二の段其の幕合 農武離間の計
八幡。明王。武神に
そんなものなどいやしない。それがこの世の常識だ。
科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていたそれらの存在は、唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。
今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。
だが、かつて人々を
國が邦であり
人が獣と分かたれざる古代より続く狩り人の文化と農民の文化の衝突により武家の文化は生まれる。
当初は農が主で武が従であったが、農業社会の発展と共にその主従を入れ替え、世は農民社会から武家社会へと変遷していく。
その狭間にあって半農にして半武である人々が最も多く存在した時代、日本においてそれは戦国と呼ばれた時代である。
戦国後期を代表する武将、織田信長によって兵農分離が進められ、後に半農半武の象徴ともいえる武将、豊臣秀吉の検地や刀狩りによって、農家と武家の明確な区分が始められるまで、農と武の境界は曖昧なものであった。
だが、曖昧とはいってもそれなりの区分は確かにあり、幾つかの村や集落を治める一族が半武であったとしても、その下にある村や集落の長は、大抵の場合、農民だ。
久遠が農協によって推し進めていた物理的に農民社会と武家社会を切り離し武家社会を衰退させるという計画は、精神的にも物理的にもその両者の距離が離れているほど効果が高い。
逆にいえば両者の距離が密接な地域ほどその効果は低いのだが、そういう地域の多くは豪族や寺社といった神仏の権威によって治められた地域であったため、別の意味で計画は進めやすかった。
そう、仙術と科学や魔術によって演出される奇跡が、彼らの寄って立つ権威を覆すに充分なものであったからだ。
しかし、その方策には科学の発展を促すという久遠の目的を阻害するという欠点があった。
農民と武家の人口比で考えれば、当然その境にある人々の数は比率的にそう多いものではなかったが、無視できるほどの少数でもない。
結果、彼らの取り込みは農民達を農協という組織にある程度引き入れた後、ということになった。
久遠転生より8年という長いようで短い年月で、農協は多くの村や集落を、静かにアーコロジー化していき。
そして、それを地下鉄などで繋ぐ事で、農協文明圏を拡大していく。
天道暦0008。
久遠の計画は新たな段階を迎えつつあった。
人々を養う食物を生産する農家。
それを流通させる商家と浪費する武家や公家と寺社。
生産者によって作られた富を、浪費する人間が奪い合うゼロサムゲーム。
久遠は農家と武家の役割をそう定義することで、武家社会のシステムの必然によって起きる戦乱こそが戦国の世の本質であることを明らかにしてみせた。
そして、武家社会には理も利もなく、よって正しい義がないことを、半農半武の勢力に説いて、彼らの意識改革を感応魔術や教育で進めていく。
農武離間の計。
農協の中で久遠の策を察するものは、一連の計画をそう呼んでいたが、今までそれが外部に漏れるという事はなかった。
だが計画が新たな段階に入った事で否応無く農協の存在は知られ、外部でも久遠の計画を類推する者達も現れ始めていた。
「以上のデータにより、計画シネプは終了。 以後は計画トゥプへと移行します。 それに伴い計画エークも計画ドーへ、計画ウンも計画ダウへ、計画エルアはエコルへと移行しました」
‘式樹’の無機質な声が計画の進捗を報告していく中、久遠はこれから起こるであろう武家達の軍事行動に対抗するべく、幾つもの兵器を同時進行で製作していた。
「今度は何を造っているの? あのパワードスーツだけでも充分でしょうに」
いつものように一段落を待つなどということもせず、研究室に入ると同時に、命衣はそんな久遠に声をかける。
刀や槍どころか対物ライフルの直撃にも傷つかず、毒ガスや化学兵器どころか放射線も通さず、高熱に高圧電流から共振兵器までを無効化する装甲と、着る人間の力を二十倍近くに増幅させる機能を持つスーツは超人を作り出す。
そのためセキュリティとして‘式樹’や‘式貴’の認証無しには着ることも脱ぐ事も出来ない上に、遠隔操作も可能なそれはスーツというよりは人を内蔵できるアンドロイドだ。
そんなパワードスーツを着た‘武士’が数百名いれば、この時代の軍勢などいくらいても意味はないだろう。
命衣の言葉はそういう意味だ。
そして、それなのにまだ兵器を作るなんて無駄な事をしてないで、自分にかまえという意味でもある。
「殲滅や圧倒が目的なら充分だけど、目標が違うからね。 戦闘における犠牲を最小限にするにはそれなりの準備が必要なんだ」
‘式樹’に幾つかの指示を出すと手を止めて、久遠は命衣をふり返った。
「武家勢力にも潜在的には農協の理念に共鳴できる人はいるだろうしね。 何より農協は軍事行動をするのではなく、組織的暴力集団を逮捕するために行動しているから、非人道的な事はできない」
そもそも、この行動は武家がアーコロジーの巨大建造物への進入を諦めて、農協に加盟していない集落で略奪を行おうとした時に、それを止めるための準備だと以前説明しただろうなどと口にせず律儀に行動の意義を語るのは、実に久遠らしい。
「ふうん……ところでさ」
要は圧倒的ではなく隔絶的な次元の違いを見せて、武家の価値観を吹き飛ばすのが目的だと笑って言う久遠に、生返事をしながら命衣はあたりを見回していたが、一息ついたと観て切り出す。
「作ってほしいものがあるんだけど」
どうやら、今日は遊びに来たのではなく、おねだりに来たらしい。
命衣には、久遠のように‘ 戦争を目的とした武家の文化 ’を消滅させ、‘ 争いを否定することで成り立つ農家の文化 ’を、世界を動かす根本の文化としようなどという目論見はない。
「‘式貴’を一つ私専用に作って欲しいの。 モデルは昔のわたしで。 貴方なら私の全てを知ってるからできるでしょう?」
前世のメイアの肉体は、彼女自身の手で理想の肉体として改造されて魔術を使うことに特化されたものだ。
霊体に魔術回路を生成して転生したため、‘魔法の杖’としての肉体はいらないはずだが、やはりそれ以外にも、人間と同等の作業ができる体というのは有用だ。
色っぽいニュアンスを含んだ言い方は彼女の稚気に過ぎず、実際に彼女が望む有用性は性的なものではなく、儀式魔術を行使するための利便性だった。
「新しく農協に加入した
ナノマシンの作業工程の調整が可能か検討していたのか、少し考えるような間の後に久遠はそう答える。
一見、交換条件を命衣が呑まないとは考えていないような傲慢に思える言葉だが、久遠と対等の立場でいたいと願う命衣の意志をよく理解した答えだった。
「ありがとう。 お願いね」
あいかわらずの久遠らしい簡潔でさり気ないやさしさに、命衣は微かな笑みを浮かべ、礼を言った。
真・仙極無双 農協戦国下捨上 OLDTELLER @OLDTELLER
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