第5話 THE☆騎士MEN、誕生す

 翌日からそれぞれが特殊機能をいかに使いこなすか、さらに白兵戦になった場合の闘い方を学ぶことになる。格闘術に関しては、伊里亜いりあがその講師を務めるという。


 一方蓮平れんぺいとみやのは午前九時から正午までの三時間を学習時間として、豪天ごうてんが招いた進学塾の先生たちが個別指導を行う予定となった。


 刀木かたなぎは庭園で庭師たちの指示のもと、力作業を割り当てられる。マルハチを装着すれば、今まで重機によって位置を変えなければならかった巨大な庭石が、刀木ひとりに任せられるからだ。


「これはねえ、絶対割増料金もらわないと、俺だけなんかタダ働きさせられちゃってるんじゃないかって思うんだよね」


 勉強を終えた蓮平が昼食を摂りに広間へ降りると、ジャージ姿の刀木が汗を拭きながらソファに脚を投げ出して文句を垂れる。二人の胸元にはペンダントが掛けられていた。

 蓮平も伊里亜が昨夜用意しておいてくれた、スポーツ用のジャージを着ている。


 進学塾の先生の教え方は的を得ており、初日の三時間はあっという間に過ぎた。

 このまま何事も起らず、この快適な屋敷でみっちり勉強すればメイダイ現役合格も現実になるかもしれない。蓮平がそう思っているところへ、同じく勉強を終えたみやのが広間に入って来る。三人おそろいのジャージを着用していた。


 蓮平とみやのは昨夜の一件から互いに意識しあってしまい、しどろもどろになる。

 男女の関係に普通以上に敏感なのか、刀木が二人を上目遣いでのぞき込んだ。


「どうしちゃったのかなあ、お二人さん。おっ、まさかとは思いますが、蓮平ちゃんが深夜みやのちゃんの寝室へ」


 途中でバシッと叩く音が、刀木の頭に響いた。


「イテッ! 誰よ、俺さまの大切な頭脳を刺激してくれるのは」


 振り返ったところにメイド・スタイルの伊里亜が腕を組み、三白眼でニラミを効かせている。刀木はあわてて立ち去ろうとするが、ジャージを伊里亜の指がつかんだ。


「おい、オッサン。若い子たちをからかう暇があったら、こっちへ来て手伝えや」


「あ、あのう、ちょっと用事を思い出して」


 逃げようとする刀木を、引きずるように伊里亜は連れて行った。


 広間にポツンと残された蓮平とみやの。

 互いに下を向いたまま指先でジャージをいじる。


「あ、あのう」


 同時に二人は顔を上げた。


「ど、どうぞ!」


「いえ、蓮平さんからどうぞ」


「いやレディファーストが、家訓なんで」


 再び二人は下を向いてしまった。

 そこへ今日も和服姿の豪天が、姿を現した。


「どうでゃあ、お二人さん。勉強は、はかどっとるきゃーも」


「はい、ありがとうございます。なんだか家で勉強するよりも効率が良さそうで」


 頭をかく蓮平。


「そうきゃあ、それならよかったがね。さあ、お昼ご飯を食べ終わったら訓練に入らないかんでね。しっかり食べやーて」


 わっはっはっ、と笑いながら豪天ごうてんはテーブルについた。

 伊里亜と刀木によって、昼食が運ばれてくる。


「ほう、冷やしきしめんかね」


 カートからテーブルに置かれていくのは、お盆に乗せられたザルに盛ったきしめんと、薬味、鰹節の香り漂うつけ汁だ。

 四人は「いただきます」と食事を始める。


「ほういやあ、このチームをなんて呼ぶか、決めんとかんなあ」


 豪天は麺をすすりながら言う。


「チーム名でありますか、会長さま」


「ほうだて。コードネームとでもいうかしゃん。まさか江戸時代みてゃあに豪天衆、などとは呼べんでねえ」


 蓮平ものど越しのいい麺をすすり、うなずく。

 横に座るみやのがつぶやいた。


「きしめん」


「うむ?」


 豪天の箸が止まる。


「ワタクシ、このような冷たいきしめんをいただくのは初めてございますわ。とっても美味しゅうございます」


 ニコリと笑うみやのを、ジッと見つめる豪天。


「きしめんきゃあ。きしめん」


 バンッと箸をテーブルに置いた豪天が高らかに言う。


「きしめんだてっ! ナゴヤ人なら、ぜってゃあ、ほれだて!」


 蓮平は平らな麺を見下ろした。


「ナゴヤを守る騎士、ほんで三人のメンバーだで、MEN。合わせて騎士MENキシメン! どうでゃあ、みんな」


「映画でX・MENって観ました」


 蓮平は、あの超能力者たちが戦う映画を思い出した。

 みやのが宙に目を向けた。


「それなら固有名詞ですから、THEを付けたらいかがでしょう。そうですわね、もしステッカーなぞをお作りになるのなら、☆マークを入れればなおさらグッドですわあ」


 正義の騎士団がステッカーを作って、敵や見物人に配布するのかな?

