第二十二章 二つの危機
警視庁。そこはあくまで東京の警察のトップでしかない。いい加減な漫画やドラマなどで、日本の警察の最高峰のような描かれ方をするが、日本の警察の頂点は警察庁である。
「しばらくここで生活してください」
公安部の所属である森石章太郎は、道明寺かすみに言われて彼を頼って来た新堂みずほを庁内の一角にあるホテル並みの設備が行き届いた部屋に案内した。
「わあ、ここを使っていいんですか? 私のアパートの部屋よりずっと広いです」
みずほは感激して目を潤ませている。
(面倒臭い人だなあ)
森石は苦笑いした。
「それから、事態が終息するまでは、仕事も休んでください」
森石は部屋を出かけて振り返って言った。みずほはベッドの弾力を確かめていたが、
「それは困ります。私一人の都合で生徒達に迷惑をかける事はできません」
森石に詰め寄るように言う。森石はみずほの可愛い顔が険しい表情になったのをそれはそれでいいなあ、などと呑気な事を考えかけたが、
「いいですか、新堂さん。敵は学園そのものかも知れないのです。そんなところに貴女を行かせる事はできません」
「悪いのは平松教頭です! あの人さえ逮捕すれば、それで一件落着ですよ」
みずほは大真面目な顔で反論した。森石は項垂れかけたが、
(この人、平松に恨みでもあるのかな? 妙に奴を悪く言うが。何かあるのか?)
つい刑事の目でみずほを見てしまった。みずほは森石の鋭い目にビクッとして、
「ご、ごめんなさい、言う通りにします」
深々と頭を下げた。森石は脱力しそうになった。
(助けてくれ、道明寺……)
かすみの救援を願いながら、思わず彼女の制服のボタンを弾き飛ばしそうな胸を想像した。そしてハッと我に返る。
「とにかく、ここにいれば安心ですから、絶対に勝手な行動はとらないでくださいよ」
森石は念を押してからドアを閉じた。そして大きく溜息を吐いて廊下を歩き出す。
(いろいろ話してみてわかったが、新堂さんはどうやら理事長の天馬翔子信者のようだ。あの女が黒幕だと言っても、絶対に信じないだろうな)
その時、ポケットの携帯が振動した。
「はい、森石」
携帯の向こうで悲鳴や怒号が聞こえていた。森石の顔色が変わった。
「もう来たのか!?」
彼は携帯をポケットにねじ込み、廊下を走った。彼がいたのは、地下四階。一切公表されていない対サイキックの装備が施されたエリアなのだ。どれほどの能力者であろうと、みずほがいる部屋の中を探る事はできない造りになっている。
「エレベーターは危ないか」
彼は非常階段を駆け上がった。
(もしや天馬が出て来たのか? いや、あり得ないな。あの女は絶対に表立った行動はしないはずだ)
森石が一気に四階分の階段を駆け上がり、ロビーに着いた時、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図状態となっていた。
「何が起こったんだ?」
制服警官が十人首を捻じられて息絶えており、たまたまその場にいた一般人や事務職員達はその経緯を見てしまったのか、壁に叩きつけられて血塗れになっていた。皆すでに心臓は停止してしまっているようだ。
「やっとお出ましか、森石章太郎? 待ちかねたぞ」
その地獄の中心に悠然と立っていたのは、みずほが大嫌いな平松誠だった。
「全部お前がやったのか?」
森石は無駄と思いながらもスーツの下のショルダーホルスターの銃に手をかけた。
「その通りだ。お前にも死んでもらうぞ、森石」
平松はニヤリとして血の海になったロビーを歩き出した。そこへドヤドヤと機動隊が雪崩れ込んで来た。
「来るな、やめろ!」
森石が叫ぶが、無駄だった。数十名の機動隊員は警棒と盾を構えて平松に向かって突進してしまった。まるで呼び寄せられるかのように。
「クズ共が!」
平松が機動隊を睨み、全身に力を込めた。
(
森石は身を震わせた。平松から発せられた力はロビーの床に亀裂を生じさせ、機動隊の盾を真っ二つに割り、彼らの頭をヘルメットごとザクロのように潰してしまったのだ。その力は庁舎全体を揺るがせ、上から何かの破片がパラパラと落ちて来た。
(こいつ、能力者だったのか? だが、何かがおかしい……)
森石はホルスターから銃を抜き、平松に照準を合わせた。平松は
「そんなものがこの俺に通用するか!」
平松の顔が醜く歪み、口が大きく開かれる。
「お前も砕けろ!」
