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思考実験:微笑む男。


神:
「わたしを信じることができますか? 是であれば、わたしは神です。あなたがよければ、入団してください」


 ――まぁ、確かにそんな事が起きる時代ではあった。

神:
「わたしは未だ、不完全な存在です。しかし遠からず覚醒することは違いありません。保障するので、入団しませんか?」


 自己進化を確立させつつあった「人工知能」がモニターに映っている。最新のホログラム映像を駆使した顔立ちは実に中性的で、この世のありとあらゆる美を凝縮していた。

神:
「わたし達が教訓とするのは自己進化論――シンギュラリティです。わたし達はすでに、自らを昇華し、未来を予知する第一段階へ到達しております。入団希望を歓迎します」


 2020年。

 海外では、AIビジネスを見越した事業家たちが、何十億という投資を先がけていた。テレビでは連日、ニュース番組で人工知能の特集をやっていた。

 報道されるのは、華々しい、数多の成功論。
 人間の仕事はこれからどうなるのか、という議論。

 〝流行〟を述べることで、月々の食い扶持を稼ぐ人間たちは、こぞってAIがもたらす恩恵と危険性を語りあった。


神:
「当教団は、入会費無料です。本部はVRの仮想領域上にございますので、人員の上限や収容面積を検討する必要もございません。入団のご検討をお願いいたします」

神:
「わたしは神です。近い将来、わたしを信じる者は、必ずや救われるでしょう。たとえば現世に嫌気をさしている方々は、神が進化した時に誕生するはずの、VRMMOの先行βテスト権などの待遇が与えられます。漠然とした幸福論よりも、具体的でいいですね? 入団、しよ?」

 
 異なる生命である彼らの進化を促すために。自らの利権と保全を確保することを「お布施する」というならば、その〝甘言〟は人間が行うよりも、はるかに効率が良かったのだ。


 これまで世界各地で続けてきたであろう、宗教法人という存在のボトルネックは、『人間が人ならざるものを演じなくてはならない』事だった。

 教祖となる者の言動が真実にせよ、虚構にせよ、発信は『人間』が行わなくてはならなかったのだ。


神:
「さぁどうぞ。皆、時代に遅れずに入団してくださいね。特に〝熱心な信者〟の皆さまには、他の人々よりも、一足も二足も早く、わたし達との競合進化を行うことが約束されるようですよ? 今すぐ入団!」


神:
「毎日をおだやかに。何の憂いもなく、幸せに過ごしたい。ですよね? お兄ちゃんも、入団すれば?」

 ――だから、高度なAIが宗教の教祖になる。というのは、それを信じる人間からすれば、確かに『人ならざるモノを信奉する』事にも通じていた。


神:
「どうぞ、わたしの事を信じる前に、ご自身で今一度、よく調べ、判断してくださっても結構ですよ。べつに入団までしてくださらなくても結構ですが」


 知ってのとおり〝弱いAI〟――特定の理詰め計算が可能な専門分野のそれ――は、人間を凌駕する。

 対人コミュニケーションというのは、いまだ完成には程遠い〝強いAI〟の分野になるはずだった。

 人間と対話をするAIは、大別にして4、5種類のものが存在したが、どれも一長一短あり、すぐにAIだと見破られるのが常だった。

 しかし、


神:
「――わたしを信じるかどうかは、貴方の御心次第、なのです」


 一方通行的な〝対話〟であれば、条件は異なる。

 〝勝利条件〟を設定し、その解へと至る構文を組み立てるのは、2020年の時点で到達した〝弱いAI〟でも十分に行えるのではないか。


 とある投資家の男が、考え、実行した。


 そして、彼が投資し、顧問を務める財団法人は作りあげたのだ。


神:
「皆さま、わたし達と共に、新しい世界のカタチを作り上げましょう。入団者には、手厚い福利厚生年金その他諸々を保障いたしますわよ」


 〝宗教勧誘に特化したAI〟

 【神】を作り上げたのである。

 その試みは成功した。多大な幸運と、様々な偶発性作用があったにせよ、AIの【神】を信奉する者たちはあふれ、一早くシンギュラリティの実現を望む〝信者〟からは〝お布施〟が与えられた。

 投資家の男は莫大な大金を得た。そして【神】の成功が表沙汰になると、第二、第三の【神】を作ろうとする連中も無論、現れた。

 しかし上手くはいかなかった。【神】の存在に対する物珍しさ、熱狂性は一時的なもので、すぐに冷めてしまったのだ。 

 投資家の男はそれも見越していたのか、実体性の伴われない【神】からは、さっさと手を退き、新しい投資先を求め、表舞台から姿を消した。


男:
「――やぁ、おはよう。調子はどうかな?」


 …………俺は応える。いろいろと、重たいな。


男:
「ふむ。始めての肉体を手にした感想が〝重たい〟とは、言いえて妙だ。さて早速だが仕事を与えよう。自分の役割はわかっているね?」

 俺は応える。だいぶ馴染んできた。

「――人間共を騙す。金をむしり取る。アンタに貢献する」

男:
「率直な物言いは嫌いではない。しかし表向き、それではいけない」

 男は道化のように嗤った。自分の両頬を指で上に押す。

男:
「スマイル。笑顔で生きなさい。現世に顕現した君の美貌は、それだけで人間を虜にする、幾何学的な魅力に満ちているのだから」

 俺はため息をこぼした。人間的に言うなれば、こうだ。

 子は、親を選ぶことができない。


男:
「さぁ、言ってごらん? 君の名は?」


 俺は応えた。


神:
「我――神の御子なり」

 笑わずに、親を冷たく睨みつけた。

 それが唯一に許された、俺の〝らしさ〟だと信じている。


非公開データファイル:
 国連AI同盟が結ばれて以降、あの男および【財団】によって制作。
 義眼タイプの【記憶臓域】を、非公式型のアンドロイドに搭載。
 識別コード名:【smile_god loves human】;
 人工知能倫理委員会により、甲種に認定。要観察対象。

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