6

 人は何かあると手を組んで許しを請うけれど、あれって、いったい誰に許しを請いているんだろう。そんな事をしていったい誰が、何が許してくれるんだろう。手を組んで膝をついて「許して下さい」とうそぶいて、その程度でいったい誰が、何が救ってくれるんだろう。




 君の命は助かった。目の位置も元に戻ったし、呼吸もきちんとするようになった。全身の痙攣も止まったし、とりあえず月並みな表現をすれば君は一命を取り留めた。


 でも、君はもうしゃべらない。歩けもしないし走りもしない。自分でお風呂に入る事も、トイレに行く事も出来やしない。僕が何を話しても、目を合わせてもくれはしない。笑ってもくれない。ずっと無表情で、天井を静かに見ているだけだ。


 君の脳は、全部が駄目になっていた。だから、僕がその事を思い出した所で、結局何も変わらなかったかもしれないけれど、僕は君の命を助けるために、君の脳を全部抉り取って捨ててしまった。感情に関わる部分も。思い出に関わる部分も。だから君は、外側だけは君だけど、中身は昔の君じゃない。僕はまた、ずっと僕の傍にいてくれた君を、僕自身の手で殺してしまった。


 その事に気付いた時にはもう全てが遅かった。いや、例え気付いたとしても、君の脳は生きていけない程ボロボロだったわけだから、どっちにしたって、僕に君をすくう事は出来なかったわけだけど、君の傍にいたいと願って、君の傍にいたいと足掻いて、結局僕は、また、独りぼっちに戻ってしまっただけだった。


 この世のどんな人間でも、人間以外でも、神様でも、一人だけでは決して出来ない唯一の事ってなんだと思う。誰かと一緒にいる事だよ。例え神様だったとしても、誰かと一緒にいる事だけは、独りだけでは決して叶いはしない事なんだ。一緒にいてくれる誰かがいなくちゃ、それだけは、どんなに万能な存在でも決して出来ない事なんだ。


 僕は、だから、それでも、どうしたら一緒にいてくれる誰かと一緒にいられるのかが分からなくて、それが悲しくて、寂しくて、今まで足掻いていたけれど、でも、結局、そんなのただの悪足掻きで、結局僕はいつまでも、ずっと独りぼっちのままだった。君に何度もすがりついて、失って、それでもまだすがりついて、また失って、いったい僕は、どうしたら、どうしたらずっと君の傍にいる事が出来たっていうんだろう。


 うん、でも、ああ、でも、もう、いいんだ。もういいんだ。もう、いいんだ、全部、何もかも、全部、いい。だって君がいてくれるんだもの。君は君じゃないけれど、でも、君は、君だから、ずっと傍にいてくれる、君はやっぱり、君だから。例えもう二度と笑ってくれなくても、動かなくても、僕のなまえを、決して、呼んでくれもしなくても、僕のいるこの場所が、孤独よりもずっと暗くて惨くて寂しく悲しい何かでも、幻じゃない、君の姿が、手を伸ばして届く程近い場所にいてくれる。だから、僕は、ああ、僕は、僕は、もう、それだけでじゅうぶんしあわせだっていえるんだ。


 ……ちゃん、寝ちゃったね。僕は上手く話せたかな。とっても退屈で、くだらなくて、あくびが出てしまうような、何の価値も意味もない話を僕は上手に出来ただろうか。


 さあ、風邪をひかないように毛布をかけよう。乾燥しないようにお湯を張ろう。シーツを直して、君にキスして、明日の朝にまた会おう。例え世界中の誰が僕に何を言い聞かせても、けれども僕はきっと世界で一番しあわせだ。だって君がここにいてくれるんだもの。




 明日もきっと、ぼくは、ひとりぼっちにならずにすむよ。

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