第二十八章 対決(後編)
道明寺かすみ達は、強力な能力を持つ天馬翔子との戦いの第二段階を迎えようとしていた。
「ここまで私を
翔子はその能力で髪を逆立て、目を吊り上げる。彼女の周囲の地面が亀裂を発し、空間が歪んで見える。
「何、あれ?」
手塚治子は片橋留美子と庇い合いながら翔子から距離をとる。
(離れたからと言って、天馬理事長の力が弱まる訳ではないけど……)
翔子の力の凄まじさを幾度となく目の当たりにしている治子は身体が震えるのを押さえ切れなくなりそうだ。
「治子さん」
そんな治子を気遣い、留美子は自分の
「留美子、そんな力の使い方は消耗が早まるだけ。やめなさい」
治子は翔子が何を考えているのか
「でも……」
留美子は留美子で、翔子の最初の標的が治子であるのを何となく感じていたため、治子を自分の身を犠牲にしても守りたいと思っていた。
「私は貴女を利用していたのよ、留美子。そこまでしてくれなくていい」
治子は翔子を睨んだままで留美子に言った。しかし留美子は、
「治子さんは天馬理事長に騙されていたんです。それくらいわかります」
そう言って、サイコキネシスの発動を止めない。
「留美子……」
治子は留美子の言葉に涙ぐみそうになったが、隙を見せると翔子の力で粉砕されそうなので、気を抜けなかった。
(妙だ……。理事長の力なら、私と留美子なんか、一瞬のうちに潰せるはずなのに……)
治子は翔子がかすみとロイドの存在にも注意を向けているのを感じた。
(やはり、ロイドは怖いのね、理事長も。彼は目的のためには手段を選ばないから)
治子は視界の隅で見え隠れしているロイドを捉えた。
(そして、かすみさんの存在も大きい。彼女は自分の真の力を解放し切れていないし、制御できてもいないようだけど、理事長は警戒している)
治子はロイドとは反対の方向に歩を進めるかすみと森石章太郎を見た。
(そして、あの刑事はアンチサイキック。彼がかすみさんの盾になれば、理事長はかすみさんに攻撃できない。それがわかっているから、私と留美子を片づけてかすみさんの動揺を誘うつもりね?)
天翔学園高等部生徒会長である治子は同時に学年トップの成績だ。状況分析も的確である。
(でも、理事長は私の千里眼能力は知っているはず。どうするつもりなの?)
翔子が治子と留美子に狙いを定めた事を治子が読むのは、翔子にとって織り込み済みだという事なのだ。
『治子、考え直す気はないか? 私はお前を殺したくはない』
翔子の声が治子の頭の中で響く。
(そういう事か!)
治子は千里眼能力を自分に向けて使い、翔子の「囁き」をシャットアウトした。すると翔子はニヤリとした。
「え?」
治子がハッとした時はもう遅かった。翔子の操縦能力が留美子を捉え、彼女は操り人形になってしまった。
「お前の大好きな治子を抱きしめておあげ、留美子」
翔子は血走った目を見開き、留美子に命じた。
「しまった!」
かすみと森石がそれに気づき、治子と留美子の元へ走る。
「行かせないよ!」
翔子はサイコキネシスで中庭のアスファルトを引き剥がし、二人に飛ばした。
「森石さん、危ない!」
かすみは森石に抱きつくと、彼ごと瞬間移動した。他人を伴った移動はかすみには未体験である。そのため、森石はかすみとは離れた場所に現れた。翔子を挟んでちょうど反対の位置だった。
「治子さん、愛してる」
光のない瞳を向け、留美子が治子に抱きついて来た。不意を突かれた治子はかわす事ができず、彼女にきつめの抱擁を受けてしまった。
「くう……」
留美子はサイコキネシスを伴って、治子の胴を砕かんばかりに締めつけた。たちまち治子の顔に脂汗が噴き出す。
「治子さん、私だけを見て、私だけを愛して……」
留美子は不気味な笑みを浮かべ、治子を締めつけていく。
「留美子……」
翔子は治子と留美子の始末を完了したと判断し、次にロイドを見た。ロイドは瞬間移動を繰り返しながら、翔子との間合いを詰めている。翔子はそれでも余裕綽々の顔でロイドの動きを観察していた。
「マザコン、どうした? かかって来ないのか?」
翔子が右の口角を吊り上げて挑発する。その頭上に無数の金属バットが出現した。
「またそれか、マザコン! バカの一つ覚えだな!」
翔子は瞬間移動をしてそれをいとも簡単にかわした。
「残念だったな、牝狐。俺はバカではない」
翔子が移動した目の前にロイドが現れ、彼女の顔面に右ストレートを見舞った。
