第11話 終章 最後の賭け

 冥帝鬼は木の様に太い一本角と、アイマスクのような複眼の黄色に黒のひとつ目、口は耳まで裂けて両側に象牙のような牙。髪の毛はやや赤く縮れている。その顔が三つある。全身は銀色の甲殻に覆われ、淡く銀色に輝く。腕は六本。全長は約四十メートル。

 冥帝鬼は吼えた。その声で空間が振動する。飛音はしばらく耳が聞こえなくなった。とてつもない化物だ。こんな奴と戦えるのか。飛音は全身の震えが止まらない。でもこのままでは、日本中の人間が冥帝鬼に喰い尽くされるだろう。

「飛音君。警察が冥帝鬼を引きつけるから、隙を狙って羅刹斬で攻撃してくれ」

 霧島警部補が、いつの間にか横に来て、飛音にささやく。そもそも、この警部補が冥帝鬼を呼び出したのだ。こんな怪物を呼び出しておいて、戦えとは虫が良い。

 警官たちが一斉に冥帝鬼に銃撃する。しかし冥帝鬼は微動だにしない。そして飛音めがけて腕を伸ばしてくる。羅刹斬で斬ったが、冥帝鬼の甲殻が硬すぎて、羅刹斬も弾かれる。

「飛音君。冥帝鬼の甲殻と甲殻の繋ぎ目を羅刹斬で狙うんだ。そこしか弱点は無いぞ」

 霧島警部補がアドバイスするが、そんなに簡単には狙えない。森か山に逃げ込んだほうがいいのか。しかし冥帝鬼は約四十メートル。森や山の木より高い。幽冥鬼の時のように、木の上から角を狙う戦法はとれない。足を斬るにしても、甲殻が硬い。

 いずれにしても森か山に入った方がいい。そう思って飛音が走った瞬間、目の前に冥帝鬼の腕が落ちてきた。冥帝鬼の一撃で地面には深い穴があいた。砂ぼこりがもうもうと上がり、しばらく前が見えない。これでは走れない。

 飛音は向きを変え、鬼人講の建物へと走った。もう信者は居ない。とにかく隙を見つけて冥帝鬼を攻撃しないと。幸い鬼人講の建物のドアには鍵はかかってなかった。

 うしろを見ると、冥帝鬼はゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。冥帝鬼の一歩毎に空気は振動し、地面に亀裂が走る。砂ぼこりが上がる。飛音は鬼人講の建物に入った。

 ドーンと大きな音がして、飛音の後ろの鬼人講の建物の天井が、冥帝鬼の六本の腕によって破壊される。瓦屋根が崩れて、もうもうと埃が舞っている。冥帝鬼は屈んで腕を伸ばしてきた。飛音は羅刹斬を振り上げて、冥帝鬼の腕の甲殻と甲殻の継ぎ目を狙った。

 羅刹斬は冥帝鬼に刺さったかに見えたが、深く刺さらず、すぐに冥帝鬼の腕から押し出された。羅刹斬が深く刺さらないと、幽冥鬼の時のように羅刹斬を刺しっぱなしにして侵食させるという戦法が使えない。

 警官隊が後ろから冥帝鬼に発砲しているが、冥帝鬼は振り返りもしない。冥帝鬼は足を上げると、鬼人講の建物を踏み潰し吼えた。空間が振動する。地面に亀裂が走る。埃が舞い散り冥帝鬼が見えない。ようやく埃がおさまったが、飛音はかなり埃を吸い込んでしまい、むせた。体の震えは、相変わらず止まらない。

 飛音は冥帝鬼の肉食恐竜のような足に羅刹斬を刺した。くるぶしから下だけでトラック二台重ねたぐらいの巨大な足だ。多少の手応えはあるが、冥帝鬼の皮膚が硬すぎてほとんど羅刹斬が刺さらない。冥帝鬼の体で甲殻に覆われてないのは、くるぶしより下の足の部分と、手のひらと、首と顔だ。他は甲殻に覆われていて羅刹斬でも歯がたたない。飛音はさらに鬼人講の建物の奥へと走った。

 冥帝鬼はまず、鬼人講の建物の天井を手で壊して、それから足で鬼人講の建物を踏み潰す。慎重に建物を破壊しているように見える。鬼人講の建物が冥帝鬼に踏み潰されるたび、埃が舞い散り、視界が悪い。

