第4話 東海鯱王、四百年の仕掛け

 三人には屋敷の個室があてがわれた。それも豪天ごうてんが来客用に設備を完備した部屋であり、十畳ほどの室内はホテルのビップルームの様相であった。

 キングサイズのベッド、漆塗り高級デスクに革張りのソファ、冷蔵庫も完備されている。 

 トイレ付のユニットバスにいたっては、蓮平れんぺいの住まう自宅にある風呂釜の二倍はあった。

 壁に掛けられた油絵はさぞかし名のある画家が描いた、本物に違いない。

 南向きの窓には遮光カーテンが引かれている。


 心地よい空調の室内で、蓮平は持っていたバッグをベッドに置きスマホを取り出した。

 自宅に掛けるためだ。


「ああ、母さん、僕だよ」


 蓮平はソファに腰を降ろす。


「えっ、父さんからもう連絡があったの? うん、ウソじゃなくて、父さんの言っていることは事実さ。僕もよくわかっていないんだけど」


 母はなぜか興奮気味にしゃべってくる。「頑張りなさい」、「ご迷惑をおかけしないように」、


「くれぐれも会長さまによろしく」と同じことを何度も繰り返す。


 自分の息子がどんな状況に置かれているのかというよりも、「あの豪天さま」の屋敷に滞在させていただいていることがどれだけ名誉なことか、そちらのほうが大切なようだ。


「ああ、大丈夫。それよりもさあ、せがれがどんな目にあってるのか理解してる?」


 蓮平がやや不貞腐れたような声を発すると、母は「ええからええから、母さんも父さんも応援しとるでね大丈夫。ああ、やはりお世話になるなら、何かお贈りしないとだめかしゃん」と、まったく取り合わない。


 適当に電話を切ると、ソファの背もたれにぐっと身をゆだねた。

 ピンポーン、とドアチャイムが鳴る。蓮平は立ち上がるとドアを開けた。

 メイドの伊里亜いりあがカートとともに、にこやかに立っている。


「失礼いたします。すっかりお昼をまわっておりましたので、とりあえず軽食ですがお持ちいたしました」


 そういえばお昼ご飯のことなんかすっかり忘れていた、と蓮平は思い返したようだ。


「お夕食は、二階広間で皆さまご一緒にお摂りいただきますわ。それまでの間、こちらでお待ちくださーい」


 天使のような微笑みで伊里亜はカートを押して室内に入ると、テーブルの上に麦茶のグラスと、長方形の物体が乗ったお皿を置いた。


「あ、ありがとうございます。えーっと、これは」


、でございますわ」


「ういろう?」


「あら、ご存じありません?」


「いや、もちろんういろうは知っていますけど」


 お皿の上には、縦二十一.五センチ、横五.三センチ、高さ三.四センチの白ういろう一本丸ごと乗っているのだ。


「お夕飯前ですが、もし足りないようでしたら」


 伊里亜はカートの下段に積んである大量のういろうを取りだそうとした。


「白、黒、抹茶、小豆、コーヒー、柚子、桜、とございますが」


「結構です結構です! 一本でも食べられるかどうか」


「まあお若いのに。わたくしなら三本は一気にいきますわ」


 蓮平はウッとうなった。


「それではお夕食の準備が整い次第、館内放送させていただきます」


 ごゆっくりどーぞ、と伊里亜はお辞儀をして出ていく。

 蓮平はドアを閉めながら、こっそり顔だけ出す。伊里亜は隣の部屋の前に立つと、いきなり拳でドアを連打した。


「オラーッ! さっさとドアを開けんかい! オラオラオラーッ」


 隣室は刀木かたなぎであると確認すると、そっとドアを閉めるのであった。


~~♡♡~~


 館内放送が入る一軒家がどれほど広大であるのか。

 午後六時、ピンポンパンポーンと個室に付けられたスピーカーから、メロディが流れた。


 蓮平は結局無理してういろうをを平らげたのだが、そこはまだ十代の若い身体。すでに胃の中は空っぽになっている。


 個室は三階にあり、絨毯の敷かれた廊下を歩いて階段から二階へ下りた。階段脇の部屋が広間であるらしく、開け放たれたドアの前で刀木が所在無げに立っていた。


「あれっ、おにいさん。どうして入らないんですか?」


 刀木は問われ、口元をとがらせながらモゴモゴと応える。


「そりゃ、おまえさん、そのなんだあ。まさか一番に入って箸持ち上げて、早くっ、早くっ、なーんて餓えた子供みたいな真似はできないっしょ、いい大人がさ」


 蓮平は気づいて広間をうかがう。案の定、三十畳ほどのホテルのような豪華なシャンデリアが照らす広間の真ん中。十人は楽に座れるダイニングテーブルが置かれているが、伊里亜がひとり、せっせと料理を運んで並べていたのだ。


