何度読み返してもとめどもない魅力と啓示をもたらす優れた物語

  • ★★★ Excellent!!!

美しい構造物を眺めているかのような精緻な構成力にまず引き込まれる。そこで綴られる物語は新技術の普及によって倫理のパラダイムシフトが起きた世界での出来事。倫理が変遷した世界における社会の様々な変化は、倫理が盤石で確固たる規範があった上で定義されるものではなく、むしろ曖昧な多くの人々のドロドロとした「気分」で形成され共有されるものであり、それが容易に暴走するものであることを淡々とした筆致で露わにしている。フォルカスの2度にわたる死はそんなディストピアな世界の犠牲者であり、生贄であり、悲劇の象徴として深い余韻を残す存在。文章に通底する乾いた抒情性、そして最後を締めくくる一文の筆舌に尽くしがたい美しさ、そして何よりも痺れたのは、作中の言葉を借りれば「自分の外側に悪いものを探して、それを叩くことで自分が倫理的な人間だと思おうとする」人々に対しての静かだが、鋭く辛辣な皮肉と怒りをここまで洗練された物語に昇華させ突きつけてみせたところにとても心を揺さぶられる。近未来SFであり、現代をカリカチュア的に描写した極めて批評性の高い同時代小説でもあるこの作品は何度読み返してもとめどもない魅力と啓示をもたらす優れた物語です。

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