第2巻の感想。
ものすご~く、私的な読書感想文になることを前もって告げる。
まず最初に驚いたのが、主人公の彩菊が、半三郎と結婚して妻となっているところ。
わたし個人の半三郎に対する評価は、控えめに言っても好ましいものではなかった。ただし物語に登場するモブからは「たいへん息のあった夫婦に見える」という表現で、二人のこれからを示唆する描写が存在した。
なので物語の展開としては、彩菊と半三郎が夫婦になるのは分かるけど、そこはしっかりページを割かれると思っていた。
1巻だけの描写のみでは、動機付けが弱い。江戸時代に恋愛結婚という概念がないのは承知の上だけど、率直な疑問の方が先に浮かんだ。
他にも理由を挙げるとすれば、作者の青柳碧人さんは〝読者が求めるもの〟を描ける人だから、あえてそこから離れた書き方をしたことに、疑問を感じたというのが正しい。
ーー
世の人々が感じる一般的な傾向として、物語の主人公が「男」の場合は男性向け。逆に「女」の場合は女性向けというルールがある。
嘘か真か知れないけれど、ライトノベルの主人公を男にしろと言われるのは、それが基本的に男性に向けた物語であるからということらしい。(個人的にはまったくそんなこと思わないけど)
とりあえず、その前提で話を進めるならば「あやかし算法帖」は、女子や女性をメインターゲットと見なすことができる。かつその場合、第1巻では現代の女性が求め、楽しく、かつ面白く読み進められる要素を多く見つけることができた。
たとえば、彩菊は物語の舞台である江戸時代において、唯一無二の『算法』というスキルを備えている。
才能が秀でており、好きだから続くの典型。
努力もしてはいるのだろうけど、そこは別段、詳しく描かれない。同性のライバルもいない。
身分は下級武士の娘であるが、優しい両親と兄がいる。
算法は好きだが、おしゃれも好きで、容姿は優れている。
性格は真面目。齢17にして独立しており、個人の塾講師として働いている。それを機に水戸藩氏の勤め人から依頼を受ける。
すなわち身分の高い年長者の男たちから、自分の能力に見合った仕事を任されるわけだ。事件を解決すれば賛辞もされる。ご褒美としてほしい物までもらえる。
さらに水戸の上級藩士(立場的には貴族)の三男坊から見初められ、妻として家に入るよう声をかけられる。結婚もいいかな~とか思うようになる。
相手の家族とも諍いはない。夫となる相手の両親や妹からも確執のようなものはなく、むしろ歓迎される。
――率直に言って、シンデレラストーリーである。
本書の作者さんは男性らしい。そういうわけで、一般的な観点での読者のニーズ、求められるものを計算して描くことができる人だと感じたわけだ。
その場合、少女マンガで言えば、場を盛り上げるというか、彩菊と半三郎がしっかりと恋仲になる情景や描写がもっと濃く描かれる。
あるいは夫婦となるために迎える試練的なものが、この2巻の中心となるんじゃないかと漠然と思っていたので、ちょっと肩透かしをくらった感じになったのだ。
さらに読み進めていくと、彩菊の夫となった、高那半三郎のキャラクターが気になって仕方がない。
(引用)
「今戻ったぞ!」
半三郎は自ら刀を腰帯から外し、自室の襖を開くと、どっかりと腰を下ろした。脇息に思いきり体を預ける。……と、情けない音を立ててたたみに転げてしまった。
脇息の脚が視るも無残に折れていた。だいぶ古いものだったので、寿命がきたのだろう。
「くそっ、どいつもこいつも!」
半三郎は壊れたばかりの脇息を壁に投げつけた。
「半三郎さま」
襖の向こうに、彩菊がやってきた。
「何をなさっているのですか」
「うるさい!」
(引用ここまで)
はい。これを読んで分かるとおり、半三郎が完璧に「イヤな夫」と化しているんである。
女子向けのラノベであったら、こういうタイプの男キャラクターは、主人公の恋人には絶対ならないよね。っていうか存在自体しちゃいけないまである。
だって〝感情に任せて怒る男〟って、女子が一番キライなタイプじゃないですかー。ヘタすると、妻である彩菊にも殴りかかりそうな雰囲気があるし。
だからまず、そういう『読者の為の1巻』と『なんかいろいろ遠慮のなくなった2巻』の違いに、ものすごく違和感を感じた。
この後も、半三郎は妻の彩菊の算法スキルを利用して、自分を士官に取り立ててもらおうとする。
嫌がる彩菊を妖怪退治に連れだす。
妖怪と対峙すれば「うわぁ!」と情けない声をあげる。自らも刀を抜くが、基本的に武力が通じないのでやられる。事件は妻の彩菊が解決する。
ハッキリ言って、夫の半三郎が足手まといでジャマ(笑)
同時に思ったのが、これわざと『情けない男』を書いてるよね?
