第15話:悪を喰らう悪
「セイレス商会の
「何でも若い娘を攫って売り飛ばしてたそうだよ」
「あの貴族の衛兵は?」
「そっから人を買った挙句、玩具にして飽きたらポイだってよ」
「しかも貴族や衛兵の権力使って事を無かったことにしようとしてたらしい」
「そりゃあ怨まれて当然だ。殺されても文句は言えねぇな」
あれから数日経ったある日。街のあちらこちらから漏れ聞こえてくる噂話を努めて聞き流しつつ、ウォルズは通りを歩いていた。形だけ周囲を見回しながら、何となく回り道をして目的地まで進んでいく。
目指していたのは、『バー黒猫』。その建物を前にして、少し気後れする。店主と同じでこの場所も、温和な猫を被った伏魔殿なのだから。
とはいえいつまでもこんなところに立っているわけにはいかない。深呼吸をして覚悟を決めると、ウォルズは店内へと入っていった。
「申し訳ございません、まだ開業には時間が……おや、誰かと思えば。かような時間に何かご用でしょうか?」
何事もなかったかのように泰然と振る舞うフリック。その様子にやや気後れしつつ、周囲を見渡す。店主が言っていたが、まだ開店前らしく他に人など見当たらない。ちょうど良いと思い口を開く。
「……いつぞやは、色々と世話になった」
「はて、何のことやら」
「……色々だよ、【黒猫】さん」
飄々ととぼけるマスターに痺れを切らしたウォルズが、軽く皮肉を入れる。返ってきたのは、殺気だった。
「表と裏の棲み分けが出来なければ、貴方が血に沈むこととなりますよ。〈狩人〉の【狼】さん?」
「ッ、なるほど理解した……って、どこでそれを?」
「何ということはありません。【
異名のことは何も言っていないはずと首を傾げるウォルズに、殺気を消したフリックが即答する。勝手に人のことを話してんなよと、亡き親友に苦笑する。
思い浮かべたついでに、一つ心に決まった。
「【狼】か……いや、俺は【猟犬】だな」
「ほう?」
反応したフリックに、ウォルズは吹っ切れたような微笑を浮かべる。
「弔いの意味もあるが、自分への戒めでもある。牙が無いのは同じだが、手綱の無い【暴れ狼】よりかマシだろう?」
「なるほど。まぁ、貴方がそう仰るならそれで良いでしょう。では【猟犬】さん、こちらをお持ちください」
フリックが納得した様子で頷き、一つの鍵を差し出した。ウォルズが首を傾げる。
「これは?」
「鍵ですよ。悪魔の匣を開けるための、ね」
じっとその鍵を見つめるウォルズ。その重みを確かめながら、ポケットにしまい込む。代わりに銀貨二枚を取り出し、カウンターに置く。
フリックが首を傾げる。
「それは?」
「頼み料だ。あの時は雰囲気に飲まれて取っちまったが、依頼人が受け取るわけにゃいかねぇ」
その言葉を、フリックは鼻で笑った。
「フッ、何かと思えばそんなことですか。あの時点で貴方は既に〈狩人〉でした。その金を受け取る権利があります」
「……だが、殺しで金を受け取るなんざ俺には――」
「一つご忠告を」
ウォルズの口を遮り、有無を言わさぬ語調で釘を刺す。
「何か勘違いなさっておられるようですが。〈狩人〉は決して正義や善などではありません。我々は所詮『悪を喰らう悪』にすぎないのです。分があろうがなかろうが、悪党は悪党なのです。そのことをゆめゆめ、お忘れなきよう」
「……悪を喰らう悪、か」
フリックの店を後にしたウォルズは、その忠告を反芻しながら巡回を再開する。そこへ店の一つから声がかかった。
「旦那、お一ついかがですかい?」
「いや、俺は……ん」
断ろうとしたウォルズだったが、あることに気付き足を止める。その店は、いつぞやピーターと共に巡回をしていた時に声をかけてきたのと同じだった。
こちらが思い出したのを見てとったのか、店主が相好を崩す。
「ええ、いつぞやはお連れ様にお世話になりました」
「相変わらずなようで何よりだ」
「ええおかげさまで、と言いたいところですが。最近ウチにいちゃもんをつける客が出てましてねぇ。あることないこと言うもんだから客が減ってるんですよ」
「それは大変だな」
「ええ、ええ。どっかの店が金をちらつかせてわざとやってるんじゃねぇかと思ってるんですが、どうにかならないものか……あ、旦那、良ければこれ持ってってください。巡回でお疲れでしょう」
愛想笑いと共に、ミートパイの包みを渡してきた。指先の感触から、中に賄賂の硬貨が入っていることも察知した。どうすべきかと一瞬悩んだその時、フリックに言われた言葉が脳裏をよぎる。
「……悪党は悪党、か」
「? 何か仰いました?」
「いや、ちょうど小腹が空いてきたところだ。ありがたく頂くよ」
「それはそれは、お役に立てて何よりです。さっきの件、よろしくお願いしますよ」
分かったと返事を返し、食堂を離れる。包みを開き、金をこっそりと回収してポケットの中にしまう。
既にどっぷり闇に沈んだ悪党の身の上だ。今更この程度の些細な小悪党に目くじらを立てられる道理などありはしない。
自虐的に嗤い、ミートパイを齧る。その味を噛み締めながら、ウォルズは街の喧騒の中を歩いていった。
暗中必殺夜狩稼業 銀狼 @ginrou
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