第3話アルバトロス

 人類が戦争を戦争と感じなくなり早数十年、なぜ統括軍が地上を統治し、なぜそれに挑む人がいるのかもわからずに大義のない戦い続けているこの星で、人は生まれ、生き、老いて死ぬのである。


 仕事を求めんとサミエルとアテンブールを留守番させたエドゥとゴーヴは街で喧嘩に出くわし、それに首を突っ込んでしまった。エドゥ、トレーグスで見事相手を追っ払うもつけた雇用条件あまりに厳しく若干冷ややかな目を向けられる。そんな中、麗しき幼い…いやお若い少女ルト・ローパーが提案に乗り、一行は噂に尽きぬランドクルーザー・アルバトロスめざし再びアクセルをふかす。


 アルバトロスの横にトレーラーをつけクレーンが彼らごと持ち上げる。

「ヒュー、コレかい。アルバトロスって。こりゃまたご立派な艦ですこと。よくもまあこんなデカいの奪ったね、あんたらの艦長さん。」

「そうね、割と変わってるんじゃないかしら。そうだ、ウチの艦長見た目とやることにそぐわず気さくな人だから固くなる必要なんてないわ。」

 サミエルの言葉にルトが自信ありげに返す。そんな言葉のうちにエドゥは引っ掛かりを感じた。

「なんでわざわざ委縮する必要なんかあるんだ、いくら雇い主だからってへーこら頭下げるつもりはないぜ。」

「そうね、脳みそ空っぽのほうがかえって気は楽かもね。」

 ルト以外の三人は訳も分からずただ彼女を見ていた。

 アルバトロスの甲板、格納庫にはトレーグスやトループ・レスロッドが並べられていたが、中には見たことのないようなマシンまでおいていた。若干トレーグスには似てはいるものの取り付けられている武器は正規の者でないことが分かる。改造タイプだ。

 野良のギルガマシン乗りがよく自身の愛機を改造することがあるがここも例によってそうしている人がいるのだろう。つまりエドゥらのほかにも雇われマシン乗りがいるという証拠になる。多くの乗組員たちがこちらを物珍しそうに見ないで黙々と作業を続けていることからもそれがうかがえる。逆に言えばよく人が死ぬのでその補充をしまくっているからなれ合おうともしないのかも、と考えたが少しリアルな想像であったので思考をめぐらすのはそこまでにしておいた。

「ほう、コイツは。資料では見たが本当に完成させていたとは、な。」

 エドゥらの持ってきたアテンブールをまじまじと見まわしながら自身の白いひげを撫でているベテラン風を装った整備班のオヤジであるビンセント・レッドサムがぶつぶつとつぶやいている。

「なぁおやっさん、ざっと見た感じせっかくこの艦には立派なカタパルトが備え付けられているからな。あそこを錆び付かせるのはもったいないしコイツを置いとくかい?」エドゥが気さくに話しかけるとそのオヤジはさらに気さくに返事する。

「いいねぇ、若いの。わしもアレ使ってみたかったのよ。前部格納庫ばかり増えていく一方じゃったしここいらで特別枠を作るのもいいのぉ。さて若いの、お前さんがこれを?」

「いかにも、アンタを見る限りこの艦が事実統括軍内のクーデターで奪われたんだってわかるな。アテンブールの事についてなんか知ってそうな口ぶりだったし。」

 エドゥの質問にビンセントは答える。

「そうさな、わしらはコイツを拝借はしたさ。だがクーデターなんてたいそうなものじゃないと思うとるがね。変形タイプのギルガマシンは前々から検討されてていたプランではあったがAGS《アンチグラビティシステム》の小型化に成功せずあとひとしおってところじゃったからな。コイツを見る限りマシンの大きさを少しばかり他よりも大きく設定されてある、といった感じじゃから急いで作らせたのかの。」

「急造って感じだな、変形時にコクピットが奥まで下がりきらずにキャノピーが丸見えって感じなんだ。これまでに使ってきたやつが有視界タイプのマシンだったからそっちの方がまだ俺としては救いってとこかな。」