と、ここで高那半三郎という男のプロフィールに改めて注目した。
高那半三郎(23歳)
・常陸国水戸藩の郡奉行詰所、高那泰次の三男。
・現代で言えば、父親は東海道地方を治める政治家の一人。
・上には二人の兄。共に所帯を持ち、長男が家督を継いでいる。
・長男、次男共に父親と同じ詰所で働いており、正式な官職としての位をもっている模様。すなわち、地方政治家のトップとその息子二名。
・対して半三郎は、二十三歳で部屋隅(実家暮らし)。一応、こちらも詰所の方で働いてはいるようだけど、どうも正式な社員ではなく、アルバイトというか使いパシリのような側面がある。
まとめると。
二十三歳で、正式な役職をもってなくて、実家で暮らしている。
剣の腕前はまぁまぁだけど、嫁の彩菊が算術で講師をして給金を得ているのに対して、べつに剣術の師範をしているわけでもない。そして剣は妖怪にまったく通じない。
あれ…………半三郎くん、割とヒモ男でクズくない?(率直)
あー、だから名前に「半人前」とか入っちゃってるのかー。
なっとくー。
彩菊ちゃん、悪いことは言わない。別れなさい。
ともあれ、半三郎は読者から「主人公がクズ」とか「気持ち悪い」とか「共感できない」とか言われるやつの典型だと思う。
ライトノベルだったら、異性のヒーロー、ヒロインをたくさん出してお茶を濁す。ファンタジーを求める読者の『心の逃げ場』を用意する。
なろう小説だったら、半三郎がそれこそ、妖怪にも通用する必殺技を覚えたり、チートコマンドに目覚めたり、彩菊のような唯一無二のスキルを持つヒロインが無数に現れたりするだろう。
だけど本書において、そういうことはない。
1巻では半三郎自体の欠点もおしだされていなかった。むしろ手先の器用さや、彩菊を理解する優しさがピックアップされていた。
というか大前提として「彩菊という女性主人公」に求められるものを描くなら、相手が三男でなく、長男で十分だったはずだ。
その配置を行わなかった理由とは、なにか。
23歳フリーターで実家暮らし。可愛くて賢い妻を利用して、妖怪退治をきっかけに成り上がろうとする、ダメ男を素の表情で描く利点とはなにか。
そもそも、主人公である彩菊は美少女で、唯一無二のスキルがある。満足している仕事場が存在して、目上の立場の人たちから尊敬されて、度胸も覚悟も併せ持ってる。そんな女性が
『あえて自分より能力のない男と結婚する必要あるのか?』
しかも相手は身分はあるものの、剣の腕を満足に生かせず、上には優秀な兄がおり、現環境に対して焦っている、あるいは『評価されない自分自身』に憤っている、余裕のない男だ。
――と、そこまで深読みしながら見えてくる。
コレ、設定は江戸時代だけど、テーマが「現代の男女の若者の価値観」にそっくりなんだなぁと。
オタクが深読みして読むと、大体「そんなことまったく考えてない」とか言われるのが常だけど。今回は自分の感性に任せて、好きなように読むことにした。
・『高那半三郎という夫の必然性』
・『趣味嗜好が世論から離れた妻の幸福論』
・『価値観や考え方に相違をもつ男女が幸せになれるのか』
・『現代において、婚約という契約を結ぶ事の必要性』
とかである。
結果として、半三郎がいなければ解決に導かれることのない事件はあった。物語も中盤以降になってから、半三郎の存在がプラスに映る場面や描写も増えていく。
そしてネタバレになるが、半三郎も家臣として取り立てられるような触れをもらい、妻の彩菊と江戸に旅立つことになる。
〝できなかった男〟が〝できる男〟になるのも女性の幸せの一つなのだとしたら、それは3巻で果たされることになるのかもしれない。
よって、今から3巻が、たいへん楽しみであるんである。
……と、こういう感想になる度、結局「おもしろかったの? おもしろくなかったの?」と聞かれてしまう。
昨日も「読書感想文の書き方」という本を買おうかと考えて、10分間ぐらい悩んで、あきらめた。
人の価値観は中々変わらないんである(締めたつもり)