第6話 動き出す、妖術者

 相変わらずの熱帯夜。


 熱田神宮あつたじんぐうの敷地内は午前零時を回る頃には、さすがに詣でる人影はなかった。


 警備会社から派遣された中年の警備員は外灯が照らす境内を、懐中電灯を持ち、歩いている。夏用の制服姿だ。時折手をふるのは、飛んでくる藪蚊を追い払うのであろう。

 神宮の周囲を囲む国道からトラックやタクシーの走行音が聞こえるが、やはり広い境内の中にいると静寂さがかえって鮮明になる。


 ゆっくりと歩を進める警備員の耳が異音を捉えた。林の奥だ。土を掘り返すようなボコッボコッという音。

 不審げな表情を浮かべ、左手に懐中電灯を持ち替えて右手で腰につるした警棒をさわりながら音のする方向へ歩いていく。


 クヌギやマツの生い茂る奥へ光を向けた。

 ボコッ、ボコッと音が大きくなる。まさか都会の真ん中で猪でもあるまい。

 そう思いながら、用心のため警棒を抜く。

 懐中電灯の光がある一点で止まった。

 樹木の間には熊笹が密集しているのだが、その下部の土くれが上に向かった跳ねているではないか。

 まるで地面の下からスコップで掘り返すように、ザンッザンッと吹き上がる土。

 その周囲には人間も動物もいない。


 警備員はトランシーバーで異変を伝えようとしたとき、大地に底から黒い塊が突き出た。それは明らかに人間の頭部であった。続いて白い生腕がのぞき、土を持ち上げて飛ばしているのがわかる。


「ひっ!」


 警備員は悲鳴を飲み込んだ。

 人間が墓場から蘇るゾンビのように、大地から這い出ようとしている光景に出くわしてしまったのだ。

 懐中電灯の丸い光の環が、顔を浮かび上がらせた。

 ショートカットの女が細い目に笑みを浮かべ、えらの張った顔が動いた。


「おやまあ、お出迎えかいな。土の中は冷たくて気持ちがいいよう」


 それは瀬織津せおりつと呼ばれていた女であった。瀬織津は土を飛ばしながら上半身をのぞかせる。黒い和服姿だ。

 蛇に睨まれた蛙のように、警備員は硬直したまま動けない。

 瀬織津は水面から上がるように、器用に全身を大地から抜けださせた。犬がするように全身をふるうと、着物にまとわりついていた土がはじけ飛ぶ。


土煙化どえんかの術さね。蝉も死ぬまで大地の中で一生暮らすほうが、楽なのに」


 熊笹を踏みながら近づいてくる。警備員はそれでも動けず、痙攣を起こしたように身体が震えている。


「生けるものすべて土に還る。せっかくだから、土の中でゆっくりお休み」


 瀬織津は黒い袖から真っ白な二の腕をのぞかせ、警備員の両肩にそえた。


「な、な、なにを」


「何をするって? おほほっ、こうするのさ」

 グジュ、警備員の足元から音が聞こえる。グジュッ、グジュッ、泥沼に踏み込むような粘着質の音。


地陰獄ちいんごく禍磨螺カバラの術よ」


 警備員の身体が地面に沈んでいく。腰まで埋まった時点でようやく警備員は悲鳴を上げた。だがその声が響き渡る前に、頭部まで大地に飲み込まれていた。


「ああ、気持ちいいだろ、冷たくてさあ」


 瀬織津が両手を地面につけた時には、警備員の姿は完全に土の中に埋まってしまっていた。

 しゃがんだ体勢から、ゆっくりと立ち上がる。


「さあ、宴の始まりだよう」


~~♡♡~~


 プレハブで建てられた警備員詰所。エアコンがフル回転し、派遣された警備員が三人、ビニール地のソファで仮眠を取っている。五名の警備員が、交代で神宮内を見回っているのだ。現在は二名が巡回中である。


 簡易テーブルに置かれたトランシーバーが鳴った。

 ひとりが目をこするながら持ち上げる。時計に目をやるとまだ午前零時を十分ほど過ぎていた。まだ交代ではない。しかもトランシーバーが鳴ったということは、何かあったのか。


