第二百一章 サイファー

 銃声――と同時に、私の目には巨大な残像が映る。硬質化したセルセウスが瞬間移動のような速度で、聖哉の前に移動したのだ。腕を十字に組んだセルセウスが銃弾を弾く音が二度、広場に響いた。


「聖哉!」


 凶弾は明らかに聖哉を狙ったものだった。だからこそ、セルセウスに掛けられたスタンド・アローン仁王立てが発動したのだ。私は心配で聖哉の様子を窺う。だが、聖哉は全く無事そうで、鋭い目を民衆に向けていた。


 聖哉がまっすぐ見詰める先には、白装束をまとった男が硝煙の燻る銃を構えていた。


 男が銃を撃ったことに気付いた周りの者達が叫び声を上げて、男から離れる。銃撃に失敗した男は踵を返そうとしたが、


「『ウインド・ヴォルテクス集旋操銃』」


 コルトの声と銃声が、私の耳に届く。と同時に、体勢を崩して倒れ伏す白装束の男。コルトが風魔法を応用して命中率を高めた銃で、男の右足を撃ったのだ。


 唸る男にカロンとルーク神父が飛び掛かった。そして、銃を奪うと、即座に男を組み敷く。


 どうにか収拾が付いたのを見て、私は安堵の息を吐いた。


 ――よかった! 犯人も捕まったし!


 広場はこの騒動のせいで、蜘蛛の子を散らすように人気ひとけが無くなってしまった。私は隣にいる鉛色のセルセウスに言う。


「アンタまた、役に立ったわね」

「うう……全然慣れない……! 体が勝手に動くんだもん……!」


 自分の意思とは無関係に聖哉を守るスタンド・アローンのお陰で聖哉は無事だった。セルセウスに労いの言葉一つくらい言ってあげても良いと思うのだが、


「むう。どうしてセルセウスを狙わんのだ。これではコイツを国のトップにした意味がないではないか」


 そんな風に不満げに愚痴っていた。いや、だって! 誰が見ても、聖哉がトップじゃん!


 白装束の暗殺者にも、セルセウスが形だけの帝王なのは見透かされていたのだ。こういうことに気付かない所、聖哉は結構、天然なのかも知れない。


 それはともかく、銃撃した男は、カロンに組み敷かれながらも聖哉を血走った目で睨んでいた。


「死ね! 救世主たるアルテマ・メナスを倒し、世界を滅ぼす者よ!」


 その言葉を聞いて、気付く。私は最初、この男が、聖哉の政治に反対するガルバノ下層の一人だと思っていた。だが、よくよく男の格好を見て思い出したのだ。


 ――この白装束って、確か!


「……『フリー・ライブス』か」


 聖哉が、ぼそりと呟いた。そう。私達は以前ターマインで、同じ白装束の集団を見た。アルテマ・メナスを救世主と崇める、宗教っぽい団体である。


 こんな貧民層にも信者がいるなんて……!


 男は聖哉だけでなく、私達を睨み付けていた。そして、僅かに広場に残っている民衆に、訴えるように叫ぶ。


「コイツらこそ、イクスフォリアを滅ぼす悪魔なのだ!」


 今まで黙っていたジョンデが、聖哉の隣で声をあげる。


「アルテマ・メナスは世界を滅ぼす大災厄だ。経緯はともかく、コイツらはそれを止めようとしている。それの何処が悪魔なんだ」


 すると男は、ケラケラとジョンデをせせら笑った。


「何も知らぬ愚か者め! このイクスフォリアがイクスフォリアである為に、アルテマ・メナスは絶対に必要なのだ!」


 ジョンデやアイヒが「意味が分からん」と首を横に振るが、聖哉は神妙な面持ちで白装束の男に近付いていく。


「立たせろ」


 そして、カロンとルーク神父に指示をする。両手を持たれて無理矢理、男が立たせられた。その刹那、聖哉が聖剣イグザシオンを抜く!


「ちょ、ちょっと!?」


 私は焦って叫んだ時には、聖哉は既にイグザシオンを鞘に収めていた。緊張しつつ、私は男の様子を窺う。すると、男の着ていた白装束がバラバラになって地に落ちた。


 聖哉が剣を抜いたのは、男を傷付ける為ではなかったようで安心した私だったが、ならば、どうしてこんなことをしたのか。


「聖哉!? 何で!?」

「危険物などを持っていないか調べたのだ」

「ああ……なるほど……」


 そういうことかと納得する。ただまぁ、既にカロン達に拘束されていたので、危険はないと思うのだけど。


 相変わらず聖哉は徹底しており、三十代くらいの痩せ型の男は、一糸まとわぬ姿となっていた。何だか私の方が恥ずかしくなって目を逸らそうとしたが、ふと、男の左肩の部分に入れ墨が入っていることに気付く。


 それは『イバラで縛られた女神が十字架に張り付けられている入れ墨』だった。


 私が男の肩を見ていることに気付いたのだろう。コルトが説明してくれる。


「フリー・ライブスの紋章だね。彼が信者なのは間違いない」


 信者は体に入れ墨の紋章を彫るというルールがあるのだろうか。そういうことを聞いただけでも、何処となく危ない団体な気がする。いや実際、聖哉を銃撃した時点で危なすぎるんだけど。


 安全の為か、少し距離を取って、聖哉が男に尋ねる。


「これはお前らのリーダーの指示か?」


 男は無言だった。聖哉は怒りもせずに言う。


「言わなくても結構。リーダーの名や目的などを拷問――もとい、デス・コンフェッションで調べる」

「今、拷問って言わなかった!?」


 私は叫ぶ。『デス・コンフェッション』とは、デスミミズっぽい疑似生物を体の穴から入れて精神操作し、情報を自白させる聖哉の闇魔法である。言っていて、メチャクチャ勇者らしくないと思う。