「使い慣れているならそっちの方がよかろう。コイツの性能は未だ未知数だ。なんなら戦闘機形態のほうがバランスはとれているかもしれんの。無理にマシンを変形させることによってジョイントに多大な負荷がかかっておるやもしれん。」

 なるほど、とつぶやいてエドゥは戦闘機へと可変してあるアテンブールを見やる。

「…っと、今は艦長のやつに会うのが先じゃて、またコイツの詳しい話についてはそれ以降じゃな。それとちょっくら点検と解析、あとところどころ銃身が焼けておったりしとるからの修理をするから当分は使えんぞ。なんかあれば他の物を使え。」

「ああ、了解した。それじゃ。」

 先に行くルトたちを見失わぬようエドゥは走ってその場を離れた。

「へぇ、あの戦闘機ほんとにギルガマシンだったんだ。可変とはねぇ。てっきりアンタら全員の頭がイっちゃってて遂には戦闘機とロボットの区別がつかなくなってるのかと思ってたわ。」

「「「おい!」」」

 あっけらかんと言うルトに三人がツッコミを入れる。

 にゃはは!と悪びれぬ声高な笑いがエレベーターないに響く。


「キャップ、失礼するよ。」

 艦長室では例の艦長が三人とルトを待ち構えていた。あれほどまで執拗にルトが艦長を見ると度肝を抜かすなんて脅しをかけてくるからさすがの彼らでも多少の緊張感を抱いていた。

 ご苦労、と一言はなってキャプテンシートから立ち上がりこちらを振り向く人物はまるで神経質そうな髭を鼻の下に蓄えサングラスの奥に隠れた瞳は逆光により見えにくいためにいまいちどういった表情をしてかというのは読めない。それでもわかることと言えば三人が三人この人物をしているということであった。実際に出会うのはこれが初めてではあるが、このような出会い方をするなんて思ってもみなかった。

「よろしく、お三方。アルバトロス艦長ガウダス。バーナード・J・ガウダスだ。とは言ってもこちらの事はすでに存じているのかな。なんならバーナード中将と呼んでもいいぞ。」

 アルバトロスの艦長を名乗る男は統括軍本部にて中将の地位に腰を下ろしているはずの人物であった。彼はアルバトロスの強奪事件後に謎の失踪をしており行方知らずとしてその後葬儀を執り行われていた。そのためエドゥたちから見れば、まるで死人が目の前に現れたような状態である、その上彼らがこれから世話になろうと思っていた艦に乗り合わせていただけでなく艦長の座についていたのだ。ショッキングなことが重なると人間の思考回路のキャパが越え停止するといわれているが今がそれなのだろう。完璧に言葉を失っていた。

「ね?びっくりでしょ?大体みんなこういう反応を示すから面白いのよね。やめらんないわ。」

「相変わらず趣味の悪いことを。あのね、よそでそんなことしたらいつか怖い目に合うぞ。」

「大丈夫よ、今回だって彼が助けてくれたんだから。」

「やっぱり何かしでかしたんだね。まぁいいや。さてそろそろ君たちからの話を聞いておかないとね。ええっと、エドゥアルドだったかな。長い名だ、エドゥでいいね。」

 はいっ!とエドゥ。やっと口が利けるようになってからふと感じたことはルトの言った通り、バーナードが見た目に反して以外と優しい口調と声を持っていることだった。見かけで判断してはならないと昔おばあちゃんから教わっていたがバーナードもまたそのうちに入るのであろうか。

 そうこう考えているうちにバーナードの目が再びエドゥの方へと向けられていた。

「さて、一応ルトから大雑把な話は聞いているが君たちもまたお尋ね者ということでよかったかな?我々もまたそうなんだけれども本当に用心棒として働いてくれるってのでいいんだよね。」

 それについてサミエルが返答、

「明日のその先にも生きているかわかんないんだからさ、かくまってもらってなおかつお金がもらえれば上場よ。」そこにエドゥが重ねる。

「むしろこちらからも聞きたいのですが、バーナード中将…」

「あぁ、さっきのは冗談として受け取っておいて。私のことはキャプテンでいい、もう私は中将ではない。それに敬語は使わんでくれ対等な立場でお話がしたいからね。フフフ。」

