第九章 新たな敵
道明寺かすみはロイドと言う正体不明のサイキックと戦い、気を失った。それを見ていた天翔学園高等部のクラスメートである風間勇太はかすみを背負って高等部の保健室まで運んだ。かすみは勇太が無事だったのを知って思わず彼を抱きしめたが、それは決して愛情からではないのを当の勇太は知らない。
「そんな話を信じろと言う方が無理だな」
仁王立ちで腕組みしている保健室の
「そうですよね。信じられないですよね。でも、その方がいいです。信じないでください」
かすみは大柄な中里を見上げて自嘲気味に応じた。
「俺は信じるよ! だってこの目で見たんだもん!」
勇太はかすみに抱きしめられた時に感じた彼女の柔らかい感触を思い出して頬を紅潮させながら言う。
「保健室で大声を出すなと何度言えばわかる、バカ者!」
勇太の脳天に中里の拳骨が炸裂した。
「いてて……」
勇太はうずくまった。幼馴染の桜小路あやねは、勇太がこれ以上バカになったら大変だと思ったが、他の人の目を気にして勇太を気遣えない。
「中里先生、体罰はいけません」
勇太のクラス担任の新堂みずほは怯えながら中里に意見した。中里はフッと笑って、
「体罰じゃないですよ、新堂先生。私は風間の脳がきちんと活動するように刺激を与えただけです」
「あはは、そうでしたか」
元来気の弱いみずほは自分の遥か上で不敵に笑っている中里と口論するつもりはない。二人の身長差は二十センチくらいあるのだ。
「勇太、良かったな」
親友の横山照光がニヤついて言うと、
「あんたの脳みそも刺激を与えてもらった方がいいんじゃないの、照?」
本当は横山の事が好きなのに顔を見ると喧嘩している五十嵐美由子が口を挟んだ。
「うるさいよ、ブス」
横山がムッとしてそう言った時、
「こら!」
中里が横山の頭を叩こうとするより早く、かすみが動いていた。彼女はベッドから離れて言い合いをしていた横山と美由子のそばに瞬間移動し、横山の頭を軽くコツンと叩いた。
「……」
そこにいた全員がかすみの能力を目の当たりにして言葉を失った。叩かれた横山は痛みを感じる事なく、ポカンとしてかすみを見ている。
「横山君、女子にそんな事言っちゃダメなんだぞ」
かすみは真剣な表情だ。そして美由子を見ると、
「それに彼女にはもっと優しくしないといけないんだぞ」
と言って、ニコッとした。美由子はかすみに微笑まれたのと横山の「彼女」と言われた事で真っ赤になってしまった。
「ど、道明寺、今のがお前の力、なのか?」
しばらく間があってから、中里が声を震わせて尋ねた。かすみはまた真顔になって中里を見ると、
「はい。そうです」
と応じた。
「ね、ね、言った通りでしょ、中里先生?」
勇太も我に返り、嬉しそうに中里に言った。中里は勇太のアピールには目もくれず、かすみに近づいた。
「あんたさっき、組織に狙われているって言ってたね?」
中里は声を落としてかすみに顔を近づけた。かすみは小さく頷き、
「はい。どんな連中なのかは全くわからないのですが、私を実験材料にしたいようです」
勇太は思わず隣にいたあやねと顔を見合わせたが、お互いにプイッと顔を背けた。
「実験材料とは穏やかじゃないね」
中里は再び腕組みをした。
「そうですね。しかも、組織の人間はこの学園にいるようなんです」
かすみのその言葉は、みずほを気絶寸前に追い込んだ。フラフラッと貧血を起こしたようになった。
「ああ、しっかり、みずほちゃん」
横山は美人なら誰でもいいという節操のない男なので、倒れかけたみずほを素早く抱きとめた。しかも抱きとめついでに胸を触った。触られたみずほは意識が薄れているため、無反応だ。それをいい事に、横山は更にみずほの胸を弄(まさぐ)り始めた。
「こら!」
次の瞬間、美由子と中里の拳骨のツープラトンが炸裂したのは言うまでもない。
「ひいい、その組織の奴らより、この人達の方が俺には怖い!」
横山は頭を抱えて膝を着いた。
「何言ってんのよ、ドスケベ! 自業自得でしょう」
美由子が鬼の形相で告げた。
「でも、組織の連中は私以外に危害を加える事はないと思います。自分達の行動を妨害されない限り、あるいは正体を知られない限り」
かすみはまだ
「え?」
かすみは射るような鋭い視線を壁越しに感じ、みずほを中里に預けると、裸足のまま保健室を飛び出した。
(気配が消えた?)