サイコキネシスの波動が平松から生じ、床を裂きながら森石に向かった。平松は森石の無残な死に様を確信し、フッと笑った。
「通じないよ、そんな力は!」
何故かサイコキネシスの波動は森石を認知しなかったかのように素通りし、背後にあった観葉植物を鉢ごと木っ端みじんにして壁に大きな穴を開けた。
「ぐう……」
唖然としていた平松の胸に森石の放った銃弾が命中した。銃弾は平松の身体を貫通し、壁に減り込んで止まった。平松は胸と背中から血を流して後ろに倒れた。銃弾は肋骨を撃ち抜き、心臓を破壊していた。平松は即死だった。
「犯人は射殺した。鑑識に連絡を」
森石は目を見開いたまま死んでいる平松に近づき、機動隊の第二部隊に指示した。
「があ!」
絶対に起きるはずがない平松が立ち、森石に襲いかかった。
「何だと!?」
一瞬何が起こったのかわからなくなった森石は、危ういところで平松の右手から逃れた。その様子を見ていた機動隊員達はどうすればいいのかわからず、硬直していた。
『やはりお前はアンチサイキックか、森石?』
平松の遺体を通して、何者かが森石に語りかけて来た。森石は銃をホルスターの戻し、
「誰だ、お前は? もしかして天馬翔子か?」
眉間に皺を寄せ、探るような目で尋ねる。すると平松の遺体はグラグラと揺れ、
『ご名答だ、森石。私は天馬翔子。平松は私の操り人形に過ぎない』
森石はニヤリとし、
「あの時と同じだな。自分の手は決して汚さず、目的を達成する。憶病者の採る方法だ」
翔子を意図的に挑発した。すると翔子の声は、
『私を怒らせたいのだろうが、そんな安っぽい挑発には乗らないよ。これから大きな商談があるのでね。お前の相手はまた後日だ』
そこまで言うと、力を引き払ったのか、平松の遺体はドサッと床に倒れた。
「どこまでも汚い女だ」
森石は吐き捨てるように言った。機動隊員達は森石と平松の遺体を交互に見て唖然としていた。
その頃、天翔学園高等部の保健室では、保健室の
「私は手塚と安倍を伴って脱出するのは構わないが、ジャージ先生と道明寺はどうするつもりだ?」
中里は
「俺はもう死ぬ覚悟はできている。奴を裏切った段階で、生き残れる可能性は限りなくゼロに近いからな」
坂出の言葉を聞き、かすみは目を見開いた。
「そんな自暴自棄の事を言わないでください、坂出先生。まだそうと決まった訳じゃないんですから」
かすみの真剣で真っ直ぐな眼差しが眩しくて、坂出は俯いた。
「お前は奴の本当の凄さを知らないからそんな事が言えるんだよ、道明寺」
すると中里が、
「生き残れるかどうかは先の話だろう? 今はこれからどうするかだ。取り敢えず、私は手塚と安倍を連れ出す。片橋はどうする?」
話を振られた片橋留美子は中里を見上げて、
「治子先輩が心配なので、中里先生と一緒に行きます」
「そうか」
留美子はかすみを見て頷いた。かすみも黙って頷き返す。失禁した治子は留美子が持って来た治子のジャージに着替えさせ、留美子が背負った。安倍は意識が回復したので自分の足で歩けたが、中里に何故どやされるのか理由がわからないまま、保健室を出た。
「無理はするなよ。力になれる事があったら、いつでも連絡をくれ」
中里は携帯の番号とメールアドレスを書いた紙をかすみに渡した。
「私は携帯を持っていないから、坂出先生、持っていてください」
かすみがその紙を坂出に渡すと、
「おかしなメールを送って寄越さないでくれよ、ジャージ先生」
中里はニヤリとして言い、留美子達と保健室を出て行った。
「さて、これからどうする?」
坂出は紙をジャージのポケットに捻じ込みながら言った。かすみは眉間に皺を寄せて、
「平松教頭を探しましょう」
「そうだな」
二人は保健室を出て廊下を歩き出した。坂出は超感覚を研ぎ澄ませ、かすみは予知能力を応用して平松を探した。だが彼は校内のどこにもその痕跡を留めていなかった。
「あら、坂出先生、道明寺さん」
そこへ素知らぬ顔で翔子が現れた。かすみも坂出も、翔子が真のボスだという記憶を翔子によって封じられている。
「理事長先生」
かすみは理事長なら平松の行方を知っていると思い、
「教頭先生はどちらにいらっしゃいますか?」
翔子はかすみを見ると、
「私の方が訊こうと思っていた事です、道明寺さん。先程から教頭先生を探しているのですよ」
翔子の恐るべき罠がかすみと坂出をジワジワと追いつめようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます