第百九十九章 運命だから
ジョンデが運転する黒塗りの車の中で、私は聖哉の右腕の治癒を行っていた。聖哉は無言で、レオンが身に付けていた雷獣のアルテマを左手に持って眺めている。
ターマインに戻る道中、車内は水を打ったように静かだった。
――あんなことがあった後だもんね……。
レオンにトドメを刺したコルトは後部座席で黙りこくり、普段は陽気なアイヒも兄を気遣ってか口数が少ない。重苦しい雰囲気が漂うが、セルセウスだけは呑気な様子で聖哉に尋ねる。
「そういや、聖哉さん。ターマインに戻った後はどうするんです?」
「……ガルバノ公国に向かう」
ぼそりとした聖哉の呟きにセルセウスが大きく反応した。
「ええっ!? そりゃマズくないっすか!? 俺ら、レオンを殺したんすよ!!」
私もセルセウスの言葉に頷く。レオン暗殺は遅かれ早かれ、世界中に伝わるだろう。ガルバノのトップを殺しておいて、その本拠地に戻るのは危険極まりなく思えた。
「そうよ、聖哉! 前回みたいにターマインを拠点にした方が安全じゃない?」
「それは出来ない相談だな」
運転席からジョンデが、ぽつりと言った。
「カーミラ王妃がお前らの滞在を許すと思うか? そもそも俺だって、もうターマインには居られない」
そう。ジョンデはターマインの重鎮ながらカーミラ王妃を裏切って、私達に加勢。恒久平和の円卓会議を私達と共に壊したのだ。
「王妃にお詫びした後、俺もターマインを出る」
『お前らのせいだ』などと言わないのは、ジョンデの優しさなのかも知れなかった。ちなみに、カーミラ王妃とティアナ姫の乗る車は警護車両に囲まれて、別ルートでターマインに帰還中である。
「けどま、ガルバノを根城にするのは、悪くないかも知れねえぜ」
ふと、アイヒが呟いた。
「レオンの取り巻き以外は、この暗殺を喜ぶと思う。特にアタシらみたいな貧民層にとっちゃ、聖哉は英雄だ」
なるほど。レオン殺害はガルバノ下層の民にとっては、待ち望んだクーデターなのだ。ガルバノに戻れば案外、私達は歓迎されるのかも知れない。
――じゃあ結果、良いことしたのかな……。い、いや! やっぱり暗殺なんてダメよね!
女神らしからぬことを思ってしまったと、私は頭をブンブンと振った。気分を変えるように聖哉に明るく尋ねる。
「もしかして、ガルバノに戻った後、聖哉が公国のリーダーになるとか?」
「一国のトップになどなれば、今回俺達がやったように、暗殺対象にされる可能性がある」
「そっか。危険よね」
「しかし、公国のトップになった方が、残りのアルテマも集めやすい。なので、セルセウスをガルバノのトップにする」
セルセウスが「ぶほっ」と妙な声を上げた。
「暗殺対象にされるんすよね!? 絶対イヤですよ!!」
「まぁまぁ。私達、滅多なことじゃ死なないじゃない。大丈夫よ」
「そんなの分かるか! チェイン・デストラクションを持ってる敵だっているだろ!」
セルセウスが狼狽えながら抵抗するが、聖哉は平然と髪の毛を掻き上げる。
「仕方のない奴だ。だが、俺はレオンのように独裁者ではない。民主的に選ばせてやろう。『イエス』か『ハイ』か、どちらか一つ選べ」
「!? 二択のようで一択しかない!! 何処が民主的なんすか!!」
うーん。聖哉ってある意味、レオンよりも独裁者よね……などと考えていると、珍しく柔らかな声で聖哉が言う。
「この際、ガルバノの名称も変えようと思う。新しい国名は『神聖セルセウス帝国』だ」
「えーっ! 何だよ、それ! だっせえ名前!」
アイヒが文句を言う。すると、コルトがクスクスと笑った。
――よかった。コルト、いつも通りに戻ったみたい。
今まで押し黙っていたコルトの笑顔を見て、私は安心する。一方、セルセウスは、
「神聖……セルセウス帝国……?」
聖哉の言葉を繰り返した後、急に明るい顔になった。
「格好良いかも! 何か俺、ワクワクしてきた!」
――チョッロ!!
