第五章 殺戮者ロイド
天翔学園高等部はその日のカリキュラムを終了し、放課後となった。
「かっすみちゃーん、一緒に帰ろう」
懲りない男ナンバーワンの横山照光がかすみの前の席の男子を押し退けて椅子に座り、声をかける。離れた席にいる五十嵐美由子が殺気立ったのは、かすみばかりでなく、彼女の右隣の桜小路あやね、斜め後ろの風間勇太も感じた。
(あいつ、学習能力ないだろ?)
勇太は目を細めて横山を見た。
(五十嵐が自分の事好きだって、どうして気づかないんだろうな? どうしようもない鈍感ヤロウだ)
勇太は横山を哀れんだが、自分もあやねに好かれている事に気づいていない同類だとは理解していない。
(バカ勇太)
あやねは勇太が横山を見ているとも知らず、またかすみを見ていると思い込み、ムッとして彼を睨んだ。すれ違いだらけのクラスである。
「あんたは今日は居残りでしょ、おバカさん!」
美由子がノートの角で横山の頭を叩いた。
「いちっ!」
さすがに
「何するんだよ!?」
「あんたの錆びついた頭が少しでも動き出すように叩いてるのよ」
美由子はニヤッとして言い返す。すると横山は、
「俺の頭ん中は歯車が回っているんじゃねえぞ!」
食ってかかる横山に美由子は怯まない。
「ああ、そうね、あんたの頭の中、空っぽだったね」
「このヤロウ、言わせておけば!」
横山が美由子に掴みかかろうとした時だった。
「横山君、女の子に手を出すなんて、最低だぞ」
かすみが鋭い声で言い放った。その声の迫力に横山はビクッとして振り返り、勇太とあやねはかすみの迫力のある顔を知っているので、ドキッとして彼女を見た。かすみは真顔だった。
「えっへへえ、そんな事する訳ないじゃん、かっすみちゃーん。俺はジェントルマンだよ」
横山は苦笑いをして言い訳する。
「ジェントルマンの意味もわからないくせに」
美由子がボソッと言ったのを横山は聞き逃した。
「それならいいけど」
しかし、かすみはニコリともせずに鞄を持って席を立つと、教室を出て行ってしまった。
「ああ、かっすみちゃーん、待ってよお」
横山は慌ててかすみを追いかけようとするが、
「あんたは居残りだって言ったでしょ、本物バカめ!」
美由子が今度は下敷きの角で頭を叩いた。
「いでえ……」
その衝撃は凄まじく、横山は頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。
(美由子、やり過ぎ……)
あやねは唖然としていた。
「大丈夫か?」
勇太が横山に駆け寄った。
「心配要らないって、勇太君。そいつ、石頭だから、それくらいじゃ何ともないわよ」
美由子は仁王立ちで言った。
「そ、そうなの?」
その迫力に勇太はビビってしまう。
かすみが教室をサッサと出てしまったのには他に理由があった。
(ロイド……。あんな奴に学園の近くをウロチョロされたら
廊下を足早に進み、階段を駆け降りながら、かすみはまた殺意のこもった視線を感じた。
(誰?)
彼女は踊り場で立ち止まり、周囲を見渡した。
(こんなところで感じるなんて、どういう事?)
周りは壁ばかりで、誰かがかすみを見る事はできない。しかし、思い過ごしでも何でもなく、かすみは鋭い視線を感じていた。
(もしかして、
千里眼とは
(この視線はあの
かすみはゾッとしてしまった。
「君」
すると階段の下に平松誠教頭が現れた。かすみはハッとして平松を見る。
「何でしょうか、教頭先生?」
かすみは愛想笑いを浮かべて尋ねた。平松は身をよじるようにしながら階段を上がって来て、
「君のスカート丈、明らかに我が学園の校則に違反していると思うのだが、違うかね?」
かすみは平松が彼女のスカートの中を覗こうとしていたのを知っているが、敢えてそれには触れない。
「すみません、教頭先生。明日直して来ます」
かすみは頭を下げて言った。すると平松は、
「いや、私の思い違いだったよ。違反はしていないようだ」
と言うと、嫌らしい笑みを浮かべ、かすみとすれ違い、踊り場を通過して、二階に上がって行ってしまった。
(何なの、あの人?)
