最終話 スペクター・キャプター

 法定時速をはるかに超えて、二人乗りのVT七五〇Sが国道百五十三号線を突っ走る。


「お、お、お姉さまーっ、あまり無茶されますとーっ」


 牧人まきとは保管箱をたすき掛けにし、黒のフルフェイスヘルメットの下から叫ぶ。


「はあっ? なに言ってるのか、聞こえないよ!」


 赤いライダージャケットの美樹みきはさらにアクセルを吹かす。


「シエェェッ」


 牧人の悲鳴がドップラー効果で通り過ぎて行った。


 大型バイクが澄清すみきよ邸へ到着したのは、そろそろ夕映えが西の空をいろどる頃であった。


「やあ、マッキーくん。お待ちしてましたよ」


 澄清は例のごとくチョウちゃんを携え、白衣姿で門の前に立って待っていた。牧人は真っ青な顔で保管箱を渡す。


「よう捕まえてきおったのう、寺子よ」


 蝶妙ちょうみょうの声に、美樹はバイクにまたがったまま大きく目を見開いていた。


「そ、それでは博士、蝶妙さま、僕、行きます」


 澄清はウインクするが、細い目のため判らない。と、肩がブルルッと震えた。


「さあ、新しい外来種チャン。今からじっくりと研究させていただくよーん、グフッグフフッ」


 美樹は澄清の変貌を目の当たりにして、ヒッと小さな悲鳴を漏らした。


「それじゃあ、失礼します。お姉さま、お願いします」


 牧人の声に我に返った美樹は、逃げるようにアクセルを回した。


 門前でバイクに手を振っていた澄清は、保管箱をのぞきこんだ。


「これからじっくりと、じらしながら弱点を探させていただいちゃうからねえ。グフッ」


 澄清はチョウちゃんを抱き保管箱を肩からかけると、嬉しそうにスキップしながら門の中へ入っていった。


~~♡♡~~


 天白区てんぱくくの国道沿いの歩道をかなりの速度で走る自転車が、二台。

 額から汗を飛び散らしてペダルを漕いでいるのは、中京都ちゅうきょうと高校怪異研究会の桐山きりやまと映像研究部の城田しろたである。二人とも開襟の白いシャツに紺の学生ズボンという制服姿で、桐山は黒いナップザックを、城田はスポーツバッグをそれぞれ背負っていた。


「城田、もっとスピード上げないと!」


「わかってるよっ、でも事故っちゃったらヤバイから」


 山賊峠さんぞくとうげで「鉈女なたおんな」にりつかれ、謎の高熱に見舞われて終業式を欠席したとされる二人は、すっかり元気を取り戻していた。


 実はあの夜、二人は亜津美あつみに突然目の前でシャウトされ、同時に気を失うという情けない姿をさらしてしまった。亜津美はまさか男性が自分を見て気絶したなどとは思いもよらず、廃墟に霊体が現れないと察知してそのまま成方を呼んで帰宅したのだ。


 一方で桐山と城田は気絶から目覚めた明け方、夏とはいえ峠の気温の変化は大きかった。

 元々風邪気味であった城田は病状が悪化し、桐山もうつされてしまっていた。二人は咳とくしゃみと高熱で、うなされながら家路についたのだ。


 なんのことはない、ただそれだけのことに尾ひれがついてしまったということであった。


 桐山と城田が向かっているのは、ミュージックフェスティバルの会場である、区民センターだ。


「アリーナ席はもう一杯なんだろうなあ」


「いや、普通の体育館なんだから、そんなオシャレなシートはないよ」


 城田は長めの髪を風になびかせながら言う。


「もっと早く言ってくれてたら良かったのに、桐山ぁ」


「すまん、迷いに迷った。これが都市伝説に関わる話なら、怪異研の僕としては躊躇ちゅうちょなく乗り込んでいけるのだけど」


 刈り上げたうなじに汗を光らせ、桐山は顔を赤らめる。


「まあ、いいさ。とにかく急ごう。

 映像研究会はステージパスを発行してもらっているから、会場では自由に動けるからな」


 城田は胸のポケットにしまってある関係者用パスを、自慢げに叩いた。


~~♡♡~~

 

