第十章 冷酷美少女
私立の名門である天翔学園高等部。そこには恐るべき陰謀が渦巻いていた。
その高等部に転校して来た道明寺かすみ。彼女はロイドと言う謎の外国人のサイキック、そして高等部に潜伏しているサイキック教師の坂出充、更に生徒の中にも存在するらしいサイキックと何らかの関わりがある。更には坂出の背後にいる「ボス」と呼ばれる謎の人物。かすみを取り巻くのはサイキックだけではない。警視庁公安部所属の森石章太郎。彼の目的は何か? それらの人物の中で動きがあった。
かすみがロイドと戦って気を失い、高等部の保健室に担ぎ込まれた翌日の事。
「道明寺かすみの力を確かめろとあの方がおっしゃったわ」
長い黒髪を腰まで伸ばして楕円形の黒縁眼鏡をかけた女子が言った。
「はい、治子先輩」
縁の太い丸眼鏡をかけた三つ編みの女子が頷いた。二人がいるのは、他に誰もいない音楽室である。
「では早速……」
三つ編の女子が動こうとすると、治子と呼ばれた女子が、
「勘違いしないで、留美子。あの方は私に命令されたのよ」
留美子と呼ばれた女子はピクンと身じろぎ、治子を見た。治子は目を細めて留美子を睨みつけ、
「何? 不満そうね、留美子?」
「いえ、そのような事は……」
留美子は慌てて頭を下げ、逆らう意志がない事を示した。しかし治子は、
「この私によくそんな見え透いた嘘を吐くわね。いい度胸だわ」
と言うと、いきなり留美子の顔を爪先で蹴り上げた。
「ぐう!」
留美子は鼻が折れたのか、血を撒き散らして尻餅を突いた。
「忘れたの、留美子? 私には
そう言い終わると同時に今度は顔面を思い切り上履きの
「す、すみませ……」
顔中血だらけになりながら、留美子は治子に謝罪した。泣いているのか、赤黒くなった液体が頬を伝って床に流れ落ちる。顔を上げた途端、留美子の口から血と一緒に前歯が落ちた。
「私に愛されたかったら、二度とそんな態度を取るんじゃないよ、留美子」
治子はニヤリとして留美子に言った。
「も、申し訳……ありません……でした」
留美子は口と鼻から
「床、奇麗にしときなさいよ、留美子」
背を向けたままそう言うと、治子は音楽室を出て行った。
かすみは今までと同じように登校し、教室に来ていた。彼女は気づかなかったのだが、坂出がずっと後ろからついて来ていたのだ。彼は自分の意に反して、かすみの警護をボスに命じられている。そのため坂出は歯軋りしながらかすみを見守り、高等部まで来たのだ。
「おはよう」
かすみは先に教室に来ていた桜小路あやねとその親友の五十嵐美由子に挨拶した。あやねと美由子は、昨日かすみに打ち明けられた驚くべき事実を改めて思い出し、顔を引きつらせながら、
「お、おはよう」
と挨拶を返した。かすみはある組織に狙われている。しかもその組織はこの学園内部に潜り込んでいる。かすみにもそれが誰なのかはわからないらしい。
(いくら私達は大丈夫って言われてもね……)
あやねは美由子と顔を見合わせた。美由子も同じ思いのようだ。
「かっすみちゃん、おっはよう!」
ところが、かすみにベタ惚れの横山照光は、相変わらずの能天気なテンションで登場した。
「おはよう、えっと……」
かすみは苦笑いした。横山がそれに気づいて項垂れる。
「かっすみちゃーん、いい加減俺の名前覚えてよお」
横山はかすみの手を取って顔をグッと近づける。かすみは反射的に身を引いた。
「覚えなくていいよ、道明寺さん」
美由子が横山の後頭部を定規の角で叩きながら言った。
「いってえ!」
横山は不意を突かれたのも手伝って、その激痛に思わずうずくまった。
「そっか、横山君だね」
かすみは席に着きながらうずくまった横山を見て、
「でも、彼女を怒らせたらいけないんだぞ」
「あのね、道明寺さん、この間から訂正しようと思っていたんだけど、私はその変態男の彼女じゃないから」
美由子は冗談じゃないわという顔でかすみに詰め寄った。
「そうなんだ。五十嵐さん、いつも横山君を見ているから、てっきりそうだと思っていたんだけど」
かすみがニコッとしてそう返したので、美由子の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
(丸わかりなのよ、美由子)
あやねは半目で美由子を見てそう思っていたが、美由子もあやねには言われたくないだろう。
「かっすみちゃーん、俺だってこんな男だか女だかわからないような凶暴な奴、彼女だと思われたら心外だよ」
復活した横山がまた余計な一言を言った。
「照ゥッ!」
美由子の怒りの鉄拳が横山のこめかみにクリーンヒットした。
「ぐへえ!」
横山は回転しながら吹っ飛び、床に倒れた。他の生徒達もその一連の騒動に目を見張っていた。
「おはよ」
そんな中、横山の「デビュー戦」があまりに華々しかったので、かすみに小声で挨拶して、風間勇太は静かに自分の席に着いた。それでもかすみに挨拶して自分に挨拶どころか目もくれない勇太にあやねはムッとしていた。
