サイキックJKかすみ

神村律子

序章 空から落ちて来た美少女

「こんな所に呼び出して、一体何の用なんだ、あやねの奴?」

 学ランの第一ボタンを外している角刈りの少年。彼の名は風間勇太。私立天翔学園高等部の二年生である。

「うう、さぶ」

 勇太が立っているのは学園の西側にある体育館の裏だ。季節はもう春だが、時折吹き抜ける風は夕方近くともなるともう温かいとは言えない。勇太はせわしく足踏みをして身体を温めようとした。

「まさか、あやねの親衛隊が俺をリンチ?」

 別の寒気を感じた勇太はゾクッとして辺りを見渡す。しかし、誰も潜んでいる気配はないし、潜めるような場所もない。周囲にあるのは体育館の壁と学園と外を隔てる五メートルほどある高い塀だけだ。

「そんな訳ないよな」

 勇太があやねと呼んだのは、幼馴染の桜小路さくらこうじあやね。彼女は大富豪のお嬢様なのであるが、幼稚園時代からずっと同じ学びという所謂いわゆる「腐れ縁」の関係である。

「あんな凶暴な女のどこがいいんだか」

 勇太は舌打ちして、高等部の男子達に人気があるあやねの容姿を思い浮かべた。

(確かに可愛い顔してるんだけどさあ、残念な事に胸が真っ平らだからなあ)

 勇太は昨日書店で悪友達とこっそり見たグラビアアイドルの小さな水着で隠された巨乳と剥き出しの太腿を思い出した。

(あんな発育不良より、もっとこう、ボンって感じのおっぱいとムチムチッとした太腿とギュウッと絞ったように細いウエストの子、現れないかなあ)

 勇太が妄想を膨らませて不気味な笑みを浮かべた時だった。

「え?」

 彼の頭上を二つの影が横切った。

(何だ、今の?)

 続けて、塀の遥か上で竜巻のような炎が見え、勇太は驚きのあまり固まってしまった。間抜けなほど大きく口を開けて動けなくなった勇太に向かって、何かが落下して来た。

「ぐええ!」

 勇太はその何かの下敷きになり、地面に倒れてしまった。

「あいたたああ」

 落ちて来たのはあちこちが焼け焦げた赤いスカーフで白地のセーラー服を着た少女だった。紺のスカート丈は天翔学園高等部では校則違反になる超ミニで、そこからニョキッと伸びている太腿は勇太好みにムチムチしている。

「あ、ごめん、大丈夫?」

 少女は自分のお尻の下に仰向けの勇太がいるのに気づき、ポニーテールにした長い黒髪を振り乱して立ち上がった。そして鋭い目で辺りを見渡す。

「いなくなったか?」

 少女はホッと胸を撫で下ろすが、

「ああ、大変!」

 気絶して泡を吹いている勇太を見て慌てて抱き起こした。

「君、しっかりして!」

 少女は勇太の頬をペシペシと叩いた。しかし反応がない。少女は勇太の口に耳を近づけた。

「呼吸をしてない?」

 少女は目を見開いた。そしてゆっくりと勇太を地面に横にし、首の下に近くにあった拳大の石を制服のスカーフで巻いたものを置き、気道を確保する。

「はあ!」

 少女は大きく息を吸い込み、勇太の鼻を右手で摘むと、マウストゥーマウスの要領で人工呼吸をした。少女の息が吹き込まれると同時に勇太の胸が膨らんだ。

「心臓は?」

 少女は勇太の胸に耳を当てる。鼓動が聞こえた。

「君、しっかりして!」

 少女はもう一度呼びかけた。

「う、うん……」

 勇太が反応した。少女はホッとしたように微笑み、勇太を抱き起こした。

「私の声、聞こえる?」

 少女が尋ねると、勇太の瞼がゆっくりと開けられた。少女が微笑んで更に話しかけようとした時、

「え? 俺、あれ? さっき、でっかいケツが落ちて来て……」

 勇太は気絶する寸前の記憶を口にしてしまった。

「失礼な!」

 少女は赤面してドンと勇太を突き飛ばした。

「いて!」

 勇太は地面に頭を打ち付けてしまった。

「な、何だ?」

 勇太は後頭部を撫でながら起き上がった。よく見ると目の前に制服がはち切れそうな胸とムチムチした太腿の美少女がいた。顔は勇太好みの切れ長の目で薄い唇、髪型もど真ん中のポニーテールだ。

「命の恩人に向かって、『でかいケツ』とは失礼だぞ!」

 少女は腰に両手を当ててムッとした顔で勇太を見ていた。

「え? え?」

 勇太は更に混乱した。

「まあ、君にぶつかったのは私だから、悪いのはこちらなんだけどさ」

 スカーフを巻き直しながら、少女はペロッと舌を出して肩を竦めた。

(か、可愛い……)

