第3話 究極武装、マルハチ
太陽が真上から西に方角へ傾き始めたころ。
加茂は駐車場に車を停め、陽射しを遮る木々の間の歩道を歩いていた。
もうどれほどの時間を費やしたのだろうか。すれ違うハイキング客は、加茂の身体から発せられる狂気にも似た吐息に恐々迂回していく。
血走った加茂の目は、ギョロギョロとせわしなく周囲を探っていた。
小道の先の方向で、老夫婦が散歩している。
「あれっ、こんなところに石碑があるがね、ばあさん」
「ホントでゃーも。ドーソジンさんでにゃーかね」
二人の会話に加茂は立ち止まった。
道沿いに小さな石碑がある。
「いやあ、ドーソジンさんは、こんなお姿じゃにゃーで」
「そうかねえ。そういやあ、この彫りモンは、ほれ、あれにそっくりだがね」
「うんうん、ほうだで言っとるぎゃ。ナゴヤ城の
その言葉に加茂は鋭い視線を向ける。
「道祖神の石碑に鯱。ナゴヤ城の金鯱」
顔の筋肉が硬直した。
「そもそもなぜこんなの森に、石碑が置いてあるんだ? あんなものは田舎で祀られているだけじゃあねえか。それに鯱の文様だと!」
どこにでもあるから意識しない。しかし、もし本当に隠したいのならどうか。
誰が見ても不自然ではなく、かといってそこにある理由をとことん突き詰めたらどうなのか。
ダッと加茂は駆けだした。
「おいっ、どけ!」
突然走ってきた中年の男に突き飛ばされ、老夫婦は声をあげて道端に転がった。
「あんたっ、いきなりなにしやーす!」
老人は倒れた老婆を抱きかかえた。
「うるせぇ! どいてろっ」
加茂は怒鳴った。その見開かれた目には石碑しか写っていない。
花崗岩で造られた石碑。側面に彫刻されているのは一匹の鯱であった。普通の道祖神を祀る場合に、鯱は彫られない。加茂は石碑をなでまわすように観察し、ジャケットのポケットから小さなお札を取り出す。
手にしたお
直後。ヒュンッと一塊の風が吹き抜けた。ピシッと鋭い音が聞こえる。加茂の瞼が持ち上がった。手にしていたお札が鋭利な刃物で切断されたように、真っ二つになっている。
「こ、これかあっ」
加茂は立ち上がると走りだした。
~~♡♡~~
「ほう、なるほどねえ。ようやく見つけてくれましたか」
燈明皿の炎に浮かぶ仮面の男、
「道祖神の石碑とは、さすがに気付かなかった。となると残りを捜しだせばよいのですね。お任せいたしますよ。私たちは
試しに禍磨螺の力を注ぎこんで、仏の装束を着せた
そこにある陣を支点に計算すれば、残りの陣の所在もわかるでしょう。
すべて破壊なさってください。それが済み次第、私たちの出番です」
枉津の声は深い谷底から漂う澱みのように、炎を揺らめかせた。
「いかがかな、枉津よ」
燈明皿に浮かぶ枉津の背後から、甲高い男の声が問う。
枉津はやおら振り返り、頭を深く垂れた。
「
「ほっほっほ。苦しゅうないぞよ。
「もったいないお言葉。我ら『
「おうおう、頼もしや、頼もしや」
すーっとその声は闇に溶けていった。
~~♡♡~~
ナゴヤ市に異変が起きたのは八月のかかり、連日の熱帯夜に眠れぬ夜を過ごす頃。
市内
管理する社務所には、日中には
風ひとつそよがない、ジットリとした空気が漂う深夜。
光音神社の向かい側に並ぶ住宅街。エアコン嫌いの老人が、シャツとステテコ姿で二階のベランダに座り込み煙草を吹かせていた。暑くて眠れない様子である。
老人は何気なく道路から「コーオンさん」へ目をやった。長年見慣れた風景だ。
最初は音が聞こえた。風が吹き、樹木が揺れる音だ。だが風なんてこれっぽっちも吹いてなんかいない。
続いて土砂を撒くような、ザザーッと擦れる音。
老人は何事かと煙草を持ったまま立ち上がり、ベランダから上半身を乗り出した。
ガツンッ、ガツンッ! 解体工事でも始めたのかと思われる音が響いてきた。
次に、青と緑の光が鎮守の杜から周囲に発せられるのを老人の視覚がとらえる。
「な、なんでゃあも!」
その光が回転したと思ったら、火柱が上がり始めた。
老人はあわてて手にした煙草を灰皿でもみ消すと、開け放した窓から室内へ大声で叫んだ。
「オーイッ、ばあさん! どえりゃあことだがねっ、はよう起きやーて!