 そこへ階段をスキップするようにみやのが下りてきた。すでに持参していたのか、制服から花柄のブラウスに膝丈の黄色いスカート姿である。

 蓮平の横に立つと、シャワーも済ませたのかフローラルの香りが蓮平の鼻孔をくすぐる。


「お待たせいたしましたぁ」


 みやのは微笑みながら蓮平を見上げた。すかさず視線をそらす蓮平。自分の欲望に女神が百二十パーセントで応えてくれたような、そんな好みの可愛さに照れているようだ。


「みんな、そろっとるきゃあ」


 エレベーターのドアがチンッと音を立てて開き、和服姿のまま豪天が出てきた。やはり威圧感は半端ない。


 テーブルの上座に豪天が座り、窓を見る位置にみやの、蓮平と腰を降ろす。刀木が向かい側の位置だ。

 テーブルの上に並べられた夕餉を見て、「これは、ひつまぶし、ですか」と蓮平が伊里亜に問うた。和食懐石のように、八寸、預け鉢に特上の鰻が惜しげもなく盛られた椀、山葵に海苔、刻み葱の薬味が並んでいる。ナゴヤ飯の代表格である。


「そうですわ。本日から皆さまには精をつけていただくために、料理長が腕をふるっておりますの」


 伊里亜は言いながら、出汁の入った土瓶を各自の前に置く。


「さあ、食べよまい」


 豪天が箸を持ち上げ、全員が「いただきます」と声をそろえた。

 可愛いメイドさんに料理長までいるなんて、やはり母さんが興奮するわけだ。蓮平は嘆息する。


「あの、会長さま」


 刀木は餓えた子供以上にがっつきながら、豪天に顔を向ける。


「なんでゃーも?」


美麗みれい所長殿は、ご飯は一緒に召し上がらないのですかねえ」


「ああ、いつものことだて。所長はよう、かなりの偏食だでね。まあアルコールが一番の主食だぎゃあ」


「ははーっ、さようですか」


 いわゆる、アルチューってのかな。蓮平は美麗の吐息を思い出した。


「ところで、おじさま」


 みやのは一旦箸を丁寧に置くと、豪天に言う。


「先ほどの続きになりますけど。このナゴヤを守るということで、ワタクシたちがその該当者に当たるとのことですが」


 それは蓮平も疑問に思っていたことである。

 一介の平凡な高校生である自分。職業不詳の、お金にとてもセコイ刀木。セレブの令嬢で女子高生のみやの。なぜ選ばれたのか。


「それだて、みやのちゃんよ」


 豪天も箸を休めると、腕を組んで語り出す。一心不乱に頬張っているのは、刀木だけだ。


 ナゴヤ城を建立する際に、東海鯱王とうかい しゃちおうなる国津神くにつかみは己を模した金鯱きんのしゃちほこを天守閣に置き、常に民衆が崇められるように配慮することで了承した。

 それに反する『金鶏きんけい』をこの地から排除し、かつ手出しできないように陣を張った。


 陣は現在のナゴヤ市と他の都市の境に、道祖神どうそじんに模した石碑を設置し、いついかなるときもバリアのように守っている。

 この境目を『金鶏』の主たるメンバーが抜けられないように、もし一線を越えて侵入した場合には鎌鼬かまいたちの突風が吹き、その首をはね飛ばす力を持っていた。


 さらに東海鯱王は市内の東西南北に位置する神社と、中心である熱田神宮あつたじんぐうに、ご神体を置かせる。これは尾張、ナゴヤ市の未来永劫の繁栄を見守るものだ。したがってご神体に宿る力には、守備力を備えてはいなかった。