「届くか!」
瞬時に翔子はサイコキネシスを発動し、ロイドの右拳を砕く。
「うおお!」
指の骨を粉砕されながらも、ロイドはパンチを止めず、翔子の顔を殴った。
「ぐふ……」
ところが呻いたのはロイドだった。彼は翔子に金属バットで腹を強く突かれていた。そのため、翔子の顔面を殴ったはずの右パンチは彼女の顔を撫でる程度に留まってしまった。
「この私の美しい顔を傷つけようとした罪は重いぞ、マザコン!」
翔子はサイコキネシスをもう一度発動し、ロイドの右腕の骨を上腕部まで砕いてしまった。
「ぐわあ!」
無感情の塊のようなロイドも激痛に堪え切れず、顔を歪ませて悶絶し、地面をのたうち回った。翔子は勝ち誇った顔でかすみを探す。かすみは森石のところに走っていた。
『かすみさん、聞いて!』
彼女の頭に治子の声が響く。かすみは足を止めて治子を見た。治子はまさに留美子のサイコキネシスで腰の骨を折られようとしていた。
『貴女の予知能力と私の千里眼を融合させて留美子にぶつける。力を貸して』
治子の言葉にかすみは、
『どうすればいいんですか?』
『貴女は予知能力を留美子にぶつけて! 私がそれに融合させるから』
治子は息も絶え絶えになりながら、かすみに告げた。
「何をヒソヒソ話しているんだ、治子!?」
のたうち回るロイドを嘲笑っていた翔子が怒鳴った。
『かすみさん、早く!』
『わかりました!』
翔子に気づかれた以上、躊躇っている時間はないと判断したかすみはすぐさま予知能力を集約し、留美子に向けて放った。かすみの動きに気づいた翔子があからさまに焦るのを森石は見た。
(何だ? あれだけ圧倒的な力を見せつけている天馬があの焦りようは?)
だが、森石にはかすみ達に伝える手段がない。
「そうはさせるか!」
翔子がサイコキネシスを放ち、治子とかすみの力の融合を阻止しようとする。
「牝狐、まだ俺は死んでいないぞ」
右腕からの大量出血をものともせず、ロイドが翔子に転がっている金属バットとアスファルトの破片を飛ばした。
「邪魔するな、マザコン!」
翔子は一瞬迷ったが、ロイドの攻撃を防ぐ事にし、サイコキネシスでバットと破片を叩き落とした。その隙にかすみの予知能力と治子の千里眼能力が融合し、留美子に当たった。
「ぐうう……」
治子を締めつけていた留美子のサイコキネシスが消滅し、留美子を縛っていた翔子の操縦能力がかき消された。
「おのれ!」
翔子はそれを見て歯軋りした。
(治子め、気づいていたのか?)
翔子はその憎しみの目を治子に向けた。
「む?」
その時ロイドが新たな来訪者に気づき、そちらを見た。
「治子さん、留美子さん!」
崩れるように倒れる二人にかすみは駆け寄った。森石も拳銃を構えてかすみ達のところに向かった。
「どこまでも邪魔するのか、お前達! 絶対に殺す!」
翔子の顔つきが更に凶悪化する。髪は逆立ったままになり、口は裂けたように大きくなった。
「私に逆らった事を後悔して死ぬがいい!」
翔子が自分の力を最大限に引き出し、かすみ達に放とうとした時だった。
「お前は俺が殺す、外道!」
何故か突然翔子の目の前に身体中に包帯を巻かれた坂出充が現れた。
「貴様!?」
翔子も何が起こったのかわからず、目を見開き、対応が遅れた。
「燃え尽きろ、外道!」
坂出は
「貴様にその力を授けたのは私だというのを知らなかったようだな、愚か者め!」
翔子もまた発火能力を発動し、業火を出した。すると坂出はニヤリとして、
「それを待っていたよ、理事長! 俺の能力では、俺の身体は燃やせないからな!」
と叫ぶと、翔子に抱きついた。
「まさに死の抱擁だ。燃え尽きろ、外道!」
「何だと!?」
翔子は坂出に抱きつかれて彼の計略を悟った。
「ガソリン!?」
翔子の顔が引きつった時、坂出の包帯に染み込んだガソリンが発火し、炎が竜巻のように吹き上がって二人を包んだ。
「坂出先生!」
かすみは治子と留美子を支えながら叫んだ。彼女の美しい目から止めどなく涙が流れ落ちる。
「凄まじい執念だったな」
ガラス玉のような目で爆炎を見ながら、ロイドが呟いた。新たな来訪者は坂出で、ロイドが
「何て事だ……」
森石は呆然として二人を隠した爆炎を見ていた。黒煙が夜空の星の瞬きを覆い隠して、かすみ達の顔を灼熱の炎が赤く照らし出した。
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