今さら言葉を並べるまでもないかもしれません。カクヨムからの書籍化作品の中でも、特に一般小説寄りの素敵な読み味を持った作品でしょう。
一台のスーパーカブと出会って人生を変容させていく主人公。
10代の若者にとって、乗り物の違いはそのまま行動範囲の違いなんですよね。
徒歩より自転車。自転車よりバイク。(そしてその先には自動車。)
この年頃ならではの、交通手段ひとつで世界が大きく広がっていく感じがよく表れているのが、この作品の一番の持ち味だと思います。
そして、最終話のラストの一文は鳥肌物です。どんな大量生産品も、一つ一つ、手に渡った人の人生を変えている。作者の思いが込められた一文ですね。
ここでは主人公の女子高生『子熊』が初めてカブと出会い、乗り始めた上で変わってくる様々な関係が描かれている。
読んでみるとわかるが、子熊は元々賢く、知らないものに対してよく慎重に考えて行動できる人物のように読み取れる。学生ではあるけど充分に大人らしい考えを持つ人物のように見えた。なのでこれは成長作品というより、カブを通して子熊の生活環境や認識の変化を見守る物語であるような気がする。
自分の行動範囲の限界がカブによって変化すること、変化したことを知って何ができるかを考え、時には限界を知ろうとしてみることなど、子熊は自らの等身大を物差しにしつつ、淡々と行動していく。そうした様子は地味と言ってしまえばそれまでかもしれないが、それでも冒険をするような感覚、また子熊への頼もしさや応援したくなるような気持ち、また途中途中で挟まれるカブへの愛着が静かに心地良い。
ハリウッド映画のような大きく派手な展開は無いけれど、例えばデヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー』のようなロードムービーが好きな人は気に入るかもしれない。