「はい、こちら詰所。どうぞぉ」


「た、大変だ! みんな、早く来てく」 


 そこで悲鳴に変わった。残りの二人もすでに目覚めている。


「おいっ! どうした!」


 だがトランシーバーからはザーッと雑音しか聞こえてこない。三人はすぐに目をこすりながら懐中電灯を握り、詰所を跳び出した。


「どっちのほうを周ってるんだっ」


本宮ほんぐうか?」


 三人が口々に叫ぶ。


 いかずちのような明滅が右手側、正門の方角に光った。空からではない。森の奥から、緑色、青色の光が空に向けて放たれたようだ。

 警備員たちは駆けだす。あんな光り方は尋常ではない。


 アスファルトの敷かれた小道を走る。左右には樹木が切り絵のように黒く広がっていた。また光が放たれた。

 先頭を走る、若手の警備員がつんのめるように立ち止まった。続く二人がぶつかる。


「どうしたっ」


「あれ、あそこに誰かいます!」


 若い警備員が、外灯の照らす明かりの陰を指さす。班長格らしき年配の警備員が二十メートルほど先をうかがう。

 いる。どうやら人らしい。それもかなりの数だ。十人どころではない。

 やんちゃな若者たちがたむろしているのかと、声をかけた。


「おい、君たち、そこで何をしている! この時間は立ち入り禁止だぞ」


 ところが人影たちはまったく無反応である。それよりも先ほどからほとんど動いていないことに、もう一人の警備員が気づいた。

 もしやマネキン人形でも大量に違法投棄されているのでは、と考え再び早足で近づいていく。外灯の明かりだけではよく把握できないため、警備員は手にした懐中電灯で照らしながら。

 浮かび上がった集団の人影は、マネキン人形ではなかった。


「な、なんだぁ?」


 そこには戦国時代の侍たちが大勢立っていたのだ。身に着けているのは甲冑だ。

 小札こざね(牛革や鉄の小片)を威毛おどしげで綴った武装である。

 威毛とは、鎧のさねをおどした糸や革のことである。おどしとは、札の孔に紐を通すことを指す。また威すとは、色糸やなめし革の紐を用いて縦方向に連結することをいう。脅し立てた緒の居並ぶ様子が鳥の羽毛に似ていることから「威毛」と呼ぶ。


 まさか映画やテレビの時代劇撮影か。しかしそんな話を警備員たちは聴いていない。

 そのうえ立っている男たちの表情を見て、三人の警備員は戦慄に震えた。

 まげを落としたざんばら髪、痩せ細った顔に生気は無く、無精ひげにおおわれた顔は濁った灰色なのだ。なかには骸骨そのもの顔で、真っ黒な眼窩にむき出しの歯がのぞいている。

 生きている人間にメイクしたとしても、これだけリアルにできるものなのだろうか。まさか、落ち武者の生霊? 


 警備員のひとりが持つ懐中電灯の光が、ブルブル震えながら侍たちの足元を瞬間浮かび上がらせた。


「あれは!」


 敷かれたアスファルトに誰かが転がっている。しかも水をまいたかのように、地面が染みているのだ。誰かはすぐにわかった。同じ警備員の制服を着ていたからだ。背中が十文字に斬られており、おびただしく飛び散った血が生々しい。