 蓮平は想像し、首をひねった。


「『THE騎士MENキシメン』きゃ。それでいこみゃあ」


 こうしてナゴヤを魔の手から守る戦闘チーム、『THE☆騎士MEN』が誕生したのである。


~~♡♡~~


 昼食後一時間の休憩を入れ、体育館集合となる。

 ジャージ姿の蓮平たち三人が陽射しの照りつけるなか、体育館のドアを開けるとすでに伊里亜が待機していた。


 メイド姿から黒帯を絞めた空手着になっており、体育館の真ん中で精神統一するように正座で目を閉じていた。

 ドアの音にゆっくりと目を開ける。


「会長からのご指示で、最低限の闘い方を教えさせていただきますわ」


 キラリと光る瞳。


「ここはひとつ、お手柔らかにぃ。空手の大会で二位をお取りになったとうかがっておりまして。何と申しましても、わたくしは元々頭脳労働が専門でございますし、この蓮平ちゃんは見かけどおりの貧弱な体つき。

 それにみやのちゃんは、まだ高校生二年生のお嬢ちゃんで」 


 そこまで言いかけた刀木は、伊里亜の無言の圧力に思わず口を閉じてしまう。


「ハアッ? よく聞こえなかったけど、オッサン。あんたは特に短期間で鍛えに鍛えてやるぜ。それと」


 伊里亜のドスの効いた声が、キュートな天使の声に変わった。


「わたくしが手ほどきさせていただきますのは、お下劣なおじさまと、蓮平さまだけですのよ」


 言われて蓮平と刀木は顔を見合わせ、次に恥ずかしげにたたずむ、みやのに向く。


「あらぁ、ご存じありませんでしたかしら。昨年度の極真空手東海地方女子部門で、わたしは二位でしたが、こちらにおられるみやのさまが、ダントツ一位の栄冠をお取りになっていらっしゃいますことを」


 みやのは真っ赤になった顔を両手で隠す。


「シエーッ!」


 男二人は叫んだ。この可憐な少女が、一位とは。


 そういえば、と驚愕しながらも蓮平は思い返す。昨日のことだ。刀木が伊里亜に張り倒されたとき、みやのは「パンチ」でも「殴られて」とも言わず、「掌底しょうてい」と言っていたことを。掌底なんて言葉は女子高生がそんなに使うとは思えない。


 蓮平は、みやのから少しずつ身体を移動させていく。それに気づいたみやのはうっすらと大きな目に涙を浮かべた。


「やはり、こんな女子はおイヤですわね」


 ポツンと吐息のように言葉を吐く。事情を知らない伊里亜は「さあ、それでは始めますわ。わたしがこの薄汚いオヤジをお相手させていただきますので、みやのさまは蓮平さまにご指導を、お願いいたしますわ」と事もなげに言った。

 逃げようとする刀木を捕まえる伊里亜。そのまま引きずりながら広い館内を歩いていく。


 またしても二人っきりになった、蓮平とみやの。

 目の前で女子に涙ぐまれた経験など、一切記憶にない蓮平。したがって対処方法がわからず途方にくれる。


「えっ、えーっと、みやのさん?」


 みやのは下を向いたまま鼻をすすっている。

 まずいまずいっ。このままではチームが、『THE☆騎士MEN』が立ち行かなくなる。

 蓮平はググッとお腹に力を込めた。普段は力を入れると即トイレ、となるが、ここは我慢のしどころだ。


 実は一目会ったとたん、僕はあなたに恋をしました! どうか僕とお付き合いしてください! 心が叫べと言う。当たって砕けろ、と命令してくる。

 男じゃないかっ。言うんだ蓮平!


