この小説は未来の冒険小説だ

 あらゆるものが自動化され最適化されて、日常の中から冒険というものが一切消え去った未来。
 この世界では、ナビさえあれば運転手はいらない。あらゆる道路がナビにインプットされていて、自動運転に任せたままどこへでも行ける。
 全てを機械操作に任せた人間の心理は、後部座席に座る同乗者の心境だ。運転するAIの助手ですらない、運転手に任せてただ運ばれるだけの荷物だ。
 荷物である事は本当に楽なものだけど、知らない道を走る苦労も、自動車を自ら運転する緊張感も存在しないということになる。それは日常の小さな冒険、緊張感、高揚感さえ生まれない、さぞかし退屈なドライブのはずだ。
 そんな世界で生きる主人公が、ある日ふと思い立って、ナビのない車で、ナビにない街を目指して走る。
 久しぶりにハンドルを握る主人公が味わう適度な緊張と、高揚と興奮。
 その先で出会うナビにない街は、自動化され最適化された未来社会の中に再生産された秘境の街だ。その出会いは、きっと彼と、彼が譲り受けたくすんだ銀のスポーツカーに、新たな生命を与えただろう。この物語は、主人公とスポーツカーの再生の物語でもあるのだ。

 この小説は、未知の土地へのドライブという、非日常への小さな冒険を実に魅力的に描いている。その魅力は、作者の雑味のない洗練された文章によって、実にすんなりと読者の心に入ってくる。
 この小説を読んだあなたは、きっと見知らぬどこかへ旅立ちたくなるはずだ。まだ私たちが、車のハンドルを握っているうちに。このハンドルをナビに支配されないうちに。

 この小説の主人公も、きっとおそらく、次なる冒険へ向かうだろう。

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