「…では、キャプテン。軍人であったという話を聞いて俺たちがあなたを狙う刺客だとかは思ったりはしなかったのか?」

「そうだね。ま、そう思っちゃう人ってのは私個人の意見として言わせてもらえば、本当に余裕のない人だと思っているんだよ。まずは信じてみるかな。信じてみないと君たちを連れてきたルトまで疑っちゃうってことだからね。よしんば君たちが私を殺そうとしてもね、ここにいる人間をなめちゃいけない。なんたってこのアルバトロスを盗み出したぐらいなのだからね!」だはは!と大口あけて豪快に笑うバーナードに統括軍中将の面影など感じられぬ。

 ただし、と付け加え「私だけが信じたところでほかの人の気持ちがどうかなんてのは分からないからね。それなりの働きは見せてもらおう。エドゥ、君が例のマシンを持ち出した張本人だったね。君のいたザンダ基地えらいことになっているはずだ、もうすぐアレの場所割り出してこっちに攻撃してくるころじゃないかな。アルバトロスもあのアテンブールとやらも嫌に目立っちまうからね。」

「是非そうさせてもらうよ、あまり後ろ指さされながら心地悪く過ごしたくはないからさ。ただ、今の時点で来られちゃマズイなぁ…。アテンブールはまだあちらさんが二機も持っているが俺のは使えないんだ。あんましよさそうなマシンもなかったことだしそれで出撃したところで格好の餌食だ。」

「確かにね。だが、こういう時に限って来ちゃうのが敵さんだよ。それで死んでしまえば、その時は運の悪さを恨んでくれ。間違っても道連れなんてしようとするんじゃないぞ。それでもなお生きていれば君たちを快く歓迎しよう。」

「アンタも存外ドライな男なんだな。キャップ。」

「現実主義者と言ってくれ、エドゥ。我々も明日を生きねばならん身だ。無駄な荷物は背負いたくはないよ。何があっても生きなければならん、くだらないことで死ぬよりは生きて地獄を見続けていた方が十分価値がある、無論ああは言ったが君らにもこれからを生きていてもらわねばならん。若者がこの間違え続けている社会を正さねばいけない。それもバカな奴には務まらないよ、進むべき道を自分で見つけて広い目で何事も見通すことのできる若者でなければね。アルバトロスのクルーや君たち三人はそれを可能とする若者ばかりだ、と私はそう信じているし、信じさせてほしい。」

「俺は弔いのために戦う。ちっぽけなもんさ。そんなたいそうなお役を担えるようなタマじゃない、そんでもって弔いを果たすためにここに身を置くってだけさ。そのことへの恩義は果たす。それにそれがくどき文句っていうのなら俺はあんまり好かんね。」

 エドゥの突き放すような言葉にバーナードはあえて温和に答える。

「そういってくれるな。ほんの照れ隠しだと受け取ってもらいたい。」

 この両者の話を遮るそれはバーナードの言う来たる敵を知らす警告音であった。

「君たちのお迎えが来たようだね、サミエルは適当に余ってそうな砲座に。ゴーヴ、君は二番主砲の手伝いを頼むここを出て左に通路があるからそこを行ってくれ、近道だ。最悪誰かに聞けばいい。で、エドゥ。君には早速マシンでその実力を見せてくれ。」

「「「了解!」」」

 バーナードが三人に指示をだし戦闘に整える。


 アテンブールとエドゥアルド・タルコットを探しに来たらそこには強奪されたはずのアルバトロスまでいた。この状況を好機ととらえられることがヒッツの長所と言っても過言ではないだろう。その前向きすぎる考えが彼を増長させる要因の一つではあるが。

