第四章
第16話デザートデビル
統括軍の意思に反して生きる人々は強いのか。その逆に、それに従い生きていく人々を弱いと言えようか。人間が根本的に弱いはずはない。ましてや強いなどというわけもない。
宇宙から見ればそのようなことは実に小さいことだろうとは思う。だがしかし、現実で起きていることはそのちっぽけな視線から見えていることだということもまた忘れてはならない。
ピッサメルバレーを抜ける際に様々な混乱が生じていた。現場と後方司令室では状況の見え方というものは大きく異なっている。だからこそ、アルバトロスに対して当てる戦力を多くしすぎたり、また減らしすぎたがゆえにピッサメルに駐屯する統括軍の士気は大きくブレていた。人の心というものは、そう簡単に人に支配できるものではないから実に恐ろしや
そして先を急ぐバーナード・ガウダス率いるアルバトロスは森を抜けてクリスタリアカンパニーへとその足を動かす。
シャイダンの下についたテンピネス中佐はシャクトショルダー二機を先頭にウィリーガーを引き連れて砂漠を横断していた。その横にそびえるテフロス山脈を見上げながらヒュウ、と口笛を吹く。
「今からここを登ってテフロスの砲兵工廠まで行かねばならないとは、シャイダンめ。野郎何かやらかして左遷でもされたんじゃないのか?」
テンピネスがそう愚痴をこぼしながらカカカと笑う。
例の巨大ギルガマシン、ビッグ・スパイダスでザンダガルと戦って何とか逃げ出したテンピネス達は、その小隊丸ごとをシャイダン・サルバーカイン少将の指揮下に預けるその引き換えとスパイダスの件の謝罪の意味を込めて新型マシン・シャクトショルダーを譲り受けた。
シャイダンの中の隊でも一応は隊長職を取り持つテンピネスではあるが、シャイダンの命となれば、それを聞かねばならない。
さらに言えば、テフロス工場にて製造を引き続き行うクリスタリアの新型マシンバッツェブールと他をアルバトロスによって狙われないようにするための護衛として統括軍本部に抜擢されたシャイダンが向かうとなると、テンピネスの小隊も同じく向かう羽目となる。
『そうですよねぇ、隊長…。さすがに新型マシンをあんな寒そうな山にまでアルバトロスの奴らが盗りに行くとは到底考えにくいですものねぇ…。あの大隊長、絶対に上層部から嫌われていますよ…。でないと一度失敗した我々にこんなマシンまでタダで渡すとは思えませんし…。』
「何か裏があるに違いないぜ…、ありゃ…。」
そうテンピネスが勘ぐっているとザブザブ…とノイズを鳴らしながら件のシャイダンからの連絡が入る。
『君たちね…、疑りが激しすぎるんじゃないかな…。』
急に通信が入ったこと、それに先ほどまでの会話を聞かれていたことに驚きテンピネス達は背筋を凍らせる。
『確かにあんなへんぴな場所へ向かわさせられたら疑う気持ちもわからないではないが。我々の力量を理解してもらっているが故の作戦だぞ。あのテフロスの工場にはアテンブールと同じタイプのギルガマシンが送られている。あのアルバトロスに対抗しうるだけの力を持ったマシンだ。君たちだって煮え湯を飲まされている相手だろ?それに対するリベンジのためにと考えてくださったのだろう。将軍自らの命令だ。』
ふぅとシャイダンはため息を吐いて『何か異論は?』と尋ねる。
一同に首を横に振り、そのまま通信が切れる。
「…下手なこと、言うものじゃねぇな…。」
『…えぇ…。』
そう言ったが最後、彼らはただ静かに目的地へと向かうことを決めた。
「まぁ、奴らがああやって言うことは分からないでもないが…。ただ、将軍にまでこのことを知られたというのはまずいな。」
シャイダンはキャプテンシートに腰をかけながら再度のため息をつく。
「ガウダス元中将の件に関してですか?」
