当たり前の世界がすり替わっていく

子どものころ「自分以外の人類が全員宇宙人だったら」といった考えに取りつかれたことはありませんか。

あるいは「世界は5分前から始まった」という「世界5分前仮説」を聞いたことがありませんか。

どちらまるで果てのない深淵をのぞき込むようで、どれだけ目をこらしても何も見えてきません。むしろゾワゾワとしたものが心のひだをなでていく、冷たい恐怖が残るだけです。それでものぞきたくなるのは、好奇心をくすぐる魅力があったからに他なりません。

この作品は、その深淵を思い出させてくれます。
でも、何かが見えます。
最初は、猫です。29歳の、外出嫌いな林田が拾ったという大きな猫。
猫は進化して、次々に色々なものを見せてくれます。

そのうち、見ているものが深淵だということを忘れてしまいそうになるかもしれませんが、そのころになると物語のほうから「一体なにを見ているの?」という問いかけか聞こえてくるかもしれません。

一体なにを見ているの?
深淵をのぞきこんで、何になるの?
目をそらさずに、最後まで見届けたいと思います。

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『林田の世界』、読むのは2回目です。

前回投稿されたときにも読んだことがあります。
今回のコンテスト合わせで投稿されているのを知って、期間内にもう一度読もうとタイミングをはかっていました。

でも、はかる必要なんてなかった。
開いたら、もう、この世界にぐいぐい引っ張られていたのです。

前回の『林田の世界』の印象は、「面白いけど読むのにヨイショがいる」というものでした。とにかく小ネタが多くて、物語とは関係ない固有名詞がたくさん出てくるノイジーな作品なのです。知ってるネタなら良いのですが、あいにく知らないものも多く、物語の先を急ぐあまり読み飛ばした箇所がたくさんありました。ノイズ部分も含めて『林田の世界』だと受け止めていたので、再びそこを飛ばす心苦しさと向き合うにはそれなりの覚悟が必要だったのです。

もしそのノイズ感に挫折した人がいたら、再チャレンジしてみてください。
かなり手が入れられて読みやすくなっていることが、1話目からわかります。

最後まで読んだ人は、物語の完成状態を知っているでしょうが、最初そのピースがどのように散らばっていたかまでは把握しきれていないと想像しますので(少なくともわたしは振り回されっぱなしだったので)仕込まれた伏線や付加された情報にニヤニヤしながら楽しめると思います。


初めて読まれるかたへ。
『世にも奇妙な物語』を読むテンションでページを開いてみてください。「それにしてはちょっと長い」と目次を見て思われるかもしれませんが、とりあえず3話までのつもりで読み始めてみると良いと思います。

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読み終えたので追記です。

2回目のスリラー映画は冷静に観られるように、2回目の『林田の世界』も落ち着いて、でもハラハラドキドキしながら読み終えました。とりあえず、ぎったんぎったんのずったんずったんになりながら必死に食らいついて読んでいた初回よりは、余裕を持って彼らの行く末を見届けられたと思います。

そこで気がついたのは、物語の語り手である主人公のおかげで読み終えることができたんだなということ。不気味性や暴力性の印象が強くて、ついそちらに注目してしまうんですが、この主人公の明るさやユーモアが救いでもある。

上で「ノイジーな作品」と書きましたが、このノイズ部分も含めて『林田の世界』で、ノイズ(=ユーモア)な部分があるからこそ楽しめるし、この読後感を求めて再読する勇気を持てたのかもしれません。ラスト3話が本当に心地よいです。


ここに書いてあるのはこの作品の魅力のほんの一部です。
ネタバレしないと語れない好きな箇所がたくさんあります。

「自分も周りもみんな人類である」ことも、「世界は5分前から始まっていない」ことも、「自分はここに存在している」ことも、当たり前かもしれません。でもその当たり前を、この作品は手品のようにすり替えてきます。その鮮やかさにぜひ振り回されてください。

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