第11話 最後の賭けに出る、蓮平
「
「お、おう、なんですか、
未だ目覚めないみやのの上半身を膝と両腕で抱えている蓮平は、
「みやのさんは僕が守りますから、隊長はあの連中が乗り込む前になんとか阻止してきてください」
「えっ? 俺独りで?」
「だって僕は後一時間ほどしないと、装甲できませんから」
「いや、まあ、それはそうなんだけどもさ。まずはみやのちゃんの容態が心配だし」
刀木の表情もヘルメット越しにはわからない。
「おいっ! 変態オヤジ!」
すーっとドローンが目の前に降りてきた。
「ああ、師匠ではありませんかっ。先ほどはマルハチをありがとうございました。お陰さまで」
「グダグダしゃべってる暇があったら、早く行って止めてこいや! このスットコドッコイ変態野郎」
ふと、蓮平は違和感を感じ、戦車を振り返った。
「あっ」
そこに蓮平が目にしたのは、思いもかけない光景であった。
戦車に乗り込もうとしていた仮面の男、
「ホールド、アップゥ?」
気づいた刀木も声を発した。
枉津の後方で、召使いのごとく使われていた刑事の
「うふふ。この私としたことが、迂闊でしたねえ。飼い犬に手を噛まれるとは」
あまり驚いてはいないような口調の枉津に、加茂は口元を歪める。
「飼い犬? まあ確かに俺は公安警察だからな、国家の犬には違いない」
公安警察部隊は時として、何年、何十年という長い期間に渡り、国家に害をなそうとする組織に潜入することがある。完全に組織の人員として溶け込むのだ。
「でも、おかしいですねえ」
枉津は首を傾げる。加茂が公安警察であることはすでに組織の中では周知の事実であった。加茂はあえて身分を名乗り、『
ナゴヤに、
加茂はすでに十年以上にわたり、組織のためにさまざまな極秘情報をふくめもたらせて来ていた。
「ならば、なぜナゴヤの陣を壊したのだ?」
「ふふん、本当に俺の言葉を信じていたのか。陣はな、破壊しちゃあ、いないぜ」
枉津の仮面の下の目が大きく見開かれた。
「いいや、それはウソだ。でなければ我々
「ふん、まだ気づいちゃあいねーかい」
加茂の双眸は憎悪に燃えている。警察官の目ではない。
「俺はな、いってみれば二重スパイよ。だがな、本当の俺を知る者は警察内部にもいない」
「本当の俺?」
「ああ、そうさ。一介の警察官ごときが、この大ナゴヤに張り巡らされた巨大な陣を、あたかも破壊したかのように隠せるとでも思うか」
蓮平たちはそのやりとりを耳にしているが、ではいったいあの刑事は何者なのだという疑念で、頭が混乱する。
「昼寝から目覚めてみると、なにやら騒がしいではないかえ」
装甲された
「帝ォ、俺は貴様をこの手で葬ることを夢見て、今まで耐え忍んできたんだ」
加茂が叫ぶ。
「おほほほっ、やれコワいコワい、おほほほっ」
姿を現さない帝は、嘲るように笑い声を立てる。
「俺はな、俺はお前たち『金鶏』をこの世から抹殺するために生まれし者よ。まさか忘れたとは言わせねえぜ、
両腕を挙げたままの枉津が「なにぃっ」と驚愕の声を漏らした。
加茂の叫び声を聴いて、蓮平は
「蓮平ちゃん、知ってる?」
「ええ、たしか豪天会長さんがおっしゃていましたけど」
そこにドローンがホバーリングしながら、伊里亜の声をスピーカーから流す。
「まさかあの一族に末裔がいたなんて、どこにもそんな記載はありませんでしたわ」
「じゃあ、なにかい。あのおっさんはコーアンで『金鶏』に潜入捜査しちゃって、なおかつそのナントカってえ一族の子孫で。えーっと、頭が混乱しているのは俺だけかい、もしかして。
ダーッ、それより俺は法の番人に、手荒く拷問を受けたってわけぇ? 正義の使者だよ、この俺は!」