「みみみ、みやのさん!」


 カミながらも蓮平は握った拳に力を込めた。


「みやのさんっ! 僕に空手を教えてください!」


 ダーッ、違う! そうじゃない! 空手なんてどうでもいいから、告れ! 心が叫ぶ。

 みやのは涙にうるんだ目を大きく開き、蓮平を見上げた。


「えっ? こんな女子でも、よろしくって?」


「もちろんです。僕はみやのさんと一緒に、ナゴヤを守りたいから!」


「まあっ」


 みやのの表情が、まるで好きな男性から愛を告白されたかのように、パーッと頬を上気させる。


「嬉しいですわぁ、蓮平さま」


 涙に潤む大きな瞳が、愛らしい笑顔に変わる。

 それに反し、蓮平は心底己の気弱さに怒りを覚えた。

 ところが妙な威圧感が迫り、ふと顔を上げた。


「さあ、それでは蓮平さま。早速始めましょう」


 可憐でいじましく、涙を浮かべていたみやのの姿が消えていた。内また気味で愛らしくたたずんでいたのが、大きく脚を広げ、右手を軽く前に差出し左手を腰の位置で構えている。

 しかも、目尻がクワッとつり上がり威嚇するような眼差しで蓮平を睨んでいるのだ。


「えっ、えっ」


 コ、コワい! たじたじと腰から後ずさりし始める蓮平。


「構えてっ」


 スイッチの切り替わった清純な乙女は、一転して拳士になっている。発せられた声だけで、蓮平は吹っ飛びそうな気配だ。


「いきますわよ!」


 みやのの瞳が獰猛な光を宿し、高く舞い上がった右脚が蓮平めがけ鞭のようブゥンッと放たれる。


「ヒーッ!」


 蓮平は思わず頭をかかえてしゃがみこんでしまう。


「逃げるなっ!」


 みやのは張りのある声で叱咤する。続けて左脚、右脚と連続で蓮平に向け、当たったら間違いなく即死すると思われそうな回し蹴りを見舞ってきた。


「みみみ、みやのさーんっ、待って待って待ってーっ」


 顔面蒼白の蓮平はこの時、愛の告白をしなかったのは、あながち間違いではなかったのじゃないかと真剣に思った。


 刀木の断末魔の悲鳴が聞こえる。伊里亜は特訓と称すも、もはやリンチに近い一方的な攻撃でボッコボコにしているようだ。


 こうして野郎二人は、天使の仮面を脱ぎ捨てた闘いの女神ミネルバたちに、地獄へと誘われていったのであった。


~~♡♡~~


 熱田神宮あつたじんぐうはナゴヤ市南部の熱田あつた区に建立している。

 森に囲まれた広大な敷地内には本宮をはじめ、結婚式場である熱田神宮会館、愛知あいち県神社庁の施設も併設されていた。

 八月八日に神輿渡御神事しんよとぎょしんじと呼ばれる祭典が本宮にて執り行われる。これは天慶二年、平将門たいらの まさかどが下総に謀反を起こした際に藤原忠文、源経基らは天皇の勅(天皇のお言葉)を奉じ、熱田神宮に逆賊誅伐祈願を行ったことに由来する。


 真夏の陽射しが照りつける正午前。

 森では蝉が暑さをさらに倍加させようと、懸命に鳴いていた。

 祭典以外にも、様々な神事で訪れる参拝者は多い。


 早朝より本宮に集まっていたナゴヤ市の東西南北を司る神社の宮司たちは、すでに戻っていた。


 参拝者のなかに何かの祈願成就で足を運んできたのか、黒い和服姿の女性が日傘を差して正門をくぐって歩いていく。さして不審な出で立ちではない。

 ただ日傘はまるでその女性を隠すように差されていた。すれ違う参拝者に顔を見られないようにする為なのだろうか。

 女性はゆっくりとした歩調で進む。


 正門から入ってすぐの左手側に別宮八剣宮べつぐうはっけんぐうの建物があり、奥には青々と茂った木立が並んでいた。

 本宮で参拝を終えた帰り道に立ち寄る人体の姿がある。女性は本宮に参拝する前に先にこちらに足を向けた。


 ところが参拝するどころか、一般客が立ち入らない奥の林のなかへ真っ直ぐ進んでいくのだ。誰も気にとめはしない。それほどあっさりと歩いていく。そのまま女性は戻ってくることはなかった。


~~♡♡~~

 

「ほうかね。なるほどのう」


 豪天は自室で電話を受けていた。

 執務室をかねており二十畳近い広さで、壁には備え付けの書架があった。経営や経済の専門書が並べられている。上質なマホガニーの突板と本格的なグレージング仕上げの高級デスクに向かい、革張りの椅子に身をゆだねていた。

