第二百章 げんこつアゲイン
ターマイン城の近くに、聖哉とジョンデのバイク、そしてコルトの車が停めてあった。ジョンデはそこで聖哉と一緒に、久し振りの愛車点検をしていた。スワインの砦に行ったりなどの移動にはターマイン貸与の高級車を使っていたが、今やジョンデは追放者。私達と一緒にガルバノに同行することになっていた。
ターマインの協力が得られない今回、聖哉は旧ガルバノを拠点にするようだった。既に新たな名称も決まっていて『神聖セルセウス帝国』。その帝王となる予定の男神が、バイク点検の終わった聖哉に指示され、車椅子に乗せられる。
「セルセウス。固めるぞ」
「うっす」
聖哉の身を守る為に勝手に動く『
――何か、コンクリ塗ってる土木作業員の先輩後輩みたいな自然な会話ね。
そんなことを思いながら、私も聖哉のバイクのサイドカーに乗った。すると、バイクに跨がったジョンデが私の隣までやってきた。少し申し訳なさそうな顔で聖哉を見る。
「ティアナ姫のことは、許してやってくれ。姫は元々、ああいう性格ではなかったのだ」
「えっ?」
無言の聖哉に代わって、私が反応した。ジョンデが話を続ける。
「おそらく、レオンとの政略結婚を悩まれてのことだろうが……一時期、姫は床に伏せておられた。ある時を境に吹っ切れたのか、今の陽気さで明るく振る舞われるようになったのだが、俺にはあれが演技だとしか思えん」
「そうなんだ……」
私は呟く。普段はツッコミの練習をしたり、天真爛漫に見えるティアナ姫。だが時折、王女としての威厳のようなものを見せる。前世の私ではあるが、どちらが本当のティアナ姫なのかは分からない。
聖哉は、ヘルメットを装着しながら言う。
「そんなことより、ジョンデ。ガルバノについたら、お前には働いて貰うぞ」
「これからジョンデも仲間だもんね!」
「ああ、よろしく頼む」
ジョンデはそう言って、珍しく殊勝な様子で私達に頭を下げた。『メカニックとして使って欲しい』という旨をカーミラ王妃に言われている私は、笑顔でジョンデに頷いたのだが、聖哉は素っ気ない様子でサイドカー付きのバイクに跨がり、エンジンを始動した。
ちょうど、アイヒを乗せたコルトの車がやって来た。私は立ち上がって、助手席側の窓をコンコンと叩く。アイヒが「そろそろ出発か?」と聞いてきた。
「あの……多分だけど、すぐにはガルバノに向かわないと思う」
「はぁっ!? どういうことだよ!? 皆、準備できたのに!!」
「でも聖哉の準備がさ……」
――きっと私達だけ、修業の為に冥界に行くんだろうな。
なんてことを考えながら、サイドカーから隣の聖哉を見上げる。バイクに跨がったまま、聖哉は目を閉じ、熟考している様子だった。
「聖哉?」
「黙っていろ。今、天秤に掛けている。どちらが、命の危険が少ないかを」
ハッと思い出す。前回、冥界でウノに殺人的なカレーを振る舞われたことを。確かに近頃の冥界は妙な感じが漂っている。それでも『命の危険』は言い過ぎだと思うのだけど。
しばらくした後、聖哉は目を開いた。そして厳かに言う。
「やはり、このままガルバノに向かう」
「えーっ! 珍しい!」
私の叫びにアイヒが不思議そうな顔をしていた。
「ガルバノに行くって言ってんだから、当然じゃね? 変な女神!」
「ち、違うのよ! そんな風に言っときながら、修業に行っちゃうのが、いつものパターンで――って、わっ!?」
不意に、聖哉のバイクが動き出す。コルトの車とジョンデのバイクが、その後に続いた。
道中、聖哉は相変わらずノロノロの安全運転だった。それでもターマインに来る時、苦労した検問所は無人で、私達は特に障害もなく進むことが出来た。
立ち寄った休憩所で小耳に挟んだのは、レオン暗殺の噂である。検問所は、レオンが主導で行っていたもので、レオン亡き今、それどころではないのだろう。
無事にガルバノに辿り着くと、聖哉はすぐ、コルトのアジトへ向かった。そして、テロ仲間であるルーク神父や技術者のカロンに、これまでの経緯を簡単に説明した後、貧民街の者達を町の広場に集めるように指示したのだった。
そして、今――私とセルセウスは、広場の中央に立つ聖哉の背後にいた。
セルセウスが、聖哉に聞こえないように小声で愚痴る。
「ったく。ちょっとくらい休ませてくれよ」
「アンタ、サイドカーでずっと寝てたでしょ」
広場はガルバノ貧民層の者で、ごった返していた。レオン暗殺の報は、彼らにも伝わっているに違いない。普段は指示されたからといって、集まりそうにない彼らが一堂に会し、固唾を呑んで聖哉の言葉を待っていた。
聖哉は咳払いした後、民衆に厳かに告げる。
「デューク・レオンが、何処かの誰かに暗殺されたらしい」
――他人事みたいに!