ミハイルの問いに無言で肯定するシャイダン。少し間をおいて話し出す。
「あぁ…。あの方の存在というものの大きさを改めて実感させられる。あの時の私はアテンブールとの戦闘で頭に血が上っていたというのもあるが、何を考えているのかがサッパリわからない。なぜわざわざこちらに反旗を
「あの方にはあの方なりのお考えがあるのでしょう。エイベル将軍とはいつも意見を違えていたということもありますし。」
シャイダンは左手で帽子をとり、右手で髪の毛をかき上げる。これが考えごとをするときの癖なのだが、その考えが纏まる気配を見せないのか、いつもよりもずいぶんと長く行っていた。
「直接話し合える場があればよいのだが、それをするにはあまりにも目立ちすぎる。私たちの立場さえも危ぶまれるようなことは避けたい。」
「心中お察しいたします、閣下。」
「ミハイル…、君にも苦労をかける、いつもすまない。」
「いえ、こうして閣下に仕えているのもまた巡りあわせですから、お気になさらずに。」
ミハイルはそういいながらにこりと微笑み、コーヒーを一杯煽る。シャイダンも気持ちを落ち着けるかのようにカップをクイッとあげてコーヒーを飲み干す。
ピッサメルバレーを抜けた先にある森で身を隠しながら進んでいたアルバトロスは、さらにその地帯を抜け出し、再び広大な砂の大地をひたすらに進み続ける。そのレーダーがシャイダンたちの動きをキャッチしてはいたが、些細なことの一つとしてしかとらえられないのは仕方のないことだろう。
「このところ大きな動きがこの周辺で確認されますね…。やはりアルバトロスの動向、かなり監視されているのでしょうか?」
少しばかり不安そうにマクギャバーが尋ねる、それに情報通のルトが答える。
「そうでもないんじゃないかしら、聞くところによるとゲリラ自体が結集して統括軍に挑むなんて話が巷じゃ上がっているらしいわ。まぁ事の発端を考えればこのアルバトロスにつながるところを見ればそう思うのも無理はないのかもしれないわね。」
「つまりあれか?俺たちの行動が世の中を動かしているってのか?そりゃまぁたたいそうな話だね。え?」
エドゥがあっけらかんと言って見せたことにサキガケが真剣なまなざしで喋り出す。
「いや、それこそたいそうな話でもない。これまで長く統括軍を優位とした時代が続いて来ていたんだ。それがゲリラの奴らから見ればポッと出の俺たちがここまで奮闘しているとなりゃ、その面目は丸つぶれだ。おそらくその力の無さを周りと徒党を組むことによって量で解決し、統括軍に挑もうという魂胆だろう。」
「となれば、軍隊が出来上がるわけだ。それもかつての統括軍のやり方のように…。」
エドゥもサキガケの話に納得をして、自分の頭の中でもそのことを整理する。
「そうみたいね、国と国をつなげていった統括軍のやり方とゲリラ同士をつなげていく彼らのやり方では圧倒的に戦力に違いは出てくるでしょうけれどそれをだんだんと大きくまとめようとしている組織長のようなものも出現していると聞くわ。」
ルトは自身のメモ帳をぺらぺらとひく。
今や電気端末の方が便利であるというのにルトは未だに旧来のアナログな方法をとっている。エドゥもそのことについて一度触れたが、本人曰くそれが一番手にしっくりくると言うらしいのだ。だが、人それぞれだろう。
「この人ね。ハイネス・ダットソンが率いる『レボルスト』。これがいま最も巨大なコミュニティを築き上げている人物よ。」
「レボルストねぇ…レボリューションにかけてそうなえらく物騒な名前だが…。」
写真も添えられたそのメモをその場にいる全員が見る。
「確かに反骨心のありそうな理想的なリーダーって感じだな。写真を見る限りあまりおつむの方はよろしいようには見えないが。」