 勇太は一瞬にして少女に惚れてしまった。

「お、俺、風間勇太、天翔学園高等部二年。君は?」

 勇太が顔をグイッと近づけて尋ねたので、少女はビクッとして身を引き、

「わ、私は道明寺かすみ。明日この学校に転校する予定だよ」

「おおお!」

 勇太はズイッと立ち上がった。かすみと名乗った少女はまたビクッとして後ずさった。

「な、何?」

 勇太はかすみに顔を寄せ、

「もしかして、二年生? メルアド教えてくれない?」

 自己紹介をして一分も経たないうちにメールアドレスを尋ねた勇太にかすみは半目になった。

「君、見かけは硬派っぽいのに中身は随分と軽いんだね?」

 かすみのその言葉が勇太のよこしまな心をグサリと突く。

「い!」

 携帯を取り出そうとした勇太の動きが止まった。かすみはスッと立ち上がって脚やスカートに着いた土を払う。勇太はその時、かすみの制服に焼け焦げた痕がたくさんあるのに気づいた。

「まあ、いいや。残念だけど、私、携帯持ってないんだ。すぐに壊れちゃうから」

「え?」

 そんな言い訳しないで、と思う勇太だが、声にならない。焼け焦げたところから見えるかすみの腹、ブラの一部、太腿のきわが勇太をクラクラさせたからだ。

「忙しいので、失礼するね」

 勇太の視線に気づいていないかすみが立ち去ろうとした時、体育館の向こうから姿を見せた少女がいた。黒髪をお下げにし、ローズレッドのブレザーとかすみの超ミニスカと違い、丈は膝下まであるプリーツスカートを履いている。大きな目はやや垂れ気味で口は小さい。しかし、全体的にバランスのとれた美少女である。

「なあんだ、ここで彼女と密会だったのか、風間君?」

 かすみはニヤリとして勇太を見た。すると勇太はお下げの少女を見てからかすみを見て、

「いや、あいつは別に彼女なんかじゃないよ。誤解しないでよ、かすみちゃん」

「かすみちゃん?」

 かすみの目つきが鋭くなった。見かけよりはずっとビビリの勇太はそれを見てビクッとして、

「あ、いや、道明寺さん」

と言い直す。かすみは勇太があからさまに怯えたのでクスッと笑って、

「別にいいよ、『かすみちゃん』でも。但し、彼女が怒っても私は知らないぞ」

「だからあいつは彼女じゃなくて……」

 勇太がそこまで言ってかすみを追いかけようとした時、

「お邪魔様」

 そう言って行ってしまうかすみと入れ替るようにお下げの少女が勇太の前に立った。すれ違いざま、会釈して微笑むかすみとプイと顔を背ける少女。対照的であった。

「誰よ、今のいかがわしい格好の女子は? この学園の生徒じゃないでしょ?」

 少女は腕組みをし、仁王立ちだ。勇太の返答によっては血を見そうな形相である。

「お前には関係ないだろ?」

 かすみに話すのと全然声のトーンが違う勇太である。お下げの少女は一瞬悲しそうな顔をしたが、

「何よ、その言い草は! 私はクラス委員として、貴方が不純異性交遊をしているのではないかと思っただけよ!」

と負けん気丸出しで言い返す。

「頑張れ、お下げさん」

 かすみは少女を密かに応援しながらその場を去った。

「そんな事より、何でここに俺を呼び出したんだよ」

 勇太はすかさず話題を変えようとする。少女は彼の企みを見抜いたが、溜息を吐いただけでそれ以上かすみの事を追及するのを諦めたようだ。

「もういい。貴方の考えはよくわかったから」

 少女はそう言い置くと、クルリときびすを返し、歩き出す。

「おい、あやね!」

 勇太は何が何だかわからないという顔で少女を呼び止める。

「気安く名前で呼ばないでよね! 知らない人が聞いたら、誤解するから」

 あやねと呼ばれた少女は立ち止まったものの振り返ろうとせず、そう言い返す。

「何を誤解されるんだよ、俺とお前が? クラスで一番仲悪いだろ、俺達?」

 勇太の心ない一言にあやねの目が潤む。

「そうね。誰も誤解しないわよね、私達の事なんか!」

 あやねはダッと駆け出した。

(勇太なんか大っ嫌い!)

 彼女はブレザーのポケットに忍ばせていた可愛い絵柄の封筒をグシャグシャッと丸めると、体育館の脇の側溝に投げ捨てた。

「何だよ、あいつ? 意味わかんね」

 勇太は肩を竦めて呟いた。

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