「ヒッ」


 若い警備員が悲鳴を漏らす。


「おやまあ、まだいたのかい」


 女の声が、侍集団の奥から聞こえた。


「大丈夫さあ。あんたたちもすぐに楽にしてあげるから」


 侍たちを押しのけるように姿を現したのは、瀬織津であった。


「だ、だ、誰だっ」


「そんなこたあ、どうでもいいさね。

 この連中が気になるかい? おほほほっ。教えたげるよ。大昔にここら辺りで命を落とした霊魂を、禍磨螺の秘術、怨業穣おんぎょうじょうで大地の奥から引っ張り出したのさ」


 瀬織津は袖からのぞく二の腕で、立ち並ぶ怨霊たちを披露する。

 戦国時代に戦で殺され朽ち果てた、無縁仏の侍たち。よくみれば身に纏う甲冑は色あせ破れ、無残な姿である。だが手にした刀だけは、ギラリと不気味な輝きを放っていた。


「ここのおやしろに奉納されているご神体、そいつを焼かせてもらうよう」


 瀬織津が舞うように、指をさす。

 現実離れした恐怖に陥った警備員たちは、もはや逃げる気力さえ消失し、抗う気力も霧散したかに見える。


 瀬織津が白い指先で印を結び、口元を動かす。

 落ち武者の集団が一斉に刀を振り上げた。三人の警備員はようやく呪縛が解かれたように悲鳴を上げ、きびすを返して逃げだした。


 ゆらりと身体を傾け、落ち武者たちが動き出す。霊魂だからといって浮遊するわけではないようだ。瀬織津の使う怨業穣により、重量を持つ実体となった。だが意思を持たず、しゅである瀬織津の命ずるまま動いているのである。