 万が一、『金鶏』が陣を張る道祖神を破壊した場合、それに対抗するのは使命を与えられた民に委ねるということであった。使命を帯びた該当者はその時代に使用できる最新の武具を装備し、迎え討つのだ。


 幸いなことに、現在まで該当者が武装することはなかった。

 該当者。それは純粋なナゴヤ人でなければならず、そのたねは東海鯱王によってかれていた。何百年もの間、種を受け継いだ者たちの情報は極秘裏に、豪天家当主のみに伝承されている。


 この時代の該当者として選ばれていたのが、蓮平たち三人であった。

 そう経緯を語る、豪天。


「つまり、ワタクシたちは神に選ばれし、崇高な使命を帯びた該当者であると」


「ほうなんだて。だもんで最初に首なし人形が発見されたとき、いよいよ『金鶏』が動き出したんじゃにゃーかと推測したわしはよう、市長に相談しにいったんだがね。

 おまえさんたちゃあご存じあるまいが、代々のナゴヤ市長はわしの、豪天の息のかかったナゴヤ人たちだでね。国津神のことも含めて、すべて知ってりゃーすわ」


 自分は神に選ばれていたのか。

 しかもよりによって、受験前の大事なこの時期に事案が発生するとは、なんたる不運。

 蓮平は複雑な心境で話を聴いていた。


「へえっ、さすが神さんだ。この刀木をチョイスされるなんざ、見る目がありますなあ」


 出された食事すべてを平らげた刀木は、お茶をつぎに通りかかった伊里亜にお替りを所望するが、完全に無視される。


 夕飯が終わると部屋で待機となり、蓮平、みやのは一緒に三階の部屋へ戻っていく。

 戻ろうとした刀木は伊里亜に首元をつかまれ、片づけを手伝わされていた。


「なんだか、ワタクシとても燃えておりますの」


 みやのは歩きながら蓮平に告げる。


「だって、なんの取り得もないワタクシが、お役に立てるなんて」


「そうなんだ。でも僕はいまだにこれが夢なんじゃないかって、思ってるんだ」


「どうしてですの?」


「だって僕は、運動神経はいたって普通だし、伊里亜さんみたいに武道ができるわけじゃないし」


 それに、みやのさんのような僕の理想を現実にした可愛い超セレブのお嬢さまとお近づきになれたなんて、と言葉には出さないが、思った。

 みやのは階段を上ったところで立ち止まると、悲しそうに下を向く。


「どうしたの?」


「ワタクシでは、あの、ダメですか?」


「えっ」


「ワタクシのような女子では、そのう、蓮平さまとご一緒することはご迷惑ですか?」


 突然の言葉に、蓮平は大いにとまどった。

 みやのは肩を震わせながら、意を決したように蓮平を見上げる。


「だって蓮平さまはワタクシとお話しなさるとき、きまって顔をそらされて目を合わせていただけませんし、それに」


 デーッ! 違う違うっ! それはみやのさんがあまりにも可愛い、僕の心に描いていた理想の女の子だからなんだよーっ。

 心が叫ぶ。


「申し訳ございませんっ。今日お会いしたばかりなのに、こんなはしたないことを口にするなんて、ワタクシ。失礼いたします!」


 言うなりみやのは走って、蓮平の二つ隣りの部屋へ飛び込んでしまった。

 ひとり廊下に取り残された蓮平。刀木がやつれた顔で片づけから解放されて三階へもどってくるまで、じっとみやのが入った部屋を見続けていた。


~~♡♡~~


 館内放送のチャイムが鳴り渡ったのは、午後十時前であった。

 部屋に設置されたスピーカーから伊里亜の声で、玄関までお集まりくださいと流れる。


 蓮平は着替えなど持ってきてはいないので、シャワーだけ浴びて再び制服を着るとベッドに大の字になっていたところだ。


 頭をよぎっていたのは、みやのの悲しげな表情だ。

 あれはつまり、みやのも少なからず蓮平に好意を寄せている、と判断してもいいのだろうか。いや、初対面でそんなムシの良い話なんてありえない。ポジティブに考え過ぎだ。

 使命を全うしようと、みやのは真剣に考えているのだ。

 はしたないのは、みやのではなく自分なのだと自己嫌悪に包まれる。


 十人の男子高校生がいたら、間違いなく十人とも両目をハート型にして舞い上がること間違いなしの女の子。