 ライブ会場のホールは、用意された五百席は全席が埋まっていた。

 すでに舞台では九組目の演奏が行われている。生ギター二人の大学生デュオグループである。N市の繁華街で路上ライブを行っており、シロウトながら若い女性のファンが多い。

 手拍子や歓声がホールの外まで聞こえてくる。

 真っ赤なファントムが土煙をあげるように、ホール横に停車した。


「さあ、亜津美、いくよ」


「了解いたしましたわ、すみれさん。なんだかワクワクして参りました」


「マッキーが間に合えばいいけど」


 成方なるかたがトランクからハードケースに収められた、ギターとベース、ギター用のエフェクターを収納したボックスを取り出した。

 楽屋の代わりにしている倉庫の入り口で、オレンジ色のTシャツを着た若いスタッフが手を振っている。


「クロスワードさんだよね?」


「はいっ、すみません遅れて」


「本来トリのグループに先に出てもらったから、後で謝っといてね」


 すみれは頭を下げながら、亜津美とともに走るように倉庫内へ入って行った。


~~♡♡~~


「ご来場の皆さま、いよいよ本日ミュージックフェスティバルも最終組となりました。

 ノッテるかーい?」


 ピートさんが拳を突き上げる。オオーッ、と会場内に歓声が響き渡った。


 すみれはベースを持って舞台に出る。亜津美はニコニコと微笑みを浮かべながら、舞台袖に現れた。すでにストラップに取り付けたギター、今回はギブソン社のフライングVを選んでいた。左手にはエフェクターボードを持っている。

 ギターの白いボディがパールのように照明を反射した。


「ワーイ、すみれー!」


「がんばってえ」


 会場にいる中京都高校の同級生たちが、熱い声援をおくってくれる。


「あのギターの子、誰?」


「スッゲー、かわいいじゃん」


「どこの女子だ、モデルかあ」


 会場内は、亜津美を見たオーディエンスたちのざわめきが広がっていく。


「あら、舞台の真ん前でビデオカメラを撮ってるのって、城田くんじゃない?」


 会場ですみれの応援に来ていた同級生の女子が、前方を指さす。


「本当だわ。横にいるのは、怪異研の桐山くんね」


「鉈女に呪い殺されたって噂が流れてたけど、生きてるじゃーん」


「でも、どうして二人とも制服で来てるのかなあ」


「さあ」


 城田はビデオカメラを自動録画にセットしながら、首から下げた二台のカメラでさかんにステージ上を撮影している。


「城田、鈴堂りんどうくんのかわいい姿をばっちり頼んだぜ」


「任せな、桐山。しかし、鈴堂すみれさんのだったとはな」


 桐山は恥ずかしそうにうつむいた。


「確かに鈴堂さんって学校で会うときよりも、かなりかわいいよなあ。

 タンクトップに、髑髏どくろのスパッツ姿なんて想像もしていなかったよ。

 でもギターの子は、これまたビューティフル! ハーフなのかなあ」


 城田はプロカメラマンのように、惜しげもなくシャッターを切りまくった。


 ステージ上でピートさんがすみれに近寄り、小声で訊く。


「マッキーくんはどうしたの? まさか」


 すみれは言った。


「ピートさん。マッキーはすぐに来ますから」


「いつものマミヤ祭じゃないから、時間は押せないよ」


「もうすぐ来ます。でも時間がないなら」


 すみれは口を閉じ、棄権したほうがいいのかと思案した。せっかくここまでこぎつけたけど、ホール関係者に迷惑はかけられない。すみれは牧人が言った「必ず行くから、信じて待っていてよ」の力強い言葉を思い出す。


 仲間を信じなきゃ。アタシたちはバンド、チームじゃない。


「ピートさん、あと少しだけ待ってください。お願いします」


 頭を下げるすみれ。亜津美が会場内に手を振りながら近寄ってきた。


「マッキーさんなら大丈夫ですわ。だって、ワタクシたちのリーダーなのですもの。

 さあ、すみれさん、始めましょう」


 亜津美は笑顔で言った。


「始めるって」


「ワタクシ、もう指が動きだしておりますの」


 亜津美はマイクスタンドの前に置いたエフェクターボードを爪先で操作する。

 

すみれはピートさんを振り返り、うなずいた。ピートさんが腕を挙げ、会場でスタンバイしているスタッフに指をさす。


 照明が亜津美を浮かび上がらせた。ビイィィーン、ビビビビッ、亜津美は指板しばんを握る指で弦をはじきだす。オーバードライブの効いた音がスピーカーからホールに響き渡った。


 オオーッ、と会場内から声が上がる。


「それじゃあ、最後、トリを務めるクロスワードでぇすっ、ヨロシクッ」


 ピートさんがマイクで言いながら、舞台袖に引っ込んだ。


(亜津美、いったいどうするの?)