コーオンさんが火事だがねっ」
すぐに一一九番に通報し、数台の消防車がけたたましくサイレンを鳴らし駆けつけるころには、神社は盛大な炎に包まれていた。
幸い死傷者は無く、本殿が焼失しただけだあった。
しかし、これが始まりとなる。
翌日の深夜。
今度は
愛知県警では両事件を放火であると判断し、放火犯を捕縛すべく捜査が開始される。
だが警察の懸命の捜査をかいくぐるように、三件目は
果たして放火犯の目的は何なのか、地元テレビ局や新聞社がこぞってこの謎の放火事件を報道した。
最近では町中いたるところに、防犯カメラが設置されている。むろん神社でも設置してあった。
県警の捜査本部では、神社から借り受けた防犯カメラの映像及び、近隣のコンビニエンスストアや有料パーキングの防犯カメラの映像を解析した。
ところがどういう理由に寄るのか、四件の神社で録画された映像は、いずれも出火の十分ほど手前から消えているのだ。犯人が前もって防犯カメラの所在を知り、細工を施したかのようであった。
近隣から集めた映像には、残念ながら犯人につながるような証拠はつかめなかった。
詳しく検証していくと、おかしなことが判明する。二件目の珠新居神社だ。
神社の社務所に設置されたカメラの映像は消されている。敷地には駐車場があり、そこのカメラの映像は残っていたのだが、出火前後一時間の記録には何も怪しい人影等はなかったのだ。
出火後、消防車や近所の野次馬が集まる様子は録られている。だが警察の専門家が何度確認しても、放火犯らしき人物は映ってはいなかった。
神社の向かい側にあるコンビニエンスストアのカメラも、同様に出火前後一時間の映像からは何も判明しなかった。
実は、これがおかしいという結論に至る。
では犯人はどこからきて、どこへ去っていったのか。という点なのだ。
まさか空からダイビングしてきた、とは思われない。
警察は威信にかけて放火犯検挙に向けて動いていた。
そして最初の放火から五日目の早朝、まだ蝉さえも目覚めていない午前五時前。
ナゴヤ市
熱田神宮は日本書紀にも登場する、長い歴史を持ち、三重県の
ご神体は、三種の神器として知られる “
宮庁に早朝から詰めかけたのは、四人の
「むろん、警察には話しておりゃーせんですわ」
「私たちもだでね。まあ、話して説明しても、警察あたりでゃぁわからせんでね」
四人の宮司は互いに顔を合わせ、うなずいた。
「そうですか。やはりご神体が焼失したということですか」
大宮司は言う。
「ほんだで、私らは心配しとるんだわ。ナゴヤの東西南北を祀るご神体が焼失したんなら、陣はすでに破られておれせんかね。ほうなら次はこちらでにゃーかと」
「はい。ここ何日かは警備員を増やして警戒しております。それとこの件については、
「おお、そうきゃあもっ。それは心強い」
「とにかく、万全の警備態勢でご神体を守るつもりです」
大宮司は噛みしめるように言った。
~~♡♡~~
二週間前、
屋敷の地下二階にある研究所で、所長である
高さ二メートル、幅が一メートルほどの四角で、ガラスは正面と左右の三面にはめられている。背中にあたる面はステンレスの板が入り、箱を支える土台の金属盤からはカラフルなケーブルが背後の電気制御盤に接続されていた。
蓮平、みやの、刀木の三人は美麗が立つ前で、あらためてそのボックスをながめる。
美麗は学校の先生のようなふるまいで、三人に話し始めた。
「先ほども説明したが、このコピーマシンで該当者の詳細を写し取る」
「えっ? これって、コピーの機械なの?」
刀木は物々しさの漂う装置を指さす。
「そうだ」
「ただのコピーに、こんな大きな機械を作っちゃったんだ」
「そうだ」
「たはーっ、お金持ちの考えることは、凡人の常識を遥かに超えちゃってますなあ」
蓮平はこっそり手を挙げた。
「該当者の詳細とは、いったいどのような」
「ふむ、そうだな。さっそく取り掛かろう。じいさん、始めるよ」
美麗は三人の後ろに立つ豪天へ顔を向けた。