 飛音は羅刹斬での攻撃を試みるが、なかなか攻撃が上手くいかない。甲殻と甲殻の繋ぎ目を狙っても、羅刹斬は深くは刺さらない。むろん冥帝鬼の甲殻を羅刹斬で刺しても、傷すら付けられない。

 飛音はいつしか鬼人講の玄関へと来ていた。そこにはまだ鬼人講の信者が居て、冥帝鬼を見て、「冥帝鬼様。私は鬼人講の信者です」とか「鬼人講の救世主よ」「鬼人講の神よ」と冥帝鬼に近寄った人が居るが、次々と冥帝鬼の六本の腕に掴まれて喰われた。

 冥帝鬼が人を喰うのを見た鬼人講の信者は、一斉に玄関のドアに殺到している。これでは外に出られない。ここで戦うしかない。だが冥帝鬼と戦えるか。羅刹斬でもかなわないのではないか。警官隊が冥帝鬼の背後から発砲している。

 鬼人講の信者をこれ以上、冥帝鬼の犠牲にしないためにも、冥帝鬼を倒す必要がある。冥帝鬼は飛音に向けて、六本の腕を伸ばしてくる。飛音は素早く冥帝鬼の腕をかいくぐって、冥帝鬼の肉食恐竜のような足に羅刹斬を突き立てた。羅刹斬で少しは冥帝鬼の皮膚を斬れるのだが、それは表面のみで、冥帝鬼の皮膚に深くは羅刹斬を刺すことができない。

 これでは羅刹斬を冥帝鬼に刺しっぱなしにして、少しずつ冥帝鬼を斬るという戦法がとれない。冥帝鬼の手が飛音を掴もうとする。飛音は転がって冥帝鬼の足と足の間を抜け、冥帝鬼の背後にまわった。

 冥帝鬼も素早くうしろを振り向く。なんとか鬼人講の信者から、冥帝鬼の目をそらすことができた。うしろに居た警官隊は、冥帝鬼が自分たちの方を向いたので、発砲をやめて後退した。なんとか森か山に逃げ込めないか。森か山なら冥帝鬼も木が邪魔になって動きにくいはずだ。飛音は、後退した警官隊に援護射撃を頼んだ。冥帝鬼が警官隊に気を取られている間に、鬼人講の裏庭の壊されたブロック塀から外に出る作戦だった。

「飛音。冥帝鬼の狙いは、あなたと合体することよ。警官がいくら発砲しても、あなた以外には目もくれないわ。あなたと合体したら、冥帝鬼は不死よ」

 祖母の美代が遠くから叫ぶ。そうか、冥帝鬼が慎重に鬼人講の建物の天井を壊してから建物を踏み潰していたのは、ボクまで踏み潰してしまわないためか。

 冥帝鬼はボクと合体するために追いかけて来た。合体されてしまったら終わりだ。ボクは佐助のウスゴロの生まれ変わりなんだ。この冥帝鬼を呼び寄せたのはボクなんだ。飛音は最後の賭けに出る事にした。

 飛音は羅刹斬を振りかざすと、自分で自分を刺した。やっと体の震えが止まった。これでいいんだ。ボクが死ねば冥帝鬼は不死になれない。自衛隊の最新兵器が冥帝鬼を殺してくれることを祈ろう。飛音は薄れゆく意識の中で、冥帝鬼の腕が真っ直ぐ自分に伸びて来るのを見た。