 すみれは舞台中央に進む亜津美に視線を送る。

 亜津美が顔を上げた。その大きな瞳はいつもの、のほほんとした雰囲気ではなく、獲物を狙う猛禽類もうきんるいのように光っていた。


~~♡♡~~


 牧人を乗せた美樹のバイクが会場に到着した。


「もう始まってんじゃないか?」


 美樹はヘルメットを脱ぎながら言う。


「お姉さま、いずれお礼いたしますっ」


 牧人は急いでシートから飛び降りた。


「いいから、走れ! くれぐれも緊張癖をだすなよ、


 美樹がウインクした。牧人はうなずき、全速力で駆けだした。

 すっかり陽が落ちたホール会場。牧人は走りながら、怒涛どとうのような歓声を耳にする。


「えっ?」


 立ち止まることなくホールのドアを勢いよく開けた。


 会場内は興奮のるつぼであった。舞台に目をやると、なんと亜津美がスポットライトを浴びてギターを弾いているではないか。


「これは?」


 牧人はスピーカーから流れる大音量のギターメロディに、耳をかたむけた。

 亜津美はフライングVを操り、即興アドリブでソロを演奏しているのだ。

 ライトにきらめく髪、陶酔したような表情、「カッコいい!」と牧人はその場で釘づけになった。鳥肌が立つほど「う、美しいっ」のだ。


 エレキギター一本で、ここまでできるのかと思われるメロディライン。指板を押さえる左指が目にも止まらない超速で、流れるように動いている。ただ速いだけではない。


 舞台に置いたエフェクターボードを爪先で操作し、絶妙に合わせて作られる音色。聴く者の感性をゆさぶるような美しい旋律。


 時おり挿入されるメロディは、誰もが一度は耳にしたことのあるクラシックの調べであり、ロックを聴かない観客にも亜津美のギターが心にしみわたっていた。 

 ピックを持つ白く細い指が、真っ直ぐ正面を指した。


 そのまま亜津美はピックをくわえる。右手の指と左手の指が、指板の弦を叩き始めた。タッピング奏法だ。ゆっくりと亜津美は上体をそらしながら片膝をついていく。フライングVのボディのくぼみに右脚が入った。

 十本の指がそれぞれまったく違う動きをしながら、旋律を奏でていく。


「す、すげえ!」


 牧人はピアニストのようにギターを弾く亜津美に、音楽の女神ミューズが降臨したと思った。


 オーディエンスたちはギター演奏に加え、妖艶な表情を浮かべカラフルな照明に浮かぶ亜津美の姿に釘づけであった。


 牧人は我に返ると観客の間を縫うように走り、舞台横の階段を駆け上がる。袖口にいたピートさんが二本のスティックを渡してくれた。ポンポンと肩を叩いてくれる。


「いってきます!」


 牧人はドラムスの置かれた台の上に跳んだ。


 すみれが、ホッとした表情を浮かべている。互いに見つめ合い、うなずく。

 牧人が登場したことを知った亜津美がゆっくりと下がりながら、ギターのボリュームをしぼりフェードアウトさせる。替わりにすみれが中央に立った。


「お待たせいたしましたあ! それじゃあ、いっちゃいまーす!」


 牧人はスティックを鳴らしてカウントを刻んだ。


 仲間が信じて待っていてくれた。牧人は震えるほど感動する。緊張感の欠片も見当たらない。今は目の前のチームメンバーと音楽を楽しみたい。それだけだ。

 プレイヤーとして致命傷と思われていた緊張癖が、仲間を信じ信じられることによって霧散していたのであった。そうとなれば、牧人の本来持てるドラマーとしてのテクニックが本領発揮される。


 ジャーン! ギターの和音とベースのオルタネイト、ドラムスのシンバルとフィルインが会場内に響き渡る。ワアーッ、観客席が総立ちになった。


 牧人はバスドラのペダルを力強く踏む。その顔には引きつった緊張感は微塵もなく、自然と笑顔がこぼれていた。心から音楽を、ライブを楽しもうとしているのだ。そのお腹に響くビートを背中に受けて、すみれも思いっきりの笑顔がこぼれた。


 ベースラインがドラムスのリズムに絡んでいく。


(これよ、これ! マッキー。なんだかんだ言っても、アタシはマッキーの叩くドラムが大好きよ!)


 すみれのシャギーカットが揺れる。


(すみれ、今までお待たせしちゃったけど、ごめんね。今夜は思いっきり楽しもうぜ。

 さあ、クロスワードのショータイム、スタートだ!)