「よっしゃあ、やってちょーでゃあ」
美麗は無言で刀木を指さす。刀木はキョロキョロとドングリ眼を動かし、自分を指さした。美麗がうなずく。
「いやいや、こういうのはレディファーストか、年少者からでしょ普通」
刀木は美麗、蓮平、みやのから冷たい眼差しで見つめられ、「えっ、そうなの? 俺に実験台になれってか。チーッ、きょうびの若い連中ときたら」
ぶつぶつ文句をたれながら、刀木は一歩前へ進んだ。
美麗は背後の電気制御盤のスイッチを入れる。ゴーンッ、ゴゴゴッと制御盤に取りつけられたメーター、大小のランプが低いモーター音とともに動き出す。
カチャッと開錠される音がして、ボックス正面のガラス板をはめたステンレスの枠が開いた。
蓮平はゴクリと
ボックスの天井部分と床部分はプラスティック製であろうか、薄い紫色の光を放つ。
「入ってくれ」
「これって、人体にワルーイ影響とか」
「入ってくれ」
「そもそもコピーって、いったい何を」
言い終わらないうちに、突然みやのが刀木の背中を押した。その表情はワクワク感にあふれている。
「えッ! ちょ、ちょっと!」
刀木の悲鳴に近い声が聞こえたと思ったら、正面のガラス板が自動で閉じた。
「それでは一号のコピーを開始する。そのデータをマルハチに転送」
美麗は自分に確認するように言葉を発し、制御盤の液晶画面を指でスワイプする。
ボックスの中に閉じ込められた刀木は、ガラス板を叩きながら何やら叫んでいるが、蓮平たちには聞き取れないほどモーター音や電子音が室内に響き渡った。
赤、青、紫、緑色の光がボックス内に閃光のように走る。直後、真っ白な光にボックスが包まれた。蓮平は思わず目を閉じる。
ギューンッ、ギュギュギュッ、モーター音が小さくなり、ボックス内の光が全て消えた。
カチャッと開錠の音と共に正面のガラス板が開く。
どさり、刀木が崩れるように頭から出てきた。
美麗は装置を操り右端を向くと、そこには制御盤に十五センチ四方の透明板が組み込まれており、次にその板の内部がカラフルな点滅をはじめた。
誰も介添えしてくれないと悟った刀木は、近くの実験台につかまりながら立ち上がる。
「転送完了」
透明板が自動で内部にひき込まれると、美麗はその中へ手を入れた。
「これが一号のデータを取り込んだマルハチだ」
蓮平は美麗が手にした物を注視する。
それは直径五センチほどの金属製の円盤で、表面は光沢のあるホワイト、その上から紅色で記号が書いてあった。しかも細い鎖がついている。ペンダントだ。
「このマークって」
「そうさ。ナゴヤ人なら誰でも知っている、市章だ」
記号は漢字の八に似た、ナゴヤ市のシンボルであった。
ナゴヤ市章は明治四十年十月三十日に制定された。制定にあたっては、各方面に意匠を求めたものの適当なものがなく、最終的に尾張藩の合印であった丸八印を用いることが決議されたと言われている。
「これを首からかけてくれたまえ」
美麗はマルハチと呼ぶそのペンダントを、大袈裟にテーブルに上半身を突っ伏していた刀木に渡す。
眉間にしわを寄せ受け取ると、再度蓮平とみやのに、代わってほしげなアイコンタクトを送る。もちろんスルーされた。
「これは一号、あんた専用だから。他の人間には絶対使えない」
美麗は胸元で腕を組み、告げた。
刀木はしぶりながらペンダントを首からぶら下げる。
くるりと美麗は蓮平たちに顔を向けた。
「実はマルハチを人体実験するのは、これが初めてなんだよ」
蓮平は驚いて刀木を見る。当の刀木は茫然と口を開けたまま、生気を失った顔色だ。
「あたしが創ったんだから、大丈夫さ。臨床実験に置いては該当者直接でないと、結果がわからないからねえ。まっ、ぶっつけ本番ってやつ。
それと一号とあたしは言ったけど、あの男が今から装着するのは、本来は零号。試作品だからってわけ」
蓮平の後ろに立つ豪天は、孫の言葉にうなずいている。
美麗は刀木を指さした。
「さあ、本番だよっ」
刀木は肩を落としてコクリと首肯する。絶望感が漂っている。
