第一章 転校生はムチムチ?
天翔学園高等部の二年生である風間勇太は硬派を気取っているが、実は女子大好きの男。幼馴染の桜小路あやねに体育館の裏に呼び出され、彼女を待つ間に魅惑のスタイルの道明寺かすみに出会い、彼女に完全に惚れてしまった。
「明日この学校に転校する予定だよ」
かすみのその言葉に思わずメルアドを訊いた勇太だったが、
「私、携帯持ってないんだ。すぐに壊れちゃうから」
謎の言葉で断わったかすみ。勇太はその後現れたあやねの気持ちなど気づく余裕もなく、かすみとの再会を待ち望んだ。
そしてその翌日。天翔学園高等部の職員室はざわめいていた。勇太が待ち焦がれているかすみが挨拶に来ているのだ。かすみは勇太と遭遇した時と同じ制服を着ているが、当然の事ながら焼け焦げた痕はないまっさらなセーラー服だ。しかし、スカート丈は天翔学園高等部の校則の規定に遥かに違反する短さで、男性教師達には書類を見ているフリをして横目で見ている者や、あからさまに見ている者がいる。女性の教師の大半はムッとした顔でかすみの「ふしだら極まりない」ミニスカートを睨んでいる。しかし、当のかすみはそんな事を気にしていないのか、気づいていないのか、ニコニコしていた。
「道明寺かすみさん、ですね?」
書類とかすみ本人を見比べながら、若い女性の先生が立ち上がって言った。ストレートの黒髪を肩まで伸ばし、白のブラウスに紺のスカートスーツを着た、見るからに新人という装い。若干垂れ気味の大きな目と小さめの鼻の顔も幼さが残っており、制服を着れば生徒に見えなくもない。
「はい、そうです」
かすみは笑顔のままで応じる。
「どうぞ、かけて」
女性の先生はかすみにパイプ椅子を勧め、自分も椅子に座る。
「はい」
かすみも椅子に腰掛けた。短いスカートがより短くなり、太腿が丸出しである。隣の席の男性教師はもう少しで唾を呑み込みそうになった。
「私が貴女のクラスの担任の新堂みずほです。よろしくね」
みずほはぎこちなく微笑んで自己紹介をした。
「よろしくお願いします、新堂先生」
かすみはグイッと顔を近づけて言った。
(あああ! 久しぶりに先生って呼ばれたわ!)
みずほは感激していた。童顔のせいでクラスの生徒達からは「みずほちゃん」とか「みずほ
「あの、先生?」
目を潤ませて自分を見ているみずほを奇異に感じたのか、かすみが苦笑いして声をかけた。
「あ、ごめんなさい、ボオッとしてしまって」
みずほは照れ笑いをして書類に目を落とす。
「以前にいた高校はF県なのね。随分遠いところからの転校ね」
みずほは他意なくそう言ったのだが、かすみはピクンとした。
(この人、もしかして
微笑んでいた顔が真顔になり、書類に目を落としたままのみずほを視線で殺そうとしているかのように見つめた。しかし、みずほは鈍感なのか、かすみの視線に気づかない。
(組織の人間ではない、か?)