 瞳に生の色は無く、欠落した表情で警備員の後を追いかけ始める。重い身体を引きずるような遅い足取りで。


「おほほほっ、逃げても構わないさ。目的はここのご神体だからね」 


 細い目がしなった弓のように不気味な形となり、瀬織津もゆっくりと歩き出した。


「た、助けてくれーっ」


「誰か、誰か応援を呼んでくれっ!」


 参道を逃げる警備員。後方から追いかけてくる落ち武者の怨霊たち。

 第一鳥居をくぐり参道右手、楠之御前社くすのみまえしゃの北側に鎮座する徹社とおのすやしろが視界に入った。


 今度はその徹社の陰から、新たな人影が走り出した。

 先頭を走っていた若い警備員が、つんのめるようにして立ち止まる。


「ヒッ! で、出た」


 三人の警備員は立ちすくんだ。

 外灯が現れた人影を照らし、その姿を浮かび上がらせた。

 落ち武者ではなく、ジャージを着た三人の人間だ。


「ここからは我々に任せてちょーだい」


 真ん中の男が鼻息荒く、腰に手を当て言う。刀木かたなぎであった。


「さあ、早く逃げて下さい」


 蓮平れんぺいが本宮方向を指さす。


「みなさん、あれは昔のお侍さまではございませんか?」


 背伸びするように警備員たちの背後を指さしたのは、みやのである。

 わけがわからず、それでも警備員三人は口々に喚きながら再び走り出した。


「だけど、本当に現れるとは」


 蓮平は逃げ出したくなる心を押さえるように、拳を固める。

 警備員が走り去ると、とたんに腰が引けたように刀木が辺りを見回した。


「えっと、とにかくだ、美麗みれい所長さまのお創りになった武装を信じてだな。ちょっとこの場は蓮平ちゃんを先頭に、立ち向かっていこうか」


「はっ?」


「いや、だってこの俺は誰がどうみても隊長でしょ。隊長は司令塔なんだからね。

 あっ、それよりも腕に覚えのあるみやのちゃんに、レディファーストということで」


「それはまずいでしょ、隊長。年長者がまずお手本を見せなきゃ」


 男性二人が言い合っている間に、瀬織津に操られた落ち武者たちが近づいてきた。


「えーいっ、三人で行きますわよ!」


 みやのが肝の座った力強い声音で叱咤する。


「はーい」


 蓮平と刀木はしょんぼり肩を落とし、みやのをチラ見した。


 ざっと数えても三十体以上いると思われる、生けるしかばねたち。

 瀬織津は前方に立ちふさがる三人を視界に捉えた。


「おやあ、いったいどちらさんかしら。斬られたらさあ、死ぬよ」


 蓮平はもう一度拳を握りしめ、お腹に力を込める。グルグルッと鳴るが、ここは我慢しなければと、額に一筋の汗を流した。

 落ち武者との距離が十メートルを切った。


「いきますわよ!」


 みやのが掛け声を上げた。


「アームドッ」


「アンド」


「レディーッ!」


 キーワードがマルハチを起動する。

 流動型ナノ膜が三人の身体を包んでいく。

 その光景を目の当たりにした瀬織津は立ち止まり、口元で指を振る。動いていた怨霊の脚がストップした。


「なに、あれは?」


 細い目に青色、黄色、紫色の輝きが写る。

 五秒後、全身を装甲した三人が立つ。左側に立つ黄色いみやのが叫んだ。


「『THE騎士MENキシメン』! ワタクシたちはナゴヤを守る、近代科学が創りし正義の騎士団でございます!」


 真ん中の青い刀木があわててみやのを振り返る。


「みやのちゃーん、先に言っちゃあダメよ。そのセリフは隊長であるこの俺がさ」