「マルハチを装着する合図は、
さあ、言って!」
美麗の張りのある声に、刀木はビクンと身体を硬直させた。
「アー? アームアム?」
はあっと大きくため息をつく美麗は、怒りを抑えるようにもう一度言葉を発する。
「アームド」
「アームドゥ?」
「アンド」
「アンドゥ?」
「レディ!」
「レディ?」
か細い刀木の声が聞こえた直後、胸にぶら下げたマルハチが輝き、みるみる純白のゲル状に変化する。それが急速に
「おおっ!」
蓮平の瞳に、驚いて地団太を踏む刀木の身体が、真っ白な輝くアメーバーに飲み込まれていくような様が映る。
時間にして、きっかり五秒後。
刀木の全身は、白い光沢のある強化プラスティックのような素材に包まれていた。
「これがマルハチきゃーもっ」
豪天もおそらく初めて目にするのであろう。感嘆の声をあげた。
蓮平、みやのも大きく目を見開いて刀木を凝視する。
頭部は目の部分が緑色のレンズで、それ以外はすべてフルフェイスのヘルメットのようにガードされていた。耳元には緑色の盛り上がりがあり、後頭部には同色の小さな角がはえている。
胸元のプロテクターには真紅のマルハチの文様がある。関節部分以外はすべて光沢を放つ白いプレートで覆われていた。指先までふくめて。
「どうだい、これがあたしの生み出した究極武装、マルハチだ。装着者が着ていた衣装は流動型ナノ膜が原子分解して取り込んでいるから、どんな服装だろうがいつでもどこでも装着可能さ。
他にも色々と仕掛けがあるんだよぅ」
美麗はアルコールには酔わないが、自分の天才的頭脳には酔いしれているような口調だ。
まっすぐ刀木を見ていた蓮平が、震える指先で刀木を差す。
「あ、あの、所長さん」
「うん? なんだい」
美麗はうっとりとした視線で、マルハチを装着した刀木を見ている。
「あの、おにいさんなんですけど」
みやのは蒼ざめた表情で、後ずさりを始めている。
「おにいさんが装着している、あのピカピカの鎧なんですけど」
「ああ、ぴったりだねえ」
「いえ、そうではなくて」
蓮平は一度唾を飲み込むと、うめくように言った。
「どうして下半身はミニスカート、それも超ミニなんですかっ」
刀木の下半身は腰の周りを光沢のあるビニール状のミニスカートが包み、足元は膝上のグリーンにきらめくロングブーツを履いている。スカートとブーツの間には明らかに生脚が、それも毛の生えた男の汚い脚が見えているのだ。
「ああ、あれかい。大丈夫さあ。一見生脚のようだが透明性のナノ膜で包まれているから、プロテクターと同じ強度さ」
「少し、どころか、かなりキモイ、ですわ」
のほほんとしていたみやのまで、白い顔が蒼くなっていた。
刀木はそんな室内の雰囲気を目の当たりにし、よろよろと助けを求めるように蓮平に近づこうと手を伸ばす。ミニスカートにロングブーツの不気味な格好で。
「ちょ、ちょっとお、みんな、どうしてそんな化け物を見るような目で俺を避けていくのよ? まさか! まさか実験が失敗して、俺は怪物になっちゃたのかあ!」
差し出された手を払いのけるように、蓮平は身を引く。
「おおっ、なんだこの手は? うん?」
刀木はそこで気づいたように、レンズ越しに自分の身体を見下ろした。
「所長ーっ」
「うん? どうだい、着心地は?」
「美麗所長ーっ」
「耐熱耐冷効果もバッチリのはずだ」
「いえいえ、そんなものはどっちでもいいんですって! どうして俺はこんなミニスカート履いて、惜しげもなく太ももを披露しちゃってんのですかあ!」
刀木の声は、頭部を覆ったヘルメット内部に仕掛けられたマイクで、くぐもることなく聞こえてくる。悲壮感漂う問いに、美麗は事もなげに言う。
「だってミニスカートのほうが、カワイらしいじゃないか」
「お、俺はそんな趣味は持ちあわせちゃあ、いませんぜっ」
「そうか、了解した。まあ、どちらにしても試作品だからな。人体実験でコピー、武装に問題点はないようだからと」
美麗は祖父である豪天に顔を向けた。