「それに関しては彼の周りを取り巻く参謀たちに任してはいるそうね。ただ彼の持つカリスマ性に惹かれるというのは実際にあるみたいね。それが一番怖いところなのだけれど…。」
改めてじっくりをその写真の男、ハイネスの目を見る。実に仏頂面で、ただただ戦にしか興味のなさそうな顔つきに見えた。
だから到底この男にそのようなカリスマなる特性があろうとは想像しがたかった。
「こんな顔のやつにでも軍隊を作り上げることができるならばゴーヴにだって出来らぁな!」
ゴーヴもそのエドゥの言葉に大口あけて笑う。
「ハハハハハ!確かに!……ん?」
ゴーヴは気づいた、いや誰もが気づいたがそ知らぬふりをしておいた。
一方のアルバトロスが目指すクリスタリアカンパニーには、シャイダンからの連絡を受けていた。
『ミスタークリスタリア、将軍から承っていたギルガマシンの搬入が完了いたしました。』
「すまないね、サルバーカイン少将。話には聞いているよ、我々の作り上げたアテンブールを奪い去った輩がこちらへ来ていることはね。」
ポマードで固めた銀髪を櫛でサッサと整える男が一人、クリスタリアカンパニーの取締役グリース・クリスタリアはモニタに映るシャイダンと向かい合って話をする。
『そちらにマシンがなくとも襲撃する恐れがあります。私の部隊から数機ほど手配は出来ますが、いかが致しましょう?』
「ご配慮痛み入る、少将。だが大丈夫だ。我が弟コークスがアッシェンサースでアルバトロスを迎え撃つからね。君たちにはそちらのマシンを守っておいてほしい。」
『アッシェンサース…。砂漠での戦闘に特化したあのギルガマシンでありますね。コークス様が乗られるのですか?』
シャイダンが少し驚いてみせるも、グリースはなんのことはない、といった雰囲気を放ちながら言う。
「奴もまた技術屋であると同時にギルガマシン乗りだよ、安心してほしい。それに、我々が使っても問題のないものでないと得意先には売り出すことはできない。ビジネスは時に何かを犠牲にしてまで顧客との取引を行うものだよ。それが身内であろうとね。」
そんな世界とは無縁に生きて来たシャイダンにとってその言葉はまさに未知なるものだった。
『自分は根っからの軍人でありますからビジネスと言うものには疎いのですが…仰りたいことはわかるような気がいたします。』
シャイダンのその堅苦しそうな物言いにグリースは指を口に当てながらククク…と苦笑する。
『な、何か変なことでも言いましたでしょうか…?』
グリースのその行動に少し戸惑うシャイダン。
『いや、君たち軍人だってビジネスの中に生きているようなものだよ。何も我々だけの専売特許ではない。君たちもまた利益の追求を生むために戦っているところだってあるだろう?何か利益を少しでも生み出せば、あるいはそれはすでにビジネスだよ。現に私と少将、君との間ですでにビジネスが執り行われている。」
次にグリースが言いたい事をあまり理解はできなかった。シャイダンにとって常日頃の戦いがビジネスであるなどと考えたこともなかったからである。
だが、それ以上分からないからといって追求し続けるのもつまらないことだと思い、ただ相槌を打つだけに終わる。
『それではまた何かありましたらご連絡をください。』
そう言ってシャイダンは通信を切る。
それを確認したのちグリースは独り言を呟く。
「そうさ、少将。これはまさにビジネスさ。私が一個人の感情でアテンブールを扱うパイロットが気になって彼らに手を貸したくなることもまた読まなくてはならない。何も統括軍だけを手助けするなどとは一度も行った覚えはないからね…。コークス、巧くやれよ…。戦闘しているように見せなければ多分あの少将殿は勘付く。だがやり過ぎるなよ、アルバトロスはカンパニーの明日を決める大事なお客様かも知れないからな…。」
「微弱ながら反応がありますね…。ギルガマシンとは思いますが…。」