「エドゥアルドを追ってまさかこんな大物に出くわすとは…。盗まれたアテンブールはアレに搭載されているかもしれない、第一種戦闘配備。各ギルガマシンは出撃ののちに敵艦を討つ。敵がどれほどの戦力をつぎ込んでくるかわからないがデータの上ではこちらの方が有利だ。一応本部にもこのことと連絡。ついでにアルバトロスも落とせたらなお結構。ワイルド・ボアは左へ牽制しつつ主砲をぶち込め、エレファントは直進コースを取ると見せかけてターン、後方のミサイルを浴びせる。あちらからアテンブールが出てこずとしても油断はするな、エドゥアルド・タルコットがいるからな。では副艦長、ここは任せた。俺も出る、じゃなきゃ上の連中がうるさい。」

「了解いたしました隊長。ではここから私が引き継ぐ。各員怠るなよ!」

 ヒッツらエドゥ追撃部隊を乗せた駆逐陸艇はすさまじい速度でアルバトロスへの強襲をかける。

(ずいぶんと御大層なお仲間を作ったじゃないか、エドゥ。だがここでお前やあの巡洋艦を墜とせばこの俺にいちいち突っかかってくる奴らも静かになる。どうせ貴様はこれから大成しないんだ、せめてもおとなしく俺の出世に手を貸せ!)

「出るぞ、ロックを外せ!」

 ヒッツの乗るアテンブールがゴォンゴォン…と音を立てエンジンに火が灯る。

 なかなか癖のあるアテンブールに扱いなれない彼は苦戦するもなんとか艦から発つことができた。


 アルバトロスのブリッジではすでに戦闘態勢がとられていた。

 バーナードはキャプテンシートに腰を下ろすと即座に現状を尋ねた。

「マクギャバー、現在わかるだけの報告を頼む。」

「はい、接近してきているのは駆逐艦二杯。まもなくレッドゾーンに侵入。推定四分後。いずれもエレファント級ですね。あのクラスですとギルガマシン最大搭載数は六機。所属はザンダ駐屯基地のモノと確認。多分エドゥ君たちのケツを狙ってきた奴らでしょうね。…敵艦から何か出ました、この感じだとギルガマシンですね。迎撃のつもりでしょうか。数は一、二、三…十二機ですね。上限いっぱいに出てます。」

 ブリッジのメインモニターには赤く大きき光る点から放射される黄色い小さい点が映し出されていた。せわしなくなるブリッジをさらに震撼させる言葉がマクギャバーと呼ばれる彼の口から発せられた。

「…打ち出された十二機のうち二機はデータにありませんでしたので解析したところ最新の更新が今日となってます…。つまりあれはアテンブール!艦長!」

 バーナードは若干顔色を変え左手の親指の爪を噛みながらしまったとつぶやくもその光の点の挙動について違和感を感じた。他の点に比べてあまりにも動き幅が小さいのだ。

「あれに乗っている奴ら。アテンブールを操り切れてないんじゃないのか?…とするとこちらに好都合だ。一機でも多く鹵獲してやろうじゃないの!かくパイロットに傷の有無は問わないからと伝えておいてくれ。無理ならすぐに逃げよう。」


 格納庫ではすでにいろんなマシンが出撃準備を済ませていた。エドゥもバイザー付きヘッドセットの説明を整備士ジュネス・ポタリカに受けながらどれに搭乗してやろうかと悩んでいた。アテンブールに乗れないために好きなマシンを選べと言われたからだ。お目当は普通のマシンでなくトレーグス改造機。両肩に120ミリキャノンと腹部に18ミリ機銃を携えている。足回りも砂地に沈みにくい下駄のようなものが施されている、が一つよくわからない装備がついてある。一見シールドかと思うがその先っちょにドンと中央に突き出た棘を囲むように爪ようなものがついている武器らしきものが見受けられる。よくわからないがわざわざカスタマイズしてまで備え付けたモノなのだから有効的に使えるだろうと踏んだ。なんにせよあのマシンがエドゥの中にある好奇心をくすぐった。

「それじゃあ説明は終わりだ。アルバトロスへのチャンネルは既に登録済みだから合わせる必要はない。と言っても無線傍受されるのが一番怖いからな、使わないに越したことはない。敵はもう近い、いい戦果を期待している。」