私は半ば呆れながら聖哉を眺めていた。集まった者達も皆、ジト目である。彼らも薄々、私達がレオン暗殺の実行犯であることを感じているのだろう。それでも聖哉は意に介さず、言葉を続ける。
「デューク・レオンの突然の死に、ガルバノ上層は現在、混乱している。しかし早晩、次の指導者が決まるだろう。レオンに代わる新たな独裁者が生まれて、我々はまたしても蹂躙される。その前に先手を打って、こちらサイドで新たな指導者を決めなければならない」
一応、正論である。皆、聖哉の話を黙って聞き入った。
聖哉が振り返り、歩いてくる。そして、車椅子のセルセウスを押した。途中、小石が引っかかって動かなくなったので、聖哉はガンガン蹴りながら、カチカチに固められたセルセウスを皆にお披露目した。
「今後はガルバノという名称を改め『神聖セルセウス帝国』と名付ける。そして、コイツ――この御方が帝国のトップ、セルセウス様だ」
せめてスタンド・アローンは解いてあげれば良いのに……!
私がそう思っていると、予想通り、今まで黙っていた民衆が声を荒らげた。
「何だ、そのカッチカチの奴! 石像か!」
「勝手に君主、決めてんじゃねえよ!」
だが、聖哉は動じず、セルセウスの頭に手を置きながら言う。
「既に決まったことだ。コイツ――このセルセウス様が、帝王である。皆、崇めるように」
「さっきから『コイツ』って言っては、言い直してんじゃねえか!」
「てめえが裏から、その
――!? バレてるし!!
聖哉は、日本の歴史で言うところの摂関政治や黒幕政治みたいなのを、やりたかったのだと思う。だが結構、頭の良いガルバノ下層の民に思い切り見抜かれていた。
「うまいこと言って、お前が次の独裁者になるつもりだろ! それじゃ結局、前と一緒じゃねえか!」
「そうだ、そうだ! 全ての権利を俺達に譲れ!」
ヒートアップする民衆。今にも暴動が起こりそうで、私は怯える。
うう……! でも、この荒くれ達が権利を握っても、それはそれで危ない国になりそうだし! 一体どうしたら……?
聖哉をちらりと見て、私はとんでもないことに気付く。涼しげな顔とは裏腹に、聖哉はギュッと拳を握り締めていた。
「うるさい奴らだ」
――はっ!? もしかして、また、げんこつして行くんじゃ!?
私の脳裏に思い出されたのは、前回イクスフォリアでの『げんこつ地獄』! 聖哉はおばさんどころか、子供にまで、げんこつを振る舞っていた!