かすみはホッとした顔になり、みずほを睨むのをやめた。
「新堂先生のクラス、転校生ですか?」
みずほの机から離れた席にいるボサボサな長髪の若い男の先生が隣の年配の女性の先生に尋ねた。
「ええ。大丈夫なのかしら、新堂先生で。あの転校生、一筋縄ではいかない感じがするわ」
年配の女性の先生は呟いた。
「そうですか……」
男の先生は肩を竦めてヨレヨレのジャージの襟を正し、脱げかけたサンダルを履き直した。
(道明寺かすみ、どういうつもりだ? 俺の存在に気づき、
男の先生は目を細めてかすみを睨んだ。
みずほはかすみを伴って教室へと向かっていた。
「私の受け持ちのクラス、学年でも成績が下位の生徒の集まりで、騒がしい子が多いの。道明寺さんは前の高校では成績上位だったみたいなので、心配だわ」
みずほが溜息混じりに言った。するとかすみは微笑んで、
「大丈夫ですよ。もう知ってる子もいますから」
「え?」
かすみの不思議な返しにみずほはキョトンとしてしまった。
「噂の転校生、このクラスに来るらしいぜ!」
教室の扉を勢いよく開き、男子生徒が大声で言った。学ランの袖を肘まで捲り、ボタンを全部外している。その下に着ているのはワイシャツではなく、赤のTシャツだ。
「うるさいわね、横山君は! 大声出さないでよね!」
そう言って横山と呼ばれた生徒に詰め寄ったのは、桜小路あやねだ。あやねはその可愛い風貌に似合わず結構気が強く、場合によってはビンタも飛び出す今時珍しい熱血少女なのだ。
「ほ、ホントか、横山?」
横山の言葉に激しく反応してしまったのが勇太だ。その勇太の反応に更にあやねが激しく反応する。
「女の子だろ、その子?」
勇太はニヤニヤして横山に近づく。横山はあやねの軽蔑の眼差しに苦笑いしながら、
「おう、食いつくねえ、勇太。その通り! 女子だよ、女子! しかも、ムッチムチのエロい身体しててさ……」
その途端、クラス中の男子生徒が廊下に飛び出した。
「バッカじゃない……」
それを白い目で見て、あやねは自分の席に戻った。
「飢えてるなあ、うちのクラス……」
横山は肩を竦めて勇太を見た。すると勇太の姿もそこにはなかった。
(あいつ、結構スケベだよな……)
横山はそう思いながらも、しっかり自分も廊下に飛び出した。
「何よ、エロ男子共め!」
あやねのそばに仁王立ちで腕組みをするほとんど刈り上げに近いベリーショートの女子。あやねは教科書を鞄から出しながら、
「
美由子と呼ばれた女子はプリプリしながら、
「はいはい」
と応じると、自分の席に座った。
かすみを連れて階段を上がって来たみずほは、廊下の先にクラスの男子達の集団を見てギョッとしてしまった。手を振っている者までいるのだ。
(な、何?)
そうでなくても男子にかまわれるホームルームが憂鬱なみずほであるから、尻込みしそうだ。
「あ、勇太君!」
かすみが言った。名前を呼ばれた勇太はニヘラッとし、横山を始め他の男子達はキッとして勇太を睨んだ。
「同じクラスだね。よろしくね」
みずほを置いてきぼりにして勝手に勇太と話を始めるかすみである。
「あはは、偶然だねえ、かすみちゃ、あいや、道明寺さん」
昨日のかすみの鋭い目を思い出し、勇太は慌てて言い直した。
「かすみちゃんでいいよ、勇太君。私達、もう友達でしょ?」
かすみのその一言で、勇太はクラスの男子全員を敵に回してしまったのを知らない。
「あ……」
かすみは自分の遥か後方で口をパクパクさせているみずほを思い出して駆け戻った。
「先生、ごめんなさい、先走ってしまって」
「ああ、いえ……」
みずほは嫌な汗を掻きながら応じる。
(大丈夫かしら、私?)
クラスの問題児が一人増えそうな予感がするみずほである。
「あんた達、いい加減にしなさいよ!」
鬼の形相であやねが出て来たので、男子達は慌てて教室に戻って行く。あやねはかすみに気づいた。
(あの子……)
昨日勇太が嬉しそうに話しかけていたのを思い出し、顔を背けかけるが、クラス委員としての自分がそれにストップをかける。
(あの時は只の通りすがりのいかがわしい女だったけど、今はクラスメートなんだから)
あやねは引きつりながらかすみに微笑んだ。かすみもあやねの顔を見て彼女の事を思い出した。
(勇太君に話しかけたの、まずかったかな)
そのせいであやねに苦笑いを返す。そしてもう一つ思い出し、制服の胸ポケットから紙を取り出した。
「う……」
その時、かすみの胸がプルンと揺れたので、あやねは不覚にも
(な、何なのよ、その胸……? ホントに高校生なの?)
そんな疑いまで抱いてしまった。
「はい。こんな大事なもの、側溝に捨てちゃダメだぞ、あやねちゃん」
かすみがあやねに手渡したのは、あやねが丸めて捨てた封筒だった。
「あ……」
あやねは驚きのあまり何も言葉を返せず、みずほと共に教室に入って行くかすみを見ていた。
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