「さあっ、いきますわよー!」


 刀木を無視してみやのは駆けだした。それに蓮平、刀木と続く。

「はーん、なんだかわからないけど。まあいいわ」


 瀬織津は胸元で印を切った。

 停止状態であった落ち武者たちが、再び動き出す。しかし今度の動きは早かった。生きているかのようにそれぞれが刀を構え、意思を持ったかのように足音を鳴らして走り来る。

 みやのは迫る落ち武者を正面から捉えた。左手の指を揃えて胸元で構え、右手拳を握ると腰だめにする。


「ハイッヤッ!」


 鋭い気合を発し、振り下ろされた刀をかいくぐると落ち武者の顔面に正拳をくらわせた。ガキッと音がはじけ、顔面が九十度近く曲がる。みやのはすかさず半身になると、右脚で大地を蹴り身体を回転させながら後ろ回し蹴りを見舞った。

 ガシャーンッ! 鎧の武具が飛び散り、落ち武者は首を傾けたまま吹き飛ぶ。


「す、すごい」


 蓮平はみやのの闘いぶりに、感嘆の声をあげる。


「あれって、パンティが丸見えじゃねえのぅ」


 同じく刀木は蓮平の背後に隠れるようにしながら、背伸びしている。


「そんな変態妄想してる暇があったら、早くやっつけましょう!」


 蓮平も実は同じことを頭に浮かべていたため、ヘルメットの中の顔を赤らめていたのだ。

 その間、落ち武者たちは次々とみやのに襲いかかる。


「やばいっ」


 蓮平は「ムーブッ!」と叫んだ。


 一陣の突風が落ち武者の群れに吹く。ドシャッ、ドシャッと金具がぶつかる音と共に、数体の落ち武者が宙に舞い上がった。

 加速した蓮平が、みやのを襲う怨霊どもを弾き飛ばしたのだ。


 レンズには暗視機能も搭載されているのか、蓮平には真昼のように見える。しかも高速で動いても対象物を残像として正確に映しだすため、あとは赤いラインに向かって拳を突き出すだけでいい。


 落ち武者たちと蓮平の身長差も有利であった。戦国時代、男性の平均身長は百五十五~七センチである。蓮平からすれば、頭ひとつ分以上低い背丈の相手たちなのだ。

 格闘技においてすべてではないが、相手を見下ろせるというのはそれだけでもプレッシャーが軽減される。

 繰り出す正拳は面白いように当たり、素人の蓮平でも充分に戦えた。


「蓮平さまっ」


 インカムから、みやのの嬉しそうな声が聴こえる。


「さあ、やっちゃうぜ」


 蓮平は砂煙をあげるように急停止すると、振り返った。


「よっしゃあ。ようやくここで大本命、俺さまの登場だ」


 刀木は右手を振り「ソードッ」と叫んだ。


「いやああぁっ」


 足をもつれさせながらも、刀木は落ち武者のなかへ走り込む。


 この二週間、それこそ付け焼き刃ではあるものの、三人はマルハチをなんとか使いこなせるようになっていた。


「なんだい、こいつらは?」


 目で三人の動きを追いながら、瀬織津はつぶやいた。


「こんな連中がいたなんて、聞いちゃあいないわよ」


 それでも陣を破り禍磨螺の秘術を使える以上、この町でもう恐いモノなど何もないのだ。

 新たな印を結ぶと、瀬織津は叫んだ。


「何奴かは知らないが、おまえたちも排除してあげるっ」


 落ち武者の動きが早くなる。倍速で録画を流すように、蓮平たちに攻撃を加えてくる。抜身の日本刀は恐怖心をあおる。


 蓮平は震えて尻込みする気持ちを振り払っていた。加速と減速を交互に繰り返し、みやのに手ほどきを受けた正拳で、落ち武者を殴り飛ばす。脳震盪を起しそうな動きであるが、ヘルメット内の機能が三半規管をコントロールしてくれる。