大いに憤慨する刀木。
シュシュッ、蓮平の腕に抱かれていたみやのの装甲が、タイムアップで解除された。
「うーん、あらっ、ワタクシったらどうしたのかしら」
みやのはうっすらと長いまつ毛を開ける。
「み、みやのさん!」
「蓮平さま」
二人は目を合わせ、抱きつ抱かれつの状況に思わずサッと目線をはずした。
バリバリバリッ! 凄まじい音と共に、暗雲垂れこめる天から目もくらむ稲妻が戦車の横に落ちた。
蓮平たちは驚いて声をあげる。
青い焔を巻き上げて、真っ黒な人影が揺らめいていた。
「刑事さん!」
ところが燃え上がる人影の傍に転がり、上半身を持ち上げているのは加茂であった。
「へへっ、そんな技で俺が、機尾の血筋を引く人間が簡単にやられると思うな」
真っ黒な消し炭となり、両手をあげたまま倒れたのは枉津だ。
「おほほほっ、これはこれは。
甲高い声が辺りに響き渡る。
ギッギギギ、金属のこすれる音が
「おまえが、
体勢を直した加茂が指さす。
物見から現れる真紅の
「ま、まさか、枉津?」
全身赤で統一された姿。先ほどの電撃で真っ黒になった男、枉津と同じ鳥の羽を模した仮面をつけている。ウエーブのかかった長めの髪、やや厚めの唇は
「
加茂は『金鶏』という過激思想の集団に潜入し、壊滅を図る使命を帯びる一方で、父祖を全滅に追いやった『金鶏』幹部を全員抹殺するつもりであった。それは当然法治国家において、しかも警察官の立場としては決して許されることではない。
日本の憲法では、仇討や復讐はもちろん禁じられている。
だが加茂の最大の目的は組織を壊滅することではなく、『金鶏』の頂点である帝の命を奪う事であった。
加茂は十年以上組織の人間として活動をつづけていたが、一度も帝の姿を見たことはなかった。枉津たち四人の幹部から帝の存在は話に聴くだけであったのだ。
今、この時を待ち望んでいたのだ、がしかし。
「俺が仕えていた枉津こそ、化螺繰の人形?」
加茂は髪を振り乱し立ち上がった。
「帝よ、ここが貴様の死に場所だ! 機尾一族の執念を思い知れいっ」
叫び、生成りのジャケット内側から水晶で作られた数珠を取り出した。つぶやきながら指先で印を切る。
そこへ帝が天から稲妻を落とした。その電撃を加茂の手にした数珠が跳ね返す。
だが帝の落とす雷の威力は、大禍津の比ではなかった。ドーンッ! ドーンッ! 落雷の衝撃で加茂の周囲の土が焼け焦げ、真っ赤になって飛び散る。
「カーッ、もっと別の場所でやってくんねーかな! こっちとら一族の復讐なんて関係ねーしさ」
刀木は大声で怒鳴り「シールド!」と叫ぶと左腕を盾に変えた。その盾で蓮平とみやのをかばう。
「た、隊長」
「みなまで言いなさんな。隊長としてこれは当たり前のことよ」
「ありがとうございます。だけど、せめて脚は閉じてください」
蓮平は両脚を広げて踏ん張る刀木の、ちょうど股間辺りにみやのの顔があり、みやのは両手で顔を防いでいたのだ。ミニスカートの下に純白の下着? が丸見えであった。
「ちょ、ちょっとお、それはないんでないのぅ、みやのちゃん。まるで汚物を避けるようなその態度」
だが刀木の盾のお蔭で飛び跳ねる高温の土くれから、全員が身体を守られている。
帝は高笑い、ネズミを
「残リ時間ヲ、カウント、シチャオッカナア」
刀木のヘルメット内に無機質な音声が響いた。
「シエーッ、解除のコールサインが鳴っちゃったよーっ」
万事休す。蓮平は固く目をつむった。装甲がなければこの窮地を脱することは不可能だ。帝が加茂を倒したとすれば、次はこちらに牙が向く。
自分はともかく、みやのだけは何があっても守りたい。いや、なんとしてでも守らなければならない。
だが、どうやって?