「なんだよ、マクギャバー。その歯切れの悪い言い方。何が言いたい?」
その反応から発信される信号を見て違和感を感じるマクギャバーはその発信元にレーダーの感度を合わせる。
「そのギルガマシンらしき反応、統括軍のものとはまた違うコードを出しているんですよ。上手くは読み取れないですがね…。」
バーナードがひょいとマクギャバーの横から顔を出しモニタを確認する。
「なるほどね、確かに。だが答えは簡単だ、クリスタリアカンパニーに近づいていると言うことは、そのコードは彼らの使うものだろう。それならばこの周辺でマシンテストを行っていてもおかしくはない。」
「とはいえ、アルバトロスが近づいているのにそんな呑気なことやりますかね?」
「アルバトロスだって今なお統括軍と同じ信号を使っているだろう。おそらく軍の方ではその登録は消されているだろうが、カンパニーは一般の企業だ。多分何も知らされていないんだろうし、そうなれば気づくわけもないさ。それにここまで離れて入れば射程距離の問題もあるだろうしな。」
「ですよね、ビッグ・スパイダスじゃあるまいし…。」
ドォォォン
その突如とした爆音がアルバトロスを揺らすだけでなく、クルー全員を動揺の渦へと巻き込む。
「な、なんだ!どこから来た!」
「わ、分かりません!直撃では、直撃ではありませんが!」
完全に油断の域に入っていたアルバトロスはその雰囲気を払拭し、戦闘配備を整える。
「か、艦長…。攻撃された方向から敵の居場所をどう計算してもあの例のマシンでしかないんですが…!」
「しかし、見るからに反応の大きさはザンダガル以下だぞ…。」
アルバトロスからぐぅんと前方へ移すとクリスタリアカンパニーから送られたギルガマシン、アッシェンサースの姿がある。
そのパイロット、グリースの弟であるコークスは操縦桿をそれぞれの指でタタタンと滑らかに握り直し、舌舐めずりをする。
「アニキよ、アルバトロスへの直撃は外したぜ…。これでアテンブールが出りゃあアニキの勝ちだぜ。」
『グリース、あちらはお我々のお客様だ。あまり無茶はしないように。』
「分かってらぁヨ。さぁ、もう一回威嚇射撃を喰らわせてやるぜ。出てこい、アテンブール!」
アッシェンサースの構えるロングハンドランチャーは砲身がそのマシンの機体よりも長く作られた遠距離支援用兵器であり、カンパニーが今後売り出そうとする武器の一つだ。
撃ち出された弾はある一定のところで炸裂し、とてつもない威力を放つ。
ぐわぁんっ
また大きな音とともに放たれたその砲弾はアルバトロスの船体をさっと掠めてから大きな爆発を起こす。
「ま、またか!この微妙に当たらない感じ…、相当神経にさわるなっ!」
エドゥがいまにもザンダガルで飛び出さんとしている横でゴーヴが冷静にそれを見る。
「この攻撃、全く本気じゃない。」
その呟きに誰もが「え?」となる。
「あれほどの距離から撃っていて二発ともこんなすぐ近くでかすめてから爆発している。普通に下手なら数撃ちゃ当たるか、二発とも大きくそれるかのどちらかだ…。それなのにこうも同じところを連続で狙えるなんて、パイロットの腕か使っている武器の性能か、あるいはその両方…。おそらくアレは威嚇射撃」
「な、なんでもいいけどヨォ、威嚇射撃っつーより挑発っぽいがな…。」
サキガケが横から口を出す。その声に反応してゴーヴは振り向き、そして前を向き直してからコクリと頷く。
「確かにそういった方が当てはまるのかもしれない。わざわざ遠距離からの攻撃を見せつけているような…もしくは誰かを呼んでいる。そんな攻撃の仕方だ。」
「誰かを呼んでいるねぇ…。となるとエドゥ、あんたのザンダガルとサシでやろうって所じゃないの?」
サミエルが首だけエドゥの方へと向け、攻撃が来た方向へと顎をしゃくる。
