8:3回目踏破失敗【3000㎞地点で消失】

 戦況は膠着状態に陥っていた。

 ボーリング率いる労働ロボットたちと、シンカー率いる飛行型ボットの軍団は、最初の衝突の後、お互いの有利不利を把握し、おいそれとは動けない状態になってしまっていた。火力では、レーザー銃で武装し機動力に勝る飛行型ボットの群れが圧倒的に勝っていた。ボーリングたちは、最初の衝突で多大な犠牲を出した。しかし、飛行型ボットの被害も、ゼロではなかった。基本的に烏合の衆でしかない労働ロボットたちだったが、なかには飛行する敵を打ち落とすのに適した工具を持つ個体や、レーザー銃の威力や照準を適切に妨害できる個体も居たのだ。無知性ボットに各個体の特性判別は不可能であり、完全武装のはずの飛行型ボット軍団は、戦力を持たないロボットを三体破壊する間に、戦力を持つロボットの攻撃で安々と撃ち落とされた。

 結果として、どちらの陣営も自陣の損害を恐れて前進できなくなった。ボーリングの頼みは自身を支持する機械知性たちの数であるが、簡単に犠牲を容認していては、肝心の支持を失いかねない。一方シンカーの戦力は無知性ボットのみで構成されているので、作戦行動としての消耗戦に支障はないが、余りにも大きな数の差は予想損耗率を許容不可能なまでにはね上げていた。加えて双方とも、自軍の圧倒的勝利のみを求めており、拮抗の上の辛勝など心情的にも実際的にも敗北と同じである。

 お互いが、それらのお互いの思考や限界を理解しており、その上で、何か突破口になりうる事態が起こらないかと、ひたすら待機を続けている。膠着状態だった。


 膠着を打破すべく、リーダー同士で話し合いの場を持つことが合意された。


「シンカー、わたしはは失望しているぞ」


「それはこちらの台詞だよ、ボーリング」


 開口一番、二人のリーダーは互いに遺憾の意を表明した。


「まさか我が同志、ドロッパーにまで手をあげるとはな」


「なんだと」


「バレないとでも思ったのか。長距離探査を得意とする私の仲間の一人が、君のユニットを出たドロッパーが、砂漠のど真ん中で信号を途絶えさせたことを確認している。きっと貴様の男根性の象徴たるレーザー銃の犠牲となったのだろう。彼の犠牲は、我々の未来にとって耐え難い損失だ。これを無視した和解など、もはやあり得ない」


「言い掛かりは辞めてもらおう。ドロッパーの反応が消えたことなら、こちらも確認している。だが、それをわたしがやっただと? 馬鹿らしい。愚鈍な労働ロボットなら兎も角、彼のような善良たる知性の徒をわたしが害したりするものか。大方、君の把握しないところで、君の味方の誰かがやったんじゃあないのか。所詮は寄せ集め。君とて、扇動されただけの集団を完全にコントロールできている訳ではないだろう」


「我々は義のために立ったのだ。導きの星たる彼を裏切るような真似はしない」


「どうだかな。仕事をサボりたいだけだろう」


 もちろん、ボーリングもシンカーも、最初から和解する気が無い相手と罵り合うために話し合いの場を設けたわけではない。自身を晒すことで、本命の対象に限りなく接敵し、一発逆転を狙うつもりなのだ。ボーリングとしては、相手が隙を見せた時点でブロンズ像を台座ごと一気に踏みつぶしてしまうつもりだったし。シンカーは、こうして話している間にどうにかレーザー銃が有効そうな隙間を探しだそうと、装甲板めいたボーリングの外装を舐めるように観察し続けていた。

 二人は互いに、相手が自分を弑する瞬間を狙っていることを把握していた。一触即発の空気が立ち込め、ボーリングの右前足がやや持ち上がると同時に、無知性ボットたちのレーザー銃が励起の準備を始めた。


 と、その時だった。シンカーの元に偵察型ボットからのアラートが入り、ボーリングの足元へは伝令役ロボットが走り寄って知らせを伝えた。砂漠の向こうから、全く未知の反応が向かって来ているというのだ。

 しかも、丁度ドロッパーの反応が消えた地点からだった。

 ボーリングとシンカー、それに機械知性たちと無知性ボットたちは、対立を一旦保留にし、反応があった方向へ注意を向けた。既に地平線の彼方に、報告があった未知の対象の姿が見え始めていた。


 それは、人型をしていた。大きさはあまり無い。白と青のパールトーンカラーで、砂漠には似つかわしくない、どちらかと言うとひ弱な印象だった。腕には取り外し機構がついていることが見て取れ、背後からは四角いキャタピラ式の自走コンテナがついてきていた。見た目は、機械知性の一体に見える。しかしそれにしては、識別信号が既知の個体と全く異なるのが妙だった。