 部屋の中央には高級革ソファに、デスクと同じ材質のテーブルが置かれている。

 南に面した窓から強い陽射しが差しこんでいる。


四神ししんのご神体が狙われたちゅうことは、奴らが次に襲うのはおみゃーさんのところで間違いないな。よっしゃ、わかったって。こちらも迎える準備はほぼ整っておるでなも。

 ふむ、一応県警にゃあ、おみゃーさんから連絡しときゃあて。まあ『金鶏きんけい』の連中が、どの程度の力を持ってやってくるかわからせんでね」


 受話器を置くと、豪天は厳しい眼差しで宙を睨んだ。

 ピンポンパンポーン、執務室のスピーカーが鳴り、伊里亜が昼食の準備が整ったことを告げる。


「まあはい、昼かね」


 豪天は立ち上がった。


 広間ではメイド・スタイルの伊里亜と、すっかりエプロン姿が定着した刀木がテーブルの上に料理を並べていた。勉強を終えた蓮平、みやのもすでに着席している。三人はジャージ姿だ。


「ほほう、今日はあんかけスパゲティだが」


 豪天は挨拶するメンバーに、微笑みながら着席した。

 伊里亜が各自の前に、冷製ポタージュのカップを置く。


「はい、会長。本日のお献立は、ミラカンにスープ、あとは付け合せのサラダでございますわ」


 ミラカンとは玉葱、ピーマンを炒め、赤いウインナーを乗せたあんかけスパゲティのことだ。


 豪天は蓮平と刀木の顔をながめ、「鍛えとりゃあすな」と声を掛けた。

 二人の顔には絆創膏が幾枚も貼られている。刀木にいたっては、左目部分が青いアザで縁どられていた。


「もうね、会長さま、こちらにおわす伊里亜師匠の手荒いこと手荒いこと。わたくしなんて、もう毎日サンドバック状態でございますよ」


 刀木が訴える背後から、伊里亜が手にしたトレイをわざとぶつける。ガイーンと金属音が響いた。


「まあ、刀木さまったら。大げさなんですから」


 伊里亜がソプラノの声で一同に告げるも、その目はギロリと刀木を睨んでいた。

 カップスープを口に含んだ蓮平が「痛ッ」と顔をしかめる。みやのの正拳をまともに顎にくらい、口の中が切れているようだ。

 敏感に気付いたみやのは、泣きそうな表情で蓮平をこっそりうかがう。


「うん? ああ、大丈夫だよ、みやのさん。これくらいどうってことないさ」


「で、でも」


 今にも大粒の涙がこぼれそうなみやの。スイッチがオフの時は、これほど可愛い女の子はいない。蓮平は思う。オフの時は、だ。


「ところでよう、諸君」


 笑顔が消えた豪天に、三人の視線が注目した。


「さっき、アツタさんから連絡があった。どうやら一両日にも『金鶏』の連中が襲ってくるかもしれん」


「ということは、陣は、もうすでに」


 蓮平は口にふくんだスープを飲み込む。豪天が口を結びうなずいた。


「どうやって陣を捜したのかは知らんがよ。諸君ら、『THE☆騎士MEN』の力を借りる時がやってきたようだぎゃ」


 蓮平は豪天の言葉を受け、武者震いが起きた。それは正義の心なのか、それともコワいからなのか。多分一対九の割合で後者であると思ったようだ。


~~♡♡~~


 愛知あいち県警本部の捜査一課メンバーは、課長を筆頭に会議を持っていた。

 捜査一課は放火による犯罪も担当しており、市内で発生した四件の神社出火に関わる事案を追いかけているのだ。


 昼前に熱田神宮より、警備依頼が入る。まだ放火されたわけではないが、熱田神宮といえばそこらの神社とは格が違う。そこで二名の刑事が、所轄の警察官とともに警備にまわることになった。


 二名の刑事が本部を出たところで、待ち構えていたように加茂かもが声をかける。

 加茂は現在公安が捜査している案件で、どうやら一連の放火事件と関連性があるかもしれないことを臭わせた。

 刑事たちは同じ警察官であることから、熱田神宮の警備依頼を話した。


「ふーん、そうかい。今度はアツタさんかもしれんのか。で、今から行くのかい。

 もしかすると、こっちのヤマと重なっているかもしれんなあ。

 わかった。万が一アツタさんで俺に会っても、そういうことで公安も動いてるってことだからな。気いつけて頑張ってくれや」


 加茂はポンとひとりの刑事の肩を叩き、きびすをかえすと歩き出した。

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