「任せてくれ、奴らの戦い方は重々承知しているつもりだ。行ってくる。」

 エドゥは片手をサッとあげて改造トレーグスの方へと走っていった。

 リフトからそれに乗り移った時下の方から「あっ‼︎それは…‼︎」と、焦った声がしたがエドゥには既に聞こえていなかった。

 トレーグスが歩き出してジュネスはあちゃーと手を顔にやり、

「あの野郎よりにもよってニールスのマシンに乗って行きやがった。誰も説明しなかったのかよ…。俺は知らねっ、おやっさんがきちんと説明してなかったのが悪い。」と、自分に言い聞かせておいた。

 そこにタイミング悪くニールス・T・ファラシーが来て彼に聞く。

「ジュネスさん、ボクのマシン出られますか?…ってアレ?シューターがいない…‼︎」

 ジュネスは目を泳がせニールスに言う。

「新入りがいたろ?奴が乗って行っちゃったのよ。」

「乗って行っちゃったって、なんで止めなかったんですか⁉︎あれだけはダメだって言っておけば良かったでしょ?」

「そんなこと既に誰かが言ってるものだと思うじゃんか!俺に言われたって困るぜ?とにかく、シューターは使えない。」

「チクショウ!なんでボクが妥協しなきゃいけないんだ!アイツ本当にスパイかなんかじゃないのか⁉︎」

 ニールスはぶつくさと文句を言いながらもトループ・レスロッドに乗り込み出撃を急ぐ。

「間違えてもエドゥのやつを後ろから狙い殺すなんてしちゃダメだからね?一応彼の腕を試すのが目的のうちの一つなんだから。」

 とジュネスがくぎを刺しておくがニールスは、

「そんなことするわけないじゃないか!見た目だけじゃなくて器まで小さい男だと思われたくない!それじゃあ、出るからね!あとあのエドゥとやらの通信チャンネルを開放しておいて、あいつ絶対に使いこなせずにボクのマシン壊すよ。」

 そう怒鳴りつけるとアルバトロスから飛び出し走り出していった。


 シューターにはカスタム前のトレーグスとは異なりデフォルトでキャノンがついているので遠距離で戦うのになんの苦労も知らない。それにもともと腕周りが工作用に頑丈に作られているため格闘戦にも申し分ない威力を発揮していた。エドゥは迫るザンダ基地のマシン程度なら簡単に振り払える。これまで演習で何度も何度も負かせてきた相手たちだった、それは実戦でも同じこと。

 しかし今回はあまりにも数が多すぎる、流石にうまく立ち回ってもきりがない。それにアルバトロスにいるパイロットもまたもともとは統括軍の人間ばかりなのでせいぜい同レベル、いやアルバトロスを相手方の駆逐艦の執拗な攻撃からまもるために戦力が分断されることを考えるとこちらが不利ともいえる。

 だがその中にもいい動きをする奴がいる。レスロッド四号機、つまりニールスの動きがエドゥの眼によく目立つ。最小限の動きで足止めをさせ味方にそれを始末させるといった実際には地味な役回りであるが他に比べてもダンチに動きがいい。そんな大胆なことができるのはよほど腕に自信がないと出来るようなことではない。

 その四号機からエドゥのもとにプライベート通信が入る。なんだと思って受信すると怒鳴るような声が聞こえてきた。

『この野郎!人のマシン勝手に持っていって!傷をつけたらタダじゃ置かないからな!』

 少し高めの声からエドゥはレスロッドのパイロットが女性なのかと驚き、返答する。

「すまんね、君のマシンだったなんて聞いてなかったからさ、いいマシンだと思って使わせてもらったよ。まさかこんな勇ましそうな女の子が操縦してただなんて思いもよらなかったよ。ここを抜け出したら潔くお返しするよ。」

 そういうと、若干沈黙が起こるが、

『……ボクは男だバカ!』

 、と怒声が響きエドゥにキーンと耳鳴りが起こる。

 アルバトロスでうまくやっていくには例え誰であっても敵を作らないようにしなくちゃならないのにまさかともに戦場で戦う人間を怒らせてしまうなんてミスったな…と心の中で舌打ちする。