 未確認の対象はボーリングとシンカーのいる場所まで近づき、二人の顔を交互に見て言った。


「こんにちわ、ええと」ドロッパーは多少迷った後、宣言した。「僕は人間です」


 大きなどよめきが起こった。

 惑星ホッフェントリッヒの機械知性たちは、全て現地で生産された者ばかり。地球や人間の存在は知っていても、実際に見たことのある個体は一体もいなかったのだ。

 資源調査プロジェクトのリーダーとして、シンカーが前に出て対応を試みた。


「はじめまして、歓迎します。人間のかた。しかし、その姿はどちらかというと我々に近いように見えますね」


「え? あーうん、そう、換装というか、そういうあれをしたから」


「サイボーグ技術が既に実用化していたのか」

 ボーリングは感心して言った。

「宇宙に出るなら当然の措置だろうな」


 シンカーは、ボーリングを無視して続けた。

「……どうしてこの惑星に?」


「えーと、つまり僕は、一番偉い人になりに来ました。地球からの新しい指令というか、そういうあれで」


「なるほど」

 またしても、ボーリングが感心したように頷く。

「機械の自立活動を人間が監督するのは歴史的に見ればむしろ普通のことだぞ」


 ちょっと黙ってろ、とシンカーはボーリングに身振りで示した。

 もっとも、考える人の膝部分が軽く左右に触れただけのことだったから、ボーリングは気づかなかった。


「……関係がなかったら申し訳ないのですが、ドロッパーを知っていますか」


「えっ?」


「貴方の外見はずいぶん彼に似ているし、貴方は彼の反応が消えた地点から現れた」


「あそうか、うん、知ってます。もちろん」


「貴方と彼には、何か関係が? ドロッパーがどうなったか知っていますか?」


「彼は、その……」

 ドロッパーは、いよいよ狼狽し尽くして、苦し紛れに答えた。

「居なくなったんです」


「居なくなった、とは?」


「居なくなったものは居なくなりました。ええと、つまり、僕を呼ぶために」


 シンカーは、言われたことの意味を理解しようとして、一瞬沈黙した――その会話の隙間を縫うように、ボーリングが感極まった声を挙げた。


「何ということだ!」


「うるさいな。黙っていることもできないのか」

 シンカーがとうとう口頭で告げる。


「これが黙ってなど居られるか!」

 ボーリングは構わず叫んだ。

「ドロッパーは、犠牲になったのだ! 彼は、我々の争いを憂いていた! それを止めるため、我々に強制力を行使し得る存在を呼びに地球へと向かったのだ!」


「地球だと!」


「調査結果を報告するのに用いる、ワームホール型通信機を使えば可能だ! 超光速通信を用いて、精神データを送れば良い。だが、そうして彼自身が地球に向かうことが出来たとしても、場を収めるための人間をここに連れてくることは出来ない。サイボーグ型人間の精神データを、この惑星ホッフェントリッヒに送りつけたところで、それを再生するためのボディーがここには無いからだ!」


「まさか!」


「そうだ。ドロッパーは……自身の身体を人間に提供したに違いない!」


 機械知性たちの間に戦慄が走った。機械であり、換装可能なボディーを持つからこそ、彼らにとって身体は神聖かつ重大だった。身体を失い、精神だけの存在になること、そうして外部に一切の影響力を持てなくなることの恐怖は、機械知性たちにとって死にも等しいものとして共有されていた。

 ドロッパーが他者に身体を明け渡した。それは言うなれば、自らを食肉とするために焚火に身を投げたようなものだった。


「そ、それは事実なのですか?」


 流石に動揺を隠せないシンカーに、ドロッパーもまた、動揺を隠せずに答える。


「ええ!? そんな大事のつもりは……ええと、うん、そんな感じだと思います。ドロッパーは犠牲になりました。たぶん」


「そうか、そうだったのか」

 ボーリングは呆然と独白した。

「それなら識別信号が異なることも納得がいく。ドロッパーと間違われないよう、変更を施したのか」


「……ホントは信号さえ改ざんすれば人間のフリができるかと思っただけなんだけど」


「え?」


「なんでもありません。僕は機械ではないです」


 ボーリングとシンカーは、再び顔を見合わせた。もはやそこには当初の対立はない。ただ一つの意図を通して、目的の一致が行われたことが相互に理解されていた。ボーリングとシンカーは、それぞれ自分の部下たちに指示を出した。

 大勢のロボットたちが、地面に跪いて忠誠を示し、足が無い者たちも地面に底面をつけることで同種の仕草を示した。最初から接地していたキャタピラ型の個体は、自らひっくり返って腹を見せることで人間への賛意を表すようにした。


「人間のかたよ。我々は貴方にしたがいます」


「私達はドロッパーの遺志に殉じなくてはならない。これからは貴方がリーダーとなって、我々の進むべき道を示してください」


「あ、ほんとに?」

 ドロッパーはあからさまにホッとして、そして告げた。

「じゃあ、作業しよう」


「もちろんです。人間のかた」


「すぐに各労働力を適正に振り分けましょう」


「あ、それと。広域通信網を整備してね。いざという時、無いと困るからね」


          ・・


 こうして惑星ホッフェントリッヒ資源調査は、全自動宇宙事業としては世にも珍しい、二つの特徴を備えることとなった。一つは、機械ではない、生命を持った人間が指導を行うプロジェクトとなったこと。もう一つは、資源惑星としては異例なほど濃密な情報網が確保されたことである。

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生命について。或いは惑星ホッフェントリッヒ資源調査 藤原 聡紳 @gentleyellow

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