美しい構造物を眺めているかのような精緻な構成力にまず引き込まれる。そこで綴られる物語は新技術の普及によって倫理のパラダイムシフトが起きた世界での出来事。倫理が変遷した世界における社会の様々な変化は、倫理が盤石で確固たる規範があった上で定義されるものではなく、むしろ曖昧な多くの人々のドロドロとした「気分」で形成され共有されるものであり、それが容易に暴走するものであることを淡々とした筆致で露わにしている。フォルカスの2度にわたる死はそんなディストピアな世界の犠牲者であり、生贄であり、悲劇の象徴として深い余韻を残す存在。文章に通底する乾いた抒情性、そして最後を締めくくる一文の筆舌に尽くしがたい美しさ、そして何よりも痺れたのは、作中の言葉を借りれば「自分の外側に悪いものを探して、それを叩くことで自分が倫理的な人間だと思おうとする」人々に対しての静かだが、鋭く辛辣な皮肉と怒りをここまで洗練された物語に昇華させ突きつけてみせたところにとても心を揺さぶられる。近未来SFであり、現代をカリカチュア的に描写した極めて批評性の高い同時代小説でもあるこの作品は何度読み返してもとめどもない魅力と啓示をもたらす優れた物語です。
小説の中にもタバコの件などで出てきますが、もう既に、こういう倫理の逆転がかなり起こっていますよね。今正しいとされている事が、以前はとんでもだったり。。民主主義って、多数派が正しいという概念ではないんですけど、錯覚しがちです。私は嫌煙家ですが、映画やアニメの中に出てくる喫煙シーンは好きです。真似して吸ってみたいと何度も思いました。でもきっと実際にタバコをコンビニで買ってきて、家で1人で付けてみても、やはりこの小説の主人公のように、「わからない」んだろうと思います。客観だからこそいいものもあるのかな、と。それでもタバコを吸うシーンはやはりいつ見てもカッコイイ。何が言いたいのか自分でもよく分かりませんが、とにかく、“これは私(全ての人類)のことだ”と猛烈に感じました。つまり、感動しました。読んでいたら、頭の中に映像が出てきました。中盤まで主人公が女性で若いということがわかりませんが、私の頭の中では、冒頭から主人公は若い女性でした。少しびっくりしました。きっとこれから何度か読み返したくなる小説です。色んな人に、薦めます。枕目さんの他の作品も、お金を出してでも読んでみたいです。
今自分たちにとっての当たり前というものを改めて考えさせられる作品でした。
自分にとっての当たり前というのはずっと昔から当たり前だったわけではない。また、自分にとっての当たり前を受け入れられない人もいる。
そんな「当たり前」を気づかせてくれるような内容であったと感じました。
この感覚はこの作品を読んでみなければわからないでしょう。
また、文章力も高く表現が読んでいて引き込まれます。簡潔で、それでいて奥行きのある表現が心地よい。SFでありながら、世界観を理解するという難しさを感じさせない、引き込むような文章でした。
誰かに読んでほしい。素直にそう思える作品でした。
こんな素敵な作品を読ませていただき、ありがとうございます。