 目を開けると、一面のお花畑に居た。霧島真知子が目の前で微笑んでいる。カラス女は確か死んだはずでは。

「お前も来たか。修斗も先に来てるぞ」

 霧島真知子は微笑みながら言った。

「オレは冥帝鬼を出す使命を菊理媛神から授かって生まれた。そのことはオレが死ぬ前に話したね。お前のお祖母さんの美代を信用させて、奥忍神社の臼を燃やさせた。その日から、今日のこの日は予定されていたんだよ。美代は、オレが美代の前世を言い当てたらオレを信用して、なんでも言うことを聞いてくれた。美代には前世の罪を祓うには、奥忍神社の臼を燃やすしかないと嘘を言った。美代に臼を燃やさせたのは、オレが燃やして警察にでも捕まったら、その後の計画が狂うからさ。奥忍神社の御神体の臼を燃やしたことで、佐助のウスゴロは封印を解かれた。後は佐助のウスゴロが生まれ変わるのを待つだけだった。そしてお前が、佐助のウスゴロの生まれ変わりとして生まれた。冥帝鬼を出すにはお前の立ち会いのもと、お前と血の繋がった母親か、親しい親族の女性を生け贄にした鬼儺式が必要だった。なぜ女性かと言うと、冥帝鬼や幽冥鬼に宿るウスゴロの怨念は、間引かれた子供の霊だから、母性を求めているからさ。だから男ではなく、母親か親しい親族の女性でなければいけなかった。親しいと言うのは、親子ほどの親しさと愛情のレベルの親しさのことで、ただ仲が良ければいいというもんじゃない。祖母ぐらいの関係では、もう親しいとは言えない。お前が実の母親の高柳優香に育てられれば、親しい親族の女性は高柳優香しか居ない。だとしたら高柳優香を殺して鬼儺式をやらなければいけないが、誰が鬼儺式をやる? 鬼儺式の祝詞を唱えるのは誰でもいいわけじゃない。やはりお前と血の繋がった母親か親しい親族の女性でなければいけない。例外は菊理媛神に認められた霊能力を持つ者。つまりオレ。あるいはオレの弟。美代は霊能力を持たずに生まれたので、鬼儺式の祝詞を唱えることはできない。オレも弟も、前世で奥忍神社の神主をして間引きをしていた。この世に転生した使命は、冥帝鬼を出して菊理媛神の穢れを祓うことだったが、今生では殺人はしてはいけないという決まりがあった。前世でさんざん間引きをやったので、今生では殺人は許されないという運命だった。殺人をせず、冥帝鬼を出す。それが菊理媛神との前世の罪を償うための約束。高柳優香がお前を育てたら、誰かが高柳優香を殺して鬼儺式をやらないといけないが、碓井真美はもう殺人はやらないと決めたようだし、オレや弟は殺人は禁じられているから適任者がいない。それで美代に高柳優香とお前を引き離さないと冥帝鬼が出ると嘘をついて、取り替え子をさせた。お前を碓井真美の子供にして、本当は叔母である碓井真美との間に、親子と同じ親しさと愛情を芽生えさせた。これで碓井真美で鬼儺式をする準備が整った。高柳優香は、お前と血の繋がった実の母親だから、離れて暮らしていたとしても、その場合は親しさは関係ない。高柳優香に鬼人講を作るように言ったのもオレさ。オレが恐れたのは鬼儺式の後、お前が冥帝鬼が出る前に自殺してしまう事だった。美代が罪の意識から、取り替え子のことをお前に言い、お前が自分が佐助のウスゴロの生まれ変わりと気づいて自殺してしまっては困る。冥帝鬼が出て、はじめて菊理媛神の穢れが完全に祓える。だから美代が余計なことを言う前に、わざと美代を家出させ、山小屋に隠し、その後は鬼人講に捕らえさせた。鬼人講ではお前に猟銃を向けて、鬼儺式に出席させた。お前が居ないと鬼儺式にならないからね。幽冥鬼には知性は無いから、その後はお前が幽冥鬼に喰われないように猟銃で守ったのさ。冥帝鬼が出る前に、お前が幽冥鬼に喰われたら元も子もないからね。幽冥鬼は鬼儺式の後、お前が親しい人間の死に接して悲しむ気持ちで新たに召喚されたんだよ。オレはドジを踏んで幽冥鬼に殺されたけど。なんとか弟が冥帝鬼を出してくれたようだね。冥帝鬼を出すには、鬼儺式の行われた場所で、佐助のウスゴロの生まれ変わりが居る状態で、冥帝鬼を出現させる祝詞を唱えないといけない。弟がそれをやった。冥帝鬼が出たお陰でオレの前世の罪は償われた。弟の前世の罪も、美代の前世の罪も、それ以外の奥忍神社で間引きの儀式をしていた人の罪も、冥帝鬼が菊理媛神から切り離された時に消えたよ。お前には迷惑かけたが、すべては菊理媛神のお計らいさ」