 美麗の思惑通り、人間の身体に眠る潜在能力を装甲は引出し、圧倒的な戦闘力に変えた。


「ウラアッ」


 蓮平は、考えるよりも先に身体が動くことに驚いていた。瓦一枚割れない拳が、装甲のパワーで落ち武者の鎧を吹き飛ばしていく。


「ウイングッ」


 みやのの背中を覆ったナノ膜が、硬質のマントに変化する。


 シューッ! ブーツが鋭い噴射音をたて、みやのの身体を勢いよく宙に飛ばす。

 空中でいったん停まると、今度は頭を下にして大地に向かった。


「ソード!」


 みやのの右手が刀に変わり、鷲や鷹の猛禽類もうきんるいが獲物を狙うように急襲していく。


「おっしゃあっ」


 刀木はソードを滅茶苦茶に振り回し、迫る落ち武者を切りさばく。型もへったくれもあったものではないが、ソードは美麗が言っていたように、とんでもない切れ味を持っていた。

 首や腕をはね飛ばされた怨霊は、もちろん鮮血を迸らせることなく消滅していく。


 すでに半分以上の落ち武者は、影も形もなくなっていた。

 一体、また一体と消える怨霊。

 蓮平の視界に闇に隠れるように和服の女、瀬織津が映った。


「刀木の、おにいさんっ」


 ヘルメット内のインカムで刀木を呼ぶ。


「隊長と呼びたまえ、隊長と。んで、なによ?」


 刀木は左腕をシールドに変え、落ち武者の刃を防ぐ。


「こっちに和服の女性が立っています!」


「綺麗かっ」


「はっ?」


「その和服の女性は、美しいかと聞いておるのだよ!」


「えーっと。よくわかりませんけど、美麗所長のほうが多分綺麗じゃないかと」


「よっしゃあ! じゃあ、任せる」


「何を?」


「決まってるじゃないの、蓮平ちゃん。俺は隊長で司令塔なんだから、そっちの和服女がナニモノなのか、きみが問いただしたまえ」


 蓮平はムーブオフにし、しばらく宙を見据えて黙り込んだ。この刀木という男と一緒にチームを組んでいくことに、幾ばくかの不安をいだいたか。


「二十分、経過シチャッタヨーン」


 いきなり耳元で粘着質な機械音が響き、蓮平は驚いて辺りを見回す。これは、みやのと刀木も同じであった。


「残リ時間ヲ、カウント、シチャオッカナア」


「これって、美麗所長が言っていた注意事項?」


「どうやら、そのようですわ! 蓮平さま」


「しちゃおっかなあって、おかしくねえ? この合成音は誰が作ったんだよ」


 三人は急いで残りの落ち武者を掃討すべく、動き出す。


「チッ、チッ、チッ、後十九分十五秒、チッ、チッ、チッ、後十九分十秒、チッ」


 ヘルメット内のタイマーが、わざと焦らすように小刻みに残り時間を告げる。


「エーッ!」


 近代科学の粋をもって創造された武装マルハチ。『金鶏きんけい』の繰り出す攻撃に対し有効かと思われていたが、万能ではなかった。

 落ち武者たちは瀬織津に操られ、蓮平たちに容赦のない猛攻を仕掛けてくる。

 空中からみやのが、地上では加速した蓮平が体術とソードで応戦していく。


「チッ、チッ、アア、ナント、残リ時間ガ五分ヲ、切ッチャイマシタ、チッ、チッ」


「ダーッ! これじゃあ時間が気になって頭がパニックになるっ」


 刀木はソードとシールドをリターンにした。


「チェッ、ここはやはりこの俺さまが切り札になるしかねえってか!」


 伊里亜いりあに叩き込まれた空手の技は、はっきり言ってまったく身についていない。刀木は「フシューッ」と息吹で精神を統一する真似をし、両腕を腰だめにした。


「こうなりゃ、一網打尽だいっ」


 ウオオオッ! 刀木は両腕を広げ、ダッと走り出す。


 青いきらめきが参道を駆けた。一体、また一体と刀木は両腕に落ち武者を抱えながら、投網で魚を獲る要領で残った落ち武者を捕まえて走る。五トンの重量を持ち上げることのできる装甲にとって、苦もない作業だ。


「デエエエィ!」


 刀木は叫びながら鎧武者数十人を持ち上げた。


「さあっ、みやのちゃん、蓮平ちゃん! こいつらを投げるから、やっちゃって!」


「了解ですっ」


 重力を断ち切られたかのように、落ち武者たちが宙に舞った。

 すかさず蓮平はムーブオンで、みやのは空中からソードを縦横無尽に払う。

 首や胴体を両断された落ち武者たちは、闇に溶け込むように霧散していった。


「チッ、チッ、オオット、ココデ残リハ、九十秒ダヨーン、チッ、チッ」


 地上十メートルの高さから、ウイングオフにしたみやのはそのまま参道わきに片膝をついて着地する。蓮平もムーブオフで膝に手を置き、肩で息をした。


「わっはっはっ、さすがは隊長だよな。最後をきっちりしめるなんざ、自分で自分を褒め讃えたいぜ」


 誇らしげに腕を組み、豪快に笑う刀木であった。


「チッ、チッ、チーン! ハーイ、タイムアップ、オッ疲レサーン」


 ヘルメットの中で嫌味な音声が響き渡った直後、三人の身体を覆っていた流動型ナノ膜がゲル状に変化し、胸元のペンダントへ戻っていく。


「この音声さあ、なんとかならんもんかねえ」


 刀木はペンダントを睨みつける。


「あの、蓮平さま、どうかなさいましたかしら」


 ジャージ姿に戻ったみやのは、後方を見つめる蓮平に声を掛けた。


「いや、さっき見た和服の女性が消えたんだ」


「女性、ですか?」


「うん。あのお侍たちを、後ろからじっと見てたんだ」


「ああ、蓮平ちゃんが言ってた、綺麗じゃ女ね」


「えっ、蓮平さまはあの闘いのなかででも、女の人となると容姿を気にされてしまうのですか?」


 みやのはやや目を細め、冷たい視線を送る。あわてて蓮平は手を振った。


「違う違う、違いますって! もう、刀木さん、どうしてそういう勘違いされるような言いかたするんですかっ」


「ほっほっほ、蓮平ちゃん、みやのちゃんの前でカッコつけなさんな」


 みやのはじりじりと蓮平から離れようとする。

 その時、本宮の方向から懐中電灯を持ち、こちらに走ってくる足音が響いてきた。

 外灯に浮かぶ影から、どうやら警官隊であるらしい。

 刀木は思案気に眉を動かし、蓮平とみやびに囁いた。


「ここでのことは、隊長である俺がおかみに報告するから、きみら先に戻っていてちょうだい」


 三人は熱田神宮までは、伊里亜が運転する自動車で来ていたのだ。

 伊里亜は神宮正門脇の道路で待機している手筈である。


「ほら、こんな深夜に高校生が徘徊していたら、まずいじゃん」


 蓮平とみやのは顔を合わせる。確かに刀木の言うとおりかもしれない。


「わかりました。それで刀木さん、帰りはどうするのですか?」


 すでに刀木の頭の中には、次の展開が閃いていた。

 熱田神宮を悪者から守った、正義の使者。警官たちは尊敬の眼差しで刀木を称賛し、貴賓のような扱いで警察署にてもてなしを受ける。その後、詰めかけた報道関係者たちを前に、厳かな口調で活躍ぶりを説明する。