勇者の手のひらで転がるセルセウスに呆れまくっていると、聖哉が治療中の右手を上げた。
「もう良い」
「えっ。まだ完治してないよ?」
「そろそろ着く」
聖哉に言われて、窓の外を見る。ターマインの街並みが私の視界に映った。
「各自、一時間で支度を済ませろ。その後、城門前に集合だ」
聖哉は簡潔にそう言った。
ターマイン王国に着くなり、聖哉は一人でさっさと城の中へと歩いて行った。
――もしかして、聖哉……ジョンデや私のこと、考えてくれたのかな?
何となく、そんな風に思った。ガルバノに向かうなら、わざわざターマインに戻らなくても構わない。ジョンデと私に、カーミラ王妃との、いとまごいをさせる為に立ち寄ったと考えると合点がいく。
――聖哉ってば、たまに優しいところがあるのよね!
割り当てられた部屋で普段のドレスに着替えてから、私は聖哉の気配りに感謝しつつ、王妃の間へと向かった。
私は王妃の間の扉を軽くノックする。だが、返事はない。その後も何度かノックした後「すみません。失礼します」と言って、私は扉を開けた。
豪奢なベッドで、前世の私の母――カーミラ王妃は寝込んでいた。寝返りを打ったのが見えたので起きているようだが、私が部屋に入っても、そっぽを向いている。
「あ、あの……」
「勇者に続けて、今度は女神かい」
「えっ! 聖哉も来たんですか?」
「ついさっき、私から復活のアルテマを奪っていったよ。半ば、追い剥ぎのようにね」
「えええええ!? す、す、す、すいません!!」
私が着替えている間に、聖哉は先に王妃の間に行き、ターマインの象徴とも言える復活のアルテマを王妃から奪ったらしい。
――その為にターマインに寄ったんだ!? 私やジョンデの事とか全然、考えてなかったわ、畜生!!
王妃ほどではないが、私もがくりとする。しばらくして、王妃がぼやくように言った。
「レオンを殺すわ、アルテマは奪うわ……あの男は勇者じゃない。ただの無法者だ」
「はい、そうですね」とも言えずに黙っていると、王妃はようやく顔を私に向けた。憔悴しつつも、鋭い目で言う。
「力で得たものは、別の力で奪われる。そして、血はまた、新たな血を流させる。いつまでたっても、イタチごっこさ」
カーミラ王妃の苦悩が伝わってきて心苦しかった。王妃が『恒久平和の円卓』を準備したのも、この捻れた世界でどうにか平和的な解決策がないか模索した結果だ。でも、それは私達のせいで無意味に終わった。
――ごめんなさい、お母さん。でも……。
私は拳をギュッと握り締めながら、王妃に強い眼差しを向ける。
「一つだけ、言わせてください! 無法者かも、テロリストかも知れません! それでも! 過程はどうあれ、竜宮院聖哉は必ずこの世界を救います!」
王妃は呆れたように溜め息を吐くと、また、そっぽを向いた。私を見ずに言う。
「もう良いだろ。出て行っておくれ」
「は、はい……失礼します……」
この捻曲世界では前世の母に嫌われたことにショックを感じつつ、私はトボトボと扉へと歩く。
扉を開いた時、背後から声がした。
「ジョンデのこと、よろしく頼むよ。アンタらに加担した売国奴だが、それなりに才能あるメカニックだ。旅の役に立つだろう」
「あ……ありがとうございます!」
前世の母は相変わらず、そっぽを向いていたが、私は深く頭を下げた。
城門前でコルト達は、普段の服装に着替えていた。聖哉は私達全員が集まっていることを確認すると、すぐに出発しようとしたが、
「待ってくれ。ティアナ姫が見送りに来られる」
