死角 後編②
「お前は見込ありだと思ってたんだ。ついに、それが見えるようになったか。ようこそ、こっちの世界へ」
男は大木のことを知っているようだった。
「ふん。何を言っているかわからないか。まあ、そうだろうな。だけど、俺はお前のことをよくわかっているぞ。お前も誰にも見られない、気付かれない場所を探していた口だろう」
大木は、ビクッと身体を震わせた。何故、この男は自分のことを知っているのだろう。ずっと、自分のことを付きまとって、自分のことを調べていたのだろうか。いったい何のために
「なんでわかったって顔だな? わかるさ。そういう奴は、みんな同じような目をしてるんだ。あちこちをチョロチョロ見て、変な笑いを浮かべるんだ。その内に歩き方も変にもなる。そこまでいったら、こっち側までもうすぐだ。お前も例外なく、すぐだったな」
何を言っているのか、わからない。こいつは、いったい何者なんだ
「俺か? 俺は幽霊さ」
幽霊? そんな馬鹿な
「おやおや、案外、オカルト否定派か? まあ、そうさ。厳密にいえば、俺は幽霊じゃないさ。だが、ほとんど幽霊と変わらない存在だ。俺のことは誰にも見られないんだ。俺そのものが死角だからな」
そのものが死角? どういうことだ?
「お前は勘違いしてる。誰にも絶対見られない場所なんてものは、この世にはない。あるのは、絶対見られない、絶対に認識されない人間だ。そういった奴らは存在している。たとえば、俺だ。俺は絶対に見られない。俺は枠から外れてしまったからな。最初は、お前と同じように誰にも見られない場所を探していた。だが、気付いたんだ。誰にも見られない場所なんてないってことにな。それと同時に真実に気付いた。誰にも見られない存在になればいいってことにな。つまりは幽霊だ。幽霊は誰にも見られない存在だ。枠から外れている存在だからな」
枠から外れる。つまりは誰にも認識されない存在になるということなのか。
「まあ、それに気付いたら後は簡単だったよ。自然にそういった存在になれた。だいたいな、人に見られない場所を真剣に探している時点で、すでに普通とはかけ離れた存在になってんだ。とにかく、俺は晴れて誰にも見られない存在になった。だけど、最初は信じられなかった。本当に何があっても誰にも見られない存在になったか。にわかには信じられなかった。確かめる必要があった。だから、俺は適当な人間を殺してみたんだ」
「は?」
人を殺した? 何を言ってるんだ?
「人を殺めたら、当然、警察が追ってくるだろう? だが、俺が絶対に見られない存在なら大丈夫のはずだ。実際、大丈夫だった。俺は白昼堂々、人通りの多い場所で人を殺しても誰にも見つからなかった。そいつがいきなり死んだように見えたみたいだった。だけど、それだけじゃ、まだ心配だ。もっと人を殺してみなくてはならなかった。世間が震撼するレベルでだ。それで見つからないと判明しないと安心できない。だから、俺はもっと人を殺した。何十人も殺した。ある時は、一度に数人を殺した。でも、見つからなかった。これで安心だ。俺は本当に誰にも見つからない存在になったんだ」
大木は思った。こいつは自分と同類だ。絶対に見つからないと証明されないと、安心できない。
だけど、明らかに違う部分がある。いくらなんでも俺は人を殺すまでしない。
こいつは狂人だ。自分はこいつとは違う。絶対に
「俺は安心したよ。やっとこれでちゃんと生きられるってな。だけど、ある日、気付いたんだ。俺のことを見える奴がいるってことに」
男の表情が変わった。どんどんと無表情な顔に変わっていった。
「一瞬だが、俺のことを驚いた目で見る奴がいたんだ。だが、次の瞬間にはすぐに俺のことを見失っていた。驚いたのは俺の方だって話だよ。絶対に見られない存在になったはずが、そうではなかったってことがわかったからな。俺はそいつをつけることにした。すると、わかったんだ。そいつも俺と同じような人間だってことにな」
俺と同じような人間。そういった存在には見られてしまうということか。だいたい、今現在、大木は男のことが見えている。絶対に見られない存在ならば、当然、大木にも見えないはずだ
「つまりだな。そういうところも幽霊と同じってことさ。幽霊ってのは波長が合ってしまうと見えちまうもんらしいじゃないか。それと同じで俺と同じようなことを考えている奴からは俺のことがチラっとだが見えちまうらしいんだ。一瞬だけだがな。だが、一瞬でも見えちまったら駄目なんだ。俺は絶対に見られない存在にならないと安心できないんだ」
男はゆっくりと大木の元に近づいてきた
「わかるだろ? お前ならわかってくれるはずだ。いや、お前『も』わかってくれるはずだ。なんせ、俺のことが見えてるんだからな」
お前『も』 大木は理解した。これまで彼は、自分のことをほんの少しでも見えた人間の前にこうやって現れていたんだ。そして、殺してきたんだ。そして、それを積んできたんだ
「理解してくれたみたいだな。その通りさ。そこの角に積まれているのは、これまで俺のことを見てしまった奴らのなれの果てさ。お前がこの角で誰にも気付かれなかったのは、俺と関わっているからさ。俺と似たような存在が俺と関わると、俺と同じようになれるみたいなんだな。それは死んでからも同じみたいなんだ。だから、後ろの死体の山が誰かに気付かれることもない。まあ、おかげで仕事がしやすい」
男はどこからか大きな鎌を持ち出した。
「理解してくれるな? 仕方ないんだ。こうしないと、俺は絶対に見られない存在にはなれないんだ。だから、仕方ないのさ。そうさ。仕方ない」
仕方ない
仕方ない
仕方ない
男はそう言いながら、鎌を大木の首を目がけて振り下ろした。
ズバッ
おびただしい血が流れ、大木の首が道端にごろんと転がった。血がすぐそばを通る若い女性の顔にかかったが、それでもその女はすぐそばの惨劇に気付かなかった。
「これで大丈夫だ。今度こそ、こいつで最後だ。・・・いや、わからないか。まだいるかもしれないな。また探さなくちゃ。探さなくちゃ」
男はそう言いながら、大木の死体を死体の山に載せて、その場から去って行った。
ホラー短編小説② 死角 @tyama
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