 霧島真知子は、晴れ晴れとした表情で話し終わった。

 幽冥鬼はボクが親しい人間の死を悲しむ気持ちで召喚されていたのか。最初の一匹目は鬼儺式の時、二匹目は星野さんの死を悲しんだ時、そして三匹目は霧島真知子が死んだ時か。カラス女の事もいつの間にか親しい人間と思っていたんだな。

 近くに鬼人講の講主が立っている。修斗だ。修斗には罪はないのに、殺してしまった。

「修斗君。殺してしまって申し訳ない」

「いきなり刺された時には、びっくりしたけど、すべての経緯は霧島真知子さんか聞いたよ。君も鬼人講のせいで育ての母を殺されて、こっちこそすまない。俺は知らずに自分の母親を殺させてしまってたんだな。罪深いことをした。殺されても当然だよ」

「最初からボクが自殺してればよかったんだ。ボクは君が佐助のウスゴロの生まれ変わりだと信じていたから、それで君を刺してしまったんだよ」

「もう終わったことさ。気にするなよ。母親を殺した俺が悪い。俺が死んだことで、少しでも罪滅ぼしになればいいが。俺は死んだ瞬間、生への執着が無くなったからいいんだ」

「すまなかった」

 飛音と修斗は、両手をしっかりと握り合った。その時、まばゆく輝く光の球がやって来た。辺り一面が光り輝いた。光の球からは、心地良い涼しさの風がそよそよと吹いてくる。

「わたしは菊理媛。生と死の境界を司ることを伊奘諾尊に命じられた、死の穢れを祓う禊の神。伊弉諾尊と伊弉冉尊が黄泉津平坂で相争った時、伊弉諾尊に対して、軻遇突智を斬られたのは新しい命を育むため仕方なかったと言い、子殺しの罪の穢れはわたしが祓いますと申し上げて、死の穢れを祓う禊の神となりました。わたしはその分け御霊ですが、神は分け御霊のひとつひとつが独立した存在。わたしは陸奥の国、狭霧嶽村で臼に封じられ、死の穢れを祓いきれなくなりました。先ほども言いましたが、神は分け御霊のひとつひとつが独立した存在なので、分け御霊の穢れを他の菊理媛の分け御霊に祓わせることはできません。そのため、わたしの穢れを鬼として分離することにしました。その遂行のために必要な人の魂を転生させ、わたしを臼に封じた巫女に罪の償いをさせるため、巫女の生まれ変わりにすべて

の計画を進行させることとなりました。そしてそれだけではなく、碓井雄一郎にも佐助のウスゴロのことや冥帝鬼と幽冥鬼の事など、必要なことだけを教えました。冥帝鬼をわたしから分離したことにより、わたしの穢れは無くなりました。飛音よ、よくぞ自分で自分の命を絶ちました。その勇気に免じて、冥帝鬼はわたしが祓います。一度穢れを分離してしまえば、神としての本来の禊の力が戻りましたので、もう冥帝鬼など必要ない。わたしとて冥帝鬼に人が喰われるのは本意ではない。本来、人は天下(あめがした)の神物(みたまもの)です。

ただ冥帝鬼は人間の勝手が産んだ鬼ゆえ、飛音が自殺しなければ、そのままにするつもりでした。神とは非情なものなのです。慈悲もあれば、非情にもなる。それが神」

 菊理媛神の言葉は、優しく辺りに響いた。飛音と修斗と霧島真知子は、静かにそれを聞いていた。

「幽冥鬼や冥帝鬼に喰われた人間は、どうなるんです? 間引きは穢れだけど、鬼に喰われるぶんには問題無いのですか?」

 飛音は思わず語気を強めて、菊理媛神に質問した。

「幽冥鬼も冥帝鬼も人間の勝手で生まれたもの。人間の勝手で生まれた鬼に人間が喰われるのは、神から見れば自業自得となります。穢れではありません。人間が人間を殺すのは罪であり、穢れです。人間が人間を食べるのは、さらなる穢れ。しかし人間が動物を食べるのは赦されるように、鬼が人を食べるのは、神の立場から見れば赦されます。神は時には非情なのです。それでも死んだ者たちには来世での幸せが約束されています。人間は生まれては死に、死しては生まれる。その長い死と生の繰り返しの中で、きちんと帳尻は合わせられますよ。だからそう怒らないでください」

