ふうせんたろう

葦原青

ふうせんたろう


 ひろいお空のまんなかに……


 ふうせんたろうがおりました。



 風にふかれて今日はこちらへ、


 風にゆられて明日はあちらへ、


 ふわりふわり、気ままなたびを楽しむ毎日。



 ふうせんたろうは生まれたときからひとりでしたが、


 空にはいつもおひさまかお月さまがおりましたし、


 それに、ときどきは小鳥たちも話し相手になってくれるので、


 さみしくなんかはありませんでした。



 けれどもある日、ふと下のほうを見ると、


 きらきらと光るものがふうせんたろうの目にとびこんできました。



「あれはなんだい?」


 ふうせんたろうはツバメにたずねました。


「あれはまちだよ」


 ツバメはこたえました。


「ひとがたくさんいて、にぎやかなところさ」


「ふうん」


 ふうせんたろうは目をかがやかせました。



 ひと、


 にんげんがたくさん。


 ほしのかずより多いかな?


 なにをして、なにを話して、


 なにを考えくらしてるんだろう?






 それからというもの、


 ふうせんたろうのあたまのなかは、


 ねてもさめても、まちのことでいっぱいでした。


「あそこへおりていってみたいな」


 ふうせんたろうがそうつぶやくと、


 ヒバリがおどろいたかおをしました。


「やめときなよ。にんげんときたら、


 いつもせわしなくじべたをはいずりまわるばかりで、


 じぶんのことのほかには、かまうゆとりもありやしない」



 それにね。



 ヒバリはいいました。


「ぼくらは、いつもじゆうにたびをしている、ふうせんたろうが好きなんだ。


 あんなところへおりていったら、


 もうそんなきみと話せなくなるじゃないか」



 けれどもふうせんたろうは、


 ヒバリにすこしはらをたてました。


 じゆうにたびしているっていったって、


 風にふかれているだけじゃないか。


 ぼくがあっちに行きたいとおもっても、


 風がはんたいにふいていたら、


 そっちへながされて行ってしまう。


 かれら小鳥はいつだってそうだ。


 じぶんたちの好きなときにやってきて、


 かってなことばかりいってかえっていく。




 ヒバリがいなくなったあと、


 ふうせんたろうはスズメを呼んでいいました。


「ねえ、おねがいがあるんだ。


 ぼくにぶらさがっているひもに、


 なにかをむすんでくれないかな」


 スズメはこころよくひきうけて、


 木の実をむすんでくれました。


 すると、木の実のおもみでふうせんたろうは、


 すこしだけまちにちかづきました。




 けれども、スズメは小さな鳥なので、


 小さな木の実しかむすべませんでした。


 もっとおもいものでないと、


 まちまでおりて行けません。




 ふうせんたろうは、つぎにハトに出会ったときにいいました。


「ねえ、おねがいがあるんだ。


 ぼくにぶらさがっているひもに、


 なにかをむすんでくれないかな。


 この木の実より、もっとおもいなにかを」


 ハトはこころよくひきうけて、


 小枝をいくつかむすんでくれました。


 すると、ふうせんたろうは、


 小枝のおもみで前よりもっとまちにちかづきました。




 けれども、ハトはそれほど大きな鳥ではなかったので、


 あまりたくさんはむすべませんでした。


 もっともっとおもいものでないと、


 まちまでおりて行けません。




 そのつぎに、ふうせんたろうはカラスにたのみました。


「ねえ、おねがいがあるんだ。


 ぼくにぶらさがっているひもに、


 なにかをむすんでくれないかな。


 この小枝より、もっともっと重いなにかを」


 カラスはこころよくひきうけて、


 ガラスのびんや、さびたクギやらをむすんでくれました。




 すると、こんどこそ、ふうせんたろうは、


 まちにむかって、まっすぐおりて行きました。


「やった、やった」


 ふうせんたろうはおおよろこびでした。


 きらきら光るまちのなかへ、


 いそがしくあるきまわる、たくさんのひとのなかへ、


 ふうせんたろうはおりて行きました。



 ごつん、という大きな音がしました。


 ようようじめんにたどりついたのです。


「なんだか、思ってたよりせまいなあ」


 ふうせんたろうは思いました。


 ごったがえすひとびとの足や、


 すきまなくならんだたてもののせいで、


 ふうせんたろうのいるところからは、


 まわりのけしきがよく見えないのでした。


 それでも、たしかにツバメがいつかいったように、


 にんげんはほしのかずほどもいるようでした。


「はじめまして。ぼくはふうせんたろうだよ」


 みちゆくひとに、ふうせんたろうは声をかけました。


 けれども、にんげんたちは、


 だれもその声に気づいたようすもなく、


 あしばやにふうせんたろうの前をとおりすぎていくばかりでした。


「ねえ、ぼくはここだよ。どうしてだれも気づいてくれないの?」


 ふうせんたろうの声は、いつしか泣き声にかわっていました。


 とおりすぎたひとをおいかけようにも、


 たくさんむすんだにもつがおもすぎて、


 とてもおいかけられません。


 そうするうちに、ふうせんたろうはだんだん小さくなっていきました。


 泣きつかれ、声もかれて出なくなったころ、


 ふうせんたろうは、すっかりしぼんでしまっていました。


 すっかりしぼんだふうせんたろうの目には、


 青い空が、


 とおくとおくうつっていました。








 それからふうせんたろうがどうなったか。


 しっているひとはだれもいません。


 すっかりしぼんだふうせんたろうを、


 ひろってっていった男の子のほかには。

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ふうせんたろう 葦原青 @Takamagahara_Yukari

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