面接官「特技はイオナズンとありますが?」
斜線
第1話 「特技はイオナズンとありますが?」
4月上旬の正午すぎ、都心は分厚い雲に覆われていた。春めいていた東京を一気に寒気が襲い、丸の内の超高層ビル群の合間を濃い霧が抜けていく。日本の経済の中枢を担う歴史と伝統ある企業がひしめくオフィス街。その中でも一際高い『
「特技はイオナズンとありますが?」
面接官が履歴書を手に取り、わざとゆっくり眺めたあとにそう言った。ビルの角に位置するのだろうその面接用の部屋の窓からは、ゆっくりと東京を飲み込む濃い霧が見える。
2人の面接官が座る椅子からテーブルを挟んでおよそ3メートル、横にずらっと並べたられた椅子には8名ほどの学生が座っている。皆、一様に黒い髪と短い髪で、黒いスーツに身を包んでいた。右から3人目、質問をされた学生が飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。
「はいっ!イオナズンというのは、イオ系の呪文でも最大火力を誇る上級魔法で、その習得は非常に難しく──」
「そういうことを聞いてるんじゃないんですよ」
面接官がわざとらしいため息とともに返答を遮った。部屋に一気に緊張が走る。質問が終わって安堵していた隣の学生の背筋が伸びたのがわかった。
「あ、え、えっと……」
落ち着け。大丈夫。これは俗に言う
「イオナズンが特技というのはどういうことですか?と聞いているのです」
隣の女学生が不安そうに見つめてくる。大丈夫。こういう質問は何度もあった。俺を見ないでくれ。お前は自分の心配をしろ。
「はい、私は爆発系魔法の詠唱を専門に学んでいて、大学のゼミでは、強化
詠唱によるイオ系呪文の効率化を専門に研究しています。先日は──」
何度も練習してきたフレーズだ。最後まで言い切ろうとしたところで、またしても面接官が
「イオナズンは確かに高等魔術ですが、たいていの魔法科大学の理系学生であれば基本的なイオ系魔法の詠唱と魔導装置の応用は修習しますよね?」
分かっている。その程度の技術じゃこの会社の面接すら受けられない。エントリーシートで『お祈り』だ。
「もちろん、単なる修習にとどまりません。研究の成果として、先日はイオナズンの単独詠唱者による出力では世界初となる5.3
本当は学会での発表予定はないが、言い切った。この部分は何度も練習したフレーズだ。少々声が上ずったところはあったかもしれないが、これまでのどの面接よりも上手く言えた。
「へぇ、
面接官も驚いたようだ。一気に安堵して、握っていた左手の拳を緩める。練習の甲斐があった。期待通りの効果だ。他の学生からも視線が集まっているのを感じる。
おそらく面接官も理系、つまり魔法理科系の学生だろう。専門は違えど、この技術の価値は理解できたはずだ。イオナズンの単独詠唱で5.3
このまま技術力をアピールできれば、他の高学歴な学生にも引けを取らないはずだ。少なくとも集団面接は突破できる。一気に気分が高まってきた。
しかし、隣の面接官は追求の手を緩めない。相手も熟練の面接官だ。
『イオナズンね。その高出力技術は
再び緊張したが、テンプレ質問だ。答えを用意していない訳がない。この質問も十分に想定していた。風が強まったのか、窓の外の霧の流れが速まっている。
『はい!例えば御社が力を入れる医療品製造部門において、錬金術による精錬過程は莫大な火力を必要とします。特に爆発エネルギーの生成過程は必要不可欠で、その効率化は製造業においては共通の課題となっています!製造業まで幅広く手がける
ここまで話し、思わず言葉が詰まった。面接官の反応が何かがおかしい。まるで興味が無いような顔。そんなはずがない。彼らが注力する製造部門の基幹を担う工程の技術だ。隣の女学生が引き続き自分を見上げてくる。話し続けるしかないが、急速に重たくなる部屋の空気に、口が動かない。一気に汗が吹き出てきた。何か間違った事を言っただろうか?という焦りと、何か言い続けなければ、という思いが頭の中で空転する。再びぎゅっと拳を握った。
「えーーっと、」
面接官が一瞬の間をついて話を遮る。