バーナードもモニタを見続けながらマシンとの距離をはかり考える。
「確かに統括軍らしくない攻撃の仕方とカンパニーからさほど遠くないこの位置とを考えて、クリスタリアカンパニーの関係者が個人的接触を考えているようにも取れる。が、奴ら自身、何を考えているか…。罠でないとも断言はできぬしな。ただ、ゴーヴの言う通り正確な射撃を持っているとするならば、鈍足なレスロッドやトレーグスでは太刀打ちは出来んし、そもそも懐に入ることが難しい。」
エドゥは面倒そうに頭をガリガリと搔きむしりながら、
「そんなこと考える前に行動で移してやれば良いだろ!このまま指くわえて見ているってのも癪だ!挑発ならばワザと乗ってやる、たとえ罠だったとしても知ったこっちゃねぇ!」
ズンズンズン…と格納庫の方へと向かっていく。
「仕方がない、とりあえずアルバトロスも攻撃準備に移る。カンパニーの近くで大きな戦闘をすればもしかしたら統括軍が戻って戦闘に参加するかもしれない。慎重に行動しろ。ただし、やられる前にいるやれ。」
「「「了解!」」」
「ザンダガル発進させるぞ、全員路を空けろ!エドゥ、少しばかりじゃが手を加えさせた。前回の戦闘で少し弱まった推進力じゃが修理の際に二割り増しで加速するようにしておる。フルスロットルで行くと舌を噛むかも知らんからの、注意するように。」
ビンセントがコクピットに乗り込むエドゥに注意を払うよう呼びかける。
それを理解したと頷きつつ、ザンダガルのエンジンの調子を確かめる。
「確かに音が変わったように思うな。ありがとう、おやっさん。…ところで、例の話はどうなったんだ?」
例の話とは、ザンダガルの変形機構に干渉しない程度の装甲と兵装を備え付けるということについてだが、つまりザンダガル自体を程よく改造してやろうという事だ。
「ジュネスにやらせておる。多分もう時期に完成はするじゃろうて、楽しみにしておれ。そのことも考えての推進力の調整じゃ。」
「おうよ、おやっさんやジュネスの腕は信じられるからさ。早い所頼むぜ。それじゃあ。エドゥアルド・タルコット、ザンダガル出ます!」
キャノピーを閉じて、ロックを外しザンダガルをアルバトロスから出撃させる。
ググゥっと腹の底に染み渡るように加わるGがいつもよりも重く感じた。
「ザンダガルは出た。周りに敵がいないかをクリアリングしつつ我々はクリスタリアカンパニーへと急ぐぞ。」
ザンダガルの影を追うようにしてアルバトロスを前進させる。
「ついに来たか、アテンブール…。さて、どれほどの力を蓄えて来たか是非モノで見せてもらおうじゃねぇか…。」
グリースは真打ち登場にいつもより弾んだ声を出す。
アッシェンサースの重心を少し落とし左脚を前に右脚を後ろにしてバランスをとる、そして一直線に目掛けて飛んでくるザンダガルにランチャーを構える。
照準を合わせ、ファイアートリガーを押す。
ぐわぁぁぁん
その寸分違わぬ弾丸をザンダガルのコンピュータは読み取り、エドゥの反射神経と合わせて最小限に避ける。
「やっぱり、この動いているザンダガルにあれほど正確な狙撃を見せるなんてな…。クリスタリアカンパニーめよほど腕の良いガードマンでも雇っているみたいだ…。」
エドゥがグリースの腕に感心するように、グリースもまたエドゥのその見事な回避に舌を巻いていた。
「あの程度の攻撃を避けられなければ話にもならないと思ったが、無駄のない動きで避けるとは。パイロットめ、アテンブールとの相性を見せてくるな。だが!」
ついにアッシェンサースの懐にまで飛び込んで来たザンダガル。そのザンダガルによる可変の勢いで蹴り上げるワザをグリースもまた先読みで回避する。
「むぅっ!速い…。だが、この砂漠の戦闘においてアッシェンサースに叶うとは思わないでもらいたいな!」