視線の主を探そうと周囲を探ったが、その主は気配を消したのか、どこか遠くへ行ってしまったのか、全く居場所がわからなかった。
(あの視線は以前階段の踊り場で感じたのと同じ……。一体何者なの?)
かすみは眉間に皺を寄せた。それを彼女を追いかけて来た勇太と勇太を追いかけて来たあやねが見てしまった。
(かすみちゃん、怖い……)
(道明寺さん、またあの顔……)
二人はまた顔を見合わせたが、またプイと背け合った。
「道明寺かすみ、大した事ないわね」
廊下を歩きながら、その女子生徒は呟いた。彼女はサイキック教師の坂出充を見ていた、長い黒髪を腰まで伸ばして楕円形の黒縁眼鏡をかけた女子である。
(あの方のお考えがわからないわ。あの程度のサイキックを何故ご所望なのか……)
彼女の背後に縁の太い丸眼鏡をかけた三つ編みの女子が現れた。
「治子先輩、私が試しましょうか?」
三つ編みの女子はこれから狩りに出かけるハンターのような顔で囁く。すると治子と呼ばれた女子生徒は立ち止まって振り返り、
「まだダメよ。あの方から許可をいただくまでは」
「はい」
三つ編みの女子は頭を下げ、悔しそうに歯軋りした。
「さあ、帰りましょう」
治子は三つ編の女子が悔しがっているのを見抜いており、それを面白がっていた。
(そうやって私に尽くすのよ)
彼女はニヤリとして背を向けると、また廊下を歩き出した。
(道明寺かすみ、不本意ではあるが、お前を守らざるを得ない)
保健室から勇太達と一緒に出て来たかすみを気配を消した状態で坂出は見ていた。彼は超感覚の持ち主であるが、治子の視線は感じる事ができなかった。
(道明寺が慌てて飛び出して来たのは何を感じたのだ? あの女は俺にはわからない何かを感じる事ができるのか?)
坂出は眉をひそめた。その時、また彼の携帯が震えた。慌ててジャージのポケットから取り出し、通話を開始する。
「はい」
相手はもちろんボスである。坂出の顔が見る見るうちに変わって行く。
「道明寺は
ボスの話によると、その能力によってロイドを撃退したらしい。坂出は焦っていた。
(俺が太刀打ちできなかったロイドを撃退したのか? 道明寺かすみは本当はどれほどの能力者なのだ?)
坂出はかすみの秘められた実力に震えそうになった。そして同時に、それほどの実力の持ち主を守る必要があるのか、疑問だった。するとボスが坂出の疑問を見透かしたかのように話を続けた。
「ロイドにはもう通用しないのですか?」
かすみがロイドを撃退できたのは、あくまで不意を突いたからで、真正面からぶつかり合えば、勝ち目はないのだ。
「わかりました。そういう事なのですね」
坂出は、ボスが実は自分の力を試そうとしていると感じた。かすみを護衛していれば、再びロイドと戦う事になる。その時こそ、決着をつけなければならない。坂出の携帯を持つ手が汗でジトッとして来ていた。
かすみは、勇太達に礼を言い、心配だからとついて来ようとする勇太と横山の申し出を、
「彼女がいる人とは一緒に帰れないんだ」
とかわし、ホッとするあやねと美由子に微笑み、中里とようやくふらつきが解消されたみずほに頭を下げて、保健室を出た。
(ロイド……。あいつはまたきっと現れる。今度は絶対に倒す)
かすみは強い決意を胸に秘め、高等部の校舎を出た。
「相変わらず、校則違反の制服を着ているのですね、道明寺さんは」
そのかすみの姿を理事長室の窓から教頭の平松誠が見ていた。
「教頭先生、いいではないですか。以前にも言った通り、道明寺さんの格好は健康的ですよ」
理事長の天馬翔子が椅子から立ち上がって言う。
「理事長、校則は一人の生徒を甘やかすだけで骨抜きになります」
平松は厳しい表情をしているが、その視線は翔子の美しい顔を食い入るように見ている。下心丸出しである。
「もしそうなったら、それから考えればいい事です。何でも押さえつけるのはよくありませんよ」
翔子は椅子に戻って脚を組んだ。平松は思わず唾を飲み込み、翔子の長い脚を
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