第六章 ロイドの思惑
風間勇太は一目惚れしてしまった道明寺かすみを追って来て、妙な男とかすみが対峙しているところに出くわしてしまった。
(な、何だ、あの男? 今いきなり現れたぞ……)
勇太はかすみをつけ狙っている異能者のロイドが瞬間移動したのを見たのだ。誰もいない場所に突如として現れたロイドは、勇太にとって想像の域を超えた存在だ。
(勇太君、いつの間に……)
かすみはロイドの事に気を取られて、勇太がついて来ているのを察知できなかったのを悔やんだ。
「あの人は関係ないわ。場所を変えましょう、ロイド」
かすみは無駄と思いながらも、ロイドに提案した。人の命を虫けら同然に思っているロイドにそんな言葉は届かないとわかってはいたが。
「お前と関係がないのなら、どうなろうと構わん訳だな?」
ロイドは眉一つ動かさずに言った。かすみはギョッとして身構える。
(勇太君を殺すつもり?)
かすみの予感は的中した。ロイドは瞬間移動で勇太の目の前に飛び、勇太目がけて
「させない!」
ロイドの手刀が勇太を貫く直前にかすみが瞬間移動し、勇太を突き飛ばした。
「ぬ?」
ロイドは手刀をかすみの直前で止め、かすみが繰り出して来た右の後ろ回し蹴りを飛び退いてかわした。
「よく見抜いたな、カスミ。それでこそ
ロイドはそんな下卑た言葉を吐く時ですら、表情を変えない。
(こいつには感情がないの?)
かすみは起き上がる勇太を気にかけながらも、ロイドから目を離さない。
「いてて……」
勇太はかすみに強く突き飛ばされたせいで学ランのボタンが千切れていた。
「勇太君、できるだけ離れて! さっきみたいに守れるかわからないから」
かすみはロイドを射るように睨んだまま、勇太に怒鳴った。勇太はかすみの迫力のある声とその表情にビクッとした。
(初めて会った時と同じだ。怖い……)
勇太は震えながら頷き、立ち上がる事なく
(でも、こいつの心は読めないから……)
かすみは全神経を集中させてロイドの動きを読もうとした。
(かすみちゃん、さっき俺の前に急に現れた……。どういう事?)
勇太はロイドが自分を狙っていないのに気づいてホッとしたせいか、状況を把握し始めていた。
(かすみちゃんて、何者?)
彼は凛々しい顏をしたかすみを見てドキッとしながらも、どこかで彼女を恐れていた。
(あ!)
そして、桜小路あやねが自分を追いかけていた事を思い出した。
(あやねがここに来ちまう?)
勇太はそれを避けたかったが、立ち上がって動く事ができない。腰が抜けているのだ。
「え?」
かすみはロイドが勇太を襲う素振りを見せないのは、勇太に興味がなくなったのではない事に気づいた。
(勇太君を動けなくしたの?)
かすみはロイドの目の動きでそれを読もうとしたが、ロイドの感情は深い闇の向こうに閉ざされたように確認できない。
「お前が倒れたら、その男も死ぬぞ、カスミ」
ロイドはガラス玉のように無反応な目をかすみに向けて言った。
「その前に貴方を倒す!」
かすみはダッとロイドに突進した。
「お前は俺に勝てない」
ロイドはスッと瞬間移動した。かすみも同じく姿を消した。
「……」
勇太はかすみの姿が見えなくなったのは錯覚でも何でもない事を思い知った。
(かすみちゃんが消えた……)
呼吸をするのを忘れてしまうくらい勇太は驚いていた。
その頃、勇太に逃げられたあやねは涙を堪えながら歩いていた。
(バカ勇太! 大っ嫌い!)