「動きが違う!ウィリーガーと同じだ!いや、それ以上か?こいつも砂漠の上でなめらかに動くぞ…。」
アッシェンサースもまたクリスタリアカンパニーのマシンである。
ザンダガルことアテンブールに利用された小型AGSを搭載して空を飛ぶほどではないが少しばかり宙に浮くことができるその特性を生かして不整地でも速度を殺さぬ操縦を可能としている。その動きからカンパニーの内外での通称が「砂漠の悪魔」と呼ばれている。
そんな砂漠の上での戦いとは思えぬ機敏で、かつ不自然な動きをするアッシェンサースに合わせるように、エドゥもAGSの出力を微弱にしておきながら地面から少しばかり浮かせて摩擦を減らす。
ただし、やはりザンダガルは空戦用に作られたマシンなだけあって、たとえ微弱な反重力と言えども地面からは大きく離れてバランスも取りにくくなっている。
ザンダガルの苦戦にすぐさま支援を出さんとギルガマシンを出させてはいたが、それらが到達する前に決着が着くのでは、とバーナードは思った。それが良い結果にしろ悪い結果にしろ同じ事だと。アルバトロスの主砲で撃たないこともないが、その威力だとエドゥまで巻き込んでしまう。
その微妙な立場がアルバトロスのクルーを苦しませる。
「相手が統括軍ならば事実エドゥ、と言うよりザンダガルの強さを知っているはずですよね。やっぱりさっき艦長が言ったようにカンパニーの差し金でしょうか…?」
マクギャバーも居ても立っても居られないのか少し焦燥感に煽られたような声でバーナードに尋ねる。
「だったら余計に何を目的として接触したいのかが分からない。あちらは一企業であると同時に統括軍に援助している大きな組織のうちの一つだぞ。」
少しズレたサングラスをカチャッと指であげる。そんな二人の話し合いに、それまで沈黙を決め操舵していたククールスが口を開く。
「カンパニーの取締役、グリースといえば食えない男と聞く。自分の優位な方に話を進めたがるような性格がもしかするとアルバトロスの方に向けたと考えてはどうでしょう?」
ククールスの予想では、統括軍から奪われた自社製品であるアテンブール(ザンダガル)を巧みに使い、ここまで来たアルバトロスに対して当の取引先である統括軍はカンパニーのマシンを持て余している。だからこそグリースという男はそんな統括軍からはデータが得られずに、より良いデータが得られるアルバトロスの方に目を向けた。そう考える。
「すると、今ザンダガルが戦っているのはその性能を確かめるためという訳か…?」
バーナードがククールスの考え方におぉ、と感嘆詞をあげる。一方のククールスはその真剣な眼差しを解くことなくバーナードたちを横目にアルバトロスを操舵するために前へ向き続けながら言う。
「あくまで勝手な想像にすぎませんからサシでガチろうとしているのかもしれません。殺気立って本気で殺しにかかってはいますからね。そう考えれば良い腕を持っていながらアルバトロスに手を出さなかった矛盾は解けます。」
「なるほどな。じゃあここであの程度でザンダガルがやられているようじゃ期待はずれもいいところだ、そう考えた訳か。」
コクリと頷くククールスにバーナードは再び感嘆のため息をつく。ポジティブに考えていけばそれは千載一遇のチャンスだと言わんばかりに口角をあげる。
アルバトロスの内部では考えがまとまった。
だがしかし、ギルガマシンを駆る彼らにはまだそれを知る由はない。
(あのマシン、本当になんで一機だけで攻めてくるんだ…。)
シューターを走らせながらニールスも考える。こんなところでザンダガルがやられてしまえば何もかもが終わるような気がしてならなかった。だが、邪念が今のニールスを邪魔していることは額の汗からよく伝わった。
(いや、それを知りたいのは何もボクだけじゃないんだ…。エドゥ、持ちこたえてくれよ!)