「例えば弊社の化学薬品系プラントではどのようにして爆発反応を生成してるかご存知ですか?」
質問の意図がわからない。全身の筋肉が一気に硬直した。なんとか喉元と表情の筋肉だけ動かそうと努力する。爆発反応に用いる魔法技術なんてどこの企業も一緒だ。工業系の爆発魔法はイオ系の魔導石と、世界的に90%のシェアを誇るハリマ重工の詠唱増幅装置を使っている。自分の専門分野だ。窓の外の霧は一層濃く、速く流れる。
「そ、それは…爆発呪文詠唱用の増幅器で爆発呪文のエネルギーを……」
面接官がため息をついた。
そんな。何かミスをしただろうか?この受け答えは十分想定していて、何度も練習したし、研究室の先輩も答え方を考えてくれた。
「弊社のプラントでは、詠唱用の魔導ゴーレムを数万体規模で生成、クラスタ化して
魔導ゴーレム? 並列詠唱ネットワーク? 面接官の言葉をなかなか理解できない。つまり? と言う前に面接官は追い打ちをかけた。
「イオ系魔法の強化詠唱。理論的には素晴らしいですが、工業用途ではやや時代遅れですねぇ。もちろんまだ現役の手法ではありますが、近年の弊社の研究では次々と工業用ゴーレムでの並列処理の安定化が成果として上がっています。きちんと弊社の製造部門について調べられましたか?あと、世界的にどういう手法が取られてるか、研究してるならご存知でしょう?」
「あ……それは……はい……しかし……」
終わった。もちろんその手法については知っている。自分の研究する強化詠唱は単一の詠唱者や詠唱装置の性能を引き上げることに注力するのに対し、並列詠唱ネットワークは真逆の手法だ。イオ系の低品質な魔導石から製造した大量の魔導ゴーレムを魔導回路で接続し、それぞれ詠唱をさせ、短時間で出力の高い詠唱を行う。しかし
「あなたは──あぁ、東京魔法技術科学大学の……。
学歴差別の嫌味を言ってトドメを刺したつもりなのか、面接官は隣の女子学生に質問を移した。他の学生からの哀れみの視線が全身に刺さる。
座れとも言われなかったが、とにかく椅子に座るしかなかった。学生の応答は続いた。広い部屋に、よく聞く内容の応答がこだまする。「古龍討伐のボランティアで鍛えた精神を──」「第4平行世界での留学経験が──」「アメリカの学生と共同での魔術機構開発で──」威勢の良い受け答えが聞こえてくる。面接が終わるまで、ずっと革靴のつま先を眺めていた。革靴の先端の擦れは、一体どこでつけたのだろうか。今まで何社、面接を受けてきたのだろうか。
§§§
「次はヨドバシ重工!」と声を出してみる。落ち込んでいる暇はなかった。言葉通り『縁がなかった』のだ。次の面接は17:00からだ。髪型はどこかのトイレで整えるとしよう。地下鉄の乗り換えルートを検索する。落ちた面接のことは悔やんでも意味がない。
ここは日本の首都、東京。人類が魔法の技術的体系化に成功して500年。魔導エネルギーの抽出成功は錬金術・召喚術の一般化を推し進め、平行世界の発見と交流は人類の魔法技術を大きく進歩させた。近年の魔導回路の発達による高精度かつ高速な情報伝達は、また一つ人類を次の段階に導こうとしている。
魔法技術によりかつてない繁栄を極めた人類だが、人口爆発と平行世界間の資源戦争、そして一部国家の黒魔術行使による世界恐慌。人類が労働をせずとも生きていける時代は到来しそうになく、二度の世界大戦、そして一度の平行世界大戦を経て、未だ人類は長い資本主義戦争を繰り広げていた。
大学では多くの学生が魔法の研究に勤しみ、企業は魔法技術を生産手段の拡大に生かし、利益を上げようとする。ただでさえ景気が良くない中、ゆとり教育の影響で魔法技術教育がおろそかになった今の若者は、そう簡単に会社には入れない。大学卒業を前にした学生たちは、少しでも給料がよく安定した企業に勤めようと、こうして就職活動、略して
これは、剣と魔法と資本主義の世界で、若者たちが内定を勝ち取らんと奮闘する、きわめて真面目な
面接官「特技はイオナズンとありますが?」 斜線 @sankaku
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