全自動賞賛機

太刀川るい

全自動賞賛機

 専攻がそれだったので、機械学習関連の仕事をやっている。

 就職した先はあまり大きな会社じゃあないけれど、丁度機械学習が注目されてきたこともあり、売上はそこそこあるらしい。


 詐欺師みたいな笑みを浮かべた社長と営業連中は、いつも思わぬ所から仕事を取ってきて、一体どんなツテを使っているのか自分にはさっぱり解らないけれど、仕事があるのはありがたいことだと思う。

そんな社長がオフィスに入ってくるなり、僕を見つけてこう言った。

「あの件どんな感じ?」僕は資料をまとめて振り返る。

「短い文章を自動生成するってやつですよね。多分行けると思います。いくつか手法を調べてたんですが……」

「なら良かった。相手先には出来ますと言っておこう」

「そういえばまだこの案件について詳しく聞いていないんですが、人間と見分けの付かない短文を作って欲しいなんて、一体何が目的なんですか? スパムじゃないでしょうね」

「そうだな……」社長はさっと周囲を見渡すと、「ちょっと会議室に来てくれ」と言った。


「さて、何から説明しようか……まず、インターネットの投稿サイトって知ってるか?」会議室の椅子の背もたれに寄りかかりながら社長が聞く。

「ええ……絵を書いて投稿したり、動画を投稿したり、写真とか、コスプレなんてのもありますね」

「投稿したことは?」

「実は2,3回」

「ふうん、じゃあ話は早いな。実は数年前にそういったサイトを運営している会社から相談を受けてね。『ユーザ数を増やすためにはどうすればいいのか』って話なんだけれど」

「はあ」

「それで、俺は『全自動賞賛機』なるものを提案したのさ」

「『全自動賞賛機』? また何か変な言葉を作ったんですか?」

「おっとあまり外で吹聴するなよ。その通り、俺の造語さ。投稿サイトってのは、サイトを使うユーザが作品を投稿することで成り立っている。で、見る側のユーザはその大量の作品を検索したりソートしたりして……コメントをつけたりお気に入りに登録したりと、まあそういう動きをするわけだよな。投稿する側は評価が貰えると嬉しいから、どんどん投稿する。で、見る側は自分の見たいものが見れて嬉しい。まあこんな感じだ。うまく回せばお互いに刺激を与え合ってどんどん面白くなっていく」

「よく見る現象ですね」

「ところがだ、こういったサイトはどこかで伸び悩む時期がやってくる。一番多いのがクオリティの問題だ。最初はみんなでワイワイやっていた所にものすごい高いクオリティのユーザがやってきて、まあセミプロとかそういう感じだな、一気にレベルを押し上げてしまう。そうなると、投稿する敷居が高くなって、ユーザの投稿数が減ってしまうんだ」


「それが何か問題なんですか? 全体のクオリティが高くなればいいじゃないですか」

「問題さ、そうなるとユーザが次第に離れていってしまう。一部のクオリティの高い人と、それが好きな人しか残らない。こうなるとだんだんアクティブなユーザが減っていき、運営サイドとしては広告を引っ張ってくるのにそれはそれは悲しい思いをしたりする。いいか、人気というピラミッドは底辺の大きさに比例して高くなるものなんだ。誤解するなよ。人気のないユーザが大事って言ってるわけじゃないぜ。しかし、ユーザが集まれば集まるほど、それに比例して底辺層は拡大する。それをいかに逃さないか。そういう話だ」

「なるほど」

「そこで、全自動賞賛機の出番ってわけだ」社長は腕を大きく広げると、芝居っ気たっぷりにそう言ってみせた。

「はじめは単純だった。点数の水増しから始めたんだ。丁度仕組みとして、誰が評価したかわからない様になっていたから、適当に巡回して適当に点数を入れていく仕組みを作るのは実に簡単だった。簡単だが、やり過ぎるとバレちまうから、その塩梅が難しかった。具体的には評価が一定値以下のユーザを抽出して、そのユーザの中から実験に使うユーザを選んだ。一定期間、全自動賞賛機を動かして、それほど不自然ではないペースで点数を入れていった」

「……それでどうなったんです?」

「全自動賞賛機を使わなかったユーザーと比較して、滞在時間を比べてみた。驚いたね。こんなに効くものかと。

賞賛されたユーザの平均滞在時間は、そうでないユーザに比べて格段に伸びていた。あくびが出るぐらい単純な仕組みでこんな効果がでるなんて、自分が信じられなかったよ。ピタゴラスの卵ってやつだ」

「コロンブスですね」

「そうかそうか、まあそれはどうでもいい。大事なのはみんな賞賛に飢えているってことだ」指を一本立てながら、社長は続ける。

「評価、賞賛。これは人間の脳みそにダイレクトに効く魔法らしい。本能的なものなんだろうな。それが一瞬で満たせるとは全く便利な世の中だ。全自動賞賛機の評判は上々で、実は様々なサービスで使われている。からくりがバレれば魔法がとけてしまうから表沙汰になることはないがね。で……それをさらに拡張して……」