 菊理媛神は優しい声で、そう説明した。

「死した者は、黄泉の国に送りましょう」

 菊理媛神が言い、霧島真知子が歩き出した。飛音と修斗も続いた。

「飛音と修斗よ。おまえたちは、ここにとどまりなさい。ここは黄泉の国の手前。ここから先に行く者は、本当に死んだ者のみ」

 菊理媛神の言葉を聞いて、飛音はやっぱりとつぶやいた。飛音は雄一郎に教わって、人間の急所を頭に叩き込んでいた。実は修斗を刺すときも、自分を刺すときも、わずかに急所を外していた。誰かが救命処置をしてくれたんだ。

「菊理媛神様。できれば母、いや本当は叔母さんですが、碓井真美に会わせて下さい」

「それはできないのです。碓井真美はもう、黄泉の国で食事をしました。そうすると、黄泉の国を出られないのです。あなたが年を取り、本当に死ぬまで逢えません」

 菊理媛神はそう言うと、何か祝詞のような言葉を唱えはじめた。

「阿南妙なる哉。天地の大きにも。塵芥の小にも。悉く神の霊気の含有て在るが故に。生々化々の功用は発顕れ。萬類の形衆は成立てぞ在ける。故若。其神の運行に逆らふ事有ば。忽ち其生化の運行滞りて。甚じき禍事の変発むとぞ云へる。此事の由を思ひ恐みて。今日の吉日に久方の天に坐て。木火土金水の元霊と称奉る神の御前に品々の幣帛捧げ奉りて禰宜奉らくを。平けく安けく聞食して過犯せる罪穢在りとも宥め給ひ許し給ひて。神の運行宜しく。守り給ひ恵み給ひて。世間静けく雨風和かに。五穀豊かに在らせ給ひ。時疾疫病の発事無く。萬に幸く恵み幸給へと開手打上げて畏み畏み申す」

 霧島真知子は祝詞のような声を聞いているあいだ、体が輝いていた。菊理媛神は霧島真知子を連れて消えてしまった。


 飛音が目を開けると、雄一郎が心配そうに覗きこんでいる。美代もいる。霧島警部補も。

「意識が戻りました」

 ナースの服装の女性が、医者らしき人に言った。

「ここは、どこ?」

「狭霧嶽病院だよ」

 狭霧嶽村で唯一の総合病院だ。

「俺が鬼人講で自分を刺したお前に応急処置をして、ここに運んだんだ。ずっと意識不明で心配したよ」

 雄一郎が言った。

「冥帝鬼は、どうなったの?」

「消えたよ。君の体を手で掴んだまま動かなくなり、塵になって消えた」

 今度は霧島警部補が答えた。

「修斗は?」

「修斗も俺が応急処置をして、一命を取りとめた。この病院にいる」

 この雄一郎が、本当のお父さんで、高柳優香が実の母親。修斗は、ボクが母だと思っていた真美の子供。頭がこんがらがる。みんなに何から説明すればいいんだ。とりあえず、しばらく休もう。

 母親、いや叔母の真美は生き返ることはないが、ボクと修斗は生き返ることができた。これからは星野さんの分も生きなければ。とにかく鬼人講の事件は終了だ。むろん警察の捜査はこれからだろうが。霧島警部補が上手くやってくれるだろう。

 高柳優香さんとは、どう付き合って行こうか。時が解決してくれるのを祈ろう。すべてはむかし、この村で行われていた間引きのせいだ。菊理媛神の仕組んだ運命だったんだ。豊かな時代のいまは、子供を大切にしないといけない。間引きの時代を乗り越えて、命は受け継がれて来たのだから。

 とりあえず、修斗とは友達になろう。絶対にだ。

 窓を見ると、ちょうど夏の陽が山に落ちようとしている。ほぼ一日、意識が無かったのだろう。綺麗な夕焼けだ。まるでこの狭霧嶽村で起きた血生臭さい事件など無かったかのように、美しく空を赤く染めている。

 飛音は窓を開けてみた。そっと風が吹き込んで来る。夏の風はすでに秋の気配をはらんでいた。飛音は風に身を任せながらいつまでもいつまでも夕陽を眺め、これからの未来を想像し続けた。


                                       了

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ウスゴロ夢鬼譚 大宮一閃 @E-I-E-I-O-hiro

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