死角 後編①

 それから彼は、その場所を探すことに躍起になり始めた。学校が終われば遅い時間まで街中をさ迷い歩き、休みの日は少し遠い場所まで探しに出かけた。完全にルーチンワークとなっていた。24時間365日を死角探しにあてていた。


 しかし、望みの場所が見つかることはなかった。

 惜しい場所ならいくつかあった。

 

 たとえば、町外れにある古びた倉庫の裏。そこはかなりの死角だった。基本的にその場所は人気はまったくなかった。何時間いても、誰も来る気配がない。

 

 最初は、ついに見つけたと思った。だが、それでは、まだ大木は安心できなかった。彼が望むのは、絶対に見つからない場所。何があっても見つからない場所だった。もっと検証が必要だった。本当にこの場所が、誰にも見つからない場所であるという証明が必要だ。

 

 そこで彼は、24時間、その場所に潜んでみることにした。一日分の食料や退屈しのぎの漫画などを持ち込んで、ちょっとした家出だった。親に心配をかけるのは嫌だったが、これも絶対的に安心な場所を見つけるためだった。


 大木は学校から帰るなり、その場所に潜んだ。これで24時間経っても誰にも見つからなかったら、その場所が誰にも見つかない場所と認定するつもりだった。


 だが、残念ながら、その場所は望む場所ではなかった。深夜になって、親が通報したのだろう、警察に見つかり、その場所から引きずり出された。

 

 結局、その場所は誰にも見つからない場所ではなかった。

 だが、それでも彼は諦めなかった。

 どこかに、どこかにあるはずだ。

 誰にも見つからない場所が


 ありとあらゆる場所を探した。それ以外のことには無頓着になっていった。学校も休みがちとなった。中学、高校はなんとか卒業したが、その後は進学も就職もしない、いわゆるニートになっていた。当然、家族とも不仲になっていった。


 だが、それでも大木は死角を探すことを止めなかった。誰にも見つからない場所さえ見つかれば大丈夫。そこさえ見つかれば、ちゃんとやり直して生きることが出来る。彼の容貌はどんどんと汚くなっていった。


 その頃からだった。奇妙な人物を見るようになった。それも何度も、皆同一人物のようだった。

 それは視界の端に映るだけで、しっかりと見ることは出来なかった。だが、同じ人間なのは間違いないようだった。

 場所はバラバラだった。住宅街のど真ん中に現れる時もあれば、人気のない林の中の時もあった。

 男なのは間違いない。年は50歳ほどか。スキンヘッドの妙な表情をしている男だった。笑っているような、怒っているような、そんな表情だった。

 

 それが何度も目に映るのだ。当然、気味が悪かった。

 

 なぜ、何度も現れるのだろう。自分を付け回しているのだろうか。自分なんて何の価値もない人間を付きまとう意味なんてないだろうに。だが、現実問題として、その謎の人物は自分を付きまとっているのだ。ますます早く誰にも見つからない場所を探さなくてはならない。

 

 彼の頭は完全にそのことばかりとなっていた。視点は常人のそれとはすでに違っていた。彼の歩き方も、顔の向きも、普通とは違うようになっていた。そのさまは狂人といって差し支えなかった。ひょこひょこと奇妙な歩き方をし、顔を常に斜めして、ふらふらとし、時にヘラヘラと笑っていた。


 ある日、彼は何百回目かの徘徊に疲れ、道端で休憩をしていた。

 何でもない街角だった。人気のある場所。本来なら、そんなところで休むなんてことはしないのだが、体力的に限界だった。

 少し休み、気が付いた。その場所の異様さに。

 明らかに空気が違っていた。

 その場所には温度がないように感じた。温度がないというのはあり得ないことだが、そうとしか言えない雰囲気だった。何も感じない、そんな場所だった。すべてが止まってしまっているような、そんな場所だった。

 すぐそばに人がいる。買い物帰りの主婦。学校帰りの学生たち。そんな人々の横顔が見える。だが、彼らは決してこちらを振り向いてはこないのだ。


「おーい!」

 大木は思い切って彼らに声を掛けてみた。だが、誰も大木に目をやらない。

 

 これは・・・今度こそ、望む場所のようだ。

 大木は周りを見てみた。なんてことのない普通の場所だ。こんなところが誰にも見られない死角だったのか。いや、こういう何でもない場所だからこそ、死角になりえるのか。

 

 そんなことを考えて、いささか興奮を抑えきれないでいると、ふと角に何かがあるのを気付いた。何でもない電柱柱の角。そこに何かが高く積み重なっていて、凸凹とした形をしていた。


 これは何だろう? 大木は近づいてみて、それが何なのかを、鼻をつく異臭とともに気がついた。


 それは人の死体だった。いくつもの死体がそこに折り重なって積まれていた。下の部分は完全に腐って液状の状態になっていて、原型をとどめていなかった。その上に少しずつ人の形をとどめている物体が詰まれ、異様で巨大な物体となっていた 


「うわあああああああああ」


 大木は大声で叫んだ。しかし、それだけ叫んでも、すぐそばを通る通行人は誰も大木のほうを見ることはなかった。

 

 何だこれは!? 大木は目の前の出来事が信じられなかった。


 これが死角なのだろうか。その名のとおりに、死が角に詰まっていた。死に死が詰まれ、その上にさらに死が重なっていた。どれだけの死が重なっているのだろうか


 「よお。ついにここに気付いたか」

 

 声が聞こえてきた。大木は慌てて振り返ると、そこにはあの奇妙なスキンヘッドの男がいた。彼は視界の中心に佇んでいた。笑っているような、怒っているような、そんな表情をしていた。



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