社長は椅子に深く腰掛けた。


「もう解ったと思うが、君には全自動賞賛機に感想を出力する機能をつけて欲しいのだ。今度また新しいサイトができるという話があってね。そこに全自動賞賛機の新型を埋め込みたいんだ。ただの点数ではそろそろ弱い。ちゃんと人間が居るということをユーザに解らせたい。内容を解析する必要はないぜ、薄っぺらい感想でいいんだ。実際の人間も、どうせそんなものだからな」

「ダミーアカウントを作るということですか? でもそれって……ユーザ数水増しとかになりません?」

「まあ、まずいことになるといえばまずい。だから極力ばれない様に頼む」


 僕は思考を巡らせる。なるほど、そういうことだったのか。単純な仕組みでも機械だと見抜かれないようにする手法は存在する、ELIZA先生は相手の質問をただ繰り返すという単純な仕組みで多くの人間を騙した。ただそれは一瞬のことで。何度も使える技じゃない。すぐに見抜かれる。となると、ある程度は中身について知る必要があるだろう。タグ付けがされているサイトなのかな?投稿時にタグをつけさせることにすれば……それから大体は内容がわかるからその単語を織り交ぜて……いやいや、やっぱり内容の形態素解析からはじめて頻出する単語を学習させるべきだろうか?専門外だがライブラリは使ったことがある。他のユーザの感想があればそれを真似するのもいいな……長期間会話するとバレる確率は上がりそうだし……匿名でのコメントがありならそれを使おう。それがダメならとりあえずそれっぽいアカウントを沢山用意して……そうだな。色々と探られたら規約違反をしたとかでアカウントを削除すればいいのか。自分の作品の宣伝のために適当なコメントを書き続けていたスパム行為とかで。とにかく人間と見ぬかれない様に……お世辞にまみれたチューリングテストが僕の頭を支配する。出来る方法はいくつかありそうで、どれもこれも魅力的だった。


「どうだい。スイッチが入ったみたいだな」

「ええ、面白くなさそうと言えば嘘になります。しかし……ただ1つこんなことをしていいのかという疑問はありますね」

「おや、論理じゃなくて倫理的な話をしようってのかい? 君にしては珍しい」

「はい、その、機械に褒められると言うのは何かちょっと不気味な気がして」

「おいおいおいおいおい、そんなことを言うもんじゃないぜ」社長はわざとらしくおどけてみせる。

「いいかい? SNSで作品を発表するのは褒めてほしいからだ。そうだろう? 評価とは無縁の、本当の芸術ってものが世の中にあると思っているのだったら誰にも見せずにタンスの中にでも閉まっておけばいい。非現実の王国のようにな。

それをしないってのはやっぱり認めてほしいからだ。だから、その夢を叶えてやる。俺たちは魔法使いになるんだよ。世間にはシンデレラが溢れてるんだ。灰まみれのまま生涯を終えるシンデレラがな。そんな連中をちょっとぐらい舞踏会に誘うことの何が悪い。お相手が機械仕掛けの王子様だったとしてもな」


「でもそれは結局儲けのためですよね」

「当たり前さ、資本主義だからな。夢を食い物にする他のシステムに比べたらなんて良心的なことか、人生からほんのちょっとの時間と少しばかりのクリックを分けて貰うだけなのさ。夢の対価としちゃ破格だよ。それに社会的にも意義がある。誰もが自分の人生を少し楽しくできるんだ。いい社会貢献だぜ」


 僕はしばらく黙りこむ。反論はできなかった。


「気楽に考えろ。俺たちがやらなくてもどうせ誰かがやる。これは進化の問題だ。より人が長く利用するサイトとそうでないサイト。2つのサイトが競合すれば、長く利用するサイトのほうが残る。どうせ勝つのは決まってる以上、いずれそうなるんだ」

 そう言うと、社長はいつもの様に詐欺師めいた微笑を浮かべた。


 それからしばらくして、全自動賞賛機は完成した。我ながらかなりの自信作だと思う。一つ一つ微妙に個性があって、各感想はそれぞれ微妙に異なっている。人工知能というより人工無能的アプローチが多く使われているが、ユーザ数が多ければ一般のアカウントのなかに紛れて解らなくなってしまうはずだ。

 完成したことは嬉しかったけれど、同時に僕は1つの疑惑にとりつかれるようになった。いままで僕が投稿したものを評価してくれていたのは本当に人間だったんだろうか。ただ点数をくれるだけの存在が、人間か機械なのか、僕らには判別することができない。それに全自動賞賛機を思いついたのは、本当に僕らだけなのだろうか。世界中で似たようなアプローチが行われ、動かされているのではないだろうか。本物の人間と、機械、ネット上を徘徊するアカウントはどちらが多いのだろう。

 空虚でがらんどうなステージに向かって、機械だけがただ拍手を送り続ける世界。想像すると少し背筋が寒くなる。今回僕が作ったこいつが、さらに進んでいけば、いつしかそういう日も来ることだろう。


 さて、ここでテストをしてみよう。どうせ公開はしない。全自動賞賛機が食らいついたらすぐに消す。

 さあ、読んでいるかい? 全自動賞賛機。君は僕が作ったんだ。

 

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