 牧人はスティックをクルリと回し、タムタムからフロアタムまで一気に叩きおろした。


 すみれのハイトーンボーカルが会場を包み、亜津美のバッキングがさらに音に厚みを持たせる。

 亜津美はメインボーカルのすみれの後方でギターを弾きながら、ダンサーのように軽やかにステップを踏み、観客たちをあおった。


 声援が、舞台の三人をさらにヒートアップさせていく。


 サビのメロディで、すみれが主旋律を歌い、亜津美が三度上のハモリを入れる。

 ドラムセットの横に置かれたモニターから聴こえる二人の歌声に、牧人はゾクゾクしながらスティックを操る。


 中間のギターパートで、亜津美はステージ前面に躍り出た。

 すみれはベースを弾きながらバックし、牧人にアイコンタクトを送る。牧人もクラッシュシンバルを叩き、すみれにうなずき返した。


「これが高校生バンドか? 新生クロスワード、これからがめっちゃ楽しみだな」


 舞台袖でハラハラしていたピートさんも、すっかりバンドのパワーにのみこまれコブシを突き上げだした。会場は超美形のギタリスト亜津美と、キュートなベーシスト兼リードボーカルのすみれに完全に心を奪われていった。

 牧人がシンバルやフィルインを入れるたびに、観客が大きな声援を送ってくれる。


(こ、これがライブだ!)


 緊張感をかき消す高揚感、前方で歌って踊る女子二人をもっとハイにさせてあげようと、きっちりビートを刻んでいく。


 一曲目が終わった。会場は総立ちのまま、すみれのマイクを通した声さえも聞こえないくらいの歓声を上げている。


「みんな、ありがとう! ちょっと時間が押しちゃってるので、二曲目の次が最後になります」


 言ったとたん、ものすごいブーイングがわき起こった。


「なに言ってんの、これからだようっ!」


「もっとやってくれえー!」


「主催者っ、時間なんかいいから続行、続行っ」


 すみれは困った顔で袖に入るピートさんを振り返る。ピートさんは両腕で大きく丸を作った。牧人がうなずく。

 亜津美は腰をかがめ、観客をあおるように見回す。すみれは牧人に右手親指を立て、マイクに向かった。


「よーしっ、こうなったら徹底的にやっちゃおっかあ!」


 ワーッ! と湧きおこる大歓声。


 牧人のバスドラがドンッ、ドンッ、ドンッと鳴り響き、そのリズムに乗った手拍子が会場を一体化させていく。


「アー・ユー・レディ?」


「オオウッ!」


「アーッ、ユーッ、レディッー?」


「ウオオオッ!」


 すみれの声に応える観客。亜津美がピックを持った指を曲げて、耳に重ねた。

 その仕草に会場からさらなる声が上がる。


 チッ、チッ、チッ、牧人がハイハットを刻んでカウントを取った。亜津美が右手を回してお辞儀をし、ギュワーンッとギターをかき鳴らした。すみれのベースとユニゾンで、軽快なメロディが再びスピーカーから会場を包む。


 二曲目がスタートした。すみれのハイトーンが、牧人の紡いだ詩を歌い上げていく。


(マッキーが想いを込めた言葉。みんなに届け!)


 牧人の額に浮かぶ、心地よい汗。安定したビートをキープさせることによって、それを土台として楽曲はさらに羽ばたいていく。


 グルーブするベース。すみれはいわゆる「腰でベースを弾く」のだ。ロングスケールのベースは小柄な体型では弾きにくいと思われがちであるが、すみれはその分腰を上手く使う。


「あああっ、あんなに形の良いヒップを振ってくれるなんて。もうりつかれたって構うもんかあ!」


 桐山は、やや下品な視線を向け、客席で手を振り変なダンスを踊っている。

 すみれは歌いながらウインクを送る。子猫を連想させる、大きくキュートな目でこれをやられたらたまらない。


「あれは僕に対する愛情表現なのかもー!」


 勝手な妄想を抱く桐山であった。


 亜津美はバッキングを奏でながら、中央で歌うすみれの周りでリズムに乗ってステップを踏む。

 どのシーンを切り取っても、亜津美は絵になる。頭を振りながら、肩を上下させながら、腰をしならせリズムを取る。舞台を縦横無尽に動き、ギターをかき鳴らしていく。


(ああ、サイコーですわ! やっぱり独りで爪弾くよりも、こうしてお仲間と演奏するほうが何倍も何十倍も楽しい。マッキーさん、すみれさん、ワタクシもうたまりませんわ!)


