花咲爺さんの物語には、様々な意味が込められているといいます。
桜という花自体が彼岸と此岸の間に咲くというモチーフと見られること。
これは春の一時に華麗に咲くという儚さから日本人が想起したものです。冬から春へと移り変わり、生命が再生する、その象徴。
死の象徴である灰を撒いて花を咲かすというのは、死と再生の物語でもあります。
思春期の主人公が出会う出来事や葛藤、そこからの再生。
子供である自分が死に、その灰から生まれる自己という存在。
それはまさに、「青春」が花咲くプロセスのストーリーであると言えます。
…なんて色々な解釈と講釈を垂れたくなるくらい、完成度の高い物語です。
御伽術師という設定がストーリーと人物とに綺麗にかみ合い、歯車が回る様に目が離せず、一気に読みきってしまいました。
現代の花咲師。
それはきっと、人が先へ進むためにあるものなのだと思います。
物凄く面白かったですし、最後はうるっとさせられました。
「桜庭灰慈は花咲師としての能力以外、
顔も勉強も運動もすべて平均レベルの普通の高校生」
と、あらすじに書かれているように、
ごく普通の高校生である主人公の日常が、淡々と描かれます。
この「淡々と」が、実はクセモノ。
本作における、見事なまでの「淡々と」のイメージが、
作者の筆力の高さによって成立しているからです。
平坦な日常を過不足もなく、さりとて大仰になることもなく、
サラリと描き出している筆致は読みごたえ十分。
「カク人」にとっての見本にもなりそうです。
ピンクの髪をした少年・灰慈。
ハーフの美少年・ツヅラ。
そして、謎多き少女・水川。
レビュー時点で、これから何か事件が起きようとしています。
彼らの活躍を、最後まで見守りたいと思います。
宣伝文句の「等身大」。この言葉に嘘はない。
どんなに不思議な力があっても、どんな家庭環境でも、結局みんな一人の高校生であることに変わりはない。どこまでも自分の信じるように、真っ直ぐ自分を生きていくしかない。
そんなことを感じた作品でした。みんな芯があって、自分の向き合うべきものに真っ直ぐぶつかっていって、そんな姿が読んでいて心地いいです。自分の心もどこかスカッとするような。
完結までわくわくしながら待っています。
追記
完結お疲れ様です。
最後の最後まで本当に素敵な物語でした。
メインの2人が交わし合うまっすぐな言葉、ツヅラや水川母を初めとしたみんなの優しさがすごく心に沁みました。特に第10話は最初から最後まで、流れもキャラクターたちも言葉も本当に綺麗で素敵で、何度も読み返してしまいました。あの花の花言葉、知っていたからこそ心の奥でほろり、と。儚い一輪の花だけど、秘める想いはどこまでも大きいからこそ、あの花は彼女の手に届き、素直な言葉を口にできたのでしょう。……なんて。
どんな形で、どんな場所であっても、登場人物のみんなには幸せであってもらいたい。心からそう感じました。