心の中でそう言いながらも、勇太の事を嫌いになれないあやねである。
『あやね、お前、俺のお嫁さんになれ』
幼稚園の裏庭に呼び出されて勇太に告白されたのをあやねは今でも覚えていた。勇太は覚えているのかどうか、あやねにはわからない。そして、確認する勇気もない。
「ちょっとお嬢さん」
あやねは自分に声をかけた人がいるとは思わず、そのまま歩き続けたが、
「ちょっと、無視しないでよ、お嬢さん」
目の前に立ち塞がられ、声の主を見上げた。
「失礼。私、警視庁公安部の森石と言います」
声の主は大柄で細身で丸刈りの三十代前半くらいの男。黒系のスーツを着て、あやねにバンと突き出した身分証を見る限りでは刑事のようだ。公安部が実は取り分け恐ろしい部署だという事を警察組織に詳しくないあやねが知るはずもない。
「な、何でしょうか?」
あやねはそれでも警戒して後退りながら尋ねた。森石と名乗った刑事は苦笑いして身分証をスーツの内ポケットにしまうと、
「貴女、天翔学園高等部の生徒さんですよね?」
森石は舐めるようにあやねの姿を上から下まで見る。
「そうですけど、それが何か?」
あやねは気持ち悪いものでも見るような表情で更に尋ねた。森石はグイッとあやねに顔を近づけて、
「実はですね、この近くで路上駐車していた車が炎上する事件がありましてね」
「はあ?」
その事と私が天翔学園の生徒だという事と何の関係があるのよ? すると森石はあやねの疑問をまるで見透かすかのように、
「その現場から立ち去った男がいましてね。聞き込みの結果、貴女の学校の先生らしい事まではわかったのですが……」
あやねはそれを聞いて愕然としてしまった。
(ウチの学園の先生が事件の関係者なの?)
彼女は
ロイドはフッと姿を現した。その後ろにかすみが現れる。
「背後をとったつもりか、カスミ?」
ロイドはチラッとかすみを見て問う。しかしかすみはそれには応えず、もう一度消えた。
「何度やっても同じだ、カスミ」
ロイドも消えた。
(すげえ……。何なんだ、あの二人……?)
勇太は唖然としてかすみとロイドの攻防戦を見ていた。
「ぬ?」
もう一度姿を見せたロイドの頭上に何かが現れた。
「く!」
無表情だったロイドの顔に焦りの色が一瞬見える。彼の頭上に現れたのは、ベンチだった。ロイドは紙一重でそれをかわした。ベンチはズシンと地面の落ち、跳ね上がって裏向きになった。
(カスミは
ロイドは周囲を見渡す。かすみが戻る瞬間を捉えて勝負を決めるつもりだ。
静寂が訪れる。ロイドの息遣いと遠くで鳴る車のクラクションしか聞こえない。勇太も息をひそめてロイドの動向を見守っている。
「む?」
ロイドは背後に何かの気配を感じた。しかしそれはかすみが仕掛けた罠だと見抜き、ロイドは上を見た。
「同じ手を!」
また頭上から今度は工事現場にあるスコップが落ちて来た。
「お前はそこだ、カスミ!」
しかしロイドはスコップをかわしながら左を見た。
「見抜くだけじゃダメなのよ、ロイド!」
確かにかすみはロイドの左側に現れた。しかし、そのかすみ自体が囮だとは思わなかったロイドは、もう一度頭上から落ちて来たバス停を避け切れず、右肩に受けてしまった。
「ぐう……」
ロイドは苦痛に顔を歪めると、
「次は必ずお前を犯す……」
そう言い捨て、消えた。バス停は地面に転げ落ちた。
「良かった……」
それを見て気が抜けたかすみは意識を失い、地面に倒れ伏してしまった。
「え?」
何がどうなったのか理解するまでにしばらく時間がかかった勇太は、かすみが倒れている事を認識し、駆け寄った。さっきまで動けなかったのはロイドの力のせいなのだが、勇太にはそれはわかっていない。
「かすみちゃん、しっかりして!」
かすみは勇太の呼びかけにも全く反応しない。
「うわ……」
そんな緊急事態にも関わらず、勇太はかすみの奇麗な脚に見とれてしまう。
(今なら……)
良からぬ気持ちが湧き上がるが、何とか思い留まり、かすみを背負った。
「ここからなら、学園が一番近いか?」
勇太はそれでも目を覚まさないかすみが心配になったが、
(かすみちゃん、何カップだろう?)
背中に当たるかすみの胸にドキドキしながら学園を目指した。
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