かすみは平松の挙動を不審に思っている。
(敵かしら?)
そうも思うが、平松からは何も感じない。
(でも、ロイドと初めて会った時もそうだった)
ロイドは瞬間移動を得意とする能力者だが、最初に対峙した時、彼はその力を全く感じさせなかったのだ。それも能力の一つなので、平松が異能者ではないと結論づけるのは早計なのだ。
(ロイド……)
かすみはその殺戮者の名を思い出し、階段を駆け降りる。偶然居合わせた男子生徒達がかすみの揺らめくスカートに目が釘付けになるが、かすみは自分の異能の力を使って、パンチラしないようにしているので、露骨に覗き込む者にすら、スカートの中は見えなかった。
(スケベばっかりだな、この学園)
かすみは呆れながら玄関へと走った。そんな彼女を見送る男子達は、皆一様に首を傾げていた。
(何であの子のパンツは見えないんだろう?)
全員同じ事を考えていたのだ。
教室では、横山が自分の机に顔を
「お待たせ、横山君」
そこへクラス担任で英語の担任でもある新堂みずほが現れた。
「おっそいよお、みずほちゃん」
横山が復活して口を尖らせる。本来なら、
「名前で呼ばないで」
と注意しなければいけないはずのみずほだが、それができない。苦笑いして、教壇に立つ。
「あら、今日は五十嵐さんも居残りでしたっけ?」
横山の隣に座っている美由子を見て言った。美由子は横山を睨みつけて、
「このバカがちゃんとみずほ
「そ、そうなの」
美由子が「みずほ姉」と言ったのにも何も言えないみずほである。そして美由子と横山の口喧嘩も止められない。
「じゃあ、始めましょうか」
みずほは溜息を吐いて教科書を開いた。
その頃、勇太は下校途中だった。彼は非常に不愉快そうな顔をしている。何故なら、あやねがしっかり後をつけて来ているからだ。
「何なんだよ、お前は!?」
勇太は我慢できなくなって振り返った。するとあやねは、
「貴方、自意識過剰よ、風間君。私はこっちに用事があるの」
勇太はあやねの取り澄ました顔に苛ついたが、
「ああ、そうなんだ。だったら、お先にどうぞ。俺はここで少し休んで行くから」
その言葉に今度はあやねがイラッとする。
「そんな事言って、本当は道明寺さんをつけてるんでしょ!?」
あやねの指摘に勇太は動揺したが、
「な、何言ってるんだよ? そんな訳ないだろ?」
苦しい言い訳をする。
「相変わらずわかり易いわね」
勝ち誇ったような物言いのあやねに勇太はキッとなったが、
「お前には関係ないだろ」
と言うと、ダッと走り出した。
「あ!」
勉強は苦手だが、足だけは学年一速い勇太である。勉強はできるが、運動は苦手のあやねに追いつく事はできない。
(バカ勇太!)
あやねは悔しくて泣きそうになった。
かすみは危険を承知でロイドを探していた。
(あいつは私が探している事を感じているはず。早く姿を見せなさい、ロイド)
かすみは緊張で身体が震えるのを押さえながら、人通りの少ない裏路地へと入って行く。
「俺を探しているのか、カスミ・ドウミョウジ?」
不意にロイドが現れた。かすみはビクッとして飛び退いた。
「やっぱり貴方だったのね、ロイド。一体何の用なの?」
かすみは鋭い目をロイドに向けた。するとロイドはその何を見ているのかわからない目をかすみの後方に向け、
「何だ、今日は連れがいるのか、カスミ?」
「え?」
かすみはギクッとして振り返った。そこには、仰天して目を見開いている勇太の姿があった。
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