「じいさん、見ての通りだ。マルハチはあたしの想定通り、活用できる。さっそく全員のマルハチを作り上げるから、そうだな、今から八時間ほどくれないか」
「そうきゃあ。さすが美麗だて。我が孫ながら感服しとるがね」
豪天は和服の袖をまくり、腕時計を確認する。
「どっちにしろ『金鶏』が動き出しとる以上、猶予はにゃーわ。それにこのマルハチの使用方法や今後の作戦も練らにゃあ。
そういうことで今日からしばらくは、三人ともこの屋敷で寝泊まりしてちょーでゃあ」
蓮平は「えっ?」と驚いた。なにやらキナ臭い話がドンドン進められていく。だがナゴヤをわけの解らない連中から守れと言われたところで、さいですかなどと気楽に返事ができるわけない。
ナゴヤを守ることよりも、現在の蓮平にはもっと大事な問題が控えている。大学受験だ。
ために、すかさず豪天に進言した。
「あの、あのう、僕は受験生で勉強しないとまずいんですが。それに寝泊まりって、親に何も連絡してないから」
豪天は笑った。
「
父親の驚愕する顔を想像する蓮平。それはそうであろう。父親は一介の課長にすぎない。そこへ社長を飛び越えて、遥か雲上のグループ総帥から直接電話されたら心臓発作を起こしかねない。
親が了解したところで、勉強はどうするのか。同級生たちは睡眠時間を削り、分刻みのスケジュールで問題集と格闘しているのだ
蓮平の心を読んだかのように、豪天は続ける。
「それと勉強だがね。むろん邪魔するわけにゃあいかん。わしの知り合いが進学塾を経営しとるでね。そこから毎日講師をここまで派遣してまらうわ」
豪天が名前を上げた塾は、蓮平にはレベルも授業料も高すぎて手の出なかった、超有名な進学塾だ。そこの塾生は、ほぼ百パーセント志望校へ進学できるというフレコミもある。
そこまでお膳立てされてしまったら、もはや蓮平に断る理由を言葉にするのは残念ながら不可能であった。
それはそうとして、ナゴヤを守る、つまり戦うということはまさか将棋のように机上で行うわけではなかろう。
蓮平はいたって普通の高校生であり、格闘技など無縁の生活を過ごしてきているのだ。喧嘩だってしたことない。腕力にはまったく自信がないってことなら、いくらでも自慢できる。
蓮平はいつも流される少数派に甘んじていたことを、今さらながらに悔やむ。毅然とした態度で己の筋を通す、なんてことはできなかった。それに年下のみやのは、すでにこれから起こるであろうことをすべて飲み込んでいるようなのだ。
やはり断ることはできないと思った。
唯一の救いは、隣にいるみやのと、しばし同じ屋根の下で生活を共にできることだ。
夢が、夢でなくなるかも! いやいや、そんなスケベ丸出しのニヤけた心で本当に大丈夫なんだろうか。
蓮平は、うーむと唸った。
「あのー、お話し中、誠に申し訳ないんですが」
刀木は恐縮した様子で割って入る。
「わたくしゃあ、いつまでこの恥ずかしげなスタイルでいなきゃあならんのでしょうか」
美麗はすでに次のモードに入っているのか、ポケットからウイスキーボトルを取り出すと一気にあおり、理解不能な専門用語をつぶやき始めている。
「わあ、おじさまのお屋敷で過ごすなんて、いつ以来かしら。ワタクシ、楽しみにしてましたのよ」
みやのは温泉旅行へ出かけるような、お気楽な舞い上がり方をしている。
「えーっと、みなさん、わたくしの声って、これ聞こえています? ちょっと」
生脚を隠すように刀木は身を縮め、ひたすら訴え続けるのであった。
美麗は蓮平とみやのを順番にコピーマシンに入れた。二人の詳細、身長や体重はもちろん、心拍数から身体中の血管の配置から脳細胞まで、瓜二つのクローンを作るようにマシンはスキャンした。
ボックス内は、確かに光が滝のように降り注ぐも、刀木のように疲労困憊で倒れふすようなダメージを、蓮平は感じなかった。
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