 これ以上怒られるのもいやなのでそそくさと他に残っている敵を倒そうと振り返ると三、四機のマシンに迫られていた。この距離ではキャノンを使うには近すぎて撃つことは出来ない、それに敵の数が多すぎて格闘じゃさばけないし機銃もまた役に立たない。

「くたばれや!反逆者共ォォッ!」とマシンガンを向けられた時、まだ開放状態になっていた無線から聞こえた、

『左脇にある青いレバーを思いっきり引け!エドゥ!』

 その声の通りに左に合ったレバーを引くとびゅん!とあの"爪"のついたケーブルが打ち出され前にいたマシン二機のどてっ腹を貫いた。


「エドゥのアテンブールが出てこないだと!?」

『はい、どれもこれも中古のようなマシンや改造機ばかりで…。若干こちらが押されつつありますし…。多分このままアテンブールは出す気がないんじゃないかとみております。』

 必ずこの戦力差を見せつければエドゥを乗せたアテンブールが出てくると踏んでいたヒッツにはまるで分らないといったところであった。

「エドゥ…いや、アルバトロスの連中め。ナマなことやりやがって!もういい、べクトレン!コイツの操作はあらかたつかんだな?変形して上空から攻撃を加える!」

『…りょ、了解!』

 二機のアテンブールが走り出し地面をけって大きく跳び、そのまま形態を変えてアルバトロスに突っ込んでいく。

 急激にかかるGが彼らの内臓やタマを潰しにかかるが、これ以上反乱分子程度に図に乗らせてたまるか、とグッと堪える。

「たかだかあの程度の雑魚に押されるとは、なんて様だ。エレファント!もうそろそろ艦隊戦に突入するからな。その隙をついて相手のマシンがそっちに飛び移るかもしれない、対空砲火で防げ。」

『了解いたしております、お任せください。ワイルド・ボア聞いたな?うまくやってこい。敵はたぶんこちらを優先的に狙うはずだ。ある程度の攻撃手段を断っておいてくれ。』


「まさか、こんなびっくり武器があるとは!すっごいぜ、コイツは。」

 ニールスの助言によってシューターの左腕から射出されたフックショットは固く作られているギルガマシンの装甲をいともたやすく、それに二機連なってぶち抜いた。

「感心している場合か、まだ敵が残ってるだろ。それでも元軍人か!」

 と、またエドゥに怒号を浴びせるが相手もその威力に若干ひるんでいたので連続的な攻撃はなくタイミングをずらしながら回避運動に入った。シューターがケーブルをロールするときにニールスのレスロッドが背後を守り互いの、背中を預けながら相手のマシンに睨みをきかせる。

 するとその時"キーン"と鼓膜を揺さぶるような音が上空を通過した。

 アテンブールだ。ヒッツの乗るアテンブールがエドゥらを越えてアルバトロスへ向かっているところであった。

「しまった!アルバトロス、聞こえるか!?そっちにアテンブールが二機飛んで行ってる!くっそぉ!」

 慌ててエドゥはシューターのキャノンを放つが照準を合わせきれずに後方を飛ぶアテンブールの左主翼をかすめたにすぎなかったが、それでもバランスを崩した機体はぐるんぐるんと回転しながら落ちてくる。その途中で変形を解きダンッと無造作に着陸する。

「うわぁ!た、隊長!」

 ヒッツは焦るベクトレン一瞬だけちらりと拝むと

「間抜けが、そいつの性能を活かせばその程度のマシンなんぞ一蹴できるだろ!と吐き捨てアルバトロスに向けて攻撃を加える。

「あちゃあ、無理に振り落としたせいで厄介なの増やしちゃったや。たはは。」

「照れくさそうに笑ってる場合か、何としてでもこいつらぐらいは食い止めなきゃならん!エドゥ、それなりに腕には自信があるんだろう?手を貸せ!」

「任せなさいって。」

 ニールスはマシンガンをグッと構え相手の動きを探る。運良くも先ほどの落下のショックで相手のアテンブールの冷却システムが壊れ熱暴走により導線部分が焼かれたために動けなくなり、まさにお荷物状態となった。これが不都合なことは双方重々理解しておりあちらのトレーグスが守りに入る。まさに隙が生まれた瞬間だった。一転攻勢のチャンスにシューターのフックショットが手前に立つトレーグスの腹部機銃を剥ぎ取り攻撃手段を失う、その分を後方のマシンが補おうとシューターに向けて狙いをつけるがニールスのほうが一歩早く背中の動力部を破壊して動きを封じ込める。

