松原葵と坂下好恵の戦いの行く末に胸を焦がした全ての人々に

本作は総合格闘技・武道をテーマにした青春小説です。

親友に引きずられるようにして裏茶道部という名の総合格闘技サークルに入ることになった主人公のユーハでしたが、先輩や親友の試合観戦や、苦い過去との邂逅を通じて、少しずつ自分の意思で戦うということと向き合うようになっていきます。


もっともユーハの“成長”は必ずしも綺麗なものではなく、十二話で示されるような薄暗い感情の発露でもあるということは無視できません。しかし、それまで何かにつけ斜に構えていた少女が、全力で何かに取り組むというのは、ただそれだけで人の心を打つものです。


また、武道が「人を殴り、倒す技術」である以上避けて通れぬ暗い一面をしっかりと描いた点も素晴らしいと思いました。こうした武道の暗い一面は、ユーハの暗い感情とも重なってくるのですが、その上で胸がすくようなさわやかな結末を描いているのも好印象です。この辺り、勝ち負けのある世界での武道・格闘技を取扱いながら、漫画の『刃牙道』や『喧嘩稼業』とはまったく違った場所に着地している点も面白いと感じました。


文章の完成度は高いです。単に平易な文章というだけでなく、シーンごと内容に合わせて緩急や硬軟をつけた書き振りで、メリハリが効いているので、しっかり作品にのめりこむことができると思います。ぴんと空気の張りつめた初めての試合観戦、想像するだに苦しいスパーリングのシーンなどは、特に読みごたえがありました。もちろん豊富な格闘技経験に裏打ちされた(それでいてテンポを落とさないために大胆に情報を削った)バトルシーンも、安定して面白いです。


二点、気になったところを。
一点目は、やはり十二話のある描写ですね。狙いは前述のとおりかなと思うのですが、それにしてもそれまでとのトーンの差に違和感を覚えたのも事実です。
二点目は、シーサー君の扱いです。師匠兼マスコットキャラとして登場する彼は、時に場を和ませ、時に弟子を導き、時に格闘技の技術を解説する名脇役であり、本作には欠かせない存在です。しかし、本作は一貫してユーハとネコ、それにもう一人の人物の友情の物語でもあります、終盤になってシーサー君の役割は脇役を超えたものになるのですが、そのことで、本作の焦点が「ネコらとの友情」と「ユーハとシーサー君の師弟関係」のどちらにあるのか、ぼやけてしまったようにも感じました。

もっともこんなのは些細なことで、総じて面白い作品です。
格闘ものが好きならば、「前に進めば痛くない!」の精神で、是非読んでいただきたく思います。

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