 比類なき完璧なみやのが目の前に現れ、のほほんと鼻の下を伸ばして舞い上がっているのだと反省する。


 そんなことを思っている途中に、館内放送である。

 蓮平は立ち上がるとドアを開けた。

 一階へ下りると、すでに全員がそろっていた。みやのは恥ずかしげにチラリと蓮平に視線を送るが、すぐに下を向いてしまう。何やら気まずく、蓮平も宙に視線をはわした。

 広い玄関には、白衣姿のままで美麗がこちらを向いて立っている。


「そんじゃあよう、所長が全員のマルハチが完成したっちゅうこったで。早速次の段階に入ろまい」


 豪天は庭を指さす。庭内は外灯が立ち、星空が幻想的な庭に光を投げていた。

 快適な室内と比べ、やはり外は暑い。刀木はジャケットを脱いで肩に指で掛けている。


「この奥によ、そんなに大きくはにゃーけどが、トレーニング用の体育館があるでよ」


 家の庭に体育館? どれだけお金持ちなの? 蓮平の顔は驚きを隠せなかった。


~~♡♡~~


 体育館であった。

 それも高校にある体育館と変わらぬ大きさだ。整備された庭を歩き、植樹された林を抜けると目の前に現れた建物。

 すでに館内の電灯は点され、昼間のように明るい。

 正規のバレーボルコート二面分は優にある。天井は高く、しかも空調が効いていた。


 ドアを閉めると、豪天は壁に設置してあるベンチに腰を降ろした。ここからは再び美麗が指示を出すようだ。

 美麗は三人にマルハチのペンダントを渡す。刀木は青色、みやのは黄色、蓮平は紫色である。


「コピーは完璧さ。それと各自用に別々の機能を施してある。これは『金鶏』がどんな秘術、禍磨螺カバラを展開してきても対応可能にするためだ」


 三人は顔を見合わせながら、ペンダントを首から掛けた。


「美麗所長殿、今度もわたくしゃあ、ミニスカート姿になるんでしょうかあ」


 不貞腐れた声音で刀木は問う。


「いや、やはりあれはキモチワルイから変えた」


「キモチワルくて、そりゃあすいませんでしたねぇ」


 蓮平は胸元に紫色に輝くマルハチを注視している。これもゲル状になって全身を鎧うのだろうかと。


「三人とも、真ん中あたりに立っておくれ」


 蓮平はみやのをちらりとふり返る。長いカールしたまつ毛を伏せ、心持ち頬が赤らんでいるのは夏の暑さのせいだろうか。

 刀木の背を押すように蓮平が一歩踏み出し、後をみやのが続く。


「オッケイ、そのあたりでいいよ」


 両腕で丸を作り、ベンチに座る豪天へ美麗は顔を向ける。


「じいさん、よく見てておくれ」


「うむっ」


 美麗は三人に言った。


「装着するときのキーワードは、アームドアンドレディ。マルハチの声紋認証が起動して、五秒後には装甲が全身を包むから」


 手に汗を握り、蓮平の喉が動いた。


「さあ、言って!」


 美麗の合図で、一斉に声をあげた。


「アームド、アンド、レディッ!」


 胸元に下げた三つのペンダントが、ブルー、イエロー、パープルの光を放った。


「うわああっ」


 蓮平は紫色のゲルがみるみる胸元から螺旋らせんを描きながら全身へ広がるさまを、目玉が飛び出そうなほど凝視し、思わず声が出てしまった。

 流動型ナノ膜が身体を包んでいく。

 きっかり五秒後、青色、黄色そして紫色の近代科学の生み出した装甲姿が現れた。


 着心地は悪くない。というよりも、重量をほとんど感じないのだ。カーボンナノチューブの特色である軽量。これが武装なら、かなり心もとなさをいだいてしまうほどの軽さだと蓮平は思った。


 薄いグリーンのレンズ越しに他の二人を見る。みやの、刀木もお互いに装甲された全身を見合った。

 レンズには内蔵回路が描く図形も映っている。刀木やみやのに視線を向けると青いシグナルが光り、それぞれの体型に合わせて光のラインがぴたりと重なる。

 胸部分、腹部、腰とそれぞれパーツは分離しており、それを伸縮性のあるナノ膜が繋いでいる。刀木と蓮平は腰の部分は短パンを履いたようになっており、太ももと膝には硬質のナノ膜が覆っていた。ブーツは膝下で、カラーも合わせられている。