 そうして二機の守りも崩れた砦はあっけなく陥落した。


「クソッ、役立たずめ…!あの動きを俺は知っている、あのカスタム機に乗っているのがエドゥだ…。エドゥを撃ち落とさなければならんが、アルバトロスをやらなければ奴のアテンブールを沈められん…。なんというジレンマ…!」

 エドゥを見つけたことにより心を揺らされ、一瞬の気の迷いがヒッツの次の一手を遅らせた。上空の敵をキャッチしたアルバトロスの主砲及び対空がアテンブールの機体に狙いを定めていた。

「ゴーヴ、しっかり当ててくれよ。あんなのがまだあっちにゴロゴロ残ってたら安心して寝られもしない。」

「俺は細かい作業は苦手なんだし、あんなに早いやつに当てられるわけないでしょ。こっちのがいい的だ。えぇい、やぶれかぶれ!」

 ドォン!と、アルバトロスの主砲が大地を揺らすのではないかと思うほどの衝撃が走らせる。

 もちろん当てられない。それにアテンブールからの反撃が帰ってくる。飛ばしてきたミサイルが船体にダメージを与えて行く。それに後方からは駆逐艦のミサイル攻撃が続く。

 しかしながら、ギルガマシン同士の戦いでは統括軍サイドの分が悪いことをヒッツは先ほど察した。

(よし、当たった!だがこれまでと言ったところか…。これ以上奴らと交えていてはただただ消耗戦になるだけ…。)

「撤退だ!エレファント、ワイルド・ボアは被害状況を報告。問題なければ後退しながら少しでも弾幕を浴びせろ。ギルガマシン各機、動ける奴らだけ戻ってこい。動けないものはマシンを捨ててP-3ポイントで合流!退けぇー!」

 その合図とともに各機が散っていき、多少の傷跡を残したアルバトロスも徐行に入った。

「このありさま、もう俺は統括軍には戻れぬ。だが絶対にエドゥ、貴様の息の根は止めて見せる。」


 アルバトロスへと戻るとバーナードや他のブリッジのスタッフがエドゥたちを快く迎え入れてくれた。

 ただ一人、エドゥをきつく睨みつけている"彼"を除いて。エドゥを怒鳴りつけてきたシューターの本当のパイロットであろう。声もそうだが体も随分華奢、だが顔つきはなかなかの二枚目と言ったところだろうか。女の子にはよくモテそうだ、などと考える。だが、その随分と整った顔には似合わぬほどの目つきでエドゥにメンチを切る。

 とりあえずそちらは見ずにバーナードの差し出す手を握る。

「エドゥアルド・タルコット、サミエル・シプレー、そしてゴーヴ・ボーグ。君達三人の働きを見せてもらった。おまけにアテンブールをもう一機回収してくれるなんて大手柄だよ。今日から我々とともに戦ってもらいたい、よろしく頼むよ。」

「こちらこそ、この艦の名に恥じない活躍っぷりを見せますよ。」

 と、ふたりの握手によって三人は正式にアルバトロスのクルーとして認められることになった。

 つまりエドゥらに大きなスポンサーがついたというわけだ。統括軍を倒すための大きな組織が…。

(今日攻めてきた奴はヒッツとその部下だな…。奴ら地の果てまで俺を追い回すというわけだ。だがもう怖くない、こっちだって強いがいる。絶対に奴の好きなようにさせてたまるか。俺の部下の敵は必ず討つ…。覚悟してろ!)

 エドゥの決意を胸にアルバトロスはただひたすらに地を駆る。

 気まぐれな風以上に大きく土ぼこりを立てふぶきながら…。

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