風ひそひそ柿の葉落としゆく月夜

風ひそひそ柿の葉落としゆく月夜


――野村のむら朱鱗洞しゅりんどう





 囁き声で、僕らは話し合う。


「ねえ、次はどこへ行こうか」

「北がいいかな、南がいいかな」

「もう秋も終わる。暖かい南へ行こう」


 誰かの提案で、行先はそう決まった。僕らは北風になる。

 僕らは散り散りになったり、また寄せ集まったりを繰り返して、旅を続ける。世界中を旅している。


「この辺りは人が多くていいね」

「そうかしら。私は誰もいないひろーい海原が大好きだけど」

「僕は山越えだなあ。ぽかぽかして気持ちいいもの」


 僕らはおしゃべりだ。気の向くままに喋って、気の向くままに行先を決める。


「私たちはあっちへ行ってみるよ」

「そ、じゃあまたね」


 僕らは僕らで一つの存在で、無限の存在だ。僕らの中に僕はいない。


「風が気持ちいいね」

「ひどい自画自賛だ。でも同意」

「この街を越えたら、一休みする?」

「雲を吹き飛ばさなきゃ。明日運動会だって」

「そんなの知らないよ。僕らは好きなようにするさ」


 そうして僕らはまた別れを繰り返す。出会いを繰り返す。


「や、ご一緒していいかい」

「もちろん。断ってもついて来るでしょ」

「もう夜だし、海の方へ行かない?」

「俺はパスー、たまには上の方に行ってみるよ」


 僕らはてんで勝手な集団だ。僕らは好き勝手に旅をする。けれど、僕らは全体として一つの生き物で、同じ方向を向いている。

 僕らは世界を巡り回る。決まった道を通っているし、通っていない。考えなしにしては、上手くやっている。


「おや、お月様が真ん丸だ」

「お月様の魅力に引っ張られたりする?」

「それは僕らの友人の話だろう」

「そうかな」

「たまにはいいかもね」


 他愛のないひそひそ話。誰かが口笛を吹いた。


「柿の葉だ。どっかで引っかけたかな」

「折角だ、持っていこう」

「そうだ聞いてよ、今日はすごくいいものを見れたんだ」


 僕らはうわさ好きだ。特に恋の話。


「どんなどんな?」

「相合傘だって」

「雲を運んだ甲斐があったよ」


 気ままな僕らは気ままに仕事をする。これは遊びだ。


「この辺の葉っぱはあらかた散らかしたかな」

「あの銀杏いちょうは今年も頑張ってるよ」

「自分はここ、初めてなんだよなあ」

「あ、ということはもしかして、まだ桜を散らしたことがないのかい?」

「桜、いいよねえ。桜吹雪を作るのが一番好き」


 春は遠い。僕らにとってはすぐそこだけれど。


「よしよし。春になったら桜を散らそう。夏になったら入道雲を作ろう。きっと面白いことになるに違いない」


 僕らはうわさ好きで悪戯好きだ。今日もどこかで風が吹く。

 僕らは眠りを知らず、どこかで起きた物語を肴に、世界を駆けていく。

 どこまでもどこまでも。終わることのない物語。

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自由律短編集 鹿江路傍 @kanoe_robo

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