「よーしっ、僕が囮になったるがや!」
蓮平はみやのの目を、自分の瞳に焼きつけるように見つめた。
「隊長!」
「おうさっ」
「僕がここから走っていって、あの帝とかっていうヤツの視線を僕に引きつけたるで、その間に隊長があの鉄の塊ごとやっつけてまやあ!」
「はっ? いや、蓮平ちゃんってば。まもなくこのセクシーな装甲も一旦小休止に入っちゃうんですよ、わかる? もし途中で解除されたら、この俺はどうなると思う? 焼け焦げてお陀仏か、アレの下敷きになってお陀仏か、どっちにしろお陀仏よ」
必死にしゃべりまくる刀木を無視し、蓮平はみやのの身体から手を放す。
「みやのさん、必ず僕が守ったるで。ここで待っといてちょ」
「蓮平さん、ワタクシ」
「大丈夫だて! ちゃーんと
「はい、必ず戻って来てください」
「おいおい、若人たち。二人の世界に入るにはまだ早すぎるって、おおーっ、蓮平ちゃーん、隊長を無視して行くなーっ!」
蓮平に勝算などはなかった。ただ自分が囮になることで、みやのを助けられればと、それだけを思い、走り出した。
途中で先ほど倒した黒装束の人形が、バラバラになって転がっている。蓮平は一メートルほどの槍を拾うと、戦車の近くで叫んだ。
「おーいっ、そこの赤いベベ着たオッサーン!」
蓮平は槍を持った手を振り回した。
「このナゴヤは、僕が守ったるがやっ! オッサンみてゃーなヨソモンに、くれてやるわけにゃーわっ」
加茂は電撃でボロボロになりながらも、執念で立ち向かおうとしていた。そこへジャージ姿の少年が走ってきて喚きたてている。
一瞬稲妻が鎮まった。
「これはこれは、まっこと勇敢な
「タワケかっ、誰がオッサンみたいな気色の悪い野郎の家来になんて、なるきゃ!」
「おほほっ、ならば消し去るのみ」
帝は仮面の目元を細めた。白い指先を蓮平に向ける。
ゲッ、やられる! 蓮平は思わず目をつむった。
その帝の鼻先に、舞い降りるドローン。
「この時代錯誤のヌケサクが!」
スピーカーから伊里亜の怒声が飛んだ。帝は差し出した手で追い払おうとした。
ぐらり、戦車が揺らいだ。
「もう、こんな筋肉労働は俺の出番じゃないってえのに」
鎖で保護された巨大な車輪を、刀木は両手でつかんでいた。
ドローンに気を取られ、戦車に忍び寄る刀木に気づかなかった帝。
「ここで怪我でもしたら、ちゃんと労災認定されるんでしょうな!」
グイッと戦車が持ち上がる。
「チッ、チッ、オオット、ココデ残リハ、九十秒ダヨーン、チッ、チッ」
「カーッ、こっちが精神集中してるって時に」
刀木は渾身の力を込めて巨大な戦車を頭上に持ち上げた。ズズッとブーツが土に埋まる。
「これ! 何奴よ、朕のお召戦車に勝手に手をふれるのはっ」
帝はゆれ動く身体を、物見の枠に両手を添えて耐えた。
「隊長ーっ、今だあっ」
「ドッセーイ!」
蓮平の声に、刀木は戦車を宙で半回転させる。
ドドーンッ! 地響きを伴って巨大な戦車が大地に叩きつけられた。大地がえぐれ、土砂が飛び散る。
反動で物見から真っ逆さまに地上に投げ出される帝。
土煙が舞い上がるなか、加茂が足を引きずるように帝の転がった地面に近寄った。
手にした数珠を帝に向ける。帝は口から血を流し、はめていた仮面が落ちた。その顔は苦悶に歪んだ枉津であった。
「このナゴヤを守護する陣を破壊したように見せかけるためにな、俺が先祖より受け継いだ術で陣だけに
ボーズ!」
加茂はジャケットの内側から、ひし形の木片を取り出すと、蓮平に向けて放り投げた。
「その槍で、砕いてくれ」
言われて蓮平は足もとに転がる絵馬を見下ろす。木の板にはびっしりと文字が書き込まれており、真ん中には家紋のような刻印がある。
そして帝に顔を向けた。
「や、やめるでおじゃる。朕はこの日の本を統治する、唯一の現人神ぞ」
「ナゴヤは誰にも渡さんでね。僕たちナゴヤ人の、大切な愛おしい大地だもんでね」
振り上げた手に槍の鋭い先端が光る。
ガキッ! 地面に食い込んだ槍が、絵馬を破壊した。
一陣の
帝は渾身の力で立ち上がり、指先を天守閣の
稲妻の閃光が走る。だが鎌鼬がその電撃を宙でスパークさせ、そのまままっしぐらに帝に走る。
シュンッ! 憤怒の形相で立つ帝の首に、一筋の光が横切った。
クワッと開いた双眸の、真っ赤な目玉がぐるりと裏返る。
スローモーションフィルムのように、ぐらりと傾く頭部。
ごとり、帝の赤い
とたんにあれだけ濃く立ち込めていた霧が、風に流され消えていく。
「やった? やっちゃったかい、蓮平ちゃん」
戦車の影から、ジャージ姿の刀木が上半身をのぞかせた。
