てんつく天突くモグラは謳う

佳麓冬舞

てんつく天突くモグラは謳う

 柔らかく湿っぽい天井を突き破って、空へと頭を突き出した。

 隣で もぞもぞ とやっていた奴も、ほどなく顔をのぞかせる。

 どうやら星たちの時間に間に合ったようだ。まだ天井を見つけられていない連中は、今頃必死に頭の上をかき分けているのだろう。

「これだけ早く空の匂いをかげたのは、日頃の行いが良いからだ」

 ひとり言は隣にも伝わったらしい。ぷるぷると笑う気配が、伸ばしたヒゲを通して伝わってきた。

 俺は言う。

「あんただっても日頃の行いが良いのさ。だからお天道様に嫌われる」

 また、ぷるぷると風が震えた。


 まばゆく力強いお天道様。彼に嫌われると、慈悲深いお月様が「おいでおいで」と同情してくれる。

 俺たちがまぶしいお天道様に好かれてもいい事なんてないんだ。せいぜい、功徳(くどく)を積んで、丸く可愛いお月様に好きになってもらわないといけない。

「俺は、お天道様の方が、いいんだけどな~」

 隣の奴は愚痴(ぐち)っぽい性格らしい。

「バカ言っちゃいけない。お月様の方が美人なんだぜ?」

 ぷるぷる、ぷるぷる。

 ……そうでも思わないとやってられないだろうが。


 一生を土の中で暮らす俺たちに、人間共は、もぐらという名前を付けたらしい。何とも土の中がお似合いの名前じゃないか。こんちくしょー。

 イノシシとかトカゲとかツキノワグマとか、そんな大層な名前にしてくれとは言わないが、主食である『ドバミミズ』より弱そうな名前ってどうゆう事だ? これじゃどっちが捕食者かわかんねーじゃねーか。

 自称博識のもぐらが昔、俺にこんな事を言ってきた。

「もぐらって漢字にすると 土竜 こう書くんだぜ!」

 お前、俺を馬鹿にしてるだろ? 土に竜を書いてどうやって もぐら なんて読むんだよ。俺達のどこをどう見れば竜に見えるんだよ!

 それでも小馬鹿にするように、自慢げに胸を反らせているもぐら。そいつの、天向けて高々と伸びていた鼻を思いっきり叩いてやった。

 かなり強く叩いたつもりだったが、それでもそいつは一歩も引かずに向かってきたので、近年まれに見る大喧嘩に発展した。

 俺たちもぐらはバックが苦手って事を思い出したのは、3ラウンドのゴングが鳴ってからだった。


 そいつとはそれ以来会っていない。

 でも、もしかしたら今日この畑で会えるかもしれない。

 もし会えたら……もし再び会えたら、その時は向かい合って甘い水でも飲み交わそう。恨みを忘れて、時間も忘れて。くたくたになるまで飲み明かすのも楽しいかもしれない。

「お前の右フックはなかなか冴えてたな。あの角度から繰り出せる奴は見たこと無いぞ」

 酔いが回ってきたら少しは褒めてやってもいいと思った。今日は気分が良いのだから。

 もっとも、そいつの顔なんて覚えてはいないのだが。

 いや、誰の顔も覚えてはいないのだが。

 俺たちの目は小さい。頭も小さい。覚えてるのはドバミミズの大量発生場所と……俺たちがお月様に好かれているって事だけだ。


 空は、ここより遥か遠くにあるらしい。

 煌めく星々が、空に細く筆を走らす。

 ぼんやりとした視界に光る線が描かれて……消えていった。

 今宵も星達の逢瀬(おうせ)が始まった。


 気が付くと、畑には大勢の仲間達が集まっていた。さわさわ、さわさわと、あちこちからささやく声が聞こえてくる。微かな震えを捉え、俺のヒゲが ぴくぴく と揺れる。

 しばらくして一際大きな声が上がった。

 瞬間、ぼんやりとしか見えない広い視界に沢山の光が流れ飛ぶ。

「なあなあ、なんて書いてる?」

 それを人に聞いたら風情(ふぜい)も何も無いだろ。とは思ったが、俺は無い頭をひねって答えてやった。

「あー……、手を伸ばし 届かぬ距離よ もどかしく」

「……踏み出しくれれば 抱き留めるものを」

 返すなよバカ。

「俺にその気はねーぞ」

「俺だってないわ! ちょっとナンパしてくる」

「おう、さっさとどっか行ってくれ」

 ひらひらと手を振って見送ってやる。隣を空けてないと来るものも来ない訳だし。


 実を言うと、こうして夜に流れる文を眺めている時間は嫌いじゃない。

 そりゃあ女の子と話すのも嫌いじゃないけど、一晩中静かに星々の文を読みふけるのも、頭がぼーっとしてきて心地が良いのだ。

 あの文は誰に宛てた物だろう。

 時にそんな事も夢想する。

 こんなにも多くの恋文が行き来している空は、さぞかし賑やかな所なのだろう。

時にそんな事も夢想する。

 月が優しく見守る中で、無数の想いが行き来していた。


 優しすぎる月。おてんばに瞬く星。

 手をどれだけ伸ばしても触れる事すら出来ない、夜に光る者達の世界。

 太陽に嫌われた俺たちは、見られるものが限られる。でも、そんな世界に生きていても、心惹かれるものに出会えたりする。もっとも手に入るかどうかは別として。

「見えなくて 想う心も 押しころし」

「…… 風に乗せれば きっと届くよ?」

 隣の穴から可愛らしい鼻が見え隠れしていた。

「ここ、いいかな?」



 俺たちはお天道様に嫌われている。

 それでも俺たちは、喜んだり悲しんだりする事を忘れたりはしないのだ。

 理由?

 さあな、もぐらになって見たらわかるだろ。人間の身で俺たちを語ろうなんておこがましいからな。穴を掘ってみて初めてわかる事だってあるだろうよ。

 世界なんてみんなそんなもんさ。

 いわゆる、『もぐもぐ』ってやつだ。



 おしまい。

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