 帰りは県警本部長か、市長が使う高級車にて送迎。


「じゃあ、そういうことで。ああ、テレビ局や新聞社には俺が説明しておくから。

 ささっ、行って行って」


 汚いオトナの世界をまだ知らない純粋な男女の高校生は、刀木の思惑通りにその場から走って行った。


「よっしゃあ。ここからはこの刀木鋭作さまの独壇場オンステージ

 おーい、警官しょくーん! こっちよ、こっち」


 刀木は両腕を振り、警官隊を出迎える。

 ザッと靴音を響かせ、警官隊が刀木の立つ位置からはるか前で止まった。


「うん?」


 刀木は外灯に浮かぶ警官たちをいぶかしげに見つめる。

 十名強の制服警官、三名の私服刑事が険しい表情で刀木を凝視し、かつ全員がその手に拳銃を構えたいた。


「いやいや、いまさらピストル出しても遅いよう。あのね、悪い奴らはすでにさ」


「動くな!」


 私服刑事らしき男が叫ぶ。


「ちょ、ちょっと、なんでこの俺にピストル向けるのよ」


「いいかっ、絶対に動くなよ。現行犯だからな」


「何言ってんの、おたく。犯人はもう俺たち、いや、俺がさ、消してやった」


 刀木が言い終わらないうちに、取り囲んだ警官たちが一斉に飛びかかってきた。

 上から抑え込まれ、刀木はうつ伏せに倒された。


「エーッ! エーッ、違う違う、俺が何をしたっていうの」


 左顔面がアスファルトに食い込む。


「アツタさんを狙うたあ、ふてえ野郎だぎゃあ、この連続放火犯め」


 かたわらに立つ刑事がいきりたつ。


「大変ですっ、向こうに警備員が鋭利な刃物ようなもので殺されております!」


 所轄の制服警官があわてて戻ってくる。


「なにーっ、こいつ、建造物等放火の上に、殺人容疑だがね」


「ちょーっとー! おたくたち、勘違い勘違いだってーの!」


 刀木は抑え込まれたまま、悲鳴のように喚いた。


「おいっ、手錠!」


 刑事が制服警官に命じる。


「午前一時十八分、緊急逮捕だて! おとなしくしやあっ」


 必死に抵抗を試みる刀木であるが、現役の警察官に腕力で勝てるはずはない。


「いやあ、これで一安心だがね。加茂かも警部補」


 私服刑事がかたわらに立つ加茂に言う。


「ああ、そうだな」


 加茂は眉間にしわを寄せたまま、視線は正門側を向いていた。


~~♡♡~~


「いったい何奴だ、そいつらは」


 淡く灯る燈明皿の光に顔を浮かび上がらせたのは、大禍津おおまがつの禿げ上がった顔である。


「さあってねえ。私が甦らせた霊魂たちを片端から消していくなんざ、どこかの術者だろうけど。今までそんな連中がいるなんて聞いていたかい? 枉津まがつ


 瀬織津のえらの張った異形が浮かぶ。

 鳥の羽をあしらった仮面を着けた男、枉津は首を振る。


「遠い昔に機尾きび一族が我々に手出ししたというが、すでにその血は絶えているはず」


「それじゃあ、熱田の神体は手付かずかよ!」


 唸るように声を荒げるのは、猿顔の八十禍津やそまがつだ。

 枉津は軽く首を振った。


「なに、ご神体などは後からいくらでも片づけられるさ」


「そうよなあ。陣が消滅した今となっては、我々はいくらでもあの地へ入ることができる。鯱王しゃちおうの陣さえなければ、我々『金鶏』に抵抗できる下賤の民など皆無」


 大禍津は鼻にかかった低い声で言う。

 鼻息を荒くしながら八十禍津が歯をきしらせた。


「ではいよいよ決行だなっ」


「うむ。始めるようぞ」


 大禍津の言葉に他の三人は首肯する。


「瀬織津の次は、この俺が出るぜ」


 八十禍津が牙のような犬歯をむき出し、立ち上がった。

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