その後方から「キャーッ」と悲鳴が上げる。みやのだ。蓮平は駆けだした。
「どうしやーしたっ、みやのさーん!」
新たなる敵の襲来かと、蓮平は無我夢中で走った。みやのは顔を両手で覆い隠している。
「隊長さんが、隊長さんが」
恥ずかしそうな声に、蓮平は立ち止まって刀木を振り返った。
刀木の顔の前に、ドローンが浮遊する。
「おいっ、おっさん!」
「おお、師匠、見ていてくれましたか、この
「ふざけんじゃねえよっ。あんた気が付かないのかい」
「はっ? と、申されますと」
「下だよ、下っ。汚ったねえケツをさらしやがって!」
「はあ?」
刀木はとぼけた表情で、戦車の影に隠れていた己の下半身に目線を落とした。
「えっ? ゲゲーッ! なんでなんで、どうして俺は下がスッポンポンなわけ? エーッ」
やはり試作品であった。
本来は装着者の着ていた衣装を原子分解し、装甲に取り込む。装甲が解除された時点で記憶装置によって元通りの衣装に戻すはずが、刀木の履いていたジャージ及び下着を原子分解したままもどさなかった、ということであった。
蓮平はみやのの横に座った。もちろん刀木のあられもない姿を隠すように。
「みやのさん、身体はどう? どこも怪我はないかな」
興奮時以外は標準語にもどる、ナゴヤっ子である。
「ええ、ワタクシはなんともございませんわ。でも嬉しかった」
「うん?」
「蓮平さんが、ワタクシをお守りくださるって宣言されたんですもの」
「い、いや、あれは」
照れ隠しに、またも顔を斜め下に向ける。
「蓮平さん、ワタクシ」
「は、はい」
「ワタクシ、蓮平さまに初めてお会いしたとき、心臓が飛び上がるほど驚きましたの。
だって、ずっと夢見てきた理想の殿方が、目の前に座っていらっしゃいましたから」
「エーッ?」
「こんなワタクシではダメですか? 蓮平さんの、そのう、彼女には不向きですか? 好きになってはいけませんか?」
みやのは両手でそっと蓮平の頬を包む。温かく優しいぬくもりのある手であった。ゆっくりと顔の位置を、みやのがまっすぐに向ける。
鼻先がふれあう。蓮平も両手でみやの頬を包んだ。
「いや、そこから先は僕が言う。みやのさん、僕はあなたが誰よりも愛おしく、誰よりも大好きです! こんな僕で良かったら、ずっとずっと一緒にいてほしい。僕の、僕の彼女になってください!」
「はい、喜んで!」
同時に、二人は生まれて初めての甘い口づけを交わした。
東海鯱王が夢を使い、二人に互いを見させていたのかどうかは誰も知らない。
「くーっ、いいねえ若いってのは」
刀木は離れた所から、ジャージの裾を思いっきり引っ張って股間を隠している。
加茂が焼け焦げたジャケットを脱いで、刀木の傍に歩いてきた。
「迷惑かけて、済まなかったな」
頭を下げる加茂に、一瞬目を剥いて怒鳴ろうとする刀木は、ふっと肩の力を抜いた。
「いや、あんたも仕事とはいえ、あんな連中の下で何年も潜入捜査していたなんてな。並大抵の苦労じゃなかったろ。
まあこの俺さまの顔を殴った分は、これからもお国のために働くってことで、いいんでないのかなあ」
「そう言ってくれるとありがたいな。それよりも、あんたはアッチの気があるみたいだな。どうだい、じつは俺もアッチのほうが燃える性分なんだ。これから仲良くしていかねえか」
刀木はブルブルと大きく顔を振る。
「じょ、冗談じゃねえって! 俺はノーマルなの。誰が好きこのんでおっさんと仲良くするかよ」
「へへっ、俺も冗談だ。さあって、これから本部に戻って山のような書類と格闘せにゃならねえ。このジャケットをやるよ。ミニスカートはまだしも、フリチンで公道を歩いてたら、公然わいせつ罪で今度は本当に引っくくらにゃならんからな」
バサッとジャケットを刀木の足元に放る。
「まあこれで会うこたあねえけど、今回は助かった。一般市民のご協力に感謝いたします」
加茂はサッと敬礼し、きびすを返すと歩き出した。
「はあ、これで一件落着ってか。明日からどうしよっかなあ」
すっかり雲がなくなった夜空には、満天の星がきらめいている。
「おい、変態野郎」
再びドローンが舞い降りてきた。
「これはこれは師匠。お陰様でなんとか無事に終わりましたぜ」
「何言ってんだ、こいつ。まだ終わっちゃあいないぞ!」
「へっ? とおっしゃいますと」
ダダダッと勢いよく走ってくる足音に、ビクリと刀木は振り返った。
メイド姿の伊里亜だ。手にしていたドローンのリモコンを途中で投げ捨てた。
泣きはらしているらしい、真っ赤な顔でまっすぐ刀木に向かってくる。
刀木は背中に冷たい汗が流れる。それは、恐怖以外の何物でもなかった。会長の所在を売った、お礼参りだ!
