裏ディズニーツアー
永遠に続くのではないかと錯覚するほどに長い廊下の先には、大きな扉が待っていた。
僕らの背を軽く越えるほどの大きさをもつそれは、固く閉ざされているようで、すきま風の一つも入ってはこない。重量感溢れるその外観に、ただひたすらに圧倒されていると、不意に背後からチリンチリン。と、ベルを鳴らす音が聞こえてきた。
あまりにもありきたりながら、適度に緊張を孕んだ僕とメリーには、その不意打ちは頗る効果的で、結果僕らはビクリと肩を震わせる事になる。
「イラッシャイマセ~」
「……イラッシャイマセ」
そこにいたのは、ピエロの仮面を着けた、二人の子どもだった。手を繋ぎ、白黒の左右対称なスーツを着込んでいる。
黒髪の男の子と、亜麻色の髪の女の子。年は、十歳にも満たなさそうだ。
対応するように、メリーと手を握り合う。すると、少年がつかつかと歩みよってきて僕に何かを手渡した。
渡されたのは、パンフレットのようなものだった。
「えっとこれは……?」
訝しげな顔になっていることを自覚しつつも、僕は少年と少女を見る。が、ピエロマスクの二人は、プププ……。と、楽しげに笑うだけだった。どうするべきか考えあぐねて、僕はチラリとメリーを見る。彼女の青紫の瞳は、渡されたパンフレットを見続けていた。
「……まぁ、見てみましょう。開くなりパンフレットが噛みついてきたりはしないわよね?」
「それこそファンタジーだね。そうならないことを祈るよ」
そんな軽口を交えつつ、僕らはその紙を開く。大きさは普通の大学ノート位。
パンフレットというよりは、ホテルの招待状に近かった。
そこには……。
『裏ディズニーランドへようこそ』
『当ランドは、完全招待制です。お楽しみください』
『当ランドを出るには、条件がございます。達成できなかった場合、料金をお支払頂いた上で、ご自宅へ帰還は不可能となりますので、ご了承下さい』
『退園条件。表のディズニーランドには相応しくないものを見つけ出して頂く、ウォークラリー形式となっております。見つけ出した後、招待状へ自動的に指示が書き込まれるのでその方式に従って下さい。クエストは六つです』
『料金はご自身のお命を頂戴いたします』
「……ねぇ、メリー」
「なぁに? 辰」
最後の文に目を擦り、もう一回見てから目眩を覚え、相棒に助けを求める。メリーもまた、顔をひきつらせていた。
「最後酷いと思うんだ」
「同感だわ。いきなり拉致しといて、こんなのあんまりよ」
まるで出来の悪い脱出ゲームみたいだ。何てコメントを漏らしたその時だ。渡された招待状がブルリと一人でに震え始めた。何事かと僕とメリーが慌てて紙を覗き込めば、ルール説明の下の空欄に、うにょうにょと文字が書き込まれていく。
もう何でもありだなぁ。なんて言うのは……取り敢えず止めておいた。追加された文には、こう記されていたのだ。
「何々……チュートリアルです。次の言葉を読み上げて下さい。〝ホーンテッドマンションには999体の霊はいるが、それ以外はいないのである〟?」
僕がそう言ったその時だ。パチンと、指を鳴らすような音がして。ピエロマスクの少年少女が、みるみるうちに銀色の煙を立て始めた。もう何が来ても驚くまいと思っていただけに、流石にこれには僕も驚き、思わず二人に駆け寄ろうとして……。
「ダメダ」
その瞬間、ピエロマスクの少年が、僕を制止した。その手もまた、煙を上げ始めているのを見て、僕は思わず少年を見る。消えている。比喩的にではなく、本当に。そう僕が気づいた瞬間。少年は、再び「ヒヒヒッ」と、笑いだした。
「目的ヲ追ウンダ。ソウスレバ、答エガ見エテクル」
「終ワリヲ思イ出シテ。ソコニ突破口ガ、アル」
少年の言葉に被せるように、少女が語る。その瞬間、カランという音を立てて、二人のピエロマスクが外れて、地面に落ちた。
露になるその相貌を認識した時、謀らずも僕とメリーは、同時に「あ……」という声を上げていた。
「……私、メリーサン。今、コウ見エて意外に……、幸せだったりするの」