 みやのだけ腰部分がミニスカートになっており、ブーツは膝上タイプだ。もちろん太もも部分は透明タイプのナノ膜が覆っていた。

 蓮平は思わず二度見した。胸元の装甲は女性らしい起伏で盛りあがっているのだ。それもかなりデカイ。

 ということは、制服やブラウスではわからなかったが、みやのは高校二年生のわりには、かなり大人びた体型のようだ。スケベな心中を瞬時に察知したレンズが、望遠鏡をのぞいたようにみやのの大きく突き出た胸部分をアップにしてくれる。なんと便利な。

 蓮平は目尻を下げた。


「おおっ、いいねえ。三人ともピッタリの装甲だ」


「所長よ、各自の特殊機能ちゅーもんはどうなっとるね」


「はいよ、今から説明するよ」


 美麗は頭を動かし、三人に向かって言った。


「いいかい、諸君。その装甲はダイヤモンド以上の強度があるから、そのまま拳や脚を武器として使用可能だ。コンクリート塀でもあっさり破壊できる。

 それと基本武装は刀と盾だ。刀は、ソード。盾は、シールド。これが流動型ナノ膜を変化させるキーワードとなる。まあ練習して慣れてくれ。

 さあ、両手を前に出して」


 三人は言われたまま、美麗の立つほうへ身体の向きを変える。


「ソードとシールドだ。いいかい。さあ、やってみ」


 蓮平はゲームで知っている武器の、ソードとシールドを頭に思い浮かべた。

 同時に、先ほどより大きな声で叫ぶ。


「ソード!」


「シールド!」


 すると蓮平の右手甲の紫色プロテクターが音もなく伸びていく。左手側では手首から肘までを覆ったパーツがグインッと広がる。


「おおっ、すげえ!」


 刀木が驚きの声を出す。


 三人の右手は一メートルほど伸び日本刀のような型に、左手は直径六十センチほどの円盤型に変化していた。


「いいよいいよ、うん。その刀はセラミックの包丁よりも切れ味鋭いからね。それと内蔵されているインカムで、互いに会話が可能だ」


 刀木はソードとシールドをガチガチ目の前で叩き、「さあ、盾と鉾のどちらが強いか」と笑いを取ろうとしたが、あっさり全員にスルーされる。


「元に戻す時には、ソードリターンにシールドリターンと声に出せばいい。

 じゃあ次は、みやの」


 三人の掛け声により、両手の武具が先ほどの逆回転で戻った。


「はい」


「あんたのマルハチは飛行能力がある。つまり空を飛べるってわけ」


「空を、飛べるのですかあ!」


「そうさ。空気をジェット燃料のような可燃性のガスに変えるんだ。最高速度は戦闘機とまではいかないけどね。まあ上空三千メートルまでなら一気に上昇して、自在に飛びまわれる。身体に加わる重力だけは、耐えなきゃならんけど。

 そのキーワードは、ウイングだ」


 みやのの声が「ウイング!」と響き渡る。

 背中部分の黄色い鎧部分が、瞬時に硬質のマントのように広がった。ロングブーツの外側に、円柱の噴射口が形作られる。


 シューッ! 勢いよく圧縮されたガスが足元から噴射されたと思ったら、みやのの身体がフワリと宙に浮かび上がった。すでに五メートルほど上昇している。


「変形後は頭で考えるだけで、自在に飛びまわれる。脳の視覚中枢及び運動中枢と、ヘルメット内の回路がシンクロしてるからね」


「す、すごいっ」


 蓮平は見上げるが、やはりミニスカートの隙間から見える腿の付け根に目がいってしまう。あわてて下を向く。


「じゃあ、蓮平。あんただ」


「は、はい!」


「あんたのマルハチは、地上を瞬速時速二百キロで走ることができる」


「に、二百?」


「つまり地上戦では、ほぼ瞬時に移動できるってわけ。脚部に溜まる乳酸はブーツに仕組んだ物質分解変換機能が働くから、肉体に与える影響は軽微だ。肺へ送られる酸素量も常に調整されるから、大丈夫。

 かつ、ブーツの底は岩だろうがビルだろうが大抵の物質に対して吸着機能がある。それを利用すれば、高速で走っていても瞬時に止まることが可能」


 とんでもないメカニズムが組み込まれていた。


「ふふっ、すごいだろう。褒めてもいいぞ。そうそう、キーワードはムーブ」


「ムーブ?」


 声を発した途端、いきなり両脚が動いた。「アッ」と気づくと目前に壁が迫ってくる。「ヒエーッ、ぶつかるーっ」と目をつむる前に身体が九十度に傾き、壁を垂直に駆け上っていた。


「停まってえぇっ」


 叫ぶ蓮平。ガクッと重圧を感じた。なんと天井の鉄骨部分に頭を下向きに蝙蝠のようにぶら下がっているではないか。ブーツの底が吸盤のようにしっかりと鉄骨に吸い付き、蓮平の身体を支えている。


「降りる時は、頭で考えるだけでいいぞ!」


 手のひらをメガホンにして美麗が叫んだ。


「えーっ! この高さから落ちたら間違いなくケガしちゃ」


 蓮平が喚く途中で、ふわりと身体が落下し始めた。


「シエーッ!」


 両手両足を空中でバタつかせながら、蓮平は頭から真っ逆さまのまま墜落する。

 床に激突する手前で蓮平の意思とは無関係に身体がひねり、体操選手が鉄棒演技でフィニッシュするように足元から着地した。


「うふふっ、マルハチの人工知能チップが、装着者の危険を回避するのさ。近ごろ自動車でも、そんな自動停止装置が流行っているだろ」


 楽しくて仕方がない、そんな美麗である。

 豪天は感嘆の声と共に、拍手した。


「ほほうっ、こいつはすごいがね」


 刀木は両手を腰に当て、待機している。いったいどのような機能がこの青い装甲に内蔵されているのか、と。


「うーん、我ながら惚れぼれするなあ」


 美麗はうっとり、着地した蓮平と、宙に浮きながら館内をゆっくり浮遊し続けるみやのを眺めている。


「ただしだ、この完全無敵の装甲も一点だけ注意しなければならない。

 装着時間だ。流動型ナノ膜は、固形つまりその装甲に変形してから、三十二分で解除されてしまう」


「えっ?」


 蓮平は床に着地した姿勢で顔を上げる。


「この点は現在のところ改良できていない。つまり戦闘態勢に入ったら、三十二分以内でケリをつけろということだ。再び装甲化させるには、解除後六十四分かかるからね。

 特にみやの、蓮平に言っておく。空中飛行やビルに登っている最中には、充分気をつけてくれ。

 もっともタイムリミット前には、ヘルメット内のタイマーがカウントダウンしてくれるから、安心しておくれ。

 さあって、じいさん。ここからは各自で自在に操作できるように訓練させてやってくれよ。あたしゃあ、この三日ほど寝てないんでね。研究所にもどるわ」


「うむ、ご苦労」


 体育館を出て行こうとする美麗に、刀木はすがるように手を伸ばした。


「ちょ、ちょっとっ、美しき所長さまーっ」


 美麗は「うん?」と振り返る。


「わたくしの、わたくしの特殊機能を説明してくださいよ。空を飛べるとか、天井まで走れるとか」


「いや、あんたの一号機に関しては、特にここで説明するこたあないし」


「こたあないしって、まさか無機能? えーっ!」


 美麗はきびすを返す。


「そいつは、この体育館で試すことは、何もない」


「じゃあ、なんですかい? この刀と盾だけ? そんな殺生なあ」


「いや、ここで試すことはないと言ったのだ」


「と、おっっしゃいますと?」


「そのマルハチを装着すれば、アシストロボットなぞ足元にも及ばないパワーが発揮できるのさ」


「具体的には?」

「そうさなあ、あたしの計算に寄れば、軽く見積もっても五トンの重量を持ち上げられる」


 刀木はピンとこず、ヘルメットに包まれた首を傾げる。


「本当に頭の悪い男だなあ。具体的に言えば、アフリカゾウなら五頭分の重さを持ち上げられるってことさ。キーワードは、ない」


「アフリカゾウ? 五頭? はあ、キーワードはない、さいですかあ」


 いまひとつしっくりこない刀木であった。

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