「聖哉!! げんこつはダメだよ!!」
私は大声で言った。すると、聖哉は静かに言う。
「何を言っている。そんなことはしない」
「ええっ!? ホント!?」
「リスタ。お前は遅れているな。俺のいる世界でも、昨今はコンプライアンスが重視されている。捻曲世界とはいえ、暴力とは違う方法で解決せねばならん」
「そ、そっか! すごいよ、聖哉! 成長してんじゃん!」
「お前に言われると腹が立つが……これだ」
聖哉が指を鳴らすと、コルトとアイヒが両手一杯の書類を運んできた。
「聖哉、コレは!?」
「セルセウス帝国樹立の際、暴動などが起きるかと予想して、既に法律を作ってある。暴力ではなく、法の力によって民を導くのだ」
「法の力か! うんうん! 良いと思うよ!」
「法律だぁ……?」
誰かが呟いた。帝国主義の独裁国家を想像していた民衆は『法律』と聞いて少し静まり返ったようだ。何処となく、民主主義っぽい匂いを感じ取ったのだろう。
「いいか。今から、神聖セルセウス帝国憲法の基本原則を読み上げる」
咳払いした後、聖哉は言う。
「『言うことを聞かない者、悪いことをする者には、げんこつを与える』――以上だ」
私はビックリして叫ぶ。
「結局、げんこつやん!!」
「警告に留めておくということだ」
で、でも、荒くれ達が、こんなので納得する筈が……!
私は不安げに民衆を振り返る。当たり前だが、彼らは激怒していた。
「何が、げんこつだ、この野郎!!」
「ふざけんな!! 子供が作った規則か!!」
火に油だった。前列の者が鉄パイプのような物を握っているのが、私の目に映る。
まさに暴動一歩手前。そんな中、聖哉がまたもパチンと指を鳴らす。すると、コルトとアイヒが、荷台に載せられたレオンの石像を運んできた。
「ちなみに、これがげんこつだ」
聖哉は言うや、拳を等身大の石像に叩き付けた!『ゴッシャアアア!』という音と共に、レオンの頭部が粉々に破壊される!
首から上が消え去ったレオン像。一瞬の沈黙後、民衆が震える声を発する。
「そ、それじゃあ、死刑と一緒じゃねえか!」
聖哉はこくりと頷く。
「うむ。まぁ、そういうことだ」
――!? あっさり認めやがった!!
うわあああああ!! もうダメ!! これじゃあ、暴動待ったなしだわ!!
私は恐る恐る民衆を眺める。だが……。
「あれっ?」
暴動手前だった民衆は、一様に怯えた顔を見せていた。
――そ、そうか! 聖哉の殺人的げんこつを目の当たりにして、ビビっちゃったんだ!
追い打ちを掛けるように、年配の女性が叫ぶ。
「コイツは本気でやるよ、きっと!」
「そうだ! 俺はウォルフが殺された時を知ってる! 殺された後、変なシールをデコに貼られてた!」
男もそう叫んだ。殺人的げんこつに加え、ウォルフ殺害、更にはレオン暗殺。それら全てが聖哉の迫力を増しているのだろう。ガルバノ下層の荒くれ達が黙りこくった。
誰かが苦しげに呟く。
「よくよく考えりゃ、あのデューク・レオンを暗殺した奴に勝てる訳がねえ……!」
「クソッ……! 結局、この暴君に従うしかねえのか……!」
――勇者じゃなくて、暴君って呼ばれてるわ!
吃驚する私。そして、絶望する民。やがて、女性達の啜り泣く声が聞こえだした。
地獄のような広場で、聖哉だけが満足げに頷く。
「よし。ようやく皆、落ち着いたようだな」
「いやコレ、落ち着いてないよ!? 諦めムードってか、絶望感っていうか!!」
お通夜以上に暗い雰囲気になってしまったが、聖哉的には暴動も起こさず、民を(無理矢理)納得させた形なので成功らしい。
踵を返しかけた聖哉に、コルトが微笑みかける。
「聖哉君。ちょっとだけ、補足説明いいかな?」
「好きにしろ」
聖哉の許可を得た後、コルトは民に向かって言う。
「レオンの恐怖政治は終わったんだ。これからは、税金も必用な分を払うだけで良い。聖哉君の作った法律に目を通したけど、罰が厳しいだけで意外にも……おっと失礼、まともな法律だよ。とにもかくにも、今までの抑圧された暮らしはなくなる。それは僕が保証するよ」
「うーん。コルトがそう言うなら……」
「前より多少は良くなるのかなあ」
渋々ながら、民衆は納得し始めた。この様子を見て、私も一安心だ。
――ああ! コルトが仲間で良かった!
コルトのお陰で、ちらほら民衆にも笑顔が見え始めた。聖哉も軽く頷き、民衆に背を向けた、その時――。
耳をつんざく銃声が、広場に木霊した。
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