「ヒエエッ、師匠スミマセンスミマセン! い、命だけはお助けーっ」
腰が抜けて立てない刀木に、伊里亜は大きくジャンプしその胸に飛び込んだ。そして両腕で力いっぱい抱きしめる。
「はっ? はーっ?」
己の頭を抱えながら、あわてふためく刀木。伊里亜は充血した目で見上げた。
か、かわいい! 無茶苦茶かわいいんでないの、ちょっと。
師匠って、やっぱりサイコーに素敵な女の子じゃんかよ!
刀木は、脳みそがバラ色に染まっていく快感に溺れそうになる。
「心配したんだから! ホントにホントに心配したんだから、バカッ」
「えーっと、それは何を? でございますかしら」
「気づけよ、この男は。あんたのことに決まってるだろ!」
「いやいや、あれだけイジメておいて、ですかあ? マジで痛かったんですけど」
「イヤだった?」
「いえ、それが決して不快ではなく、むしろ嬉しいと申しますか。いや、わたくしはエム体質ではない、あらっ、もしかしたらエム?」
「わたしは好きになっちゃうと、自分では抑えきれずにエスになってしまうの。こんなオンナはお嫌い?」
伊里亜の口調が変化していく。潤んだ瞳が妖艶に彩られ、刀木のハートをエイトビートで打ってきた。
「嫌いなわけ、ないじゃないのさ。だってこんなに波長がピッタンコの女子なんて、そうざらにはおりませんぜ師匠」
「わたしのこと、ずーっとかわいがってくれる?」
さらに瞳はキラキラと星空を反射し、完全に余すことなく、刀木の心を根こそぎ奪っていく。
「し、師匠ーっ」
二人は互いにギュッと抱き合った。
~~♡♡~~
煉瓦塀は強烈な大地の揺れで、崩れ始めていく。
豪天は料理長をはじめ、配下全員が無事に屋敷の研究室内に避難したことを確認している。
「この屋敷自体は耐震補強されてはいるけど、恐いのはあの盛り上がった土砂が襲ってきた場合だ、じいさん」
「うむ。あんな現象は自然界では起こらんでなも。みんな万が一の場合は覚悟しといてちょーよ」
豪天の言葉に、料理長が反論する。
「会長、何をおっしゃいます! 我々お守り衆は一蓮托生。万が一の場合はこの身を盾に、会長と所長をお守りする所存でございます」
おうっ、と庭師たちも力強くうなずく。
「おやあ」
美麗はモニターに顔を寄せる。この間も研究所はかなりの揺れを感じていた。
「おい、じいさん。どこかおかしくないか」
「うん?」
「ほら、ここの一番盛り上がった土砂をご覧よ」
「この奥義を使うと、しばらくは土いじりができなくなってしまうけどさあ。それでもここは引くに引けないからねえ」
土と一体化した身体で、瀬折津は進む。
「おほほっ、さあ、いくよ!」
瀬織津が煉瓦塀を大量の土砂と一緒に越えようとした時。ビュンと空気を裂く音を耳にした。そんなわけはない。ここは土のなかなのだ。風が吹きぬける場所ではない。
ビシッ!
鎌鼬が素早く通り抜けた。瀬織津のその首は、和服の胴体から完全に切り放されていた。
「むうっ、土砂が収まっていくぎゃ!」
小刻みに揺れていた研究室が静かになっていく。
外壁を乗り越えようとしていた大量の土砂が、糸の切れた操り人形のように音を立てて重力の支配下に入っていく。
「これはもしかしたら」
美麗の言葉を豪天が継いだ。
「いや、間違いあれせん。我々の守護者、『
研究所内に、一斉に歓喜の声が響き渡る。
「そうかい、あの子たちが、やってくれたんだ。うふふ、これはさぞかし美味しいお酒が飲めそうだわ」
机上のボトルを手に取ると、美麗は喉を鳴らしてウイスキーを飲んだ。
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