として都市全体に呼びかけます。どれ程上手くいくかは分かりませんが。」
「いや、助かりますよ市長。ですがここで終わらせはしません。絶対に統括軍の思い通りにはさせませんので。このダクシルース、預からせていただきます。」
バーナードとテンダーは握手を交わす。テンダー・クワイメルのその手は力強さがあった。もうそこに弱い男の印象はなかった。
エドゥらの戦闘を尻目に、管制塔へと入っていった者たちはそのまま押し込むように上へと昇って行った。その道中は統括軍の警備隊の死体で埋められているが…。中まで上がるとそこにはまだ最後の調整でもしているのか数名の技師が残されていた。
「外がドンパチ始めやがった。こりゃヤバいぜ!」
「ああ、聞いている。そっちの様子は?」
アルバトロスのクルーの一人が技師らに向かって投げかけた言葉に何事も異常がないかのように答える、アルバトロスの潜入部隊は統括軍の格好をしているために忙しそうにモニタやコンピュータにくぎ付けで人員をフル回転させ働いている。そのため一瞥だけ送った技師たちにその正体を知られずに簡単に打ち解けることができた。多分彼らには下で何が起こったのかもわからないのだろう。
「こっちは片付いたがギルガマシン同士のぶつかり合いはより激しくなるだろうな。」
「まずいな…、ここで大きな混乱を招くとコンピュータ制御にも影響が出てくる。別のところで戦わせるように…いやそれも危険だ。一刻も早く戦闘を終わらせるよう指示を出してくれ。」
そういわれたようにマイクのスイッチをオンにする、ただしチャンネルはアルバトロスやその所属のギルガマシンにセットしておく。あたかも統括軍の連中に支持を出しているかのように見せかけながらマイクに向かって叫び、オンにしたままそっと置く。
目の前に映し出されたモニタとその周りの地図とを照らし合わせて聞く。
「この様子だと爆破の規模はどれほどなんだ?相当大きそうなんだが…。」
怪しまれぬよう普段口調で会話を進める。
「そうだな、っと。左の小さいモニタに映し出した、確認してくれ。大体このポイントG-19から半径六キロと言ったところかな。しかしどうしたこの期に及んでそんなこと聞きだして。」
一瞬ドキリとはしたがそこを逆手にとる。声が震えるのなら逆におびえたようにふるまえばいいと。
「いやぁ、そんなに規模が大きいものなのに俺たち逃げ出せるのかなって思ってさ。こんな作戦に参加するのなんてはじめてなもので、恥ずかしいが俺怖がっちまってるみたいなんだ。」
そういうと技師は快活そうに笑い答える。
「ビビらなくったってまだ逃げるのに時間はたっぷりとあるさ!見ろよ、あと三十五時間はある。陸艇で六キロ以上脱出なんて容易いものよ!この作戦がうまう行けば我々の生活も今以上に豊かなものとなるしな。ハッハッハ!」
そこまでの音声はすでにアルバトロスの関係者に漏れている。と、同時に場所と残された時間を聞き出した彼の中で感じたことはその非道さだった。
もともと統括軍に忠誠を誓って戦ってきていた彼が反旗を翻そうと仲間とともに計画を立ち上げたときにも感じたその統括軍のやり方について。
今まさにこのダクシルースに住む多くの罪のない人々をまるで乱暴な子供がおもちゃを壊すように掌の上で弄ぼうとしている。たとえ上から命令を出されてその作戦を行っているとはいえ、自分が今から行おうとしていることに良心の呵責すら感じていないその様子に無性に自腹が立った。そしてそのような組織に自分が命を預けていたことにも情けなさを感じた。
目の前に立つ人間に向かって振り上げ、振り下ろしたマシンガンにはその自分の置かれた複雑な立場を、あたかも払拭するかの如く行動だった。
ゴンッといったその場では普通ならないであろう鈍い音が響くとほぼ全員の注目を集めた。ここでやっと技師たちは周りにいる軍服に身を包んだ輩が自分たちの仲間でないことを認識する。
だが武器を持たない彼らの抵抗はむなしく制御室は占拠される。
「よし!管制塔は堕ちました!先ほどお聞きになったと思いますがポイントG-19、座標軸X23.58・Y67.04に目標はあります!またタイムリミットは三十四時間二十八分!以上!」
今ここでダクシルースを地上から消すことを阻止すること、それが自分のこれまでの人生をリセットすることだと言い聞かせ、再びオンになったままのマイクに向かって目の前で戦闘を行うマシンに指揮を執る。
ビリビリを激しく震える外の空気とは裏腹にセットされた無機質なデジタル表示の数字が点滅をつづけながらその数を減らしていく。
ダクシルースが消し飛ぶまでに残された時間はそれを「阻止する側」にとってあまりにも少なすぎる。
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