(相変わらずわかり易いね、あやねは)
美由子がクスッと笑いながらあやねと勇太を見比べる。どっちもどっちである。
「皆さん、席に着いてください」
そこへクラス担任の新堂みずほが入って来たが、それに従って着席したのはかすみとあやねと美由子くらいで、横山を中心に騒ぐ連中とそれを囃し立てる連中ばかりだ。
「みんな、席に着こうよ、先生がいらしてるんだよ」
かすみが立ち上がり、大声で言うと、騒いでいた生徒達がビクッとして動きを止め、要領の良さではクラス随一の横山はサッサと席に着いていた。勇太もハッとして席に着いた。かすみはクラス全員が着席したのを確認すると、あやねを見た。
「桜小路さん、後はよろしくね」
あやねはキョトンとしてしまったが、
「あ、えーと、起立」
皆が立ち上がる。あやねはそれを見届けてから、
「礼」
みずほはホッとして生徒達と挨拶をかわした。
「おはようございます」
かすみも満足そうに教室を見渡した。
「着席」
あやねはホッとして椅子に戻った。みずほは微笑んでいたが、かすみと視線が合ったので、昨日の事を思い出し、ギクッとしてしまった。
(理事長にお話しようと思ったけど、信じてもらえないだろうし……)
みずほが誰にも話ができなかったのには他に理由がある。かすみが止めたのだ。
「学園の誰が組織の者なのかわからないので、この話は誰にもしないでください」
その時はわからなかったのだが、みずほは天馬翔子理事長にかすみの話をしなくて正解だったのだ。
(さっき、強烈な悪意が校舎の中で爆発的に膨れ上がったけど、何だったのだろう?)
かすみは治子が留美子を一方的に痛めつけている時に発した悪意を感じていた。
(確か、あの感じは以前階段の踊り場で感じて、昨日保健室で感じたのと同じものだ。恐らく同一の能力者によるもの……)
かすみの額に汗が滲む。
(あれほどの悪意を膨らませながら、ほんの一瞬で全て消し去ってしまった。それの方が凄い……)
いつかは戦わなければならない相手。そう思えて、かすみの鼓動は高鳴った。
その頃坂出はボスに呼び出され、応接室にいた。彼は直接話があると言われ、震えていた。
(何だ? 今まで携帯電話以外の連絡を避けていたボスが、突然直接話すと言って来た……)
嫌な予感がして、坂出は落ち着かず、貧乏揺すりをした。
「待たせたな」
ボスが入って来た。坂出は硬直しそうになりながらもソファから立ち上がり、ボスを見た。
「座れ。話が長くなるのでな」
ボスは坂出の真向かいに座り、鋭い視線を彼に向ける。
「道明寺かすみを襲撃しようとしている連中がいる。ロイド以外にな」
その言葉に坂出は大きく目を見開いた。
「そいつらは高等部の生徒に紛れ込んでいる」
ボスは声を落として告げた。坂出の両の
「生徒の中に、ですか?」
彼はそれに全く気づかなかったので、その連中の実力を想像して焦りの色を濃くする。
「しかも、その中には千里眼能力がある者がいる。だから携帯電話では話せないと判断した」
ボスがそこまで警戒しているのを知り、坂出は思わず唾を飲み込んでしまった。つまり、携帯電話では「盗聴」されるという事なのだ。千里眼とはそういう能力なのである。
「となると、この会話も盗み聞きされているのではないですか?」
坂出は小声で尋ねた。するとボスはフッと笑い、
「何のために応接室を使っていると思っているんだ? この部屋はその手の能力をシャットアウトする特殊な金属を壁に埋め込んであるのだ」
「なるほど……」
さすがボスだと坂出は感心してしまった。
「相手は強敵だ。警戒を怠るな」
ボスはそう言うと応接室を出て行った。坂出は緊張のあまり、膝が震え出すのを止められなかった。
(どんな奴なんだ、そいつは? 俺が知っている生徒か?)
坂出はあれこれ考えてみたが、全く見当がつかなかった。
かすみ達は次の授業のため、教室を移動中だった。
「あ、生徒会長だ」
横山がかすみに囁く。かすみは横山の視線を辿り、廊下の先を見た。こちらに向かって
「三年生の手塚治子さんよ。高等部のマドンナ的存在ね」
かすみに寄り添おうとする横山を押し退けて、美由子が教えてくれた。
「そうなんだ」
かすみは美由子と横山がいがみ合うのを苦笑いして見てから、もう一度生徒会長を見た。
(手塚治子さん……)
かすみはすれ違いながら治子に会釈した。治子もかすみ達を見て微笑み、会釈を返した。
「美人で、頭良くて、生徒会長。凄いよねえ。誰かさんとは大違い」
横山がそう言って走り出すと、
「うるさい、バカ照!」
美由子が追いかける。
「全く」
あやねと勇太は二人の「痴話喧嘩」を呆れて見ていたが、かすみは何故か治子が気になって後ろ姿を見ていた。
(道明寺かすみ、今日は顔合わせだけよ)
治子はニヤリとし、廊下の角を曲がった。
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