ジョンデの言葉に聖哉は「チッ」と舌打ちするが、それでも大人しく待つことにしたようだ。私としてもティアナ姫に感謝を伝えてからターマインを出たかった。
数分後。庭園を横切り、ティアナ姫が走ってきた。
「遅れてごみーん! 皆、お待たせ――わわわっ!?」
私達の直前で叫ぶと同時に脚をもつれさせ、ズベッとこけて地面に顔から突っ込む。ティアナ姫は初めて会った時のような顔面スライディングを見せた。
「姫っ!? ご無事ですか!?」
ジョンデが叫ぶ。私も心配になって、ティアナ姫に駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「うん! 慣れてるから!」
そう言って、土の付いた顔で微笑む。顔面スライディングって慣れるものなのかしら……などと思っていると、不意にティアナ姫が私に抱きついてきた。
「えーん! 寂しくなるよー!」
「ありがとうね。アナタとの銃の練習があったから、レオンを倒すことが出来た。本当に感謝してるわ」
「全然良いよー! 私も女神様の役に立てて嬉しいー!」
私は微笑みながら、ティアナ姫と抱擁を交わした。しばらくして、ティアナ姫が聖哉の方を見た。
「聖哉のお陰で政略結婚させられずに済んだよー! ありがとーねー!」
「リスタ。行くぞ」
まるきりティアナ姫をスルーして、聖哉は私に言った。ティアナ姫はティアナ姫で、意に関せず、
「ねーねー。けどさー。聖哉は女神様に感謝したのー?」
口をすぼめつつ、そう尋ねた。その瞬間、聖哉のこめかみがピクリと動くのを私は見た。
「コイツは救世の女神だ。世界を救うという、当然の役割をこなしただけだ」
「えーっ。銃の練習、すごく頑張ったのにー? 女神様がいなかったら、レオンに勝てなかったかも知れないのにー? なのに、お礼もないのー?」
私は溜まらなくなって、二人の間に入る。
「い、いいの! 私のことは!」
「そー? ごめんなさいー。ちょっとだけ気になったからー」
聖哉は、あからさまにイライラしている様子で踵を返す。
「じゃあまたねー、聖哉ー」
にへらーと笑いながら、ティアナ姫は大きな声で言った。無視して歩き去ろうとする聖哉の背後から叫び続ける。
「聖哉ー! またねーっ! 聖哉ー! まーーーたーーーねーーーっ!」
何度も繰り返す。遂に聖哉が堪忍袋の緒が切れたように、怖い顔で振り返った。
「何が『またね』だ。もはやお前とは二度と会うことはない」
「会うよー。四種アルテマを全て手に入れた後で、聖哉は必ず私に会いに来る」
「意味が分からん。ターマインには、もう来る理由がない」
「来るよ。絶対に来る。だって私とアナタは――」
いつしか、ティアナ姫からは普段の天真爛漫さが消えていた。口元に妖艶な笑みを浮かべながらティアナ姫は言う。
「そうなる運命だから」
聖哉が大きく目を見開いて、ティアナ姫を見た。レオン戦でも見せなかった聖哉の驚愕の表情。私も驚いて、ティアナ姫を振り返る。
だが、ティアナ姫はいつもの無邪気な笑顔に戻って、にこやかに手を振っていた。
「じゃあ女神様ー! それまで元気でねー!」
「う、うん……」
聖哉はまたも「チッ」と舌打ちすると、苦虫を噛み潰したような顔で、ティアナ姫を振り返らず歩いた。
私達は各々、ティアナ姫への挨拶を済ませると、
「ま、待ってよ、聖哉!」
慌てて、聖哉の後を追ったのだった。
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