 しかし、聖哉がデス・コンフェッションを発動する前に、男がぼそりと呟く。


「……『サイファー』。それが我らがトップの名だ」

「へっ?」


 意外だったので、私は素っ頓狂な声をあげた。聖哉の拷問が怖かったのだろうか。男が言葉を続ける。


「だが、お前が知るのはこれだけだ」


 にやりと笑った途端、口から泡を吐いて体を痙攣させる! 聖哉が警戒して、男から更に離れた。


「こ、こ、これって!?」


 私が叫んだ時、男は既にぴくりとも動かなかった。コルトが躊躇なく男の顔に触れて、口の中を調べる。


「歯に仕込んだ毒薬を噛んで死んだんだ。死人に口なし、だね」

「そんな……!」


 私は言葉を失うが、捻曲イクスフォリアの住人であり、人の死に慣れているコルトやアイヒは平然としていた。


「しっかし自殺するかね、普通。狂信者の団体じゃねえか」


 私は何だか怖くなってきて、聖哉に近付く。聖哉は視線を空に向けて呟く。


「『サイファー』と名乗る主導者をトップに置く団体『フリーライブス』――か」


 そして『ごめんなさいシール』を取り出すと、死体のデコにそっと貼った。もう作業みたいになってるけど、今のは聖哉のせいという訳でもないので、私は特に何も言わない。


 シールを貼った後、聖哉はコルトに言う。


「今回も死体の処理を頼む」

「うん」


 笑顔で頷くコルト。捻曲イクスフォリアでは、聖哉はコルトに死体処理を一任していた。


 コルトに頼んだ後、聖哉は珍しく、私とセルセウスに手招きする。


「何だろ」と思いつつ、車椅子のセルセウスと一緒に広場中央から少し離れた物陰に移動した。


 私達三人だけになってから、聖哉は言う。


「フリー・ライブスのトップは、このイクスフォリアが捻曲世界であることを知っている可能性がある」


 聖哉が何を言ってるのか、すぐには理解できずに呆けてしまう私。聖哉が構わず話を続ける。


「基本的に異世界とは、魔法などが存在するファンタジーな世界であり、常識の転換が必要だ。つまり、もし、イクスフォリアに予知能力がある者が存在すると仮定すれば、捻曲世界のカラクリを知っていても不思議はない」


 そこまで聞いて、ようやく私は理解し始めた。


「ってことは、その人物は、この捻れた世界を守ろうとして……!?」


 聖哉の仮定通り、この世界で生まれ育った者が、特殊な能力を持っていて、此処が偽りの世界だと知ってしまったら――確かに、そういう思考になるかも知れない。私達が、アルテマ・メナスを倒したら、捻曲世界そのものが消えてしまうのだから。


 私はごくりと唾を呑むが、セルセウスは普段通り、おちゃらけた感じで言う。


「いやー、そんな能力者、いるとは思えないっすけどね。捻曲ゲアブランデにも、いなかったし。単に、悪者好きな奴っているじゃないすか。アルテマ・メナスに憧れてる厨二病的な奴じゃないすかね?」

「まぁ、その可能性もある」


 普段、セルセウスの意見など一蹴する聖哉が小さく頷いた。聖哉はおそらく、色んな可能性を考えるのが好きなのだろう。私もふと、思いついたことを言ってみる。


「もしかして『サイファー』って奴が、邪神なんじゃないかな? 捻曲ゲアブランデでも、邪神が陰からマッシュを操ってたわ」


 名案かと思ったが、聖哉がジト目を私に向ける。


「そもそも、この世界に来た邪神が魔導文明の基礎を作り、アルテマ・メナスを復活させたのではなかったか?」

「あっ、そっか。それで、アルテマ・メナスと相打ちになったんだっけ……。で、でもでも! 本当はまだ生きているとか! それか、邪神は二体いるのかも!」


 思いつくままに色々言ってみたが、聖哉的にはどれもピンとこなかったようで、首を軽く横に振った。


「どちらにせよ、フリーライブスには要注意だ。今後も引き続き、身の回りの安全を確保せねばならん。お前達も用心しろ」

「わかったわ」


 私とセルセウスは、こくりと頷く。聖哉は、言いたいことは告げたとばかりに、身を翻して歩き始めた。


 聖哉の後を歩きながら、私はセルセウスの車椅子を押す。セルセウスが暗い顔でぼやいた。


「身の回りの安全が、どうとか言ってたよな。ってことは、これからも俺は固められるのか……」


 今日、銃弾を受けて恐怖が再燃したらしい。私はセルセウスを励ますように言う。


「セルセウス。そういう時はね……。『トホホ』って言えばいいよ!」

「いねえだろ、今時そんな奴。ってか何なの、お前。バカにしてんの?」

「いえいえ、そんな! ウフフ!」

「笑ってんじゃねえか! ムカつくなあ!」


 バカにするどころか、むしろ感謝している。いつも『スタンド・アローン』に掛けられるのが、私じゃなくて良かったと心の底から思うからだ。


 ――前のイクスフォリアじゃ、デスミミズ食べさせられたり、鬱になりかけたり、色々辛かったけど、今回はセルセウスがいてくれるから楽ね!


 しかし……鼻歌交じりで余裕ぶった、この時の私は知らない。セルセウスのスタンド・アローン以上に、私の人格を脅かすものが、こっそりと作られていることを。





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・次回、第二百二章『セレモニク邸への誘い』は来年1月15日に公開予定です。


・新作『もう誰も死なせな異世界』も更新中。是非ご一読を。

 https://kakuyomu.jp/works/822139836622114392


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