フワリと笑う少女の瞳は、宝石みたいに綺麗な青紫色。いつの間にか言葉が流暢になっているのに気付かず固まる僕たちを見て、少年がまるで悪戯に成功したかのように笑う。さっき死の車に乗り込んできた少年だけど、よくよく見れば何だか既視感があるというか、妙な親近感があるというか……。
「失敗シテモ、気ニシナい方がいい。〝上を向きな。いつかまた幸せが訪れるから〟幽霊生活も悪くないよ?」
「フフッ、ロビンフッドね。あらもう時間だわ。お勤めお仕舞い。帰らなきゃ」
そうこうしているうちに、「バイバイ。いってらっしゃい」という言葉を最後に、二人の霊は霞のように消えてしまう。残されたのは僕とメリーと、鈍い音を立てて、正面の扉が開かれる音だけだった。無味無臭の風が吹き抜ける。ありきたりながら、試しに頬をつねってみた。痛い。夢じゃない。
確かにそこにいたのは、年齢は違えど、恐ろしい事に僕らの霊だった。
「……何て、コメントすべきだろうか」
「……未来の幻像なのか。所謂パラレルワールドの私達なのか。口ぶりからして後者だと願いたいわね」
「平行世界の僕らの命運は、ここで尽きていて、僕らもそうなるかもしれないと? ……笑えないな」
「ホントね。ディズニーランドだし、そういう演出だと思いたいわ」
双方とも知らず知らずのうちに手が汗ばんでいた。ドッペルゲンガーとも言えなくもない現象を、二人同時に体験するだなんて奇跡に近い。起きて欲しくなさすぎる出来事だ。と、突っ込む暇もなかった。
招待状を確認する。さっきのチュートリアルとやらの文字は、既に消えていた。
今のが排除なのだろうか? 幽霊ならば、存在の否定。故に消えたと。でも本人達はお勤めとか言ってたし、何処と無くアトラクション染みているとは思う。
「……で、どうする? これから」
肩を竦めながら、メリーと方針や状況を確認し合う。ふりだしに戻ったと言うべきか。結局ほぼノーヒントで謎のウォークラリーに命をかけるだなんて、中々に酷い状況だ。だが、そんな中ですら、我が相棒は頼もしいことに、不敵な笑みを浮かべて。
「私にいい考えがあるわ」
そう宣った。
「頼もしくて震えちゃいそうな台詞だね。総司令官殿、何かオカルトチックなヴィジョンでも受信したのかい? 君の素敵な脳細胞と視神経でさ」
「皮肉は聞き流して上げるわ。貴方って鈍感なのね」
「失礼な。君が敏感なのさ」
「それは貴方といるからよ」
軽口を少々交えて、互いの調子を取り戻す。幽霊や、この謎めいた非日常な現状に、改めて対峙しているという実感がわくと共に、適度な緊張で身が締まる想いになる。さながら戦場に赴く兵士のよう。話を戻すわよ。と、メリーは芝居がかった動作で指を鳴らした。それを合図に、オカルトサークルたる渡リ烏倶楽部は、本領を発揮する。
「ノーヒント? いいえ、ほぼ答えは私達が言っていたじゃない。〝目的を追え〟ってね。これを念頭に置けば、自ずと〝相応しくないもの〟は見えてくるわ」
「僕らの目的が相応しくないもの? それって……」
「そう、都市伝説よ。つまりこれは、脱出ゲームという形式をした……都市伝説巡りのミステリーツアー。だから私達がやることは変わらないわ」
オカルトを追う。それが自ずと脱出への道筋なら、それに沿うべきよ。
そう言ってメリーは、僕の手を引く。まずは外に出ようということらしい。確かにまぁ、こんな場面では、行動するのが先決だろう。考えなんて、歩きながらでも纏められるし。
ただ……。
『終ワリヲ思イ出シテ。ソコニ突破口ガ、アル』
目的を追えというのは分かる。けれども、パラレルワールドのメリーの霊が言った事だけ、真意が掴めないのが気になった。
「もしかして……いや、まさかね」
どうにも嫌な予感を感じつつ、僕らは幽霊の溜まり場たる屋敷を後にした。
僕とメリーさんの怪奇ファイル 黒木 京也 @kuromukudori
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