 舞台袖からスモークが流れ出した。ステージは雲に浮かんだような雰囲気になった。赤、青、緑とライティングが次々に照らされる。幻想的なステージを作っていく。


 すみれの歌うマイクの横に来た亜津美が、同じマイクでハモリを入れる。


「これは凄い映像だ! 桐山だけにあげるのはもったいないな。DVDを作って、写真も入れて売り出したら、絶対に儲かる」


 城田はシャッターを切りながら、独りほくそ笑む。


「ほうっ、いいじゃーん!」


 少し遅れて入場した美樹は、ステージから流れる演奏にいつしか手拍子を送っていた。


 新生クロスワードは、出場したどのバンドよりも大きな声援と拍手喝采を浴びて、ミュージックフェスティバルのトリを見事に務めたのであった。


~~♡♡~~


 翌日。

 

 亜津美の住まうアパートのリビングで、ささやかな打ち上げパーティが行われていた。

 テーブルの上には成方が用意したさまざまな料理が並べられ、牧人、すみれ、亜津美はグラスに注がれたフレッシュジュースで乾杯をする。向かい合ったソファに、牧人とすみれは並んで腰をおろしている。


「昨日は楽しい演奏会でしたわ」


「亜津美のギターソロは最高にカッコよかったよ」


「うふふっ、すみれさんにお褒めいただけるなんて、嬉しいですわ」


「それに、マッキーがあれだけ大勢のお客さんの前で緊張せずに最後まで叩けるなんて、いったいどうしたのかな」


 すみれの言葉に、牧人は照れ笑いを浮かべる。


「いやあ、それがウソみたいにリズムを刻めてさあ」


 とは言ったものの、すみれが全力を出せるようにサポート頑張ったんだよ、と思っていたことは口にはしなかった。


 成方が自家製のローストビーフの乗った皿を置く。


「これでクロスワードも新しいスタートを切ることができたし、もう一回乾杯しようよ」


 すみれは二人をうながした。


(マッキー、ごめんね。疑心暗鬼だったアタシが悪かったわ。やっぱりアンタはアタシのいい相棒よ) 


「あら、マッキーさん、お口の横に」


 亜津美は身を乗り出して、牧人の口元についたソースをナプキンで拭き取ろうとした。

 二人の顔の距離が五センチもない。すみれはあわてて牧人の腕を引っ張りよせる。


「アタシが拭いてあげるから」


 つい引っ張る腕に力が入り、牧人の頬とすみれの頬がくっついてしまった。

 二人は顔を真っ赤にして、すぐに離れる。


「うふふっ」


 亜津美はあらためて牧人の顔を引き寄せて、ナプキンで拭いた。


(あーっ、アタシったら)


 すみれは赤い顔のまま、反対側を向いて舌打ちした。


「そ、そういえば、姉ちゃんがすっごい良かったって、絶賛してくれちゃったな。

 博士と蝶妙さんに面談して、ようやく僕らのアルバイトを理解したみたい」


「美樹姐さん、驚いていたでしょ。アタシも未だに信じられない気分だけど」


 牧人はすみれのお皿に、出来立てのローストビーフを乗せた。「ありがとう」とすみれは嬉しそうに微笑む。そこに、ジャジャジャジャーンッ! と「運命」の曲が流れ、亜津美のスマホが電話の着信を告げる。


「お兄さまですわ」


 言いながら画面をスワイプした。


「ごきげんよう、お兄さま。はい大丈夫ですわ。

 あらっ、そうなのですか。今ささやかながらパーティの最中ではございますが」


 亜津美は視線を牧人とすみれに向ける。


「承知いたしましたわ。それでは後ほど」


 牧人はローストビーフをくわえたまま、訊く。


「博士は何だって?」


「ええ。蝶妙さまが、また外来種の出没しそうなエリアを導き出されたとのことで、すぐにおいで願いたいと」


 申し訳なさそうに告げる亜津美に、すみれが元気よく立ち上がる。


「よっしゃあ! マッキー、いつまでモグモグしてんのさ。さあ、行こうよみんな」


「お、おう! ガッテンだあ。あっ、成方さんこの美味しいお料理なんですが」


 成方は割烹着の袖をまくりながら振り返る。


「皆さまがお帰りになられた時に、すぐお召し上がりいただけますよう冷蔵庫にしまっておきますでな。この大きな冷蔵庫であれば大丈夫ですわい」


 亜津美も立ち上がった。


「それではティーム、スタンバイですわね」


 牧人はもう一枚ローストビーフを口に押し込むと、二人に向かって親指を立てる。


「僕たちは、スペクター・キャプターだ。

 ウニだろうが、蜘蛛だろうが、悪魔だろうが、一網打尽だぜっ」


 三人はテーブルの上で手を組み、「オウッ!」と鬨(とき)の声を上げるのであった。

                             


―了―

                                               

                                               

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【閲覧注意】! スペクター・キャプター 高尾つばき @tulip416

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