砂塵からボッボッと上がる爆発を見て胸がキュッとなるように感じた。
「チィッ…不整地じゃ奴の方が有利か!近づくのも難しいとなれば狙いどころはっ!」
クイックイッと操縦桿を素早く二回後ろへ倒す。その動きに合わせてザンダガルはステップを踏むようにアッシェンサースと微妙な距離を取る。
ただしその位置は遠からず近からず余裕でランチャーの射程内だ。
「わざわざ自分から当たりに行くか、アテンブールのパイロットォ!ならば望み通りにしてやる!」
すでにロックしているザンダガルをスコープに捉え、地に足をつけて砲を向ける。
それをモニタで確認していたグリースはハッと気づく。
『しまった、やめろコークス!今すぐ避けろ!奴はっ……!』
グリースが言い切る前にコークスはトリガーを引く。爆発的な速度で撃ち出された弾はザンダガルの微妙な回避で後ろへとすり抜けていく。
そして、その回避と同時にエドゥはアッシェンサースの懐へと飛び込む。
「この野郎!性懲りも無く!」
コークスが叫び、アッシェンサースをバックさせようとしたが下がらない。
ランチャーを撃つときにバランスを取るためAGSをオフにして砂の中に少し脚を埋もれさせたことを思い出す。
エドゥはその一瞬の停止を狙ってアッシェンサースのコクピットにバルカンを撃つ。
だが済んでのところで後方に倒れこむアッシェンサースはバルカンの弾をギリギリ避け、その代わりに頭部に命中した。
その勢いでアッシェンサースの頭部は回転しながら空中を舞い、ドサッという音とともに砂に埋もれる。
モニタが使えなくなり、視界を確保するためにコクピットをオープンしたコークスの眼前にはザンダガルのバルカン・ポッドがあった。
倒れ込んだアッシェンサースにトドメをささんとするところだった。
(これまでか…。アニキ…すまんね、良い弟ではなかったよ。)
全てを悟り、目を瞑りながらホールドアップするその姿にエドゥは男らしさを感じ、たまに先頭を演じた相手に敬意を表する。
だが、コークスは死ななかった。
『待ったーッ!』
そんな言葉がノイズでザラついた音とともにどこからか流れて来た。
ギルガマシンを二、三機載せられる程度の小型陸艇から聞こえたスピーカーの声の主は他でもないグリース・クリスタリアの声であった。
そこで止められるとは思っても見なかったエドゥはキョトンとする。
遠くからで状況の把握が出来ないアルバトロスの面々も同じであった。
小型艇から姿を現した男、グリースはそのままザンダガルとアッシェンサースの方へと臆することなく歩み寄り、ザンダガルのコクピットの方へと見上げる。
そのグリースの立ち振る舞いにいまだ何が自分の身に起こっているのかわからないエドゥはコクピットをスライドさせ、キャノピーを開けて下を見下げるように立つ。
コークスも痛みを感じないことに違和感を覚えてエドゥの視線の方向をみる。
「あ、アニキ!」
そういったのをエドゥは聞き漏らさなかった。
「アテンブールに乗っているということはエドゥアルド・タルコット元大尉で間違いはないね?」
大声で尋ねるグリースに頷きだけで答える。
「そうか…。それではこの戦いは私、グリース・クリスタリアに預けさせてもらいたい!」
「…グリース…クリスタリア…クリスタリアカンパニー…」
確認するように口の中でその名前を復唱する。
「そうだ、クリスタニアカンパニーへようこそ、アルバトロスの諸君。手厚く歓迎させてもらう!」
それだけ言うとグリースは陸艇に戻りカンパニーの方向に向けてそれを出す。
エドゥも
すこしばかり経ってから、アルバトロスもエドゥからの通信を聞き、同じように船を進め出した。
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